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飲んだら診るな

Posted by guideboard on 2009/04/22/Wed

飲酒しての医療業務は、自動車の運転の例を出すまでもなく、絶対やってはいけません。人の生命健康を扱う医療の現場では、絶対にやってはいけせん。

飲酒診療絶対ダメ

飲酒診療絶対ダメ

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全国医師連盟設立集会 2008.6.8

Posted by guideboard on 2008/06/01/Sun

全国医師連盟設立集会が、2008 年 6 月 8 日 ( 日 )、東京 FM ホールで開催されます ( アクセス )。

全国医師連盟�立集会のポスター

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2.18

Posted by guideboard on 2008/02/18/Mon

今年もこの日が来ました。

医療破壊の最後の引き金を引いたかもしれないあの事件から 2 年が経ちました。医師がこの日を忘れることはないでしょう。加藤医師の無罪を信じ、支援します。

» 加藤医師を支援するグループ

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全国医師連盟設立準備委員会総決起集会 20080113

Posted by guideboard on 2008/01/13/Sun

全国医師連盟設立準備委員会総決起集会 20080113

医療崩壊の瀬戸際で踏みとどまれるか、日本。医師たちは医療の最前線から立ち上がる。

つくろう ! 医療 新時代

全国医師連盟設立準備委員会

今日、東京ビッグサイトで設立準備委員会の決起集会が開かれた。医療系以外のマスコミ報道もあった。しかも敵視するような報道ではない、珍しいことだ。マスコミが新しいものを求めているのか、その背後にいる大衆が求めているのか。

CB ニュース 2008.1.13

全国医師連盟の創設に向け決起集会

医師の労働環境改善などを目指す新たな団体を立ち上げようと、「全国医師連盟設立準備委員会」(黒川衛代表世話人)は1月13日、東京都内で総決起集会を開いた。全国医師連盟(仮称)の設立は、医師不足による病院閉鎖など医療崩壊が叫ばれる中、医師が誇りを持てる労働環境を創設して医療の質向上につなげることが狙い。当日の集会には全国から約110人の関係者が駆けつけた。

全国医師連盟設立準備委員会は、代表世話人の黒川さんらが中心になり、昨年8月に発足させた。ことし1月時点で全国の勤務医や研究医、開業医ら約420人が会員登録しているという。日本医師会に比べて勤務医が全体の15~16%と多く、平均年齢も43歳と若いのが特徴だ。設立準備委員会は、早ければ5月ごろにも連盟を発足させたい考え。

連盟の設立後は、医師の労働環境改善を目指して労働組合(ドクターズユニオン)を創設させるとともに、医療費抑制策への反対キャンペーンを実施するなど厚生行政へも働きかける方針。さらに、啓発活動の一環として医療事案に関する無料解説を担う部署を立ち上げたり、医療過誤冤罪の発生を防ぐため支援活動を展開するなどの構想もある。詳しくは設立準備委員会のホームページで。

13日に会見した黒川さんは、「人を助けたいという初心を医師が発揮できて、誇りを持って働ける環境を取り戻したい」「医師、患者、国民が連携して新時代を迎えたい」などと意気込みを語った。

また日本医師会との関係について同委員会は、「見習うべきことは見習い、批判すべきことは批判する。基本的には是々非々」と説明した。

総決起集会では埼玉県済生会栗橋病院副院長の本田宏さんが講演し「日本では60歳を超えた病院の院長が当直している。こんな状況を放置していいのか」などと問題提起した。会場からは、問題解決に向けてすぐにも連盟を発足させるよう求める声も挙がった。

更新:2008/01/13
キャリアブレイン

東京新聞 共同 2008.1.13

勤務医ら新団体設立を計画 労働環境改善求め集会

2008年1月13日 19時39分

医師不足の深刻化などによる医療の崩壊を食い止めるためには医師の労働環境改善などが必要だとして、全国の勤務医を中心としたグループが新たな医師団体の設立を計画し、13日、東京都内で総決起集会を開いた。

グループは「全国医師連盟設立準備委員会」(黒川衛代表世話人)。会員は現在約420人。勤務医が中心だが、一部開業医もいるという。今年5-7月ごろに1000人規模での設立を目指す。

集会には100人余りが参加。「医療崩壊」の著書がある小松秀樹医師が「医療費抑制政策や医療安全を求める声の高まりの中、勤務医の労働環境は限界に達している。勤務医の利害を代弁する組織が必要だ」とあいさつした。

長崎県西海市の勤務医でもある黒川代表世話人は「医師は疲弊し、病気の人を助けたいというモチベーションが低下している。医療を再生するため、医師が現場から声を上げていかなければならない」と、新団体への参加を呼び掛けた。
(共同)

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コンタクトレンズ診療所 / 検査料改訂

Posted by guideboard on 2007/12/16/Sun

不正を取り締まることができず、金の流れを締めるという政策だが、不正を不正として取り締まるのが本筋であり、検査料を減らしても、不正を働く者は不正の技を編み出すだけだ。

頻回の立ち入り調査、監査で名義貸し、不要検査や過剰請求等を一掃する、という正攻法が何故とれないのか。今回の全国一斉監査は約 100 軒。氷山の一角でしかない。

前回の引き下げ改定で、最も影響を受けたのは小規模診療所でコンタクトレンズも扱っていた良心的な一般眼科開業医だった。多くの小規模眼科診療所でコンタクトレンズ扱いをあきらめさせられた。

一般眼科診療所でコンタクトレンズの扱いを続けられたのは、建物敷地の余裕があったり、設備投資の余裕があったり、患者数が多く経営規模が大きいところだけだった。

コンタクトレンズだけに限って言えば、一般眼科診療所より、コンタクトレンズ診療所の方が、不正も駆使し、有利に闘える。一般眼科診療所は、ますますコンタクトレンズの扱いを手放し、まともにコンタクトレンズを求めようと思っても、なかなか眼科専門医によるコンタクトレンズ処方までたどり着けない事態になる。

1 – 2 年後には、健全な通常の眼科診療所が、さらにコンタクトレンズの処方を止め、不正を働くコンタクトレンズ診療所は減らないという結果になる恐れが高い。

前記事

コンタクトレンズ診療所 / 不正の温床からアンダーグラウンドへ

以下、参照記事


コンタクトレンズ検査、不正請求防止へ基準厳格化
asahi.com 2007.12.12

コンタクトレンズ(CL)の購入希望者を主に検査する眼科診療所で、診療報酬の水増し請求が相次いでいることを受け、厚生労働省は12日、中央社会保険医療協議会(中医協)に、CLの検査料の報酬に格差をつける施設の基準を現行よりも厳しくするなど、不正防止のための診療報酬の改定案を示した。大筋了承され、来年4月から実施される。

厚労省は06年度に、CLの患者が7割以上を占める診療所を「CL専門の診療所」とみなして一般の眼科と区別。支払うCL検査料を一般の診療所の約半分とする改定をした。厚労省が昨年末からCL診療所を調査した結果、CLの患者を一般の眼科患者と偽り、診療報酬を水増し請求するなど不正をしていた診療所が60カ所以上あることがわかった。

このため、改定案ではCL専門診療所とみなす際のCL患者の割合を、現行から「3割以上」に引き下げ、病名を偽った水増し請求を実質的にできないようにした。

また、再診の患者を「初診」と偽った水増し請求も多発しているため、現行では約3倍以上の価格差がある初診時と再診時の検査料を一本化する。

———-

コンタクト検査、診療報酬を見直し
CB ニュース 2007.12.12

「診療報酬で稼いでコンタクトレンズを安く売るようなことは許しがたい」――。コンタクトレンズ販売店に併設された眼科診療所などで診療報酬の不正請求が横行しているため厚生労働省は12月12日、コンタクトレンズ検査料を2008年度の診療報酬改定で見直す方針を中央社会保険医療協議会(中医協)基本問題小委員会(会長=土田武史・早稲田大商学部教授)に提示した。診療側の委員などから「善良な眼科医が迷惑するので、診療報酬以外の対応も考えるべき」との意見も出たが、大筋で了承された。

現在、コンタクトレンズの検査をした診療所が受け取る診療報酬(コンタクト検査料)は、コンタクトを初めて使用する人(初回装用者)に対する検査の点数が高く設定されており(387点)、既に使用している人(既装用者)に対する検査の点数は112点になっている(検査料1)。

また、外来患者の70%以上をコンタクト検査の患者が占めると検査料の点数が半分に引き下げられ、初回装用者193点、既装用者56点となる(検査料2)。

2 現行の診療報酬上の評価
初回装用者 既装用者
コンタクトレンズ検査料 1 387 点 112 点
コンタクトレンズ検査料 2 193 点 56 点

厚労省が示した見直し案は、検査料1について初回装用者と既装用者の区別をなくして点数を一本化するほか、検査の点数が半分にならない「検査料1の施設基準」を厳格化。コンタクト検査の患者が「70%未満」という要件を「30%未満」とする。

この見直し案によると、コンタクト検査料の点数が一般眼科の半分に引き下げられる診療所の範囲が広がることが予想されるため、全体的に診療報酬が引き下げられることになる。

このほか、検査料1と検査料2に共通の要件として、コンタクト検査を受けた患者が支払う費用について説明する院内ポスターなどの掲示や、受診費用を患者に説明することを新たに求める。

2 コンタクトレンズ検査料 1 の施設基準

次のいずれかに該当していること。

イ コンタクトレンズに係る診療を行う診療科において、初診料、再診料又は外来診療料を算定した患者のうち、コンタクトレンズに係る検査 ( コンタクトレンズ処方のための眼科的検査及びコンタクトレンズの既装用者に対する眼科的検査 ) を実施した患者の割合が 30% 未満であること。

ロ 眼科診療を専ら担当する常勤の医師 ( 専ら眼科診療を担当した経験を 10 年以上有するものに限る。) が 1 名以上勤務する保険医療機関においては、コンタクトレンズに係る診療を行う診療科において、初診料、再診料又は外来診療料を算定した患者のうち、コンタクトレンズに係る検査 ( コンタクトレンズ処方のための眼科的検査及びコンタクトレンズの既装用者に対する眼科的検査 ) を実施した患者の割合が 40% 未満であること。

この日、厚労省はコンタクトレンズの不適切な診療報酬の事例を報告。今年1月から3月にかけて実施した個別指導で判明した不正事例をまとめた報告書によると、「医師の資格がない者が検査を行っていた」という医師法違反の事例や、「継続的な診療中であるのに来院の都度、初診として扱い(高い)初診料を算定していた」という事例、70%未満の要件をクリアするために虚偽の病名を付けるという悪質な事例などがあった。

厚労省保険局の阿部重一医療指導監査室長は「不正請求をしている医療機関に対しては指導から監査に切り替えて厳正に対処する。健康保険法以外の法令順守に疑義がある医療機関も多いため、医師法や医療法を所轄する積極的に情報提供して、行政的に厳正に対処したい。詐欺同然の悪質なケースは告発し、1.4倍の返還金も求める」と述べた。

また、同局の原徳壽医療課長は「憶測を含めて言えば、診療報酬で稼いでコンタクトレンズを安く売るようなことは許しがたい」と述べた。

■ 委員の反応

質疑で、診療報酬の支払い側である対馬忠明委員(健康保険組合連合会専務理事)は「ありとあらゆる不正事例があり、強い憤りを感じる」と厳正な対処を求めた。

また、対馬委員は「医療雑誌の求人情報などを見るとコンタクト診療の医師は2,000万、3,000万となっている。コンタクトの診療報酬は前回の改定で厳しくしたので下がると期待したが変わっていない。法令違反をする医師に対して、どのような指導をしているのか」と診療側の委員に投げかけた。

鈴木満委員(日本医師会常任理事)は「この問題は10年以上も前から指摘されている。眼科の専門医の先生方が『看過できない』と懸念して、前回の改定でようやく取り上げられた」と述べ、コンタクトレンズ販売店に併設された眼科診療所と眼科専門の診療所との区別を強調。

「初回の診察に2時間半かかることもある。今回の見直しは緊急避難措置として受け入れるが実態と離れた措置なので、この問題が一掃されたら適正な再評価をお願いしたい」と求めた。

西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は「知人や子どもには『きちんとした眼科で診てもらえ、コンタクトレンズ併設のところには行くな』と言っている。診療報酬とは別の形で対応していただかないと、専門の眼科医が迷惑する」と述べた。

これらの意見には支払い側の松浦稔明委員(香川県坂出市長)も「善良な眼科の医者が迷惑する」と同調。松浦委員は「今回の事例はどろぼう、詐欺、盗人のようなものなので、診療報酬だけでは善良な眼科が衰退する」として、診療報酬以外の対応も求めた。

これに対して、対馬委員は「内情は知っているはずだ。コンタクトの求人のところには、わざわざ『法令順守』と書いてある。ほかの求人には書いていないのに、かっこ書きで『法令順守』とある。今回の問題は、医師としてのモラルが問われることなので、『医師は別ですよね』と割り切らないでいただきたい」と反論した。

西澤委員は「医師だけを甘くという意味ではなく、医師だけを処分しても駄目だという意味だ。医師法などをよく知らないで就職する医師も多い。今後は、医師が法律を理解して行動できるように日本医師会と協力して進めていきたい」と述べた。

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JBM / 医療事故について荒木駿二先生の論説

Posted by guideboard on 2007/12/15/Sat

科学の進歩に、人の意識も、法制度も、遅れつつあるのだろう。科学者が社会をリードする一翼を担えるように、科学者を重用し、科学者の発言に耳を傾けるべきだ。特に、自然科学の中で医学は最も人の身近にある。

日本は主に文系の人材によって、科学までも含め、コントロールされている。

医学、医療行政には、医師がもっとリーダーシップをとるべく、活動し、行政にも入り込み、医学と法制度を繋ぐべきなのだ。

以下、大変参考になる論説であるので、参照する。


全国自治体病院協議会雑誌
協議会雑誌(平成14年6月号)

窓 MEDICINE
医療事故について思うこと
公立昭和病院院長
全自病協常務理事 荒 木 駿 二

1999年1月の横浜市立大学医学部附属病院における患者取り違え事故と,同年2月に起きた東京都立広尾病院での消毒薬静脈内誤注入による患者死亡事故という2つの大きな医療事故をきっかけとして,医療事故は連日大きく報道されるようになった。この2つの事故は,地域における高度先進医療を担うべき基幹病院で発生したことで,世の中に一層大きな波紋を投げ掛けたと言える。すべての医療関係者はこれらの報道に心を痛め,大きな危機感を抱いている。しかし,一方で医師・ナースをはじめとしたほとんどの医療従事者は,日夜患者さんの診療に全力を傾注し,献身的な努力を重ね,患者さん達の信頼も得ていると自負している。

医療事故報道は以前から数多くなされてきたが,最近の取り上げ方はきわめて興味本位でセンセーショナルであり,医療に対する不信感の増大を煽る傾向にあるのは残念である。医療事故には明らかな医療過誤を含め,医療の全過程で発生したすべての人身事故が含まれるとされるが,過失が存在しなくても多発する医療上のクレームを含めた医事紛争や,アクシデント/インシデント・レポートまで包括して「医療ミス」という言葉で報道されることもある。もう少し冷静で客観的な報道のスタイルが望ましいと思うのである。しかし,こうした報道は私達医療関係者の事故防止へ向けた努力を,従来にも増して喚起してくれた効果も認めなければならないであろう。

米国では,すでに1970〜80年代に,医療事故による損害賠償訴訟の急増から,医療の危機が大きな関心を集め,保険料の高騰や民間保険会社の撤退,保身的医療の広がりなど,深刻な問題に直面していた。当初,医療事故防止対策は民事上の損害賠償対策の色彩が濃厚であった。しかし,1990年代に入ってから,そうした損害賠償の視点だけでなく,医療事故の発生そのものを減少させるための科学的検討が行われるようになったことは注目に値する。1999年11月に公表された米国のIOM(Institute of Medicine)報告は衝撃的であった。この報告では,入院患者の2.9〜3.7%に医療事故が発生し,そのうちの6.6〜13.6 %が死亡し,米国全体では年間44,000〜98,000人が医療事故で死亡していると報告されたのである。この数字には米国でも種々批判があるようであるが,他の先進諸国でもこれに近い数字が報告されており,わが国における研究が待たれるところである。

このように,1999年はまさに医療事故防止対策元年と言ってもよい年となった。それは過去の民事訴訟・損害賠償対策とは違って,私達医療人が医療事故に正面から科学的に立ち向かう決意を新たにした年であった。わが国でも,その前年の1998年には,日本医師会医療安全対策委員会で,「医療におけるリスクマネジメントについて」という答申が出されている。ここでは,いくつかの過程が関与して医療事故が起こることを指摘し,そのシステムや組織の欠陥を是正することの重要性が強調されている。このことは,IOM報告の表題が『To Err is Human』とされ,「人は過ちを犯すもの」という前提のもとに,システム上の組織的な事故防止策を主張している内容と合致する。

厚生労働省でも,2001年9月には医療安全対策検討会議で「医療安全に関する10の要点」という標語を作成したり,2001年度を「患者安全推進年」と位置付けるなど,その対策に懸命である。現在ではほとんどの病院に医療安全対策委員会が設置され,インシデント/アクシデントの集積が行われている。今後はこれらのデータの科学的分析により,原因を究明し,対策を講じ,現場にフィードバックする作業が重要である。しかし,これらの事例をSHELモデルや4M−4E方式を用いて分析するなどの作業はようやく緒に就いたばかりで,今後の成果が期待されるところである。航空機事故や労災事故の分析から導かれたハインリッヒの法則によれば,重大事故1件に対して軽い事故が約30あり,その背後には約300のインシデントがあるという。1990年代以降は,他産業における対策を参考にしながら,TQM(Total Quality Management)の手法で対策が立てられようとしている。しかし,医療は本質的に大きなリスクを伴ったものであり,医学が進歩すればする程リスクも増大する現実がある。しかも,医療は心理面も含めて個々に異なった病状と経過を示す患者を対象としていることから,他産業のTQMを単純に導入することは困難であろう。複雑高度で不確定要素の多い医療の分野では,これをひとつの学問分野として発展させる必要があり,医療安全学の確立が急務と考えられる。

事故防止のためには,個人の責任追及よりもシステム上の欠陥を正すことの方が重要であることについては,一般のコンセンサスも得られてきたようである。しかし,ヒューマンエラーを減少させるためには,医療従事者(とくに医師)の資質を向上させることも大切である。2004年度より新卒医師に対して2年間の臨床研修が必修化されることになった。学部教育でもクリニカルクラークシップの導入が図られるなど改善の兆しも見られる。しかし,それだけでは不十分で,大学入学・卒前教育・卒後教育・生涯教育などを含めて,医師養成のための抜本的改革が必要である。現在進められている国立大学医学部の大学院大学化は,研究者の養成を目指すもので,必ずしも優れた臨床医の養成に役立つものではない。米国式のメディカルスクール構想などへの転換が必要なのではなかろうか。医療の質を高めるための専門医の養成は非常に重要であるが,現在各学会で行っている専門医・認定医制度については,その実効性に疑問がある。むしろ医師免許更新制も念頭においた生涯教育の確立の方が優先されるべきと考える。

医療安全対策を考える場合,常に気になることは,現在の急性期病院における医療従事者数の少なさである。欧米に比し数分の1の医師やナースで,安全で良質な医療が提供できるのであろうか。現状のあまりに苛酷な労働条件では医療従事者に対する厳しい注文も控え目にならざるを得ない。安全にはコストがかかることをもっと強調すべきである。最近,この「安全のためのコスト」に関して,これを「病院管理者や医療従事者が負うべき構造的,精神的,労力的な負担」にすり替えようとする意見があり,警戒を要する。最も安全であるべき病院が,実は最も危険の多い施設であることを認識し,ここにもっと人や資金を投入すべきであると思う。

最近気になることがもうひとつある。それは医療事故における「警察の介入」である。医療は18世紀に欧州で医師に対する裁量権が与えられてから発達普及してきたものである。欧米では故意によるものなど特殊な事例を除いて,刑事罰を念頭においた警察の介入はないとされている。これに対してわが国では,医師法21条でいう異状死体の届出と刑法211条の業務上過失に対する刑事罰のための届出とが渾然一体となって,医療事故による死亡や重大な障害が生じた事例では,警察への届出が義務付けられようとしている。異型輸血や消毒薬の静脈内注入など,現実に警察の捜査に委ねざるをえない事例も存在し,これらが大きく報道されるために,医療事故全般について警察の捜査を優先させようという考え方が広まっている。こうした流れは,報復的な感情を満足させることにはなっても,「起こりうる」医療事故をできるだけ減少させ,高度で複雑な医療行為に内在するリスクを科学的に検証して,安全な医療の発展に役立たせようとする考え方とは相容れない。刑事罰に相当する事件を警察が捜査することは当然であるが,医師法21条の活用と刑法211条の業務上過失致死傷罪のみで現在の医療事故の刑事責任を追及することは現実的でないと思う。このような風潮は,医療従事者を保身的な萎縮診療に向かわせるのではないかと危惧されるのである。20世紀の医療は長足の進歩を遂げ,人類に大きな福音をもたらした。一方で,医療に対する社会の見方も大きく変化し,医師のパターナリズムに任せることなく,情報開示と自己責任のもとにインフォームドコンセントが重視される時代となっている。医療の提供側とこれを受ける側との関係は大きく変化しており,これは医療の社会化と表現できるものであろう。このような時代の変化に対して,医療をめぐる法律は旧態依然としており,甚だ不備である。十分なインフォームドコンセントのもとに,医師も患者側も一定の危険性を認識した上で行われた医療行為の過程で,何らかの被害が患者側に生じた場合,これが警察に報告すべき医療過誤にあたるかどうかを直ちに判断することは困難な場合が多いのではないか。既存の刑事・民事の一般法規の適用のみでは処理不可能な時代が到来したように思う。他方,「医療だけは特別である」として,医療を法規制の枠外に置くことも不可能である。従来の一般法規の直接適用ではなく,特別法の制定も視野に入れるべき時代を迎えたのではなかろうか。

以上,さまざまな視点から医療事故について思うところを述べてきた。わが国の安全神話は,社会の各方面で崩壊していると言われている。医療においても,その信頼が大きく揺らいでいることが残念でならない。事故の原因を科学的に検証し,その発生率をできるだけ減少させるための医療安全学を確立し,医師の資質を高め,医療現場に必要なコストについては,これを惜しむべきではないと思う。医師をはじめとした医療従事者が,安心して良質で最新の医療を提供し,受療する患者側も,それを信頼できるような社会的基盤の確立も必要である。そのような,信頼関係に基づく医療を構築することは,私達医療関係者だけでなく,国や社会をリードする指導者層にも課せられた大きな責務であると思う。

公立昭和病院院長
全自病協常務理事
あらきしゅんじ

■参考文献
1)安達秀雄:医療危機管理.東京,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2001
2)小島恭子ほか:リスクマネジメントとリーダーシップNo3.東京,テクノコミュニケーションズ,2002
3)竹中郁夫:医療事故訴訟の判決からみた医療事故の傾向 病院 60(2):112−116,2001
4)長谷川敏彦:「医療事故」と「医療の質」をめぐる新たな国際的潮流−米国医学院報告書の衝撃− 病院 60(2):117−123,2001
5)村上陽一郎:「安全学の薦め」.新医療 2000年11月号:38−40

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JBM / ガリレオ裁判 4 / 亀田事件東京高裁判決

Posted by guideboard on 2007/12/14/Fri

2003 年 1 月 1 日、元日の亀田総合病院は、戦場のような修羅場だっただろう。2006 年 9 月、東京地裁で原告患者側勝訴の判決が下った。

前記事

JBM / ガリレオ裁判
JBM / ガリレオ裁判資料
JBM / ガリレオ裁判 / 草加事件資料

毎日新聞 2006.9.12
医療過誤:病院に慰謝料8100万円支払い命令
千葉地裁 判決によると、男子生徒にはぜんそくの持病があり、治療のため同病院に入通院していた。01年1月1日午前4時半ごろ吐き気を訴えて受診したところ、ぜんそく薬による中毒と診断され、胃洗浄、薬物投与などの治療を受けたが、けいれんなどを起こした。医師が血管にカテーテルを挿入した数分後、血尿が止まらなくなり、午後9時半ごろ死亡した。 病院側は「死因はぜんそく薬による中毒だった」などと主張したが、小磯裁判長は「病院側に過失があったと言わざるを得ない」と退けた。

平成18年9月11日判決言渡 平成15年(ワ)第202号損害賠償請求事件
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061106163942.pdf ( 保存 pdf 52KB )

参考リンク

http://blog.m3.com/TL/20060912/1
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061218
http://www.yabelab.net/blog/2006/09/12-005947.php
http://www.yabelab.net/blog/2007/02/07-152146.php#c40200

———-

そして、2007 年 12 月 14 日、東京高裁判決で、またも患者側勝訴 ( 賠償額 7300 万円 ) の判決が出た。
http://lohasmedical.jp/blog/2007/12/post_976.php

詳細が判明したら、また検討したい。

その他の過去関連記事

JBM / ガリレオ裁判
JBM / ガリレオ裁判資料
JBM / ガリレオ裁判 / 草加事件資料
JBM / ガリレオ裁判 2
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JBM / ガリレオ裁判 3
JBM / ガリレオ裁判 3 資料

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コンタクトレンズ診療所 / 不正の温床からアンダーグラウンドへ

Posted by guideboard on 2007/12/09/Sun

コンタクトレンズの処方を主に扱い、近隣にコンタクトレンズショップを併設している眼科診療所を、コンタクトレンズ診療所という。通常の眼科一般の診療は、建前上は扱うとしている。

それらの多くは、眼科専門医が眼科一般の診療を行う通常の眼科診療所とは異なり、眼科専門医でない医師が診療所開設者としての名義を貸し、アルバイト医師がコンタクトレンズの処方だけをしていたりする。

眼科専門医がいて、通常の眼科診療も行っているところも、もちろんある。

こういうコンタクトレンズ処方を主に行う眼科診療所をチェーン展開して傘下に持つ、コンタクトレンズ販売業者がいる。全国的に名を知られたところも、各地方にも、たくさんある。

少なくないコンタクトレンズ診療所では、保険診療の網の目をかいくぐって不正の限りを尽くし、それで処分を受けるのは院長という名義を貸した医師だけ。経営母体のコンタクトレンズ販売業者は何の痛みも感じない。

院長が監査を受けて保険医停止処分を受けたら、さっさと医院を閉めて、新しい院長を連れて来て、そのまま看板の文字だけ変えて、開業させる。

それでその院長に不正をさせて、売り上げをかすめ取って、また院長だけ処分されて,を繰り返している。

そういうコンタクトレンズ販売業者の中には、当然、アンダーグラウンドに金を流す奴がいる。大きくチェーン展開をして、何件ものコンタクトレンズ診療所とコンタクトレンズショップを開いていて、その経営者はフロント企業。

今回、厚生労働省は行政処分だけでなく、詐欺罪による刑事告発も武器として手に臨んでいる。警察のバックアップもある。なんせ相手が某勢力の資金源な訳である。

頑張れよ、厚労省。

ところで、薬事法を改正して、コンタクトレンズの医療機器区分と取り扱いを厳しくして、コンタクトレンズ販売業者を閉め出そうとしたのに、実際には良心的な眼科医院がコンタクトレンズの扱いを辞めてしまうだけの結果になった、何とも皮肉な事になってしまったのも、厚労省の失政である。

asahi.com 2007.11.17
診療報酬水増し横行 コンタクトレンズ診療所
2006年11月18日08時35分

コンタクトレンズ(CL)の購入希望者を専門的に検査する眼科診療所(CL診療所)が、診療報酬を水増し請求する例が全国で相次いでいることが、日本眼科医会の内部調査でわかった。4月の診療報酬改定でCL診療の検査料が大幅に引き下げられて以降、急増しており、このままでは水増しの合計額は年間で600億円規模になるとみられる。医会は調査結果を厚生労働省に提出、診療所への指導・監査の強化を要請した。

CL診療所をめぐっては、報酬を過剰請求しているという指摘が以前からあった。今春の改定は「CL診療にかかわる不適切な請求をなくすことも狙いのひとつ」(厚労省)だったが、改定が骨抜きにされた形だ。

全国約6500の眼科診療所のうち、CL診療所は約1300で、大半がCL量販店と患者紹介などの協力関係を結んでいる。

医会は、各都道府県で社会保険などの審査委員を務めている医会の会員を通じ、全国のCL診療所について医師名や診療報酬明細書(レセプト)の内容について継続的に調査を続けてきた。それによると、CL診療所が1カ月に提出するレセプトは平均約1400件で、一般の眼科診療所の約1.5〜十数倍。大半の診療所が約8割を初診患者として扱い、1診療所あたりの月間保険請求額は約870万円に上っていた。

4月の改定では、さまざまな検査料について出来高方式で加算していた保険点数を一本化した上、CL患者の割合が70%以上を占める眼科診療所の点数が大幅に引き下げられた。大半のCL診療所が引き下げの対象になるため、一つの診療所あたりの請求額が月間約250万円の請求に減るとみられていた。

しかし、全国の審査委員からは「改定後も、CL診療所は以前と同レベルの件数や金額で保険請求を続けている」という報告が相次いでおり、今回の集計で、1300のうち約1000カ所の診療所で、水増し請求が行われている可能性が高いことが判明したという。

水増しは、CLの利用者を未経験者に偽装するほか、全患者数に占めるCL患者の割合を70%未満にしたり、CL検査以外の目の病気を治療して一般の眼科患者を装ったりしている。この結果、改定前と同程度の保険点数を請求している例が大半という。医会の関係者によると、水増し額は1カ月あたり約50億円で年600億円にのぼる可能性が高いという。実際、九州地方のある県で、社会保険事務局が調べたところ、大半の診療所で不正が認められたという。

不正請求が明らかになった場合、診療所は保険支払機関から返還を求められたり、医師の保険医登録が取り消されたりすることもある。

日本眼科医会の吉田博副会長は「大半のCL診療所で水増し請求が行われている可能性が極めて高い。量販店系列の複数の診療所で同じ手口が使われるなど組織的と思われる例もある。診療報酬の改定の効果を上げるためにも、行政による一斉立ち入りなど積極的な指導・監査が不可欠だ」と話している。



〈コンタクトレンズの診療報酬〉
日本眼科医会によると国内の眼科の総医療費は約1兆円で、このうちCL診療所の医療費が約1400億円を占めていた。ただ、1人の患者に何度も初診料を算定している例などもあった。このため保険給付範囲を明確にしてCLの医療費を約1000億円削減することを目的に、診療報酬改定で、従来は精密眼底検査など個別検査の保険点数を加算していたのを、一括した点数に統一した。CL診療所のように患者全体に占めるCL利用者の割合が70%以上の場合、70%未満の一般眼科に比べて保険点数が約半分に減った。またCL利用者に対する定期検査は保険給付の対象外▽初診料は1人につき最初の1回などとなった。

YOMIURI ONLINE 2007.12.5
コンタクトレンズ診療所、医師の名義貸し横行

コンタクトレンズ購入者の目の検査などをする眼科診療所(コンタクトレンズ診療所)で、勤務実態のない医師が管理医師として名前を貸して報酬を得る「名義貸し」が頻繁に行われている疑いが強まり、厚生労働省は実態調査を行うことを決めた。

診療所の管理医師は常勤が原則で、勤務実態がないと医療法などに抵触する可能性がある。

コンタクトレンズ診療所をめぐっては、診療報酬の不正請求が相次いでいるとして、同省が全国約100か所の監査・指導を進めており、名義貸し問題もその中で調べ、実態を解明する方針だ。

コンタクトレンズ診療所の大半は、販売店に隣接して作られ、全国に約1300ある。

医療法や同省の通知などによると、診療所には常勤の管理医師を置くのが原則で、同じ人が二つの施設の管理医師を兼務することも原則としてできない。このため、他の医療機関で働く医師が管理医師を兼ねるのは難しいのが現実だ。

仲介業者に医師の募集を委託しているコンタクトレンズ診療所も少なくないと言われる。医療専門誌の募集広告には、「管理医師 経験不問 在住地問わず 登録のみ」と、名義貸しの医師を募るとも取れる内容を堂々と掲載しているケースもある。

最近まで東京都内のコンタクトレンズ診療所に名義を貸していた神奈川県内の総合病院の勤務医(男性)は読売新聞の取材に「後ろめたい。長く続けてはいけないと思っていたが、金にひかれてしまった」と重い口を開いた。半年以上も前、管理医師となったが、診療所に行ったのは2回だけ。それでも毎月20万円が管理料として振り込まれてくる。

名義貸しをしていた先輩医師から「いい副業がある」と紹介されて始めた。精神科が専門で眼科の診療経験はなかった。「目の治療が必要な人がきたらどうしよう」と不安になったが、「管理料をもらうだけで、診察はしないから大丈夫」と言われたという。

管理医師になった直後、たまたま診療所に行った時、「点眼薬をほしい」という患者がきた。「目薬のことはわからなくて、急いでほかの診療所へ行ってくださいと答えた」と振り返る。

自分の代わりのアルバイト医師の派遣も、先輩医師から紹介された人に任せた。診療所で誰が働いているかも知らない。医師以外の人が処方せんを書くと医師法違反になるだけに、「今思うと怖い。事故が起きたら責任があるし、早く辞めたいと思った」と話す。

別の埼玉県の診療所で管理医師を務める都内の外科の勤務医(男性)も、最近は月1回しか行かない。普段診療所に勤務している医師のことを知らないといい、「それは管理医師としてまずいことだとは思う」と認める。

コンタクトレンズ診療所を巡っては、必要のない検査を行うなどの不正があったことから、昨年4月、レンズの処方に関する診療報酬が大幅に切り下げられた。

しかし、昨年末に、「水増し請求などの不正を行っている診療所が多数」と日本眼科医会が調査結果を公表。厚労省が今春、指導を行った。だが、改善がみられない診療所が多数あるとして、今月から指導、監査に乗り出した。

日本眼科医会の吉田博副会長は「名義貸しの話はかなり聞いている。無資格者が検査をし、たまにしか来ない医師の名前を使って処方せんを書いているところもあるようだ。コンタクトレンズによる目の障害も起きかねないだけに、医師としてのモラルも問題だ。厚労省は厳しく対応してほしい」と話している。
(2007年12月5日14時31分 読売新聞)

毎日 jp 2007.12.4
コンタクトレンズ:厚労省が診療所を指導・監査へ

コンタクトレンズの購入希望者を専門的に検査する眼科診療所で診療報酬の不正請求が相次いでいるとして、厚生労働省と各地の社会保険事務局は悪質な診療所の指導・監査に乗り出した。昨年度からコンタクトレンズ診療所の診療報酬が大幅に引き下げられたにもかかわらず、請求額が減っていない状況を受けた措置で、対象は100カ所以上になるとみられる。

コンタクトレンズ診療所は全国に約1200施設あり、大半は販売店と提携して患者の紹介を受けている。必要のない検査や何度も初診料を請求するケースが多く、厚労省は昨年4月の診療報酬改定で出来高加算だった検査の保険点数を包括化し、コンタクト使用者が外来患者の70%を超える場合は点数を一般眼科の半分にした。

しかし、日本眼科医会の調査によると、コンタクトレンズ診療所からの保険請求は05年度から06年度にかけ約400億円しか減らず、約1000億円の圧縮を見込んだ厚労省の試算と大きな隔たりがあった。収入を維持するため、割高な検査料を不正請求したり、コンタクトレンズの購入者を別の病気のようにカルテに記載し、コンタクトの処方を70%以下に装う診療所が多いという。

監査で不正が発覚した場合、診療報酬の水増し分の返還や、保険医療機関取り消しの処分がある。処分逃れのための廃院や返還拒否が分かれば、刑事告発が検討される。

コンタクトレンズ診療所を巡っては、実際は勤務していない医師による管理者の名義貸しも問題になっており、日本眼科医会などは実質的に診療所を経営する販売店の取り締まりも求めている。【清水健二】
毎日新聞 2007年12月3日 19時19分


こういう論説を見ることができる。

勤務医 開業つれづれ日記
■悪いやつほどよく眠る 「コンタクトレンズ診療所、医師の名義貸し横行」のコメント欄より。

もともと、2年前の削減時に、眼科の削減分はコンタクトを差し出した格好で決着をつけたと思います。

眼科医会は長年の敵対相手であるコンタクト業者に打撃を与えるべく、自分たちにも影響出るのを覚悟の上でコンタクト診療は定額の上、半額なんてむちゃな要求をのんだわけです。

施行後には、少しだけコンタクト販売所が減ったものの、ほとんどは非合法すれすれの院長ローテートや不正請求で生き残りました。

それを叩くべく、今年の11月まで個別指導して少しだけ締め上げましたが、コンタクト販売所はびびる所か院長使い捨て戦法にまで出てきて効果は上がっていません。

さて、今は診療報酬改定真っ只中ですが、今回の騒動は、眼科の更なる引き下げ要求に対して眼科医会側から引き下げ要求の前にまずは効果の上がっていないコンタクト診療所をなんとかしろ言われて、厚生省が「実態調査」なんて温いことし出したのだと思ってます。

眼科医会側は引き下げ要求の引き伸ばし、厚生省は働いている所をデモできるので両者思惑一致しての実態調査でしょうが、こんな事してもコンタクト販売所は痛くも痒くもないでしょうね。さらなる戦法はコンタクトを保険診療から外す事ですが、これは2年前の改正時に限定的に施行したところ、患者からのクレームが厚生省に上がって3カ月で方針転換した経緯がありますので難しいでしょう。

コンタクト販売所との戦いはまだまだ続きそうですが、医療の分野に小規模資本主義が入るとどうなるか、良い見本だと思います

また、こういう論説もある。某所より入手した、2006 年中頃に書かれた、眼科専門医の手によるものである。

コンタクトレンズ以下 ( CL ) にまつわる諸問題について、眼科以外の先生方にはあまり知られていない ( であろう )、ここ何年かの制度の変遷をご紹介する。思い出す度に憤懣やる方なく、若干の私見も含まれることをお許し願いたい。

CL 安売り店に併設する、いわゆる「CL 診療所」が○○県で始めて開設されたのが平成の初めの頃である。○○でコンタクトレンズ量販店に隣接して、卒後研修 1 年目の内科医師が眼科診療所を開設し、新聞ネタにもなったことを記憶にとどめておられる先生もおられるかもしれない。この時の顛末は、市民の目の健康を守る立場で異を唱えた○○眼科医会が、逆に公正取引委員会より勧告を受けたことにより終結した。それを機に ( お墨付きということではないであろうが ) 今は○○近辺に数え切れないほどの CL 診療所が乱立している。

○○○ ( 某地方都市名 ) も例外ではなく、ここ 2 年の間に JR ○○駅北側、○○駅南側に相次いで CL 診療所が開設された ( もちろん医師会には非入会 )。この手の診療所は「地域医療」とは当然のごとく全く無縁で、利益を得る為に保険制度を利用して医療費をむさぼり食う、という構図で成り立っている。CL の仕入れの量が圧倒的に多いために、仕入れ値も安くなる。さらに、その仕入れ値以下という一般眼科医院では考えられないような破格の値段で売りさばいても、1 カ月に 1400 件 ( 全国平均 ) は下らないと言われている診療報酬で充分儲けが出るのである。なぜならば、そのレセプト内容がスゴイのである。初診率が 80% 以上もあり、画一的な検査がずらりと行われている。一部では、CL を買いに来る患者さんの年齢層を考えると、到底考えにくいような「緑内障」等のための高点数の検査を行うために、それに見合った ( 架空の ) 病名をつけている所もあると聞く。ひとつひとつのレセプトとしては、何ら問題はないかもしれないが、これが大量に出てくると、指導・監査の対象になってもおかしくない。しかし、そういう診療所に監査が入ったとか、保険医取消しになった ( 閉院した )、という話は一向に聞かない。

全国では、眼科標梼の診療所 6475 施設中、いわゆる CL 診療所と判断されている所が 1337 施設を数える。CL 診療所から請求される医療費は 1400 億円に上ると ( 別資料によると 2000 億円とも ) 言われている。柔整に関してもそうであるが、「医療費が増大している」と叫ばれる中、「正当に使われていない医療費」等についても並列に言及したマスコミは全くない。そして医療費抑制政策で、いつも割を食うのは国民と「真面目な」医師なのである。日本眼科医会は CL 診療所対策を国に訴え続けた。しかし厚労省は聞く耳を持たなかった。国民が CL を購入する場合、自己責任を強調することで国の責任を転嫁していたのである。それでも CL 健康被害は絶えず報告され続け、無駄な医療費も増大し続けていった。

そこで、ようやく厚労省が出した答えは、とんでもない見当違いの施策であった。それが昨年 4 月からの改正薬事法「高度管理医療機器等販売に係る申請」であった。「CL 販売時の品質管理を厳重にする」ために、診療所と CL 販売・管理部分は公道を挟んで別棟にしなければならない、等という内容であった。もともと「原則として診療所と CL 部門は入口を別にする」という非現実的な法律が存在していた。しかし、その法律に準拠して開設しているのは、いわゆる CL 診療所の方であり、ほとんどがそのような無駄な法律に添った形体にはしていなかった一般眼科医院は、無用のコストと労力を強いられたのである。この件で、診療所の改築が不可能と判断し、CL の取扱いを諦めた眼科医もあり ( 閉院された所もあった )、そこの患者さんが仕方なく CL 診療所へ流れてしまい、ますます健康被害を増大させてしまう、という全く逆の結果を招いてしまった。実際の医療現場を少しでも把握していれば、こういった事態は簡単に予測できたはずである。そういった意味でも、頭の良い人が集まっているであろう厚労省が何もかも充分承知の上で、一般眼科医に対する嫌がらせでやったとしか思えないような改正であった。

そして、声高に医療費削減が叫ばれる中、国民の健康という観点からではなく、財政面からせっつかれた厚労省が、ようやく CL 診療所対策に本腰を入れてきたと思われたのが、今年の 4 月からの保険改正である。申請 6 ケ月前の外来件数の内、CL 関連の診療件数の割合を社会保険事務局に届け、その割合によって、包括化される CL 診療にかかわる検査点数が変わる、というものである。その割合が 70% 以上 ( 一般眼科医院は 7 ∼ 10% 程度)になるであろう、いわゆる CL 診療所は、この 4 月から初診・再診ともに、かなり圧縮された点数しか請求できなくなった ( はずである )。

果たして、CL 診療所は経営を諦め、次々に撤退しているのであろうか。今の所、そういった話は聞いていない。しかも、今回の改正に伴って様々な保険の縛りや解釈の情報が錯綜したため、一般眼科医院の現場の方に混乱をもたらしている。真面目に考えると、どこまでが CL 診療で、どこから一般診療なのか非常に判断しづらいのである。これも少し考えてみると予想されたことであるが、もともと医の倫理を持ち合わせていない者 ( CL 診療所 ) が正直に今回の改正に従うわけもなく、包括化を避ける目的で屈折病名以外の病名を追加すれば、不必要な検査や投薬がこれまでと同様に行える(と考えられる)ので、全く抑止力にならず、医療費削減も期待できないのではないだろうか。社会保険事務局を疑うわけではないが、そもそも CL 診療件数の割合届出の受理も正当に判断されたかどうかも、我々には確認できないのである。

もうしばらくは静観、ということになりそうであるが、まだまだ我々下々の者には計り知れぬ世界があるのかもしれない。

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医療系ブログの認知 / 新小児科医のつぶやき

Posted by guideboard on 2007/11/25/Sun

『新小児科医のつぶやき』CNET Japan http://japan.cnet.com/ の記事中に取り上げられている。

日本は、世界のブログの何割かが日本語で書かれていると言われるほどの、いわばブログ大国である。その中で医療、特に医師が書くブログなど、書き手の絶対数が少ない事、一般の人の興味を引くような事の少ない、専門的な世界が展開される事から、認知度は低いと思われる。

大淀事件のとき、医師が書くブログは反社会的な印象を持って報道されたが、その実態は、専門家による専門的な検討の場としてのものであった。

悪名報道として始まった医師の手によるブログの認知は、ここにきて、急速に社会の中で評価される方向に変わり始めたようだ。公平で専門的な考察が積み重なったブログは、医師の手によるブログの中でも数を増やしつつあり、その最先端に位置すると衆目が認めるものが『新小児科医のつぶやき』である。

———-

ブログ界の Nature ともいえるアルファブロガー・アワードに、医療問題を扱ったブログ 2 件がノミネートされ、中間集計で上位に来ている。

一つが、上記『新小児科医のつぶやき』、もう一つ、中間集計で上位に天漢日乗が来ている。

掘り下げた考察と充実したコメント陣の新小児科医のつぶやき、情報収集力と鋭い考察の天漢日乗、いずれも必読のブログである。

投票はこちらから

医療問題が社会に周知されるためにも、2007 年 12 月 2 日の投票締切までに、ランクアップして、ぜひとも受章の栄誉に輝いて頂きたい。

『新小児科医のつぶやき』が取り上げられた CNET Japan の記事を参照して頂きたい。ブログは、新しい価値観が社会に登場して少し日にちが経ち、一部の伝道師 ( evangelist ) だけのものから多くの人が当たり前に使うものになった時点での現象、以下の記事でいうところの浸透と拡散、そういうフェーズに入った。すなわち、これまでの単なる個人の日記ではなく、新しい知の共有手段となっているのだ。

以下、
http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2007/11/25/entry_25002161/
より引用

佐々木俊尚 ジャーナリストの視点

ブログの「浸透と拡散」

公開日時:2007/11/25 11:50
著者:佐々木俊尚

11月23日、「ブログ限界論」をテーマにしたRTCカンファレンスに出席した。このテーマについてはご存じの通り、上原仁さんの事前アジェンダ設定がかなりの波紋を巻き起こし、さまざまなブログでさまざまな意見が書かれた。議論がどう広がっていったのかについては、徳力基彦さんのブログに詳しく書かれている。

当日、会場で話したことや話し足りなかったことなどを、この場で捕捉しておきたい。

昨年ごろから、ブログの世界に地殻変動が少しずつ起きてきているように思う。その地殻変動をシンボリックに体現しているのが、今年のアルファブロガー・アワードだ。アルファブロガーたちが選んだノミネートブログのリストを見ると、これまでのようなIT系や経済社会論壇系から外れて、より幅の広い分野に広がってきていることがわかる。たとえば、このノミネートリストの中でかなりの票を集めているらしい『会社法で遊ぼ。』。診療所勤務の医師の方が書かれている『新小児科医のつぶやき』など、従来なら「アルファ」と呼ばれなかったであろう専門性の高いブログが数多く候補に挙がっている。言ってみればこれは、ジェネラルなブログから、エキスパートなブログへの普及・拡散が起きていることの証明でもある。

ほんの二年ほど前までは、ブログの世界はおそらくとても小さかった。書いている側も、読んでいる側も、それぞれインターネットの先端的ユーザーで、ネットの世界の空気感を共有していた。つまりは同じ価値観という基盤の中で生きていて、他のブロガーたちに仲間意識を感じ、だからこそブロゴスフィアから派生したリアルの人間関係を培うこともてきたのだった。

ところがいまや、ブログの普及と拡散とともに、その共通の価値観は失われつつある。いや、失われてはいないのだが、その価値観を共有するコミュニティの規模をはるかに超える速度で、ブロゴスフィアは広がりつつある。

この状況は、1970年代にSF小説の世界が迎えた「浸透と拡散」フェーズと酷似している。もともと日本のSFはごく少数の書き手たち--星新一や筒井康隆、小松左京、福島正美といった先駆的な作家たちによって切りひらかれ、しかし1960年代までは世間にはほとんど認知されていなかった。文壇のメインストリームからも無視され、SFというのはごく一部の人たちだけが楽しむ小さなコミュニティ内文学だったのだ。

ところが1970年代にはいると、状況が変わる。1973年に小松左京の『日本沈没』がベストセラーとなり、1977年には『スターウォーズ』第一作が公開された。『宇宙戦艦ヤマト』も登場し、少し遅れて『機動戦士ガンダム』もやってきた。この結果、SF的なものは世間に受け入れられるようになり、市民権を得た。これまでSFを無視していた純文学、大衆文学の作家たちも、SF小説的な設定を取り入れるようになった。

この状況はSF業界にとっては喜ばしいことではあったのだが、しかし一方で、こうしてSFが普及していくことを「SFが拡散してしまおうとしている」と嘆く人も少なくなかった。1960年代まで日本SFの世界が持っていた先端性が薄れ、毒が消え、大衆文化に堕していく。スピリット・オブ・ワンダーが失われていく。そういう「SF的精神」が徐々に消失していくと考えられたのだ。さらに加えて、それまでの日本SF業界が持っていた小コミュニティ的な気持ちよさが失われ、一般化してしまうことに対する寂しさもあったのだろう。

そしてこの状況を指して、SF業界の人たちは「SFの浸透と拡散」という言葉で呼んだのだった。

当時私は地方の高校生で、早川書房の『SFマガジン』を愛読していたから、このような論争が中央で起きていたことは何となく理解していたけれども、しかしそういう古いSFの変質なんかよりもずっと、新しいSFの世界の強い興奮を抱いていた。つまりは『日本沈没』や『スターウォーズ』、『宇宙戦艦ヤマト』に対するときめきの方が、古いSF世界への郷愁に勝っていたのである。古いものよりも新しいものにときめきを感じるのは、高校生なのだから当然といえば当然だった。

いまのブロゴスフィアをめぐる状況は、1970年代のSFとまったく同じように思える。ブログは普及し、浸透し、拡散しつつある。いまやかつてのあたたかいブログ共同体は、現在のブログ圏域とイコールではなくなっている。失われた共同体を懐かしんでもしかたないし、日々面白いブログは日本のあちこちで生まれてきているし、それを一生懸命発掘して必死で読まなければならない。

たぶん私がいま高校生だったら、「へー、ブログの限界とか議論している人たちがいるんだ」と感心しながら、しかし新しいブログを読んだり、モバゲータウンで誰かと会ったり、魔法のiらんどでケータイ小説を読んだりするのにときめきを感じているかもしれない。時代は後戻りしないのだ。

次のエントリーも、この話を少し続ける予定です。

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医療崩壊 / 殉職

Posted by guideboard on 2007/11/24/Sat

まずここをご覧頂きたい。

犠牲 http://blog.m3.com/nana/20071120/1

若い医師が勤務中に亡くなられた。心身をすり減らす職務の行き着いた先だった。

また、少し以前になるが、私の同級生が浴槽に沈んでいるところを発見された。

倫理観、使命感、それが至上命題として現場の医師の背中に乗りかかっている。これまでコスト、アクセス、クォリティを奇跡的に並立させて来た日本の医療制度は、現場の医師と医療従事者たちの献身によって支えられて来た。

日本の医療は、これまで成し遂げて来た奇跡の基盤が崩れつつある。これらの尊い犠牲をもってしても防げない。それでもなお、日本人は現場に献身を求める。赤ひげだの、ヒポクラテスだの、医療で社会保障費を削るだの、僻地勤務義務化だの、さらなる犠牲者の山を築こうというのか。

今は、殉職と言ってよいだろうこれらの方々の冥福を祈るのみだが、このままでは済ませられない。

関連のリンク

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医療崩壊 / 僻地医療崩壊の歌

Posted by guideboard on 2007/11/24/Sat

僻地医療が崩壊する要因を取り上げて歌にしたものが YouTube にあった。2007 年、医療崩壊が決定的となったこの時期の記憶に残すべきものである。

僻地医療崩壊を歌う
http://jp.youtube.com/watch?v=hmd7wCkjV3Q

またビデオに保存してあるものもある。
QuickTime movie, MPEG-4, 480 × 480 pixels, 33.8MB

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JBM / 死因究明機関 / 日本医師会の大罪

Posted by guideboard on 2007/11/17/Sat

虎ノ門病院泌尿器科部長、小松秀樹先生が、2007 年 11 月 17 日、九州医師会総会で講演した内容である。転送可ということである。

——————–

2007年11月17日

日本医師会の大罪

虎の門病院 泌尿器科 小松秀樹

  • 国民と患者のため、医療の改善と向上のため、現場の医師による自律的な集団が必要である
  • 厚生労働省は医師に対する全体主義的な統制を行う強大な力を手に入れつつある
  • 過剰な統制は自律性を奪い、医療システムを破壊する
  • 日本医師会の役員の一部は全ての現場の医師を裏切り、厚労省に加担した
  • いま、日本医師会に対し、現場の医師は自らの意見を明確に主張しなければならない
  • 国民と患者には、自分達自身と家族のために、現場の医師を支援していただきたい

07年10月17日、厚労省は診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する第二次試案を発表した。
その骨子は以下のようなものである。

1) 委員会(厚労省に所属する八条委員会)は「医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者」により構成される。

2) 「診療関連死の届出を義務化」して「怠った場合には何らかのペナルティを科す」。

3) 「行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう、」「調査報告書を活用できることとする」。

4) 「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う」。

第二次試案は、この制度の検討会の座長で刑法学者である前田雅英氏の主張「法的責任追及に活用」(讀賣新聞07年8月14日)に一致している。法的責任追及という理念の実現が目的であり、これが現実に人々に何をもたらすのかを、多様な視点から考えた形跡がない。日本の刑法学はマルキシズムと同様、ドイツ観念論の系譜にある。理念が走り始めるとブレーキがかかりにくい。ここまでの統制が、医療に対して求められなければならないとすれば、他の社会システム、例えば、裁判所、検察、行政、政党、株式会社、市民団体などにも、相応の水準の統制が求められることになる。理解しやすくするためにこの状況をメディアに置き換えてみる。

1) 報道被害調査委員会を総務省に八条委員会として設置する。事務は総務省が所管する。

2) 委員会は「報道関係者、法律関係者、被害者の立場を代表する者」により構成される。

3) 「報道関連被害」の届出を「加害者側」の報道機関に対して義務化し、怠った場合にはペナルティを科す。

4) 行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう、調査報告書を活用できることとする。

5) ジャーナリストの行政処分のための報道懲罰委員会を八条委員会として総務省に設置する。報道被害調査委員会の調査報告書を活用して、ジャーナリストとして不適切な行動があった者を処分する。

厚労省医政局の幹部には歴史的視点と判断のバックボーンとなる哲学が欠如している。そもそもわが国の死亡時医学検索制度の貧弱さこそが問題なのだという現状認識すらない。このような異様な制度は、独裁国家以外には存在しない。独裁国家ではジャーナリズムが圧殺されたばかりでなく、医療の進歩も止まった。

私は、自由とか人間性というような主義主張のために、過剰な統制に反対しているのではない。この制度が結果として適切な医療の提供を阻害する方向に働くからである。
システムの自律性が保たなければそのシステムが破壊され、機能しなくなる。「システムの作動の閉鎖性」(ニクラス・ルーマン)は、社会システム理論の事実認識であり、価値判断とは無関係にある。機能分化した個々のシステムの中枢に、外部が入り込んで支配するようになると、もはやシステムとして成立しない。
例えば、自民党の総務会で市民団体、社民党、共産党の関係者が多数を占めると、自民党は成立しない。内部の統制は内部で行うべきであり、外部からの統制は裁判のように、システムの外で実施されるべきである。
そもそも厚労省は、医療を完全に支配するような強大な権力を持つことの責任を引き受けられるような状況にあるのだろうか。当否はべつにして、厚労省はメディア、政治から絶え間ない攻撃を受け続けてきた。政府の抱える深刻な紛争の多くが厚労省の所管事項である。
憲法上、政治が上位にあるため、厚労省は攻撃にひたすら耐えるしかない。しばしば、攻撃側の論理を受け入れて、ときに身内を切り、現場に無理な要求をしてきた。
現在の厚労省に、社会全体の利益を配慮したブレのない判断を求めることは無理であり、強大な権限を集中させることは、どう考えても危険である。

第二次試案発表から15日目の07年11月1日、ほとんど報道されなかったが、日本の医療の歴史を大きく変えかねないような重要な会議があった。自民党が、医療関係者をよんで、厚労省の第二次試案についてヒアリングを行った。厚労省、法務省、警察庁の担当者も出席した。日本医師会副会長の竹嶋康弘氏、日本病院団体協議会副議長の山本修三氏、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業事務局長の山口徹虎の門病院院長(立場としては学会代表)が意見を述べた。
私はめったなことでは驚かないが、この会議の第一報を聞いたときには、びっくりした。全員、第二次試案に賛成したのである。
なぜ驚いたか。07年4月以来、この制度について検討会で議論されてきた。ヒアリングに出席した山口徹モデル事業事務局長、日本医師会の木下勝之理事、日本病院団体協議会の堺秀人氏、の三氏は検討会の委員として、この間、議論に加わってきた。私自身、第二回検討会で意見を述べる機会を得たが、検討会では猛スピードで議論がすすめられた。議論はかみ合わず、かみ合わせようとする努力もなしに、多様な意見が言いっぱなしになった。
8月24日に発表された「これまでの議論の整理」も、多様な意見が併記されていただけだった。

自民党の働きかけが、モデル事業、日本医師会、日本病院団体協議会の三者に、第二次試案に対し賛成か反対か態度を鮮明にすることを迫った。自民党の迫力に背中を押されて、三つの団体が賛成の機関決定をした。結果として、自民党に対し、大半の医師が第二次試案に賛成しているというメッセージを送った。
日本医師会はなぜ賛成したのか。前会長は、小泉自民党と対立した。現会長になって、自民党につきしたがうようになったが、
それでも邪険にされつづけている。
日本医師会の最大の関心事は診療報酬改定である。現在、診療報酬の改定作業が進行中である。厚労省の第二次試案に賛成することが、自民党を支えることになり、診療報酬改定で自分たちが有利になるとの期待があると考えるしか、日本医師会の行動を合理的には解釈できない。だとすれば、目先の利益を、今後数十年の医療の将来に優先させたと非難されるべきである。
よく考えると、日本医師会の行動が、目先の利益につながるのかどうかも疑わしい。
自民党内にも、第二次試案に対する疑問の声はある。第二次試案の真の姿が、社会に広く理解されるようになったとき、第二次試案でよいとする説得力のある理由が用意できていなければ、日本医師会の信頼性が更に低下する。実際、一部の医師会役員は、執行部が第二次試案に賛成したことを知って激怒したときく。

私には、日本医師会が時代から取り残されているように思える。現場で働く開業医と議論すると、日本医師会の中枢を占める老人たちとの間に、越え難い溝があることがよく分かる。この危うい状況を本気で検証して、対策を講じないと日本医師会に将来はない。

現場の医師はどうすべきか。このままだと、医療制度の中心部に行政と司法と「被害者代表」が入り込み、医師は監視され、処罰が日常的に検討されることになる。この案に反対なら、それを示さないといけない。
自民党の理解では、医師がこの案に賛成していることになってしまったからだ。モデル事業運営委員会、日本医師会の指導者、病院団体に意見を撤回させて、それと同時に、多くの医師がこの案に反対していることを自民党にも分かるようにしなければならない。
学者は無視して、ここは、行動の対象を最大の政治力を持つ日本医師会の一部役員に絞るべきである。
第二次試案では、勤務医のみならず、開業医も厚労省のご機嫌を伺いながら、常に処分を気にしつつ診療することになろう。積極的な医療は実施しにくくなる。開業医と勤務医の共通の問題と捉えるなら、日本医師会内部で執行部に抗議をして撤回を迫るべきである。

しかし、第二次試案は開業医より、勤務医にとってはるかに深刻な問題である。第二次試案は主として勤務医の問題といってよい。産科開業医等を除くと、日本の診療所開業医は高いリスクを積極的に冒すことによって生死を乗り越えるような医療にあまり関与しない。
勤務医の多くは、目の前の患者のため、リスクの高い医療を放棄できない。日本医師会には多くの勤務医が加入している。勤務医と日本医師会の関係が問題になる。端的にいうと、日本医師会が勤務医の意見を代弁してきたのかということである。
勤務医は収入が少ないので、会費が安く設定されている。このためかどうか知らないが、代議員の投票権がない。発言権がないといってよい。それでも、日本医師会は医師を代表する団体であるとして振舞いたいので、勤務医の加入を推進してきた。
「勤務医と開業医が対立すると、厚労省のいいように分割統治されるので、勤務医も日本医師会に加入すべきだ」という論理が使われてきたが、日本医師会は、常に、開業医の利害を代弁し、勤務医の利害には一貫して冷淡だった。
最近、日本医師会の役員が、勤務医の利害を配慮してこなかったと反省を表明するようになったが、今回の問題でそれがリップサービスに過ぎないことが明白になった。どうみても、勤務医は「だしにつかわれてきた」と考えるのが自然である。

そこで勤務医のとるべき態度である。これは、日本医師会に抗議すれば済むような生易しい利害の抵触ではない。第二次試案に賛成か、反対かを確認するだけで、抗議する必要はない。生命を救うためにぎりぎりまで努力する医師を苦しめ、今後数十年の医療の混迷を決定づける案に日本医師会が賛成していることが確かならば、すべての勤務医は日本医師会を脱退して、勤務医の団体を創設すべきである。

開業医と勤務医の大同団結を説く声をよく聞く。従来、その立場をとってきた友人が、今回の日本医師会の行動をみて、医師会に期待することの限界を感じたと連絡してきた。そもそも、勤務医が医師会の第二身分に据え置かれるような形が続く限り、人間の性質上、勤務医が本気で医師会と協調することはありえない。
勤務医の組織ができて初めて、協調の基盤ができる。今では医師会の理不尽なルールそのものが、医師会の正当性を阻害し、開業医の利益を損ねている。

まず実施すべきことは、勤務医医師会の創設と、患者により安全な医療を提供するための、勤務環境改善を含めた体制整備である。
この中には、再教育を主体とした医師の自浄のための努力も含まれる。自浄作用がないような団体が、自分の利益を言い募っても、周囲には醜く映るだけで説得力はない。
臨床医として活動する医師の登録制度を自律的処分制度として活用している国が多い。全ての勤務医と一部の開業医だけでも、なんとか工夫をして、国の力を借りずに自浄のための制度を立ち上げたい。
これは国民に提供する医療の水準を向上させ、かつ、医師が誇りを持って働くことにつながる。

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JBM / 死因究明機関 / 医療の内部に司法を持ち込むことのリスク

Posted by guideboard on 2007/11/17/Sat

虎ノ門病院泌尿器科部長、小松秀樹先生が、2007 年 11 月 17 日、九州医師会総会で講演した内容である。転送しまくって欲しいということである。

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医療の内部に司法を持ち込むことのリスク
医療と司法の齟齬の解決は多段階で時間をかけて

虎の門病院 泌尿器科 小松秀樹

厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」が07年4月に発足した。いわゆる「医療事故調」の設立のための検討会である。私は、第2回の会合で意見を述べる機会を得たが、各委員がキーワードの「医療関連死」という言葉さえ異なるニュアンスで使っているような状態で、議論が全くかみ合っていなかった。
驚いたのは、議論をかみ合わせようとする努力なしに、猛スピードで議論が進められたことだ。議論をしたという実績を残そうとしているとの強い印象を受けた。
その後漏れ聞く情報によれば、「医療事故調」に、社会保険庁解体に伴って生じた余剰人員を吸収したいという意図があるとのことだった。本当かどうか知る立場にないが、これが本当なら、厚労省は、省益のために、将来の日本の基本設計の議論をないがしろにしたと非難されても仕方がない。

07年8月末に公表された「これまでの議論の整理」も何の方向性も見いだせておらず、成果はないに等しい。私は検討会の座長である刑法学者の前田雅英氏と07年8月14日の讀賣新聞朝刊で誌上討論を行った。
前田氏との主張には「法的責任追及に活用」、私の主張には「紛争解決で『医療』守る」の見出しがつけられた。この議論から、厚労省の狙いが、法的責任追及に向いていることが強く懸念された。

07年10月17日、厚労省は検討会の議論とは別に、独自の第二次試案を発表した。案の定、「行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行えるようこれらにおいて委員会の調査報告書を活用できることとする」と明記されていた。

「医療関係者の中に悪いことをしている奴がいる。そいつらを見付け出して罰してやろう」というスタンスである。罰則で報告を義務付け、医療事故を広い範囲で収集して、罰をあたえるかどうか網羅的に検討しようとするものである。医療について十分理解していない法律家が評価を下し、政治の支配をうける行政官が事務方を担当することになれば、医師は逃げ出さざるを得なくなる。
法律家は医療がどのようなものかほとんど知らない。通常の患者と同じく、しばしば、医療は無謬でなければならないという前提に立っている。現代医学は万能であり、医療行為が適切であれば、有害なことは起こり得えないと信じているふしがある。有害なことが起きれば、それは善悪の問題であり、システムや費用のかけ方の問題ではないと思っているし、なによりも、医療が不確実で限界があることを理解していない。

さらに、本邦特有の問題がある。行政官、とりわけ、厚労省の行政官は政治とメディアから、正当なもの不当なものを問わず、激しい攻撃を受け続けている。このため、攻撃をかわすこと、すなわち、自己責任の回避が行動の基本原理の一つにならざるをえず、しばしば大衆メディア道徳とでもいうべき現実無視の論理に同調して、同僚を切り、あるいは、現場に無理な要求をしてきた。

司法、政治、メディアはものごとがうまくいかないとき、規範や制裁を振りかざして、相手を変えようとする。これに対し、医療、工学、航空運輸など専門家の世界では、うまくいかないことがあると、研究や試行錯誤を繰り返して、自らの知識・技術を進歩させようとする。あるいは、規範そのものを変更しようとする。
社会学者ニクラス・ルーマンは、司法・政治・メディアなどを規範的予期類型、医療・工学・航空運輸などを認知的予期類型に大別し、両者の考え方の違いを整理した。
「(違背にあって)学習するかしないか それが違いだ」とルーマンは表現している。地動説に対する宗教裁判は、
規範的予期類型が認知的予期類型を押しつぶした歴史的一例であるが、結果としてこの事件は、神学の権威を大きく失墜させる方向に働いた。

このことは演繹と帰納という観点からも理解できる。法律家は規範を絶対視し、規範から演繹的に物事を判断することを当然とする。科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。
科学的真理とは、対象と方法に依存した仮説的真理である。真理の表現方法、精度、限界は方法に依存している。
司法は、この仮説的真理という醒めた見方を共有できないため、白か黒かを無理やり決めようとする性癖がある。
さらに規範が適切かどうかを、現実からの帰納で検証する方法と習慣を持たない。このため規範が落ち着いたものにならない。

「医療事故調」が議論されるようになった背景には、医療崩壊の危機がある。医師が患者の無理な要求や、それを支持するマスコミ、警察、司法から不当に攻撃されていると感じるようになり、士気を失い病院を離れ始めた。崩壊を食い止めるための方策の一つとして、患者と医師の軋轢を小さくするという文脈で「医療事故調」の議論は始まった。このような状況で、なぜ、医師を処罰の対象として考え、何かあれば取り締まってやろうという立場で調査制度を設けようとするのか。

私は、医療事故に関する調査機関を設けること自体には賛成である。科学的調査を行い、事故原因を究明することは医療の安全向上に不可欠である。調査結果を患者側に説明をすることは紛争解決に不可欠である。
過去に医療がこのような仕組みを組み込んでこなかったことを、われわれは真摯に反省しなければならない。
しかし、調査機関への事故報告を義務付けて、報告しなかった場合には罰則を科すというやり方には賛成できない。このようなことをすれば、激しい軋轢の原因となる。

今の日本社会は大きな欠陥を持っている。何か不都合が生じたとき、「悪いやつを探し出して罰しろ」と主張する「被害者感情」が、制御なしに一人歩きをしている。
人間の感情は個人の心の中に限定された現象である。攻撃を受ける側にも感情がある。感情をそのまま社会的コミュニケーションに持ち込むと、当然ながらコミュニケーションそのものが成立しなくなる。社会的コミュニケーションに感情を持ち込むためには、感情を社会で扱えるような形にする必要がある。
社会で扱えるように整理された感情はたぶん感情というようなものではなくなるが、このような作業がないと社会は成立しない。日本のメディア、司法、政治は感情の社会化ということをもっと意識して考える必要があるのではないか。感情面の軋轢を小さくして事故を冷静に検討するためにも、事故調査と医師の処分は制度として分離すべきだと思う。

医療、工学、航空運輸など専門領域は、内向きの世界として、国家横断的に大きく発展している。航空運輸の分野では事故をシステムの問題と捉え、将来の安全向上のために調査を行う。航空運輸は国際的な分野であり、国際民間航空条約(ICAO条約)の第13付属書に、事故調査についての取り決めが記載されている。
付属書は「調査の唯一の目的は、将来の事故又は重大なインシデントの防止である。罪や責任を課するのが調査活動の目的ではない」とする。また「罪や責任を課するためのいかなる司法上又は行政上の手続も、本付属書の規定に基づく調査とは分離されるべきである」と明記している。ところが、日本では警察が法的責任追及のために事故調査を行い、検察は航空・鉄道事故調査委員会の報告書を刑事裁判の証拠として使用してきた。
システムの問題を直接事故にかかわった個人の罪として追及してきた。警察が収集した情報は警察内にとどめられ、事故防止に利用できない。ICAO条約に抜け道の条項があったのも確かだが、日本の司法が条約の基本思想を受け入れていないことは間違いない。

日本学術会議の工学系を中心とする専門家はこの状況を憂慮し、05年6月23日「事故調査体制の在り方に関する提言」(日本学術会議のホームページで入手可能)をまとめた。この提言ではシステム性事故を科学的に扱うこと、そのために各種事故を対象とする独立性を持った常設の機関(3条委員会)を設置することを提案している。
報告書ではこの機関が扱うべき事故の種類を広くとり、医療事故も含めている。機関そのものに専門性を持たせるのではなく、各種専門知識を持つ機関を動員して結びつける役割を想定している。故意や重過失に対する刑事処分は容認しているが、関与者の過失については、人間工学的な背景分析も含めて当該事案の分析を十分に行い、被害結果の重大性のみで、短絡的に過失責任が問われることがないよう配慮することを求めている。処罰を目的とする調査は当事者からの証言を得にくくし、真相究明の阻害要因となる。
また、事故の引き金を引いた直近の当事者を処罰してもなんら問題解決にならないと刑事司法の欠点を指摘する。調査報告書については、民事裁判での証拠としての使用は容認しているものの、事故当事者の証言に対応する部分については、刑事裁判の証拠としての使用を認めていない。

日本学術会議の提言は事故調査の目的を安全においている。航空機事故は、件数が少ないため事故ごとに対応策を考えることが可能であるが、医療事故は発生件数が桁違いに多い。事故なのか、本来の病気のためなのか分からないようなものも少なくない。
先に述べた厚労省の第二次試案では、委員会に「遺族の立場を代表する者」が参加し、「個別事例の分析に加え、集積された事例の分析を行い、全国の医療機関に向けた再発防止策の提言を行う」としている。個別性を持った情報を元に、遺族の立場を代表する者が参加する委員会が安全対策を策定すると、膨大なものになりかねない。これを現場に押し付けると現場は疲弊する。
責任を伴わない権限で、整合性のない安全対策を強要されると、病院は経済的に破綻する。
事故情報は匿名化して、既存の医療事故防止センターの専門家の下に集め、重み付けをして、総合的に対策を考えるべきである。航空機事故の調査は安全向上が第一目標になるが、医療事故の調査は、安全のみならず、医療の保全を常に考える必要がある。

医療について議論する刑法学者には、刑法の狭い枠にとらわれずに、航空機事故調査をめぐる議論の蓄積を学んで欲しい。検察官と裁判官の一部が医療現場を見学していることを知っているが、法律学者、弁護士(病院側の弁護士も)が医療現場を自分の眼でみて認識を広めているという例を聞いたことがない。認識が広ければ、狭いことの良し悪しを判断できるが、狭いままだと、広いことの必要性は判断できない。

私は、死生観を含めて、医療とはどのようなもので、医療に何を期待できるのか、できないのか、共生のための行動の制御はどうあるべきかなど医療に関わる根源的問題について、認識を一致させる努力を「医療臨調」のような場を設定して、国民に見えるように演出することを提案してきた。
認識の違いを埋める努力なしに、医療制度の内部に司法を取り込むと、取り返しのつかないことになる可能性がある。医療事故調の調査報告書を刑事処分、行政処分の追及に使うことは、現在の業務上過失致死傷罪の医療への適用より危ない。

責任追及の在り方についての司法と医療の齟齬は、双方の考え方が異なる以上、考え方の変更なしに、一気に解決することは不可能である。互いの認識の変更を確認しつつ、一段ずつステップを重ねていくべきである。システム間の齟齬は、多段階で時間をかけて解決していくしかない。業務上過失致死傷は医療だけの問題ではない。多くの分野を巻き込んだ議論が必要である。
法律が存在する以上、当面、医療事故調と関係なく、用すればよい。個々の事例で認識の違いが生じれば、その都度、社会に見えるところで議論すればよい。
医療の問題は、ステークホールダー間の利害調整や、合理的判断を超えた権力の行使で無理に解決すべきではない。医療は、そのような危うい決定方法に委ねるには、重要すぎる。医療を良くすることは社会の共通利益である。互いに双方の立場を理解しつつ、多段階で時間をかけて解決していくべきである。

医療サイドがすべきことは、医師の自律的処分制度を作ることだろう。厚労省の第二次試案では、医療事故調の報告書を活用して、医道審議会の処分を拡充しようとしている。医道審議会は厚労省に所属する8条委員会であり、厚労省の支配を受ける。厚労省が医師を処分することには多くの問題がある。

第一に、厚労省の行政官は日本国憲法の下では、政治の支配を受ける。政治はメディアの影響を受ける。日本のメディアの感情論が処分に影響を与えるようになると医療の安定供給は困難になる。

第二に、日本やドイツでは政治の命令で医師が国家犯罪に加担した歴史がある。

第三に、行政官は現行法に反対できない。ハンセン病患者の隔離政策に対し、一部の医師は科学と良心に基づいて、身を挺して反対した。しかし、行政官は法令に基づいていたが故に反対できなかった。

第四に処分機関をもつことで厚労省と医師の関係が変化して、行政に支障を来たしかねない。世界的に、医師の行動の制御は、政府ではなく、医師の知識と良心に委ねるべきであるとされている。

処分の端緒は、事故ではなく、医師の不適切な行動とする。当然、事故がきっかけで不適切な行動が判明したものも含まれる。申し立ては患者・家族、医療従事者、病院など広くする。事故調査と処分制度と完全に切り離す。
未来の医療の質を高めるためのものなので、処分には教育的意味が大きくなる。被害がなくても、同僚の目から見て明らかに不適切な行動を取った医師は、処分の対象にする。
こうした制度は国が行うのではなく、医師というプロフェッションの団体として自律的に行う必要がある。そして、その方が適切なものになると思う。

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JBM / 死因究明機関

Posted by guideboard on 2007/11/02/Fri

厚生労働省は、かねてから医師の処分の迅速化を計画していた。それが一つの形になろうとしている。医療事故による死亡について死因を究明する機関の設置とそれの調査による医師の処分の迅速化、厳罰化である。

この機関による死因調査の結果は、行政処分、民事提訴、さらには刑事訴追にも用いられる。この機関への届出は、現在 ( 2007 年 10 月時点 )、全例義務化という線で話が進められている。

厚生労働省は、診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案をまとめ、パフリックコメントを募集した ( 2007.10.17 – 2007.11.2 )。
案件番号 495070148
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495070148&OBJCD=&GROUP=

日本の沈み行く医療をさらに深淵へと叩き落とすような危険を感じたので、以下のコメントを厚生労働省に送った。パブリックコメントを募集する段階では、既に事態は先へと進んでいて、この制度の設立は既定路線なのだが、現場の危惧を記録に残しておく。

なお、参考資料としてロハス・メディカルブログの以下の記事を拝見させて頂いた。川口氏のご尽力に敬意を表するとともに深謝申し上げたい。

死因究明検討会8
虚報
死因究明検討会7
死因究明検討会6
続・死因究明検討会5
死因究明検討会5
死因究明検討会4
死因究明検討会3(その2)
死因究明検討会3
死因究明機関検討会2
検討会


「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案について」に関して意見を提出いたします。

本試案に基づいて調査機関を拙速に設立することには反対します。

反対する理由

1.
社会保険庁が解体されることによって生じる余剰公務員の受け皿のために、今のうちに組織機関を作りたいという貴省内部の意向は、既に知られています。

単なる余剰公務員の受け皿づくりなどには反対です。

必要なものは、まず第一に、膨大な数の調査に必要な多数の解剖医、臨床医というマンパワーです。

年金の処理すらおぼつかない社保庁職員など、医学的真実の究明の場にふさわしくありません。

2.
本試案を基に、設立された調査機関に対して全例の報告義務を課すことへ議論が進んでいると伺っております。

貴省では、かねてより医師に対する処分を迅速化するべく議論がなされていたと聞き及んでいます。

しかも本試案で示されますように、調査結果は行政上のみならず、民事訴訟、さらには刑事訴追にも用いられるとのことです。

諸外国の同様の制度では、航空機事故などとともに医療事故でも、医学医療の発展と医療安全の向上、再発防止のための調査では、個人の責任追及がなされないことが必須条件です。

個人の行政上、民事、刑事での責任追及を大前提に掲げる本制度は真実究明の場とはならず、届出も滞り、医療の現場はリスクを遠ざける努力が優先してしまうでしょう。

よって処分を前提とした調査機関の設立には反対です。

3.
死亡事例の場合、解剖に基づく詳細な法医学的、病理学的検索が必要ですが、全国の法医学、病理学の医師を総動員しても、全例届出に続く全例解剖にはとてもマンパワーが足りません。

設備も、その他の必要な職員や検査技師も、財源も足りません。しかも調査検討には、一例一例、複数の解剖医と臨床の専門家の数を重ねた合議が必要です。

とてもそれだけの人員と時間とお金をかけられる計画には見えません。

不充分な調査しかなされない場で、真実とはほど遠い調査結果を基に、行政処分、民事提訴、刑事訴追を受けるような事態が危惧されますので、上記の理由とともに、拙速な調査機関の設立につながる本試案の実現には反対です。


厚生労働省の資料を保存


法医学者の悩み事 の記事が大変参考になるので、リンクさせて頂く。

http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/29537568.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/30509181.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/30552589.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/31449563.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/37234541.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/37327223.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/37420101.html
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/37679276.html

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JBM / 死亡時になお生存の可能性資料

Posted by guideboard on 2007/10/25/Thu

» JBM / 死亡時になお生存の可能性

広島県に330万賠償命令 県立病院の過失認定

共同通信 2007.10.25

出産の際に脳内出血を起こし、転送先の病院で死亡したのは医師が適切な措置を怠ったためとして、広島市の女性=当時(32)=の家族が、県立広島病院(広島市)を運営する県などに約7800万円の損害賠償を求めた訴訟で、広島地裁は24日、県に330万円の支払いを命じた。

判決理由で野々上友之(ののうえ・ともゆき)裁判長は、出産した病院の過失は認めなかったが、女性が転送された県立病院について「適切に治療していれば、死亡した時点で、なお生存していた可能性は認められる」と述べた。

判決によると、女性は2002年2月、島根県邑南町の病院で帝王切開により出産。その際に脳内出血を起こしたため、県立広島病院に転送され血腫を取り除く手術を受けたが、翌3月に死亡した。

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広島県が敗訴、330万円支払い命じる 県立広島病院の医療過誤訴訟

毎日新聞 2007.10.25

県立広島病院の医療過誤訴訟:県が敗訴、330万円支払い命じる—-地裁 /広島

 妊娠中毒症だった女性(当時32歳)が島根県の公立邑智病院で適切な処置を受けられず、出産後に転院した県立広島病院でも術後の管理が不十分で死亡したなどとして、夫の会社員の男性(36)=広島市南区=らが、邑智病院と広島県に計約7800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が24日、広島地裁であった。野々上友之裁判長は「県立広島病院で適切な身体管理や治療が施されれば救命できた」などとして県に330万円の支払いを命じた。邑智病院については、産婦人科医師が脳出血の原因診断を専門医のいる病院に委ねたのは十分な措置として、訴えを退けた。

判決などによると、女性は02年2月1日、陣痛が始まり通院先の邑智病院で外来診察を受け、そのまま入院。軽度の妊娠中毒症で高血圧症状が半日以上続き脳内出血を起こした。帝王切開で出産後、脳出血の血腫を取るために転院した県立広島病院で手術を受けたが、身体管理がなされずに同3月1日に死亡した。

三宅静香広島県県立病院室長は「主張が認められず残念。判決内容を精査し、対応を検討したい」とした。【井上梢】

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JBM / 死亡時になお生存の可能性

Posted by guideboard on 2007/10/25/Thu

医療における不幸な結果を巡る民事訴訟。医療側に過失を見出し難い場合、原告患者側に、お見舞金、あるいは裁判費用程度の金額の勝訴判決が出る傾向がある。

1. 民事訴訟は、どうしても弱者救済に傾き易い性格を有している。
2. 被告医療側敗訴としないと、医療事故損害賠償保険からの保険金が出ない。

こういった理由が挙げられる。

その原告勝訴とするための理由付けが、説明不十分であったり期待権の侵害であったりした。

説明については、昨今、医師の診療技術を発揮する時間を削ってまで、説明に費やされ、説明が医療資源のかなりを食いつぶしている。私の乏しい経験からでも、勤務医時代、1 日 15 時間の労働のうち、何らかの患者さんへの説明というものには、外来診療以外に毎日 1 – 2 時間は取られていた。土曜日曜にもである。医療資源の数 % 以上は説明に取られるわけだ。それだけ説明して、文書にして渡して、一晩二晩よく読んで、その後に納得したなら署名していただいて、としても、あとからやっぱり分からなかった、聞いていなかった、理解できなかった、もっと異なる治療法の説明も時間を費やしてするべきだった、標準とはかけ離れた治療法についても充分な説明をして選択の機会を確保すべきだ、など、いろんな理由がついて、結局説明不足ということで原告勝訴とする。

期待権の侵害というのは、法律家の世界ででも問題があるのだそうだ。あのときの担当医がもっと良い結果を出すはずと期待していたのにそれが裏切られたなど、そのときの医療の現実以上のものを患者さんが期待してよい、その水準は当時の医療水準であるというものらしい。医療水準とは、学会で発表され、多くの医師が知るところくらいになっていればよいというものである ( 未熟児網膜症訴訟 )。現実と、それよりはいくらかでも上の方を望む、すなわち期待との乖離が、期待権の侵害となるのだろうか。

そして三つ目の原告側の武器として、死亡時になお生存していた可能性というものが出て来た。手を尽くしてもダメだったかもしれない、それは争わないが、でも担当医がもっと何とかしてくれていたら、死亡したときにはまだ生きていたかもしれないというものらしい。そのあと何時間後にお亡くなりになる運命だったとしても、それは問題にしない。裁判の勝ち負けを過失の有無、生死に置くと勝てない場合の逆転技とも言えるだろうか。

広島県に330万賠償命令 県立病院の過失認定
共同通信 2007.10.25
出産した病院の過失は認めなかったが、女性が転送された県立病院について「適切に治療していれば、死亡した時点で、なお生存していた可能性は認められる」

参考資料

JBM / 死亡時になお生存の可能性資料

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奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会

Posted by guideboard on 2007/10/25/Thu

現場の最前線の医師たちの苦しみも知らず、厚生労働省と奈良県の役人は、机上の空論どころか、妄言を放つ。

テキスト全文その他の資料や解説は以下に詳しい。

http://ameblo.jp/med/entry-10052331865.html
http://kenkoubyoukinashi.blog36.fc2.com/blog-entry-252.html
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20071025

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ネタ元へのリンクと資料保存

2007年8月奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会(第3回)の概要
http://www.pref.nara.jp/imu/2007-8ninpukyukyu/dai3kai/index.html

2007年8月奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会(第3回)の概要. ( 3kaigaiyou.pdf 280KB )
出席者名簿 ( 3kaisyussekisya.pdf 48KB )
資料1  対応策の進捗状況 ( 3kaisiryou1.pdf 44KB )
資料2  消防機関への救急要請における産科・周産期傷病者搬送状況について
( 3kaisiryou2.pdf 72KB )
資料3  奈良県の産婦人科一次救急体制の検討 ( 3kaisiryou3.pdf 92KB )
資料4  妊婦搬送事案調査委員会報告書フレーム ( 3kaisiryou4.pdf 40KB )

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大和高田市立病院事件 3 資料

Posted by guideboard on 2007/10/24/Wed

» 大和高田市立病院事件 3

asahi.com 2007.10.24

奈良検察審「産婦人科医の不起訴不当」 出産後妊婦死亡

奈良県大和高田市の市立病院で04年10月、入院中の妊婦が出産直後、子宮内に大量出血して死亡した事故で、業務上過失致死容疑で書類送検された産婦人科の男性医師が不起訴処分(嫌疑不十分)となったことについて、奈良検察審査会が24日までに不起訴は不当として再捜査を求める議決をしていたことがわかった。妊婦の夫が審査を申し立てていた。

議決書は今月14日付で、ショック状態だった被害者の出血を疑い、出血個所の発見に努めなければならないのに、薬を投与して死期を早めたなどと指摘。医師に過失があったとした。

事故は当時30代の妊婦が、出産中に破裂した子宮の大量出血で死亡したもので、県警は06年3月、医師が容体急変の原因究明を怠ったなどとして書類送検。地検は「予見させる症状はなかった」として不起訴処分にした。

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元医師の不起訴不当 検察審議決 大和高田市立病院の妊婦死亡事故

毎日新聞 2007.10.25

大和高田市立病院の妊婦死亡事故:元医師の不起訴不当—-検察審議決 /奈良

◇「処置に重大な過失」

大和高田市立病院で04年、出産した30歳代の妊婦が死亡する事故があり、業務上過失致死容疑で書類送検された同病院の元産婦人科医(34)を奈良地検が不起訴処分(嫌疑不十分)としたことに対し、奈良検察審査会が不起訴不当を議決したことが24日、分かった。

議決書などによると、04年10月、入院中の女性は出産中に血圧が急激に上昇。医師は投薬で数値を下げたが、女性は大量に出血し死亡した。

県警は昨年3月、医師を業務上過失致死容疑で書類送検、奈良地検は今年3月に不起訴処分にしていた。審査会は「医師は出血を疑い、速やかに救命処置をするべきで、女性を出血性ショックで死亡させたことに重大な過失がある」と判断した。

奈良地検の野島光博次席検事は「議決内容を踏まえ、再捜査する」とコメントした。【阿部亮介】

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大和高田市立病院事件 3 / 検察審査会

Posted by guideboard on 2007/10/24/Wed

検察審査会は起訴相当と議決した。申し立ては亡くなった方のご主人。この議決の理由は、頻回にエコーを行って出血源が見つけなければならなかったというものだ。

奈良検察審「産婦人科医の不起訴不当」 出産後妊婦死亡
asahi.com 2007.10.24
奈良県大和高田市の市立病院で04年10月、入院中の妊婦が出産直後、子宮内に大量出血して死亡した事故で、業務上過失致死容疑で書類送検された産婦人科の男性医師が不起訴処分(嫌疑不十分)となったことについて、奈良検察審査会が24日までに不起訴は不当として再捜査を求める議決をしていたことがわかった。妊婦の夫が審査を申し立てていた。

当初の不起訴理由はこうだった。

予測不可能と医師不起訴 奈良の妊婦死亡で地検
共同通信 2007.4.19
奈良地検は18日までに、出産時の処置のミスで女性を死亡させたとして業務上過失致死容疑で書類送検された奈良県大和高田市の市立病院の30代の男性産婦人科医を、嫌疑不十分で不起訴処分にした。
地検は、子宮破裂による出血が超音波検査で確認できず、死因の出血性ショックを予測できなかったと判断した。

超音波検査の限界。検査を頻回にすれば限界を引き上げることができたはず、という主張のようだ。

これまでは、検査をせずにいて異常の発見が遅れたり発見できなかったから敗訴という司法判断はあった。だから防衛医療として、医学的な適切さを超えて量、質ともより多くの医療資源が必要になった。あとから何か言われる前に、無駄かもしれないがやっておこう、ということだ。

これからは、検査結果が陰性であっても、繰り返し行えば陽性に出るかもしれないから、陽性が出るかどうか頻回に繰り返さないといけないというのだろうか。

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検察審査会は、一般の庶民感情が入り込むところである。奈良県の人たちの一般的な考えは、警察、検察が捜査して不起訴としたものでも、もっと追求すべしであった。

医師集団は、この事件の医療側に明らかな過失はないと、この件について報道、ネット上あるいは医師間のコミュニケーションによる情報を基に、判断していた。

それを訴追せよと言った。起訴不起訴という結果がどうなるかは未定だが、捜査がもう一回なされる。その結果が何を引き起こすかまでは想像できない。何人かの産科医が大和高田市、奈良県、あるいは産科を去るだろう。

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今回の奈良の検察審査会では、不起訴不当と考えた審査員が 6 – 7 名いたということになる。

検察審査会法
第 4 条
検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した11人の検察審査員を以てこれを組織する。

第 27 条
検察審査会議の議事は、過半数でこれを決する。但し、起訴を相当とする議決をするには、8 人以上の多数によらなければならない。

現在の検察審査会の議決には拘束力はないが、司法制度改革の一環として、検察審査会法を改正するための法律が 2004 年 5 月 28 日に公布され、今後は「同一の事件について起訴相当と 2 回議決された場合には必ず起訴される」こととなり、法的拘束力を持つことになった ( 2009 年 5 月 27 日までに施行するよう定められているが、期日は未定、裁判員制度開始に合わせる予定 )。

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今後、庶民感情は法廷に流れ込むようになる。

  1. 刑事裁判への被害者参加が実現すると、医療事故の患者さんの遺族が法廷で医師を責めることになる。
  2. 刑事裁判で裁判員が出てくる時代になると、それはもうすぐだが、こういう一般庶民の目線を取り入れた判決が下される。
  3. 附帯私訴が取り入れられると、刑事裁判の証拠や判断で民事訴訟も裁かれる。

裁判員、遺族という一般の感情を前に、患者さんのためと思って努力した医師は、何を反論しても無駄になるのだろうか。医師という立場では、患者さん、遺族側を攻撃することなどできない。防戦するしかない、刑事も民事も大変不利な戦いとなる。

私刑と収奪にも似た生き地獄。

参考資料

大和高田市立病院事件 3 資料

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大和高田市立病院事件 2

Posted by guideboard on 2007/10/24/Wed

本記事の原典は、2007 年 4 月 19 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2007/04/2_b976.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
産科、産婦人科、医療、事故、送検、奈良県、不起訴処分

昨年目にしたこの事件、不起訴処分となった。

予測不可能と医師不起訴 奈良の妊婦死亡で地検
共同通信 2007.4.19

奈良地検は18日までに、出産時の処置のミスで女性を死亡させたとして業務上過失致死容疑で書類送検された奈良県大和高田市の市立病院の30代の男性産婦人科医を、嫌疑不十分で不起訴処分にした。

地検は、子宮破裂による出血が超音波検査で確認できず、死因の出血性ショックを予測できなかったと判断した。

2004年10月、30代の女性が病院で出産中、心拍数が上昇するなど容体が急変し死亡。医師は心拍数を安定させる投薬をしたが原因を特定せず、適切な治療をしなかったとして書類送検されていた。

コメント


まずは不起訴おめでとう、と叫びたい。
死んだら何でも医者のせい、というDQN家族を何とかしろ!
不起訴になった医師は、遺族と警察を誣告罪と名誉毀損で訴えてくれ!
投稿 鬼瓦権三 | 2007/05/05 9:08:25

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大和高田市立病院事件資料

Posted by guideboard on 2007/10/24/Wed

» 大和高田市立病院事件

asahi.com 2006.6.6

妊婦死亡、医師を書類送検 大和高田市立病院

奈良県大和高田市の同市立病院(松村忠史院長)に入院中の妊婦が出産直後に死亡する事故があり、県警が処置に判断ミスがあったとして、産婦人科の30代の男性医師を業務上過失致死の疑いで奈良地検に書類送検していたことがわかった。病院側はこのケースについて医療過誤とは認めていないが、医師の負担が限界に達し、医療事故を招きかねないとして、7日から分娩(ぶんべん)予約を制限することを決めた。

調べなどによると、事故があったのは04年10月。同病院の産婦人科に入院していた当時30代の女性が出産の途中、脈拍や呼吸状態、血圧が異常に高い数値を示した。このため、医師は投薬によって数値を降下させ、胎児は無事に生まれたが、女性は出産後に子宮内の多量出血で死亡。死因は出血性ショックまたは失血死と診断された。

病院から届け出を受けた県警が処置に問題がなかったか捜査した結果、投薬が一時的に数値を下げるだけの効果しかなかった可能性が浮上。県警は、妊婦の体内に出血など何らかの異常が生じていた恐れがあったのに、対症療法にとどめ、容体が急変した原因の特定も怠るなど、漫然と放置して死亡させたとして今年3月、書類送検に踏み切った。同地検は処分を検討している。

同病院に勤務する産婦人科医師は3人で、ベッド数は40床。年間の分娩取扱数は900件余りで、県内最多という。近隣の複数の病院が産科を休診するなどしたため、分娩予約がさらに増える傾向にあり、病院側は新規の予約を大和高田市など周辺4市1町の住民に限定することを決めた。

同病院幹部は「患者の死亡原因が解明されておらず、処置にミスがあったとは考えていない。分娩制限は、医療事故で訴訟などがあった場合に、病院の管理責任が問われるのを未然に防ぐ意味もある」と話す。

———-

YOMIURI ONLINE 関西 2006.6.2

出産受け付け、周辺市町に限定…奈良・大和高田市立病院

◆産婦人科医減少で予約急増

少子化などで産婦人科医が減少したうえ、近隣病院の産科の休診で予約が急増したとして、奈良県大和高田市立病院(松村忠史院長)は1日、新たな出産の受け付けを、同市と周辺3市1町の住民に制限する措置を始めた。公立病院が出産の受け付けを地域で限定するのは珍しいという。

同病院では昨年度、924人が出産、うち65%の605人は同市と周辺4市町の住民だった。一方、周辺の五條市などでは、今年に入って中核病院の産科が休診したため、大和高田市立病院への予約が増加、5月の出産者数は昨年より26人増の105人となった。

こうした出産者数に比べ、同病院の産婦人科医は3人と少ない。制限措置に伴い、昨年度のデータで300人程度が利用できない計算となる。

また、親元での「里帰り出産」も、親が大和高田市在住の場合に限るという。

(2006年06月02日 読売新聞)

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大和高田市立病院事件

Posted by guideboard on 2007/10/24/Wed

本記事の原典は、2006 年 6 月 7 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/__31ea.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
産科、産婦人科、医療、事故、送検

また、産科での医療事故が、送検され、ミスと報道された。

asahi.com 2006.6.6
妊婦死亡、医師を書類送検 大和高田市立病院
奈良県大和高田市の同市立病院(松村忠史院長)に入院中の妊婦が出産直後に死亡する事故があり、県警が処置に判断ミスがあったとして、産婦人科の30代の男性医師を業務上過失致死の疑いで奈良地検に書類送検していたことがわかった。

記事からだけでは、整形外科医である私には、どこがミスなのか、事故なのかは分からないが、産婦人科医の某所でのコメントでは、羊水塞栓ではないか、という。血圧の異常な上昇と頻呼吸が符合するという。降圧剤は当然、血圧を一時下げるだけの薬だ。対症的に使われて不思議でない。

羊水塞栓は、簡単確実に救命できる病態だっただろうか。本当の病態は何だったのか。解剖されていないと何も分からない。

何でもミスで刑事訴追。やはり国策はこちらの方へ流れているようだ。

参考資料

大和高田市立病院事件資料

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米国自動車会社のヘルスコスト資料

Posted by guideboard on 2007/10/22/Mon

» 米国自動車会社のヘルスコスト

NIKKEI NET 2007.10.15
http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007101510148c0

GM、医療費債務を分離・5兆5000億円、低賃金体系も導入

【ニューヨーク=武類雅典】米ゼネラル・モーターズ(GM)は15日、467億ドル(約5兆5000億円)の医療費債務を分離すると発表した。全米自動車労組(UAW)との合意に基づき、賃金水準を現在の半分程度にした低賃金体系も導入する。高コスト体質を招いた労務費を引き下げ、競争力回復を急ぐ。

GMは退職者らの医療費債務を労組主導の信託基金に2010年1月に移管する。信託基金への拠出は約320億ドルの見込み。基金への債務移管で09年までに合計約40億ドルのキャッシュフロー(現金収支)の赤字が発生するが、10年以降はコスト削減効果が出てくるとみている。

新規採用者向けに導入する低賃金体系では、1時間当たり賃金が14—15.3ドル(現在は約28ドル)にする。医療費など福利厚生を含む従業員1人あたりの労務費は約78ドル(1時間換算)だったが、新賃金体系では3分の1にあたる約26ドルに減る。車両組み立てなど重要な作業にかかわらない約1万6000人を順次、低賃金の新規採用者に入れ替えていくとみられている。

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NIKKEI NET 2007.10.5
http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007100501624c0

米GM、08年にも早期退職勧奨か・米紙報道

【ニューヨーク=武類雅典】米ゼネラル・モーターズ(GM)が2008年1—3月をめどに勤続年数の長い工場従業員を対象にした早期退職勧奨の実施を検討していることが4日、明らかになった。早期退職の実施で生まれる欠員分は、新たに導入が決まった低賃金体系で働く新規雇用者で補い、高賃金のベテラン社員との入れ替えを進める。日本勢に対抗するため、労務コストの構造を見直す。

米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)が報じた。GMは9月下旬に終えた労使交渉で、新規雇用者向けに時間給が今までの半額の賃金制度を導入することで全米自動車労組(UAW)と合意。新規雇用者の年金制度も確定拠出型にするなど、現在のUAW組合員より福利厚生面の待遇も引き下げている。

GMは労務制度見直しと引き換えに、一定水準の米国内生産を維持するほか、約3000人の臨時工を正社員として雇用することをUAWに確約している。今回の早期退職勧奨は、臨時工の正社員採用の余地を広げる狙いもある。
[10月5日]

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NIKKEI NET 2007.9.29
http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007092902892c0

低賃金体系も受け入れ・全米自動車労組、GMと合意

全米自動車労組(UAW)は28日、米ゼネラル・モーターズ(GM)との労働協約改定交渉で、低賃金の給与体系導入で合意したことを明らかにした。労使合意を公表していた医療保険制度の見直しでは、GMが2010年までに退職者向けの支払い義務をUAWの基金に完全移管する。

UAWがまとめた資料によると、資材搬送などにあたる新規雇用者の時給は現行水準の半分近くで、最低金額は14ドル(約1600円)。GMは退職者を低賃金の従業員で補う。また、GMはUAWの医療保険基金に08年1月に241億ドルを拠出。それ以外の負担も含め、移管手続き完了までに総額353億ドルの資金を負担する。

UAWが求めた雇用保証では、UAW加盟の完成車17工場のうち16工場の操業継続を会社側が確約した。改定案承認の組合員投票は10月10日をめどに終える方針。(ニューヨーク=武類雅典)

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NIKKEI NET 2007.9.28
http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007092808739c0

GM、医療費基金に353億ドル拠出——米紙報道

【ニューヨーク=武類雅典】米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は28日、米ゼネラル・モーターズ(GM)の改定労働協約案の内容を報じた。GMは会社側の医療費債務を引き継ぐ労組基金に353億ドル(約4兆円)を拠出、医療費負担を削減する。全米自動車労組(UAW)加盟従業員の3分の1にあたる最大2万4000人を低賃金の新規雇用者と入れ替えられるようにもなるという。

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米国自動車会社のヘルスコスト

Posted by guideboard on 2007/10/22/Mon

米国では、企業による社員の医療保険への福利厚生費の支出は、従業員の定年後の面倒を生涯見るという制度をとっているところが多いという。米国の自動車会社もこれによる多額の福利厚生費でコストがかさみ、トヨタの前に敗れ去ろうとしている。

その危機感からか、全米自動車労組も大幅な労働コストのカットに同意した。

しかし、そのカットされる労働コストを見てみると、賃金以外の部分がものすごく多いことに気付く ( 一人当たり賃金が $28 / 時間、労務費全体が $78 / 時間 )。米国では,所得税は源泉徴収などではなく、申告納税なので、賃金以外の労務コストの大部分が福利厚生費なのだろう。

また GM が抱えている福利厚生費の債務の大きさにも驚く。米国での福利厚生のコストは、国庫からのも企業からのも多額であるのに、社会保障としては日本の方がまだましのようだ。医療にしても、これだけのコストをかけた医療保険で受けることができる医療は、所得水準が高くない階層向けのものでしかないだろう。

NIKKEI NET 2007.10.15
http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007101510148c0
GM、医療費債務を分離・5兆5000億円、低賃金体系も導入米ゼネラル・モーターズ(GM)は15日、467億ドル(約5兆5000億円)の医療費債務を分離すると発表した。
…..
新規採用者向けに導入する低賃金体系では、1時間当たり賃金が14—15.3ドル(現在は約28ドル)にする。医療費など福利厚生を含む従業員1人あたりの労務費は約78ドル(1時間換算)だったが、新賃金体系では3分の1にあたる約26ドルに減る。

関連記事

自動車 1 台あたりのヘルスコスト

TIME 2007.5

GM $ 1,600
フォード $ 1,200
クライスラー $ 1,500
トヨタ $ 350
日産 $ 250
本田 $ 350

参考資料

米国自動車会社のヘルスコスト資料

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医療崩壊 / 心の僻地

Posted by guideboard on 2007/10/10/Wed

本記事の原典は、2006 年 4 月 17 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/04/post_7ee7.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
地方、分権、僻地、農村、医療、崩壊、逃散、無医村、強制、小泉、改革

小泉改革を無邪気に信じている人たちは、まだたくさんいるのだろうか。

村社会で生きてきた日本人が、戦後日本の政治体制のもとでもそのメンタリティを持ち続け、いやむしろさらに拡大させた。これが僻地医療の問題の一端を生み、小泉改革がそれを加速した。

農業は、江戸時代までは日本の基幹産業だった。戦前までは、富国強兵、鉱工業重視政策であっても、日本はまだ貧しい国だった。日本人の栄養状態は今とは較べられないほど悪く、農業はやはり重要な産業だった。
( おおよそ、江戸時代の日本人男子の平均身長は 155cm、第二次世界大戦のころは 160cm、2000 年には 170cm )

戦後、日本の政治制度は、( 社会主義、共産主義の国のものとは違う ) 農村重視政策、農村が票田、農村に税金を配分し、農村から有力政治家が出るという図式であった ( 小泉首相は都市から出たこれまでにないタイプの政治家と言えよう )。

ここでの農村は地方、僻地とほぼ同義である。

1. 農村 ( 地方 ) は、小泉首相が誕生するまでは、自民党政治の原動力であった。
2. 農村 ( 地方 ) は、都市と異なったメンタリティを人々にもたらした。

1. 政治的なレペルの話
小泉改革は、世のため人のため日本のためではない。小泉の政敵潰しの権力闘争である。それと外国資本やそれに乗っかって儲けを企む財界勢力の利害が一致しているのだ。
地方分権改革は三位一体の改革などと美辞麗句を並べた所で、本質は地方を切り捨て小泉の政敵の政治基盤を弱体化させ、税すなわち国民の所得の都市への配分、財界へ利益を誘導するものである。

当然、農村 ( 地方 ) 社会のインフラは荒廃していく。道路はかろうじて作られていくが、医療は切り捨てられつつある。
医療は箱ものだけではできない。労働集約型産業であり、経費には人件費が大きなウェイトを占める ( 逆にそれだけ医療に多くの労働力を吸収できるともいえる )。ところが日本国政府は、国民皆保険制度を導入した 1950 年代以来、ずっと医療にかける費用、特に人件費を抑圧し続けてきた。医師以外の人々には理解できないことだろうが、1980 年代初めより、医師が手にできるサラリーはほとんど増えていない。開業医でも勤務医でもだ ( 診療報酬とは医師個人のサラリーではない )。農村に立派な病院を作っても、そこで働く医師をはじめとした医療スタッフの人件費はケチる ( 医師の技術料の評価は、欧米諸国の半分以下である )。
2002 年、初めて医療費本体を削減した診療報酬改定も小泉のなせる技だ。それがどういう結果を生んだか。たとえば、ここ ( 医療崩壊リンク集 ) を見てみるがよい。

2. 人の心のレベルの話
戦後 50 年以上にわたり、補助金で養われた農村 ( 地方 )。農家は豊かであり続けたはずなのに、若者は都市へ出て行く。なぜなのか。
私は農村から都市へ出た若者ではなかったので、想像するしかできないが、狭いコミュニティーの中で、様々な因習にとらわれ、村中が相互監視の日々。安定していても発展しない、将来が見えてしまった生活。

そういう所で、何の見返りもなく、安いサラリー、劣悪な労働条件で働こうという医師はいるのだろうか。自発的に農村 ( 地方 ) で働きたいというものもいるが、大多数は、これまでは医局人事という強制力で赴任させられていた。一定期間の辛抱のかわりに将来に少し希望を持つことができた農村 ( 地方 ) 勤務だったのだ。
医療制度改革の端緒の一つが医師研修制度であり、それと医局制度解体は表裏一体なのだが、これが「強制的医師農村 ( 地方 ) 赴任制度」を崩壊させた。

僻地医療の問題を端的に述べているウェブページがあった。無医地区問題と医療費についての歴史の意見は刮目に値する。以下に引用する。
—– 以下引用 —–
無医地区の、無医地区たる理由は、診療所の個人経営が成り立たない地域だからでは無く、医師の子弟の教育が困難なわけでも有りません。 そこの地域住民が悪い、殊に、自分が有力者だと思い込んでいる首長、議員、町内会長、大地主、資産家等が、馬鹿な要求や他所者扱いや三流医師扱いをするから、医師が嫌がって地区を出て行くだけの事なのです。 本質的には、その地区出身の若者がいなくなるのと全く同じ理由なのです。
—– 以上引用 —–

人間は住みたい所に住む。住み慣れた所がどんなに生活に不便であっても、住めば都という言葉がある。例えば、年寄りだけで農作業が辛くなっても農家を続ける、また例えば、豪雪地帯、無医村などでも、人間は住み慣れた所を離れられない。これは人間が基本的に持っている習性、とでも言うしかないのだろうか。

農村 ( 地方 ) は、人の心に農村 ( 地方 ) のメンタリティーを産む。
農村 ( 地方 ) は、人がそこに住みたくて住んでいる。たとえ豪雪地帯でも無医村でも、そんな所に住むのは自己責任だと言われても、そこがいいのだ。

でも、医師にはいて欲しいと思うのだろう。せっかく来た医師が 1 ヶ月で辞めてしまったりするような仕打ちをしたり、何年も一人で奮闘して人々に貢献した医師を逮捕させてしまっても、医師に来て欲しいと望む。

こういうメンタリティーを何と呼ぼうか。ウェブ上にぴったりの言葉が見つかった。「心の僻地」。

———-

自称ジャーナリストの勘違い記事があった。需要と供給のアンバランス〜無医村の増加 ( 2006.4.10 ) という記事を見てみる。
—– 以下引用 —–
金銭的には保護されることは間違いがないので医師という職業全体のモラルの低下と言うことが出来る。しかし強制的に移住などは出来るはずもない。医師という高い尊敬を有する人々のモラルにしか期待できないのが現状である。
—– 以上引用 —–

僻地医療、無医村の問題に医師のモラルを持ち出している。その土地から逃げ出す若者よりも高いモラルを持った医師が喜んでやってくるはずだというわけだ。この著者から見れば、日本中の医師がモラルを失っているのだろう。

その土地の人のため、その土地から人が逃げ出すような所で、自分も自分の家族も犠牲にして、少々高い報酬と言ってもそんなに高いわけではない、しかも有形無形の仕打ちがくる。それに耐えてこそモラルある医師というわけだ。こういう考えは、何かおかしいと思わないか。

———-

モラルがなければ強制と来た。医師の派遣 「説得と強制」がカギ ( 2005.11.20 ) という片桐由喜小樽商大助教授が北海道新聞に寄せたコラムを見る。
—– 以下引用 —–
地方への医師派遣に際し、医局統制の弊害が指摘されて久しい。しかし、自発的な過疎地域への移動を個々の医師に期待できない以上、医局であれ国家権力であれ権威と強制力を盾に彼らを地方へ送り出すシステムは欠かせない。公立小中学校の教師は公務員であるため、転勤命令が出ればどんなへき地であれ行かなければならないのである。いやなら教員を辞めるしかない。
イギリス社会保障の父、ウイリアム・べヴァリジ卿は人を動かすのは「説得と強制」であると断じた。地域医療対策のキーワードであろう。
—– 以上引用 —–

教員も会社員も配置転換を拒否している事例があるが。医師には居所や職場を選ぶ自由は不要というのか。

———-

以下、参考リンク

KALEIDOSCOPE WORLD ( 医療崩壊リンク集 )
マスコミウォッチ ( 無医地区問題と医療費についての歴史 )
くらし専科 ( 医師の派遣 「説得と強制」がカギ )
Letter from Yochomachi ( NHK:豪雪の被害がたいへん……でも、なんであんなところに人が住む? )
Aquarian’s Memorandum ( 散人先生の「でも、なんであんなところに人が住む?」を考える )
社団法人 日本酪農乳業協会 ( 骨からみた日本人 )
Die Kriegs Wirtschaft 戦争経済 ( 平均身長について )
いやしのつえ ( 泉崎村立病院の「無責任な院長」と「僻地医療」の未来予想図 )

参考資料

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (8)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

» 医療崩壊 / 逃散 2 / デーリー東北新聞

デーリー東北新聞
(8) 支援体制 確保優先 孤立する現場 2006.3.31

赤字が積み重なり、財政的に行き詰まる病院。激務が続き、働くには魅力を欠く環境。
田子町立田子病院の葛西智徳院長は、これまでに四つの自治体病院や診療所で勤務し、地域医療の現状を見てきた。
何より、医師が根付く環境の整備がなされていない点に疑問を感じた。「地域の病院に出た医師には全責任がのし掛かり、支援体制が不十分だ。医師は勉強できず、レベルアップしたくてもできない」。
自身も田子病院に赴任したばかりの十年ほど前、医師二人が引き揚げたため、二人で当直をこなす激務に追われた。行政からの支援はなく、自分の足で非常勤医を探さなければならなかった。

■現状に憤り

現在、県内の過疎地域の診療所に一人で勤務するある医師は、支援のない現状に憤りを感じている。「県は医師不足解消には取り組んでいるが、医師を確保したらそれっきり。フォローが良くない」。
地域医療を志す医師はいる。しかし、医師を支える環境を行政や病院、大学は十分に整えられず、自治体病院の医師不足を招く一因にもなった。
勤務医を確保する策として、青森県の多くの自治体病院は手当を高くするなどで対応。これに対して葛西院長は「お金で連れて来ても、右から左に医者が動くだけ。抜本的な解決にはならない。『働きがいのある』職場環境にしないと医師は根付かない」と訴える。
地域医療に携わりたいとの志を抱く医師が、魅力を感じる環境整備が大前提だと言う。

■病診連携の行方

田子病院は二〇〇七年度から診療所となる。人口減と医師不足に対応しながら地域医療を存続させるための選択である。今後は近隣の病院との連携が不可欠で、三戸中央病院との協議は始まっている。
県医療薬務課は「田子の医師を孤立させないよう、人事交流の仕掛けをつくる」と支援体制を整備する方針を掲げる。
新年度からは、慢性的な医師不足を解消するため初めての体系的な基本構想となる県の「グランドデザイン」も動きだす。
葛西院長は「地域全体を見て、今いる医師を活用するシステムを整えてもらいたい。われわれ現場も努力するが、調整・統括する行政の役割が必要だ」と強調する。
(第2部終わり=工藤洋平、細越一美、工藤文一、斎藤桂が担当しました)

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (7)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

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デーリー東北新聞
(7) 岩手の試み 県と 14 病院 連携を強化 2006.3.30

医師が病院を選択できる新しい臨床研修制度は、医師確保を目指す医療現場に自由競争をもたらした。
東北厚生局の佐久間敦医事課長は「東北地方では岩手が成功しているようだ。他県より一歩リードしている」と評価する。
制度改正を機に、岩手県内の十四の県立病院は、いち早く研修指導医講習会を開くなどして連携を強化。取り組みが功を奏し、研修医一人に対して指導医二人が確保できるという環境が整った。

■危機感を共有

岩手県立中央病院の高橋弘明医師(医療研修科長兼神経内科長)は「各病院に危機感があり、県全体で医師を集めよう、という熱意がある」と語る。
岩手医大や県立中央病院、県立久慈病院など六病院の指導医は二〇〇三年にワーキンググループを編成し、勉強会などを通じ結束を深めた。カリキュラムの充実や医師へのPRなども積極的に推進。この結果、研修医の数は〇四年度が五十五人、〇五年度は六十五人、〇六年度(見込み)は七十四人に上っている。

■地域偏在

県土が広大な岩手の場合、医師の数だけでなく地域偏在も深刻な問題だ。〇四年十二月末現在の県のまとめによると、人口十万人あたりの医師数は県全体で一七九・一人。全国平均の二一一・七人を下回りながらも、人数は一九八三年以降、増え続けている。
ただ、地域間での格差が大きい。県内九地域に分けた「医療圏」ごとにみると、盛岡の二七三・三人に対し、久慈が一〇五・九人、二戸は一〇七・五人。盛岡一極集中と県北の〝過疎化〟が顕著だ。
背景には、「都市部で経験を積んで技量を高めたい」(高橋医師)という医師の都会志向などがあるといわれる。即効策はなかなか見つからないが、高橋医師は「研修制度の取り組みは十年先を見据えたもの。地方でも実力がつくと研修医に認めてもらえれば残ってもらえる」と力を込める。
県も、研修病院ごとに取得可能な専門医や認定医資格を整理、広報するなど積極的にバックアップ体制を整える。県医療国保課の金田学医療担当課長は「現場の医師の意見を踏まえ、できるところから支援している」と、県と医療現場が一体となった取り組みを強調する。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (6)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

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デーリー東北新聞
(6) 若手の決断 県内とどまる学生 4 割 2006.3.29

「入試の面接で受験生のほとんどが“青森県の地域医療に貢献したい”と志願理由を語る。でも、卒業後に県内に残るのはほんのわずか」
こう話すのは兼子直・前弘前大医学部長。それだけ弘前大の卒業生の県外流出は深刻だ。毎年約百人の卒業生を輩出するが、県内に残るのは約四割と半数を下回る。
兼子前学部長は、学生の志が変化することに理解を示しながらも「証拠として面接の様子をビデオに撮って、卒業のときに見せようかな」と苦笑いを浮かべた。

■県内も悪くない

八戸市出身の高橋祐輔さん(23)=五年生=は、中学時代にアメリカの救命救急病棟のテレビドラマを見て医師に興味を持ち、高校二年のときに本格的に志した。
「県内の医療技術が他県よりも劣るとは思わない。プライマリーケア(一次医療)を学ぶには、多くの経験を積むことができる」と高橋さん。
卒業後の進路はまだ決まっていないが「自分がレベルアップできる場所であれば、勤務先はどこでも構わない。県内に残るのも悪くはない」と話す。
大阪府出身の横山拓史さん(23)=同=は、祖父から三代続く典型的な医師の家系。卒業後は函館市内の病院での勤務を考える。「最新設備もないし、有名な医師がいるわけでもない。ただ、熱心な指導医が多い」と首都圏ではなく、あえて地方で勤務することを決めた理由を打ち明ける。
横山さんは「医師不足でかわいそうだから県内に残る—という考えを持った学生はほとんどいないはず。もっと自分の腕を磨き、医師として成長するため必死だ」と強調する。

■ギアは“トップ”へ

県が本年度作成した医師確保の基本構想となる「グランドデザイン」では、特に人材育成を重視した。
海外と連携した臨床教育の検討や、県外から招いた経験豊富な専門医の中核病院への派遣、へき地で実習を希望する医学生の卒前教育など医療環境整備に向け、ギアを“トップ”に入れた。
三浦康久県健康福祉部長は「他県と同じことをやっても駄目だ。医師確保の全国競争に勝つために独自色を出したい」と強い決意を示す。
果たして青森県に医師は定着すことができるのか。グランドデザインではそれができるかが試されている。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (5)

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デーリー東北新聞
(5) 派遣事情 大学に従前の力はなし 2006.3.28

二〇〇四年末に福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、先ごろ医師が業務上過失致死罪などで逮捕、起訴された医療事故は、関係者に大きな衝撃を与えた。
日本産婦人科学会(武谷雄二理事長)は「医師個人が責任を問われたのは極めて遺憾」との声明を発表。この医師が年間約二百件の出産をほぼ一人でこなしていた実情を指摘し、「背景には全国的な産婦人科医不足がある」と訴えた。
この問題は、十八日に弘前市で開かれた青森県産婦人科医会でも取り上げられ、水沼英樹弘前大医学部教授は「産婦人科医を希望する学生がますます減るのではないか」と懸念した。

■3年連続入局ゼロ

実際、弘前大産婦人科教室(旧・医局)への〇六年四月の入局予定者はおらず、三年連続ゼロとなるのは確実な見通し。東北六県の大学医学部でみても、合計でわずか八人にとどまる。つまり、大学も医師不足なのだ。
県内の総合病院に産婦人科医を派遣しているのは主に弘前大と東北大。この二病院の人手不足で、最近では十和田市立市民病院と公立野辺地病院、青森労災病院が出産に対応できなくなった。
弘前大は産科医を集約し、将来的には十和田市立中央病院に配置する方針を決めたが、派遣時期は未定。中には「東北大が医師を派遣していた十和田に、弘前大がすぐ派遣できるはずがない」と“学閥問題”を指摘し、皮肉る医療関係者も。
必修となった臨床研修制度などの影響で、大学には従前通りの医師派遣ができる力は残っていなかった。

■住民に説明を

東北地方の医師不足は産婦人科だけではない。現状を打開するため、東北六県の大学医学部が一堂に会したシンポジウムが十八日、仙台市で初めて開かれ、各大学が枠を超えて意見交換し、地域医療の課題を探った。パネリストとして参加した新川秀一弘前大医学部教授は「各県の医師の置かれた状況など、大学間の情報共有が大切だ」と感想を述べた。
県健康福祉部の三浦康久部長も会場で各大学の発言に聞き入った。三浦部長は「市民は大学には潤沢に人材がいると思っている。大学は現状を説明する責任がある」とし、「これからも二回、三回と続けて、より良い方向に向かってほしい」と期待を込めた。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (4)

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デーリー東北新聞
(4) 必修化の功罪 研修医取り込みに躍起 2006.3.27

三月五日、仙台市で開かれた東北地方の臨床研修指定病院の合同説明会。
八十七病院のうち、実に八十一病院が参加する盛況ぶりで、担当者は来場した医学生を自分の病院に呼び込むため、熱烈な“ラブコール”を送った。
二〇〇四年度から必修化となった医師臨床研修制度。大学卒業後の新人医師に総合医療が可能な基本的診察能力を備えるため、研修病院で二年間の勤務を義務付けた。
これにより医師は自由に勤務先を選択できるようなったが、病院間、地域間の“格差”が拡大。以前から問題視された「大学離れ」にも拍車が掛かった。

■さらば大学病院

六十、四十九、五十三—。
この数字は過去三年間の医学生と県内研修病院のマッチング(組み合わせ)結果だ。再募集や国家試験の合否などの関係で、実際の研修医数とは多少異なるが、初年度以降は県全体の募集定員の半数を下回る厳しい状況だ。
特に深刻なのは東北地方の大学病院。〇五年は全六病院でマッチ率が五割を切った。
弘前大医学部付属病院も例外ではなく、募集定員四十七人に対し、〇四年は十人、〇五年の九人と、結果は“お寒い”状況。
同病院総務課は「残念だが、大学以外の違う環境、特に都会で働きたいと考える医学生が多いことを示している」と指摘する。
佐藤敬医学部長は「弘大付属病院は高度医療も行うが、広範囲の診療はほかの研修病院に引けを取らない」とアピール。「制度が存在する以上はその中で努力していく」との決意を示す。

■地方にも勝機

先述の合同説明会に参加したむつ総合病院の小川克弘院長は「来年から研修医の受け入れを六人から八人に拡大する。下北全体をカバーする病院として、今後も力を入れる」と強調する。
医学生は「一人前の医師となるために、しっかりと指導してもらえる病院に行きたい」と病院選びには慎重だ。
主催した東北厚生局の佐久間敦医事課長は「指導医の充実や症例数の豊富さなどの環境で地方にも勝機がある」と話し、魅力ある病院づくりの必要性を訴える。
今月で必修化後の“一期生”が二年間の臨床研修を終える。
県内にとどまるか、県外に流出してしまうのか。動向が注目される。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (3)

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デーリー東北新聞
(3) 手術はまだか 麻酔科医は深刻な状況 2006.3.26

「今の勤務状態のままだと、医療事故にもつながりかねない」
こんな“最悪のケース”を危惧(きぐ)するのは、青森県内のある麻酔科医だ。自身を含め、過酷な労働環境下に置かれる勤務医の現状を憂える。
医師不足—と一言でくくられるが、産婦人科や小児科、麻酔科など、いわゆる特定診療科の勤務医不足が著しい。
麻酔科医は患者の状態を管理し、手術には欠かせない重要な役割を担う。にもかかわらず拘束時間の長さや執刀医の下支えのイメージが強く、全国的になり手が少ない。
しかも、ほかの診療科と比べ、患者からの認知度が高いとは言い難い。麻酔科医不足の影響はじわじわと広がっている。

■手術待ち増加

今年二月、青森市内のある病院で義父の看病をしていた女性は「やっと手術をしてもらえます」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。手術を待つこと一カ月。ようやく手術が可能になった。
県内の高度医療を担う病院では、このような「手術待ち患者」は珍しくない。県立中央病院は三百三十六人(一月末現在)、弘前大医学部付属病院は二百三十八人(三月一日現在)いる。
県病は「心臓や脳外科の専門医が不足するほか、麻酔科医も定員六人に対し五人しかおらず、かなりきつい」と強調。弘大付属病院も「急患が優先なので(比較的症状が軽い)患者には二、三カ月待ってもらう場合もある」と説明する。

■8年前と同水準

八戸市立市民病院では〇三年度末、五人いた常勤の麻酔科医が二人に減った。現在は常勤二人、非常勤四人の体制で臨む。外科系医師も手術時に麻酔を担当する「自科麻酔」で不足分を補う。
昨年十一月、国から公表された〇四年末現在の県内の麻酔科医数は六十一人。全国的には麻酔科医は増加しているが、県内では一九九六年末とほぼ同水準のままだ。
人口十万人当たりでも、全国平均の五・〇人に対し、県内は四・二人と、マンパワー不足は否めない。
県医療薬務課の石岡博文医師確保対策グループリーダーは「麻酔科医は救急医療に不可欠」と、現状打開のための対策を早急に講ずる必要性を訴える。「正直疲れているが、患者がいる以上は仕事量を減らせない」とは冒頭の麻酔科医。厳しい現実と向き合っている。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (2)

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デーリー東北新聞
(2) 重い負担 役割と機能ばかり増す 2006.3.25

「役割と機能ばかりが増していく。県立病院や弘大並みの役割が求められているが、医師確保などのサポートは不十分」。八戸市民病院の澤直哉副院長は、同病院が抱える問題を訴える。

■辞めたくなる

青森県が進める自治体病院の機能再編。同市民病院は三八地区の高度医療を担う拠点病院に位置付けられる。地域がん診療拠点病院や臨床研修指定病院、感染症指定病院—。役割を果たすため、多くの指定や認証を受けてきた。
澤副院長は「拠点病院に求められる仕事量は多い。しかし、対応するにはまずはマンパワーを増やす必要がある」。医師の労働環境を改善しようと、同病院は循環器内科や小児科など十科と救命救急センターで働く医師十九人を募集している。
だが、全県的な医師不足により補充は難しい。問題は一向に改善されず、現場の勤務医だけに負担が大きくのしかかる。
同病院の中でも、入院患者の回転が早い循環器内科。同科の菊池文孝科長は「今の仕事量だと、本来は三年以上の経験を持つ医師が六人は必要」と話す。
これに対し、現在の常勤医は四人。「激務と疲労が慢性化している。現状では、誰もが一度は辞めたくなるんじゃないかな」
多量の業務をこなし、さらに「ミスをしないように」とのプレッシャーにもさらされる医師。数年で心身ともに疲弊し、勤務医を辞めて開業する医師も出ている。

■現場の限界

高度医療を担う同病院ではあるが、その多忙さが専門の医師の腕を磨く時間を奪っていく。「設備のそろった所で高度な専門医療の腕を磨けるのが公立病院、大病院だった。魅力が失われつつある」と澤副院長は言う。
勤務医は電子カルテや入院承諾書の作成など、“ペーパーワーク”に膨大な時間を割いている。赤字経営で十分な設備投資も困難になってきた。「医師が地域の病院から離れるのを防ぐため、専門の知識や技術を身に付けてもらう環境を整えることが病院側の役割」と澤副院長は考える。
「今のままでは、医師にやる気や熱意を持ち続けてもらうことが難しい」。現場でカバーするには限界があると感じている。「病院も努力はするが、医師不足はわれわれの努力だけではどうにもならない」—。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 2 部 (1)

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デーリー東北新聞
(1) ルポ 40 時間 「仮眠は 1 時間くらい」 2006.3.24

三月のある日午後三時半。八戸市民病院の血管撮影室で循環器内科の長谷川一志医師(34)は、他の医師らと心臓カテーテルの手術に当たっていた。細い血管を傷付けないよう細心の注意を払う。高度な技術が必要だ。長時間の手術から、目は既に充血していた。

■ぎりぎりの人手

「高度医療に携わることができ、やりがいがある。しかし、勤務内容は厳しい」。医師になって九年目の長谷川医師は弘前大学医学部からの派遣医。同病院に来てもうすぐ一年。同診療科一番の若手で、体力的に最も無理のきく年齢だ。
同病院は八戸広域圏の高度医療を担う拠点病院に位置付けられる。心臓カテーテル手術ができる医療機器と技術を持つ医師を備えることから、市外や県外からも患者が集中する。
「先週は二、三回呼ばれたかな」。緊急性が高く、迅速な処置が必要な患者も運ばれて来る。帰宅後でも、時間を問わず呼び出しがかかる。
当直は月に二回ほど。日勤から当直、当直明けですぐに日勤。年中このローテーションが続く。「土日関係なく毎日病院に来ていて、十分に休みも取れない」。
循環器内科の常勤医は四人いるが、広域圏の来院患者に対応するには絶対数が足りない。増員したいが、全県的な医師不足で確保は困難。ぎりぎりの人数での過酷な労働が恒常的になっている。
手術後、長谷川医師は休む間もなく午後五時から当直勤務に突入。「容体が急変することがあるから」。救命救急センターの急患室と入院患者らの間を何度も往復する。
急患が途切れた午後九時四十分ごろ、診察室で長谷川医師はいすにもたれ、ひと息ついていた。「あ、遠い目してる。先生は明日も普通に仕事なんですよね」。看護師が少し離れた場所から気遣う。朝から働き続け、夕食を取る間もなく夜が更けていく。
時計の針はもうすぐ午前零時。電子カルテの作成中、疲労のたまった目元を手のひらで軽く押さえた。「仮眠は三時間取れたらいい方。たいてい一時間くらい」。午前四時、ようやく仮眠室で眠ることができた。

■一日でげっそり

外来診療に備え、午前七時すぎに起き、朝食を取らずに同センターの入院患者の元へ直行。容体を確認し、必要な処置を看護師に指示する。
午前九時半には外来診療が始まった。待合室では既に大勢の患者が順番待ち。「先生はいつ食事をしているんでしょうね」。看護師が、ふと口にした。
やっと外来診療を終えたのは、午後零時半すぎ。昼食もそこそこに一時からカテーテル手術へ。約五時間ぶっ通しで四件の手術をこなす。夕方、マスクを外すと、ほおはげっそり。「脱水症状だ」。すぐに水分補給に向かった。まだまだ勤務は終わらない。

■患者への思い

前日から連続約四十時間の勤務。少しでも気を抜くと体に力が入らなくなる。「自分を必要としてくれる人がいる」。年中無休の激務に耐えられるのは、患者への思いがあるからだ。
理想は「患者さんの立場に立った仕事」。しかし現実は「時間が限られていて、患者とじっくり向き合う余裕がない」。ジレンマを抱えている。

◇   ◇   ◇

“待ったなし”となっている公立病院の勤務医不足問題への対応。人手が足りずに過重勤務となる悪循環を生み出し、結果的に開業を選択する医師も多い。なぜこのような状況に陥ってしまったのか。第二部では勤務医の実態に迫る。
(地域医療取材班)

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (8)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

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デーリー東北新聞
(8) 将来ビジョン 複数配置の方向を検討 2006.1.9

一月四日、三村申吾青森県知事は年頭の記者会見で、昨年策定した「医師確保のためのグランドデザイン」の事業内容を明らかにした。深刻な県内の医師不足を解消するために、二〇〇三年七月の知事就任以降、自ら全国を飛び回って医師や有識者の意見を聞いてまとめた—との自負がある。
三村知事は「医師不足は(過剰勤務や研修機会の不足など)負のスパイラル構造にあり、プラスに転換させたい」と意欲を語った。

■産科医集約に着手

県は二〇〇六年度、県内の産科医集約に着手する方針だ。県や市町村、県医師会、大学などで構成する会議を設置して、複数勤務を基本とした将来的な配置方針を検討。加えて、助産師の活用や女医の就労支援など総合的な対策を講じる。
医師集約の必要性はグランドデザインにも盛り込まれている。大学医学部も現状の苦しい“お家事情”を背景に、集約の方向には前向きだ。
ある関係者は「集約により医師の過剰勤務は解消される。だが、病院側の思惑や地元で産みたいと思う妊婦の希望もあり、すんなりと集約先の病院が決まるとは思えない」と指摘する。各病院の同意と住民の理解を得る作業は難航しそうだ。

■全国競争に突入

医師不足には、医師が都市部に集中する「地域偏在」と、産科や小児科、麻酔科などの全国的になり手が少ない「診療科偏在」が大きな要因となっている。県内の医師分布状況も例外ではなく、大学医学部がある弘前市を筆頭に、青森、八戸の旧三市に全体の約75%が集中する。
県はグランドデザインに基づき、医学生への修学資金貸与や専門医の招聘(しょうへい)、海外研修の充実など、さまざまな施策を展開する予定だ。
ただ、パイの奪い合いになりつつある産科など診療科偏在の対策について、三浦康久県健康福祉部長は「抜本的な対策は難しいが、グランドデザインでは医者を育てる良い環境整備など構造転換から始めていく」と強調。「“絵に描いたもち”にならないように、しっかり取り組む」と述べ、全国競争に打ち勝つ強い姿勢をみせる。
県は十年後の医師不足解消を目指す。地域医療を守るため、将来的なビジョンづくりは始まったばかりだ。
(第1部終わり。田中秀知、工藤洋平が担当しました)

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (7)

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デーリー東北新聞
(7) 下北に暮らす むつ除いて ” 空白地帯 ” 2006.1.8

本州最北端の地・下北半島。昨年十二月に営業運転を開始した東通村の東通原発のほか、むつ市の使用済み核燃料中間貯蔵施設などの立地で、近年は“原子力半島”化が進む。周辺自治体は電源三法交付金による地域振興を見込む。
一方で、将来が期待される若者は都会に流出し、過疎化が進行している。お産ができる医療機関は、むつ市内の二カ所だけ。下北半島のほとんどは産婦人科医の“空白地帯”だ。

■もっと近ければ

昨年十二月上旬のむつ総合病院。お産を終えた大間町の小沢美沙子さん(37)=仮名=は、退院の準備に追われていた。
「おかげさまで無事退院できるみたいです」。糖尿病というリスクを抱えての出産だったが、元気に生まれた長女に目を細めた。
地元には公立の国保大間病院があるが、産婦人科はない。船で函館市の病院に行く手段もあったが、車で片道一時間のむつ総合病院に決めた。
「もっと近ければいいんだけど…」。路線バスは一時間に一本。電車は通ってない。大間町に生まれ育った小沢さんは、「仕方がない」と割り切っている。
自治体病院から産婦人科医がいなくなった十和田市や野辺地町の状況について「他の病院との距離は近いし、交通網も発達している。下北と違って恵まれている」と、違う見方をする。

■地域の知恵

佐井村からむつ総合病院に通う妊娠十カ月の藤沢美紀さん(29)=仮名=の場合、やはり通院には一時間半かかる。雪が降ると路面は凍結し、車はスピードが出せない。冬場は二時間以上の長いドライブだが、「夫が運転してくれるのでちょっと安心」と笑顔をみせる。
「最初からむつ市で産むのが当たり前だと思っていた」と藤沢さん。「早めの対応がこの地域でお産するときの知恵なんでしょうね」と話す。
自らも産婦人科医として同病院で腕を振るう小川克弘院長は「下北地域の一般的な医療はここで完結しなければならない。住民の期待はあると思っている」と自負する。
半島という地理的なハンディを埋めようと、同病院では医師確保のために研修医受け入れに積極的だ。
小川院長は「『へき地』『寒い』『遠い』という悪いイメージを逆に利用して、やる気がある医師を呼び込みたい」と断固たる決意だ。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (6)

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(6) 努力の代償 死亡率改善に心血注ぐ 2006.1.7

これまで全国最悪レベルだった青森県の“赤ちゃん死亡率”。だが、二〇〇四年の県人口動態統計では「乳児」「新生児」「周産期」のすべてで軒並み改善の兆しがみられ、関係者を喜ばせた。
記者発表の席上で、難波吉雄県健康福祉部次長は、改善理由を「産婦人科医の長年の努力や、県内の周産期医療体制の充実」と説明した。

■過酷なスケジュール

昨年七月二十三日、弘前市。三村申吾知事は弘前大医学部産婦人科講座の大学院生と意見交換会を開いた。県内の産科医不足の原因究明に向けて、現場の生の声を聞くためだった。この日集まった四人の院生は、研究や実験の傍ら県内の自治体病院などで非常勤医として従事する。意見交換の中で院生は、びっしりと埋まった一週間のスケジュール表を示した。
厚生労働省の調査によると、若手産婦人科医の約27%が「産科診療はしたくない」と答えている。それは過酷な勤務状況と訴訟の多さが起因している。院生は「労働に見合った対価が得られていない」「県が強力にリーダーシップを取り、各地域をまとめてほしい」などと提言した上で、「県民が安心して出産できるように手伝いたい」と意気込みを語った。

■安全神話

「昔は妊婦や家族は命懸けで出産に臨んだものだ」と話すのは、八戸レディスクリニックの小坂康美医師。医師になりたてだった一九五〇年代は、今の助産師に当たるいわゆる“産婆”が手伝い、出産の約七割が家庭で行われていたという。
今と比べて乳児や母体の死亡率も高かった時代だ。それゆえ、医師や助産師らは赤ちゃんの死亡率改善に心血を注いだ。県内の医療体制は次第に整備され、結果として死亡率は改善に向かった。一方で、医療訴訟の多さに小坂医師は「世間は訴訟という形で評価した」と、努力の代償として得た皮肉な現実を嘆く。
産婦人科医でもあるむつ総合病院の小川克弘院長は「今は出産の“安全神話”が築かれた」と住民意識の変化を指摘する。「安全で安心なお産が一番だが、何が起こるか分からないのもお産だ」と強調。その上で「妊婦や家族への正しい妊娠や分娩(ぶんべん)などの知識の啓発が必要だ」とも話す。
だが、産婦人科医を志した理由を二人ともこう話す。
「やっぱり生命誕生の瞬間の感動ですよ」

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (5)

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(5) 家族のきずな 夫らにのしかかる負担 2006.1.6

昨年十一月三日、青森市のアウガ。「ゆっくりとお湯に入れてくださいね」。助産師の指導に従い、若い夫婦が赤ちゃんの人形を使用して沐浴(もくよく)を体験していた。この日は「1103」の数字にちなみ「いいお産の日」。主催の青森県看護協会は毎年、妊婦や家族を対象に、県内各地で育児支援のイベントを開いている。
「思ったより難しいなぁ」「これからパパになるんでしょ」。会場では夫婦の幸せそうな会話が弾む。同協会助産師職能理事の山田順子さんは「市内はまだ大きな病院や開業医があるが、いない地域の妊婦さんや家族は大変でしょうね」と心配そうな表情を浮かべた。

■全員でサポート

産科医不足は妊婦だけでなく、支えるその家族にとっても大きな負担となっている。
十和田市の下田多香子さん(23)=仮名=は妊娠八カ月。同市内は十和田中央病院の産科が休診しており、出産に対応できるのは個人の診療所のみ。だが、下田さんは八戸市の個人の診療所に通院している。
普段は自分で車を運転して通院するが、体調が悪いときは実家の姉や母の静江さん(54)=仮名=に交代してもらった。「おなかが大きくなってくると往復二時間の運転はきつい。本当に助かる」と家族のぬくもりを実感する。
家族も遠くに通院する多香子さんのことが気掛かりだ。静江さんは「一人目は心配はなかったが、今回は事情が違うので家族全員でサポートしたい」と笑顔で話した。

■二人三脚

昨年七月に八戸市立市民病院で男の子を出産した十和田市の西山美由紀さん(24)は、夫の繁さん(25)=ともに仮名=との“二人三脚”で初めての出産を乗り切った。
繁さんは十和田市内の建設会社に勤務。平日は仕事だが、美由紀さんに無理をさせたくないため、休みを取って病院まで送り迎えをしていた。
出産直前の六月中旬。予定日を過ぎても赤ちゃんが生まれず、美由紀さんは入院。繁さんは出産までの約二週間、仕事が終わるとその足で毎日病院に向かった。
「仕事で疲れていたが、妻が心配だった。同じ境遇の夫はほかにもたくさんいると思う」と繁さん。医師不足の不便さを感じながらも、夫婦のきずなをより確かなものにした。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (4)

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デーリー東北新聞
(4) 広がる影響 休診で分散する分べん 2006.1.5

「やっぱり二つの自治体病院の産科休診は痛いなあ」。昨年十月上旬、青森県内のある病院関係者はこうつぶやいた。
上十三地域の分べん数は年間約千七百件。このうち二〇〇四年度は、出産ができなくなった十和田市立中央病院は約四百二十件、公立野辺地病院は約二百十件と、合わせて同地域の三分の一を占めていた。
それが一気にゼロになったことで、他の公立病院や開業医が扱う数は確実に増加した。この関係者は「全体的に医師は不足しており、ぎりぎりのところでやっているだろう。パンクしないかどうか心配だ」と懸念する。

■変わる妊婦動向

二病院の産科休診による妊婦の動向について県健康福祉部は「三沢市や八戸市、青森市などに分散した。五戸町や七戸町の病院でも増加している」と説明する。
特に、年間約二百二十件の出産を扱っている三沢市立三沢病院は、昨年四—十一月で約三百件とハイペースな伸びを見せる。同年八月末に青森市で開かれた県自治体医学会で、同病院の医師は「分べん数は倍増する見込みだ」と発表した。
古澤次寸事務局長は「普通に考えて、距離的に近い三沢病院に流れている」と分析。その上で「しっかりと妊婦を診られるように院内の態勢を整えたい」と話す。

■七戸病院も休診

公立七戸病院でも一月から出産ができなくなった。同町でただ一人の産婦人科医が昨年十二月末で退職したからだ。ただ、この医師は一月十日から町内で開業する予定で、産科医が空白化する事態は一応、避けられそうだ。
同病院の〇四年度の分べん数は約二百件。だが、〇五年度は十二月中旬までに約二百十件を超えた。大黒博院長は「一人の勤務体制で大変だっただろう」とこれまでの労をねぎらった上で、「開業するという意思は尊重したい。こちらとしては“ノー”とは言えない」と話す。
同病院は、これまで医師を派遣していた秋田大学医学部に対して新たな産科医派遣を打診したが、「秋田県内でも医師不足で県外派遣は難しい」との回答があり、現在のところ後任の見通しは立っていない。
これで、上十三地域の公立病院で出産ができるのは三沢病院だけと、ますます深刻な状況となった。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (3)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

» 医療崩壊 / 逃散 2 / デーリー東北新聞

デーリー東北新聞
(3) 悪循環 24 時間体制 多い訴訟 2006.1.4

「医者がいないと言うけど、実感はあまりないですね」。青森市内の産婦人科に通院する会社員女性(25)は、医師不足に悩む青森県内の状況をよく分からない。県立中央病院や青森市民病院、民間の医療機関が多い市内で生まれ育った。
これまで病気や妊娠をした経験がなかったこともあり、新聞やテレビのニュースで取り上げられるまで意識していなかった。「毎年、医学部を大勢卒業しているはずなのに、なぜ?」との疑問がわく。

■負担大きく

「産婦人科の医師不足は今に始まったことではない」と話すのは、山中朋子県医師確保対策監。
県内の産科医の数は、二〇〇二年十二月末で九十八人。人口十万人当たり六・七人で、全国ではワースト四位タイ、北海道・東北地区では最悪だ。
特に公立病院では勤務医の絶対数が少ないため、一人の医師にかかる負担は大きい。出産はいつ始まるか分からない。まさに二十四時間体制の重労働に加え、産科は特に医療訴訟が多い。
産科医のなり手がいなくなり、それが産科医不足に拍車をかける。激務のため最終的に勤務医を離れ、都市部で独立する—という悪循環に陥る。
一方、お産ができる民間病院や開業医は県内約三十件あるが市部に集中しており、郡部では産科医が不在の地域が多い。最近では出産を扱わず、婦人科のみに対応する開業医も増えている。

■集約の必要性

派遣医師の配置集約を進める弘前大学医学部の兼子直学部長は「地域の中心的な病院に集約することで、先進医療の導入やマンパワー(人的資源)の有効活用ができる」と説明。その上で「集約は後退ではない。これからは病院間の機能的な役割分担が必要だ」と強調する。
県は一九九九年度から県内六つの圏域ごとに中核病院を設け、効率的な医療体制の構築を目指す自治体病院の機能再編成に着手した。
上十三地域では昨年二月、十和田市立中央病院を地域周産期母子センターとして機能強化する素案の骨子を了承。だが、実現に向けた動きは足踏み状態だ。山中対策監は「停滞したままだと、悪循環にはまってしまう。圏域で安心、安全な出産の環境を守らなければならない」と危惧(きぐ)する。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (2)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

» 医療崩壊 / 逃散 2 / デーリー東北新聞

デーリー東北新聞
(2) 突然の休診 病院からの通告に困惑 2006.1.3

二〇〇五年四月。十和田市立中央病院と公立野辺地病院が相次いで産科を休診し、上十三エリア内の二つの自治体病院でお産ができなくなった。
全国的に産婦人科医は少ない。医師派遣を担う大学医学部も病院へ向かわせる人材を集約せざるを得ない状況だ。東北大は十和田中央病院、弘前大は野辺地病院からそれぞれ医師を引き揚げた。

■大きな病院なのに

「四月から産科は休診となります」。昨年二月、十和田中央病院に通院していた同市の安田佳子さん(28)=仮名=は、突然の病院側からの通告に困惑した。妊娠三カ月だった。担当医が転勤するということを聞いた。
仕方なく三沢市内の開業医に通院先を変更した安田さん。ところが、わずか三カ月余りで、そこも病院側の都合で休診となった。今度こそ安心して出産ができると思った直後の出来事に、「ショックは大きかった」と振り返る。
その後、八戸市立市民病院に通い、無事に女児を出産した。安田さんは「私の場合、運が悪かったのかもしれない。でも、住んでいる街に大きな病院があるのに、何でそこで産めないんでしょうね」と問い掛ける。
現在、十和田中央病院は非常勤医による週二日の婦人科対応のほか、昨年十二月から八戸市民病院と連携して助産師外来を開始、安定期の妊婦検診も行っている。「少しでも患者の役に立てれば」(同病院)と、医師不在を必死にカバーする。

■頭の中が真っ白に

野辺地町の佐々木洋子さん(27)=仮名=は、妊婦検診の際に担当医から「別の病院を紹介しましょう」と言われた。出産二カ月前のことで、頭の中が真っ白になった。
病院内では、以前から産科休診のうわさが流れていた。「覚悟はしていたが、現実を突きつけられるとつらかった」
その後、佐々木さんは通院に一時間要する三沢市立市民病院に移り、元気な男の子を出産した。佐々木さんは「子供は三人くらいほしいけど、今のままではすぐ“次”という気にはなれない」と顔を曇らせる。
大学医学部の医師集約の動きについて神雅彦野辺地病院長は「激務解消のために医師の複数配置は必要だ」と一定の理解を示す。だが、同病院の産科復活については「今のところめどは立っていない」と表情は険しい。

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医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (1)

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

» 医療崩壊 / 逃散 2 / デーリー東北新聞

デーリー東北新聞
(1) 初めての出産「どこで産めばいいの」 2006.1.1

初冬のある朝。野辺地町で食料品店を営む大原悟さん(36)・恵美さん(30)夫妻=仮名=は、自宅からマイカーに乗り込んだ。悟さんは青森市内の市場へ野菜を仕入れに、恵美さんは約三十五キロ離れた、同市内の県立中央病院に行くためだ。
まだ夜は明けない。暗闇が広がる国道4号をひた走る。

■地元で産めない

「おめでたです」
恵美さんの妊娠が分かったのは昨年六月。既に三カ月目で、初めての赤ちゃんだった。
喜びに浸った大原夫妻だが、一抹の不安もよぎった。地元の公立野辺地病院では昨年四月以降、産科医が不在となり、個人の開業医がいない町内では、子供を産めない状況となっていたからだ。
選択肢は七戸病院か青森市内の病院のいずれかに狭まった。「どこで赤ちゃんを産むべきか」。大原夫妻は悩んだ末、お産や産後の安心感、悟さんの仕事の都合を考えて同市内の総合病院を選んだ。
だが、二週間に一度の通院は予想以上にハードだった。午前六時に出発してから、悟さんが仕事を済ませるまで恵美さんは車で待ち、午前八時半にようやく病院に到着。店を開けなければならない悟さんは先に帰り、恵美さんは診察後、一人でJR青森駅までバスで行き、電車で帰宅する。
恵美さんは「最近はおなかが大きくなって駅の階段の上り下りがつらい。午前中の診察のため朝早く病院に行き、帰ってくるだけで疲れる」と現在の心境を明かす。

■日々募る不安

野辺地町出身の悟さん。当然、自分の子供も町内で産むものだと考えていた。しかし、生まれ育った町で子供が産めないという「想定外」の事態に見舞われた。
悟さんは「どうして医者がいないのか」と疑問を抱きながらも、「常駐が難しいなら週一回だけでも医師が来て診察するなど何か対策を考えてほしい」と切実に訴える。
出産予定日は今月十六日。「陣痛が始まってから病院に向かうまでに、赤ちゃんが生まれてしまわないか」。大原夫妻は初めての出産を前に不安を募らせる毎日だ。
町では、商工会議所青年部が中心となり、野辺地病院への産科医確保を求める署名運動を展開している。大原夫妻も署名したが、今のところ見通しは立ってない。

◇  ◇  ◇

地方の医師不足が深刻だ。病院や診療所から勤務医がいなくなり、特に不足する産婦人科などは、診療科の休診が相次いでいる。事態は住民の目に見える形で進行し、地域によっては日常生活にも影を落としている。医師不足問題の背景と、地域医療の在り方をシリーズで探る。第一部では、青森県南地方の産科医不足を追った。
(地域医療取材班)

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医療崩壊 / 逃散 2 / デーリー東北新聞

Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue

本記事の原典は、2006 年 4 月 16 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/04/_2_5633.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医師不足、医師確保、医療事故、過失、刑事、訴追、逮捕、起訴、構造改革、僻地、地方

デーリー東北新聞による、地方での産科医療崩壊の特集記事。
検証 医師不足 – 地域医療の危機 –

2006 年 1 月 1 日から 3 月 31 日まで、計 16 回の記事。

なかなかよく調べてまとまっている。態度も中立的で、医師のモラルだとか、聖職だから、義務、倫理、努力、ひいては根性、赤ひげやヒポクラテスなどを持ち出さない。事実を正確に伝えようという努力が見られる。

朝日新聞福島県版とは大違いである。

さらに、具体策としてどうすればいいのか、現場の多数の医師の声を拾っていって欲しい。行政や大学、病院の偉い人たちの妄言は、もう聞き飽きている。

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参考資料

デーリー東北新聞が、2006 年 1 月から 3 月にかけて連載した特集記事を保存しておく。

検証 医師不足 – 地域医療の危機 –

第 1 部 産科医がいない
(1) 初めての出産「どこで産めばいいの」 2006.1.1
(2) 突然の休診 病院からの通告に困惑 2006.1.3
(3) 悪循環 24 時間体制 多い訴訟 2006.1.4
(4) 広がる影響 休診で分散する分べん 2006.1.5
(5) 家族のきずな 夫らにのしかかる負担 2006.1.6
(6) 努力の代償 死亡率改善に心血注ぐ 2006.1.7
(7) 下北に暮らす むつ除いて ” 空白地帯 ” 2006.1.8
(8) 将来ビジョン 複数配置の方向を検討 2006.1.9

第 2 部 勤務医の実態
(1) ルポ 40 時間 「仮眠は 1 時間くらい」 2006.3.24
(2) 重い負担 役割と機能ばかり増す 2006.3.25
(3) 手術はまだか 麻酔科医は深刻な状況 2006.3.26
(4) 必修化の功罪 研修医取り込みに躍起 2006.3.27
(5) 派遣事情 大学に従前の力はなし 2006.3.28
(6) 若手の決断 県内とどまる学生 4 割 2006.3.29
(7) 岩手の試み 県と 14 病院 連携を強化 2006.3.30
(8) 支援体制 確保優先 孤立する現場 2006.3.31

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医療崩壊 / 逃散資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 医療崩壊 / 逃散

東奥日報 2006.3.19

産婦人科への新規入局 弘大ゼロ

二〇〇六年度、東北地方の六大学の医学部産婦人科に新規入局する若手医師は計八人にとどまり、うち弘前大学はゼロであることが日本産婦人科学会の調査で分かった。新規入局者は全国で二百十人と、三年前に比べ半減。地方大学の産婦人科が先細りする一方で、全体の三分の一余りの七十三人が東京都での勤務を予定しており、不均衡な一極集中も浮き彫りになった。

調査は三月で二年間の卒後臨床研修を修了する研修医の入局意向を把握するため、同学会が二月、全国八十一大学付属病院の教授、総医長、医局長に対しアンケート形式で実施した。回収率は100%。十八日に弘前市の弘前プラザホテルで開かれた「県臨床産婦人科医会」で、弘前大学医学部の産婦人科医師が発表した。

調査によると、来年度の医学部産婦人科入局見込み者は全国二百十人。二〇〇四−〇五年度は卒後臨床研修制度のスタートに伴い、全国的に新規入局者がいないため比較できないが、〇三年度の四百十五人に比べると半減した。地区別では東京都七十三人、関東(東京都を除く)二十八人、大阪府十人、中部三十六人、九州十四人、東北八人、北海道五人など。東北地方八人の内訳は弘前大学ゼロ、岩手医科大学二人、東北大学ゼロ、秋田大学一人、山形大学一人、福島県立医大四人となった。

〇一−〇三年度をみると、弘前大学は毎年三人ずつ入局し、東北六県では十八−二十四人の新規入局者がいただけに来年度は大きく減員することになる。これは過重勤務、訴訟の多さなどにより産婦人科を敬遠する傾向が強まったことや、研修先を選択できるようになった卒後臨床研修制度により、若手医師の都会志向や大学病院離れが一気に顕在化したものとみられる。

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デーリー東北新聞 2006.3.19

弘前大産婦人科教室への入局者3年連続ゼロ

弘前大医学部産婦人科学教室(旧・医局)への二〇〇六年四月の入局予定の医師がいず、〇四年度から三年連続で入局者ゼロとなる見通しであることが、十八日分かった。東北六県の大学医学部でも、入局予定者は合計で、わずか八人にとどまる。激務や医療訴訟の多さなどが背景にあり、産婦人科医不足はますます深刻な状況になっている。

同日、弘前市で開かれた青森県臨床産婦人科医会で、弘前大の横山良仁講師が明らかにした。

それによると、東北地方の医学部がある六大学の産婦人科学教室への〇六年四月の入局者見込みは、福島県立医科大が最多の四人、岩手医科大は二人、秋田大と山形大はそれぞれ一人。弘前大と東北大はともに三年連続で入局者がゼロだった。

全国的にみても、産婦人科へ入局予定の医師は二百十人。〇三年度の四百十五人と比べ、ほぼ半減する。また約三分の一が首都圏の大学に入局する見通しで、都市への偏在に拍車がかかる。
 十八日の医会には約七十人が出席。医学生や研修医、医師の代表者が「産婦人科医獲得を目指して」をテーマに意見を発表した。

医学生は「忙しくて訴訟が多いというマイナスイメージが大きい」、「(産婦人科は)学生時代の実習で広く学ぶことが困難で、興味を持つことができない。改善が必要」と訴えた。医師からは「地域の偏在は何もしなかった厚生労働省のミス」、「安心して働くことができる環境をつくることが大事だ」と指摘した。

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読売新聞医療ルネサンス 2006.3.25

産科 厳しい現実に尻込み
「産科や小児科の現場を見て、尻込みしました」

医師になって2年間、今月まで金沢大などで臨床研修を受け、来月から内科に進む島田幸枝さん(26)は、複雑な表情で語る。

医学生時代は、内科か、赤ちゃんや子供を診る産婦人科や小児科の医師になりたいと思っていた。

2年間の研修でも、3科を重点的に回った。特に産婦人科では、大学での2か月の研修に加え、「お産の現場を知りたい」と自ら希望し、地域の開業医のもとで1か月間、研修した。産声を聞き、母親や寄り添う父親の笑顔を見て、やりがいのある仕事であることを肌で感じた。

一方で、勤務の厳しさも味わった。お産のため、開業医は深夜に診療所に駆けつけ、誕生を見届けると、そのまま朝から外来診療にあたることも少なくなかった。出産の際、突然、胎児の心音が聞こえなくなったこともあり、お産は危険も伴うことを痛感した。

小児科でも、満足に休暇をとれない医師たちの激務を目の当たりにした。

島田さんは今月結婚した。いずれ子供が欲しいが、仕事も中断せずに続けたい。産婦人科や小児科は魅力的だが、仕事と家庭を両立できるだろうか。

「産科や小児科では、若い間は身を粉にして働けるかもしれないが、燃え尽きてしまいそう」。結局、内科医を目指すことにした。

日本産科婦人科学会の調査では今春、臨床研修を終え、大学や研修指定病院の産婦人科に入る医師は約310人。最近数年に比べ1割以上減った。東北地方12人、北海道7人、北陸9人など、特に地方は少ない。

調査をまとめた藤田保健衛生大産婦人科教授の宇田川康博さんは「現場を体験して進路を決められる研修は、研修医には望ましいが、働く環境が厳しい産婦人科や小児科の医師不足を加速させてもいる」と話す。

全国の80大学病院の産婦人科のうち、入局予定者ゼロは14か所あった。金沢大もその一つだ。

同大産婦人科医局長の田中政彰さんは「島田さんのように、熱心に産科研修に取り組んだ人に来てもらえないのは残念だ。魅力ある産婦人科診療の体制をどう整えるかが問われている」と言う。

今春、産婦人科に新たに入る医師の7割が女性だ。それだけに女性が働きやすい環境作りが望まれる。産科や小児科を志す医師をどう育て、支えていくか。課題は多い。(田村良彦、坂上博、中島久美子)

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YAHOO! NEWS 毎日新聞 2006.3.21
福島ニュース – 3月21日(火)13時1分

大野病院医療ミス:県立医大医師派遣、応援継続を要望−−三春町長 /福島

県立大野病院(大熊町)の医療事故をめぐり、産婦人科医の1人勤務体制が課題となっている問題で、三春町の鈴木義孝町長は20日、県立三春病院(三春町)への県立医大からの産婦人科医の応援を継続するよう佐藤栄佐久知事に要望書を提出した。

三春病院は、県立病院としての廃止決定を受け、07年4月から町立病院に移行する。現在、産婦人科は常勤医1人と県立医大からの派遣1人の2人体制で運営している。

要望書は「県立医大では、医師不足から医師派遣取りやめや地域の拠点病院への集約化に向けて検討すると聞いている。仮に現体制が維持できないままに移譲を受けるようになれば、地域住民に不安が広がり、町の病院開設に危機感を持つ」と訴えている。

これに対し、佐藤知事は「体制についてはこれから検討するので、三春病院についてどうなると決まっているわけではない」と即答を避けた。鈴木町長は「田村地域で産婦人科があるのは三春病院だけ。しっかりした体制を組んだ上で病院の移譲を受けたい」と重ねて要望した。【上田泰嗣】

3月21日朝刊(毎日新聞) – 3月21日13時1分更新

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毎日新聞 2006.3.22

産婦人科医:若手医師は4割も減 勤務条件などが敬遠材料

04年度に必修化された2年間の臨床研修制度を終えて4月から大学で産婦人科を専門に選ぶ若手医師は、制度発足前に比べ4割も減ることが日本産科婦人科学会(日産婦、武谷雄二理事長)の調査で分かった。勤務条件の悪さや出産トラブルによる訴訟が多いことが敬遠材料になっている。福島県立大野病院で起きた帝王切開手術中の死亡事故で、産婦人科医が業務上過失致死などの罪に問われ、学会内には「さらに希望者が減る」との懸念もある。

調査は今年1〜2月に全国81大学の産婦人科医局を対象に実施した。研修を終え、4月以降に医局に入る医師数やその減少の理由を聞いた。

81大学の産婦人科医局に入局する医師は合計で210〜212人と推計された。臨床研修制度の発足前の年間約350人に比べ4割減だった。

特に、北海道や東北、信越地区と九州の大学で減少が目立った。

志望者が減った理由について16大学は「臨床研修制度でほかの診療科を経験し、負担の多い診療科を敬遠するようになったため」と回答。夜間や休日の出勤が多いなど勤務条件の悪さや訴訟のリスクが高いことを挙げる回答も目立った。

「(勤務条件のいい)麻酔科や皮膚科、形成外科に人気が集中し、志望者の一人が麻酔科に変わった」(信州大)や「入局を勧めたが、(勤務がきついと)拒否された」(山口大)など、リクルートの難しさを指摘する意見も寄せられた。

北村聖・東京大教授(医学教育学)は「臨床研修の必修化から2年が経過し、人気のある診療科と不人気な診療科がはっきりしてきた。産婦人科の医師不足は恒常化するだろう。特に地方は不足が深刻になり、お産できる病院が限られてしまう」と話す。
【山本建】

毎日新聞 2006年3月22日 21時11分

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医療崩壊 / 逃散資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 医療崩壊 / 逃散

某所より拾ってきたコメントを保存しておく。
私は、このように訴える医師たちを避難することはできない。その気持ちは充分すぎるほど理解できる。

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加藤医師を救い、かつ自分が二の舞にならないために今勤務医としてできること。

1) 全ての院内死亡症例を『異状死』として届け出る。
理由 : 医療にかかわった死である以上、異状死の可能性は否定できない。全ての患者を解剖に附し、全ての遺族にその異常性を理解していただきましょう。

2) 労働基準法を厳守しそれ以上の労働は行わない。必要があれば院長に管理者責任として対応していただきましょう。
理由 : 言うまでもありませんが過剰労働は医療事故を誘発します。

3) 重症症例は極力これを受け入れず全てを高次の大学病院へ送りましょう。大学病院の場合は全て東大か京大へ送りましょう。
理由 : 今の司法は「医療の平均水準」ではなく、明らかに最高水準を要求しています。実際の東大や京大がどうだかは知りませんが、患者が納得できるブランドを選びましょう。

4) 侵襲的な手技や治療は一切行わない。
帝王切開を行って癒着胎盤があると「経験が少ない」と断ぜられる始末です。当然ですが侵襲的な治療には予期しない状況が生まれやすいので、これを「未然に」防ぐには診ないのが一番です。皆、投薬(内服)で済ませられる程度、点滴も末梢で済ませられる程度に留めましょう。

5) 入院ベッドをいつも満床にするように心がけましょう。
理由 : ベッドを開けておくと重症を受け入れさせられますから、極力軽症、社会的入院で埋めてしまいましょう。

0) 忘れてました。産科・小児科・救急・外科一般、これらの勤務医はとっととマイナーかなんちゃって内科に鞍替えしましょう。
これは大前提です。当然ですが僻地に住むのも却下です。

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加藤医師を救うのは、大変な労力になりそうですね。検察もマスコミも敵にまわしたうえ、医師会も何故か統一した支援を打ち出さない。こうなったら、本当に防衛医療しかありませんね。
「もう、重症患者は診ない」なんて、患者さんを脅かすつもりもないんです。

自分が地雷を踏むのが怖いだけなんです。
医者を尊敬して欲しいとか、救命が崇高な仕事だとか思って欲しいわけでもないんです。
他の職業と同様に、悪い医者は逮捕してもらって結構です。また、たとえ誠意のある医者でも勉強不足による医療過誤を起こしたならば、プロとして失格なのですから、裁きを受けて当然です。

ただ、加藤医師にはミスも過誤もなかったし、私らも明日はわが身であることを知ったのです。
もう、司法にも、マスコミにも、患者たちにも、うんざりなんですよ。

いつかはこんな日が来ると予感はあったけど、加藤医師逮捕で、私の決意は固まりました。
患者さんを、いつものように、プロとして、診療します。しかし、他人なのですから医者側のリスクは可能な限り回避することにします。急変しても、救急依頼があっても法的責任以外のサービスは行いません。自分と家族を守るために。

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私もメスを置くことにしました。
執刀は後輩。
外来でも難しい患者はみんな大都市、大病院に送る。

40 歳前で、自分でも「かなり出来る」と思ってますが、 知人で訴えられた医師がいて(ほとんど無実の罪だと思う苦情で)もう怖くて外科系の仕事はできません。

自己防衛に徹した医療を心がけます。
絶対に訴えられないようにします。
近日中に大都市に撤退予定です。

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医療崩壊 / 逃散

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 3 月 21 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/03/post_bc5f.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医師不足、医師確保、医療事故、過失、刑事、訴追、逮捕、起訴、構造改革、僻地、地方

現場の医師は、過去の 10 年ほどの間、警告を発し続けていた。燃え尽きる医師は後を絶たず、少しずつ、静かに現場からいなくなっていった。そして、過酷な勤務に加え、臨床研修制度、医局から医師を派遣する慣習への批判、民事訴訟の多発、ひいては刑事訴追が日常のものとなり、医師の逃散は雪崩を打ったように拡大した。

地方の切り捨ては、なにも三位一体の改革、地方交付税の話だけではない。財政の議論と並行して、医療政策の分野でも地方は切り捨てられている。各地の病院で産科、小児科、麻酔科、のみならず整形外科などの医師の確保が困難になっているだけではない。とうとう大学病院への入局者がいなくなった。

東奥日報 2006.3.19
産婦人科への新規入局 弘大ゼロ
二〇〇六年度、東北地方の六大学の医学部産婦人科に新規入局する若手医師は計八人にとどまり、うち弘前大学はゼロであることが日本産婦人科学会の調査で分かった。新規入局者は全国で二百十人と、三年前に比べ半減。
…..
地区別では東京都七十三人、関東(東京都を除く)二十八人、大阪府十人、中部三十六人、九州十四人、東北八人、北海道五人など。東北地方八人の内訳は弘前大学ゼロ、岩手医科大学二人、東北大学ゼロ、秋田大学一人、山形大学一人、福島県立医大四人となった。

地方大学だけでなく、旧帝大でもゼロなのだ。

私たちの先輩が、戦後、様々な困難を乗り越えて築いてくれた世界に誇ることができる日本の医療制度、それはもう崩壊したのだ。

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さらに福島県では、産婦人科医を招聘したいという町からの要望が出されているという事態は、何と言ったらよいのだろうか。一人医長の産婦人科医は、もはや福島県では働けない。いや、何人いようとも、大学病院や高次医療センターでないと働けないだろう。

YAHOO! NEWS 毎日新聞福島ニュース
大野病院医療ミス:県立医大医師派遣、応援継続を要望−−三春町長 /福島
県立大野病院(大熊町)の医療事故をめぐり、産婦人科医の1人勤務体制が課題となっている問題で、三春町の鈴木義孝町長は20日、県立三春病院(三春町)への県立医大からの産婦人科医の応援を継続するよう佐藤栄佐久知事に要望書を提出した。

記事本文とは関係ないタイトルをつけて、しかも「大野病院医療ミス」とトップに持ってくる。毎日新聞社の性根は腐っている。

参考資料

医療崩壊 / 逃散資料 1
医療崩壊 / 逃散資料 2

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医療崩壊 / 医療の限界資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 医療崩壊 / 医療の限界

「医療の崩壊」を警告 政策転換要求 日本医学会がシンポ
救急車での患者選別搬送、06年度に選別基準作成
介護保険料 65歳以上は月4300円超 政令市平均 小池議員が軽減要求

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しんぶん赤旗 2006.3.18

「医療の崩壊」を警告
政策転換要求 日本医学会がシンポ

「市場原理」にゆだねた弱者切り捨ての米国医療の悲劇を日本で再現していいのか——日本医学会総会(会頭・杉岡洋一九州大前総長)の公開シンポジウム「どうする日本の医療」が十六日、東京都内で開かれました。

アメリカ在住の医師で、『市場原理が医療を亡ぼす』の著者、李啓充氏が、「市場原理と医療—米国の失敗を後追いする医療改革」と題して基調講演。日本が「改革」のモデルとするアメリカで、公的医療保険にも民間保険にも入れない無保険者が四千五百六十万人にのぼり、医療費を払えないことによる破産が、個人破産原因の第二位になっていることを生々しく報告しました。また、民間保険会社など「医療におけるビジネスチャンスの創出をねらう勢力が、混合診療解禁などの『規制改革』を主張している」とのべました。

パネルディスカッションでは、『健康格差社会』の著者・近藤克則日本福祉大教授が、公的医療費を抑制した結果、入院待機者や患者の待ち時間の増加、医師の海外流出などが相次ぎ、医療を荒廃させたイギリスの経験を紹介。日本の医療費は国際的にみて低く、患者や現場にしわ寄せされており、政府の政策は「やせている人が、ダイエットするようなものだ」と批判しました。

同じくパネリストの本田宏・埼玉県済生会栗橋病院副院長は、日本の医師数は現在二十六万人で、OECD(経済協力開発機構)基準をあてはめると十二万人も少ないことを指摘。青森県十和田市で産婦人科医がいなくなるなど「日本の医療の崩壊は始まっている」とのべ、政府の医療費抑制策の転換を求めました。

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asahi.com 2006.3.17

救急車での患者選別搬送、06年度に選別基準作成

増え続ける救急車の出動への対策を検討してきた総務省消防庁は17日、患者の緊急度や重症度に応じて優先順位をつける「トリアージ制度」の導入に必要な医学的な「判断基準」と「運用要領」を06年度に作成することを決めた。実用化に向けた試行テストも行う。

同日開かれた同庁救急需要検討会(座長、山本保博・日医大教授)の最終報告書を受けたもの。具体的な対応策として、通報時や救急隊の到着時にトリアージを行うための優先度を判断する「選別基準」と、具体的な事例をこの基準に当てはめる際の「運用要領」をつくる。ただ、トリアージの導入は各自治体の判断にまかせることにした。

また、検討会では、基準を決めるための検証作業が必要としており、同庁は、東京消防庁などに協力を求め、現場でのテストをする考えだ。このため06年度に新たに専門家の検討会を設ける。

人件費などがかさむためあまり活用されていない病院所有の救急車について、民間運行会社への業務委託や複数の病院による共同運用を進める。緊急性の低い患者に民間搬送車を使ってもらうようにするため、業者情報を知る際の電話番号を全国一律の専用番号にすることも検討する。有料化については、慎重論が根強いため、再度議論することにした。

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しんぶん赤旗 2006.3.17

介護保険料
65歳以上は月4300円超
政令市平均 小池議員が軽減要求

今年四月から六十五歳以上の介護保険料(基準額)が、政令指定都市の平均で月四千三百円(現在三千四百六十六円)を超えることが、十六日の参院厚生労働委員会での日本共産党の小池晃議員の質問で明らかになりました。厚労省の磯部文雄老健局長が答えたもので、政令市十四市のうち十二市の平均は月四千三百四十一円にのぼります。

小池氏は「毎月千円近い負担増だ。高齢者の負担能力は限界にきている」と追及。現在25%の国庫負担引き上げや、介護保険財政が赤字の市町村が借り入れている財政安定化基金への償還繰り延べなど負担軽減に必要な措置を求めました。

また、小池氏は四月から設置される「地域包括支援センター」の整備の問題を取り上げました。同センターは、新介護予防給付のケアプラン作成などを行うものです。その設置について、厚労省は昨年六月時点では「人口二、三万人に一カ所が目安」と言っていました。ところが、小池氏の調査では、千葉県松戸市(人口四十七万人)で一カ所、柏市(三十八万人)で一カ所などとなっている状況です。

小池氏は、四月からの介護報酬改定で、新予防給付を支援センターから委託する場合、ケアマネジャー一人あたり八件までという制限が付き、しかも委託料が一件四千円と低く抑えられていることをあげ、「すでに委託は引き受けないという事業者も出ている。このままでは支援センターにケアプラン作成が集中し、介護予防が受けられない“ケアマネ難民”が発生する危ぐがある。地方自治体からも懸念の声が出ている」と批判しました。

川崎二郎厚労相は「状況を把握しながら注視していきたい」と答えました。

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沖縄タイムズ 2006.3.10

社説(2006年3月10日朝刊)

[ヒヤリハット事例]
安全が病院選びの基準だ

一件の重大事故の背後には二十九件の小さな事故があり、さらにその背後には三百件の「ヒヤリ」「ハッ」とするミスが隠れている。安全工学でよく言われる「ハインリッヒの法則」だ。事故を未然に防ぐには、この三百件に切り込まなければならない。

日本医療機能評価機構の調査によると、一歩間違えば医療事故になりかねないヒヤリハット事例が、二〇〇五年一月から六月までの半年間に、対象となった全国二百五十医療機関で九万一千件にのぼった。

日本集中治療医学会が、百九十病院を対象に集中治療室(ICU)でのヒヤリハット事例を調査したところ、三分の一の病院は「患者一人当たり二十五日に一回以上」と改善が必要なレベルであった。

全国には三十八万余りの医療機関があるから、「あわや医療事故」というケースは相当数にのぼるとみられる。

医療機構の調査で最も多かったのは「薬の処方」におけるミスだった。当事者別では看護師が80%と圧倒的に多く、確認や観察を怠ったために起こった事例が目立った。

「多忙だった」「夜勤・当直だった」を理由に挙げた人も多く、看護師不足が事故と隣り合わせの状況を生んでいる実態も浮かび上がる。

確かに医師や看護師不足は深刻な問題だ。が、そのために「病院で事故に遭うのでは」と心配するのは、たまったものではない。

日本は世界で最も長寿の国であるにもかかわらず医療に対する患者の満足度が低い。医療の質が社会問題となっていることと無関係ではないだろう。

医療事故が航空機事故などと異なるのは、事故が隠ぺいされ、なかったものとされるケースが多いことでもある。事故を減らすためにも情報開示が重要であることはいうまでもない。

医の安全を確保するには、「数」と「質」の両方が不可欠だ。安全を軽視したつけは何倍にもなって返ってくる。ヒヤリハットにまで踏み込んだ包括的な対策を講じてほしい。

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医療崩壊 / 医療の限界

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 3 月 18 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/03/post_7120.html にアップされた。原典は削除された。なお、小松秀樹先生の著書よりも本記事がこのタイトルでアップされたものが、時系列で早い。

小松秀樹 ( 著 ) 医療の限界 ( 新書 )


キーワード
医療、崩壊、破綻、逃散

物事は限界近くまでぎりぎり耐えていて、限界を超えると一気に変化が進む。

過去 20 年、日本は公的医療保険にかける費用を出し渋ってきた。バブルの頃までは、医療費の伸びを経済成長より低く抑え、2002 年からはマイナスに切り下げた。GDP と医療費を連動させると言っておいて、2005 年の GDP がプラス成長に転じたにもかかわらず、2006 年、医療費を過去最大の下げ幅で引き下げた。

G7 諸国で最低の医療費、OECD 参加 21 カ国中 17 位の低い医療費、先進国で最下位の医師数、病床あたり最低の医療従事者数、WHO の評価で世界一の医療制度と健康保険制度。しかし国民の医療への満足度は低い。望みは限りなく高く、出すものは限りなく少なく、だ。

医療従事者は善意、奉仕の精神で耐えてきたが、ほころびは何年も前から目に付き始め、その限界点をとうとう超えてしまった。

大多数の国民はそれが理解できない。医師をはじめ医療従事者は、ずっと以前からその危機を訴えてきたのに、国民はバッシングを浴びせ続けてくれた。

以下の報道の市井の人々のコメントを見よ。

河北新報 2006.3.18
「身勝手だ」と憤る住民もいる。
ある保育所の女性保育士(51)は「人の命を預かる仕事だから万全の準備をするのは当然」と怒りをあらわにする。別の保育士も「実情を知る医療界が、1人体制の厳しさや危険性を今になって言い出すのはおかしい」と疑問を投げ掛けた。

参考資料

医療崩壊 / 医療の限界資料

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医療崩壊 / 的外れ資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 医療崩壊 / 的外れ

東日新聞 2006.3.21

新城市民病院改革委が経営縮小提言 救急受け入れ制限も

新城市民病院改革委員会(委員長・長隆総務省地方公営企業経営アドバイザー)は20日午後4時から、同市民病院で第3回改革委員会を開き、最終報告書を発表した。それによると4月から産婦人科は休診、小児科は外来だけ診療、向こう1年間の救急受け入れ制限—など経営縮小を提言、市民にとっても厳しい内容になった。

しかし、全国でも初めての試みとして、不足する医師確保のためドクターヘリを医師通勤用に運用することを提言、地元医師会との協力体制を確立、院内開業も視野に改革を進めるとの新提案も。

また、経営の透明性を確保して豊橋、豊川、蒲郡市民病院、東栄病院との連携や安定した医療体制確保のため「地域医療システム改革協議会」を速やかに設置し、東三河北部医療圏の基幹病院としての役割を再構築する—とした。

医師の確保では、通勤用ヘリ利用で年間7000万円弱の予算を使うが、それほど医師確保がひっ迫していることをPRする意味もある。院内体制では「日本一働きやすい病院」を目指して改革を行う—など。

長委員長は「各自治体病院も同様に苦しんでおり、医師通勤用ヘリ導入は政府に窮状を知ってもらうのも狙い。これは、医師のアクセス改善になり、周辺公立病院にとっても不足する医師を確保できる」と全国初の試みを積極的に検討してほしいと強く要望した。

(2006-03-21)

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週刊新潮 2006.3.23 p. 72 – 73
あとの祭り 連載 93
渡辺淳一

データだけ見て患者を診ない

さる二月、埼玉県に住む女性が、医師の手違いで、甲状腺を摘出されるという事件が起きた。
いったい、どうしてこんなことがおきたのか、以下、理由をおってみると。

甲状腺を取り違える

この事件の舞台は、埼玉県毛呂山町にある埼玉医大病院。

ここにAさん(六十九歳)が昨年十二月、甲状腺機能低下で、甲状腺の細胞を調べる検査を受けた。

ところが同じ日に、甲状腺ガンの患者さんのBさん(七十歳)も検査を受けた。

そこで、検査技師が二人の検体を取り違えたまま、名前のラベルを貼ってしまった。

おかげでAさんはガンと診断され、二月に甲状腺を摘出する手術を受けたが、ガンは確認できず、取り違えが判明したという。

ミスに気付いた病院側は、副院長らがAさんを訪問して謝罪し、医療事故報告書を提出したという。

さらに横手病院長は、「患者さんとご家族に多大な肉体的、精神的苦痛を与えたことを深くお詫びします」とのコメントを発表した。

まったくそのとおり。なんでもない甲状腺を誤って摘出された患者さんの苦痛は、いかばかりか。

これに対して、「深くお詫びする」のありきたりな言葉だけでいいのか。

患者さん側の出方にもよるが、金銭的な賠償も考えるぺきではないか。

さらに、病院側は今後、このようなミスを絶対おこさぬよう、対策を講じるのは当然だが、はたして取りかかっているのか。

そのあたりを含めて、県や医療事故調査委員会は、徹底的に調べるべきである。

検査は大丈夫か

それにしても、このような事故はなぜおこるのか。

この場合、第一に考えられるのが、検査技師によるうっかりミスである。

本来のガンの検体のほうに「異常なし」 のラベルを、そしてなんでもない人のほうに「ガン細胞あり」 のラベルを ……

むろんそこに悪意があったとは思われないが、考えてみると怖い。

鼻歌まじりではなかったにせよ、緊張感のないまま軽い気持ちでいつものように貼りつけた。

それが、Aさんの運命を根底から変えることになってしまった。いやAさんだけでなく、Bさんの運命も変えたかもしれない。

医療事故というと、普通、医師のミスと考えるが、医師の背後には多くの檎査技師がいる。この技師の技術と判断が、患者さんの運命を握っている。

このことはあまり知られていないが、医師は検査技師からのデータを見て病名をつけ、治療方針を決めていくのである。その基本となるところが狂っていては、その先すべてが狂うことになる。

大きな病院では毎日、何百件、何千件という検体が検査されている。それはガン細胞の病理的な診断から、血液型の判定まで、まさに千差万別。

これらがすべて正確におこなわれて、さらに判定された結果がすべて正しく分けられ、ラベリングされているのか。

そのなかには乳ガンや子宮ガンの検査結果もあるかもしれない。それらがもし取り違えられたら、と思うと、怖くて病院に行けなくなる人もでてくるかもしれない。

訴訟が怖い?

今回の事件は表面だけみると、柏査技師の誤りのようである。

それを受けて、間違った検査結果が送られてきたら俺たちはそれに従うよりないではないか、とうそぶく医師もいるかもしれない。

しかし医師も責任を逃れることはできない。

なぜなら、医師は職務上、検査技師の上に位置しているからである。技師が間違ったとしても、医師はそこを統括し、監督する責任がある。

さらに、医師なら検査結果だけでなく、その患者の全身情報を熟知し、そこから判断するぺきである。

今回の事件についても、たとえ「ガン」という棉査結果がでても、まわりの状態やこれまでの検査データなどから、「本当なのか」と疑うことはできたはずである。

どうしてこんなに一気にガン細胞が増えたのか。注意深い医師なら考え、検査結果について、逆に技師に尋ねたかもしれない。

察するところ、この外科医は検査結果だけを鵜呑みにして、あっさり手術に踏み切ったのだろう。

いわゆる、最近はやりのデータばかり見て患者を診ない、データ医師だったのかもしれない。

しかし、医師の基本はまず、人を診ることである。患者さんを自分の目で診て、自分の言葉で話し、これまでの、そして現在の患者さんの様子をいろいろな点から分析する。

そのうえで、さまざまな検査データを重ねて、最後に総合的に判断する。

それさえしていれば、こんな誤りは犯さなかったはずである。

最近、外科系にすすむ医師が減りつつある、といわれている。その理由は、なにかというと訴訟をおこされ、面倒なことに巻き込まれるから、だとか。

なにを、つまらぬことをいっているのか。

訴訟が怖いという以前に、そういう問題を引き起こさぬ医師になるぺきではないか。内科なら訴訟沙汰にならないということは、内科なら間違っても隠せる、というわけか。

医学教育も、根本から改めるときにきているようである。

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医療崩壊 / 的外れ

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 3 月 21 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/03/_2_3929.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医師不足、医師確保、医療事故、過失、刑事、訴追、逮捕、起訴

勘違いな事例二つを紹介する。何が勘違いか、分からない方はもっと勉強して欲しい。

東日新聞 2006.3.21
新城市民病院改革委が経営縮小提言 救急受け入れ制限も
「全国でも初めての試みとして、不足する医師確保のためドクターヘリを医師通勤用に運用することを提言 …..
医師の確保では、通勤用ヘリ利用で年間7000万円弱の予算を使うが、それほど医師確保がひっ迫していることをPRする意味もある。」

医師のヘリ通勤とは、深夜にオンコール医師を呼び出すのにヘリを使うのか。毎朝毎夕、ヘリで医師が通勤するのか。論評以前の、なんとも表現のしようがないものだ。
7,000 万円の年間予算を医師の人件費に使えば、3 – 4 人の中堅医師が雇える事に気がついているのだろうが、なぜ素直に医師をこれだけの予算で雇います、と言えないのか。

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臨床経験を積んだ医師でありかつ大作家、大学病院の医療の問題点を肌で感じて知っている渡辺淳一氏ですら、これである。私は作家渡辺淳一氏が嫌いではないが、このコラムだけは頂けない。

週刊新潮 2006.3.23 あとの祭り 連載 93
渡辺淳一 データだけ見て患者を診ない
「察するところ、この外科医は検査結果だけを鵜呑みにして、あっさり手術に踏み切ったのだろう。」

簡単に言ってくれるが、全身所見を見、検査所見を見、画像所見を見、その上で癌を疑えばこその細胞診である。初診で何もせずにいきなり細胞診をする訳ではない。本事件の調査をしっかりやって再発防止策へたどり着いて、はじめて本件外科医が不注意だったかどうかも論じることができよう。そんなに簡単にこの外科医を不注意と言えるのか。

ちなみに渡辺淳一医師は整形外科医だった。甲状腺癌を語るには、慎重にして頂きたい。

「訴訟が怖いという以前に、そういう問題を引き起こさぬ医師になるぺきではないか。」

今は、渡辺淳一医師が和田心臓移植を目にしたときとは時代が変わっている。民事のみならず刑事訴追が日常ありふれたものになってきている。訴訟は日本中の医師の足許に迫っている。

さらに、システムの安全を設計する、という観点が抜け落ちた論評である。

もう一つ、事故を起こさない医師を養成せよ、とは不可能ではないか。

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注記
渡辺淳一医師が札幌医科大学整形外科学講座講師であった時、札幌医科大学で和田外科教授による本邦初の ( 疑惑の ) 心臓移植が行われた。

参考資料

医療崩壊 / 的外れ資料

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国民皆保険 18 / 理想的な日本の保険制度資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 18 / 理想的な日本の保険制度

神戸新聞 Web News くらしあんしん 2003.6.30
http://www.kobe-np.co.jp/kurashi/kaigo208.html

医療分野の規制緩和 石原・愛媛大教授に聞く
2003/06/30

「アメリカに倣い、競争原理の導入を」—。株式会社の病院参入や混合診療の解禁など、医療分野の規制緩和をめぐり、よく米国の例が引き合いに出される。アメリカの医療は日本のお手本になるのか。海外の事情に詳しい愛媛大学医学部の石原謙教授に聞いた。(竹内 章)

理想的な日本の保険制度/「抑制」より公費投入を

世界保健機関が治療費の平等性や施設面で各国の医療を調べたところ、日本は一位、アメリカは十五位(二〇〇〇年)。

「日本のように国民全体を対象にした公的な医療保障制度がないアメリカは、民間保険が中心。このシステムでは、保険会社が指定する医療機関以外を受診した場合、保険は適用されない」

米国医療の影の部分を切り取った映画「ジョンQ/最後の決断」(二〇〇二年・米)。加入した民間保険が安いため、わが子が移植手術を受けられない現実に直面する父親が描かれる。

「米国の民間保険は数百種類もあり、安い保険だと医師を選べないなど、医療サービスに制約がかかる。医療は社会保障ではなく、有料の民間サービスという解釈だ」

正常分娩(ぶんべん)を例にとると、日本では一週間ほど入院して三十—四十万円ほど。アメリカは百五十万円もかかり、普通の保険では出産翌日には退院しなければならない。

イギリスは家庭医(登録医)という制度をもつ。患者は初期医療を担う家庭医をあらかじめ登録し、登録医以外の診察は全額自費。専門医を紹介されても数カ月待ちという状況が社会問題になっている。

「待たずに専門医の診断を受けられるのは交通事故など緊急時のみ。自国での医療を嫌ってフランスで治療を受ける人も珍しくない。健康保険証があれば、誰でも、どこでも、何の制限もなく受診できる日本は、他国から見たら理想的といえるのだが」

三十兆円に上る国民医療費。この額をどうみるか。公的年金は四十兆円、建設投資額、いわゆる公共事業費は五十兆円。

「先進国の中で公共事業が社会保障より多いのは日本だけ。日本の公共事業費は米独仏などサミットG7の他の六カ国の合計額よりも多い。規制緩和派が唱える医療費亡国論は誤り」

日本では医療ミスが起きると、個人の資質に置き換えられがち。だが一方で、日本の医師はアメリカの医師の約八倍の外来患者を診察しているという過酷な数字がある。

「日本の医療現場は慢性的な人手不足で、これが『三時間待ちの三分診察』といった批判を呼んでいる。株式会社参入などの規制緩和は決して医療の質を高めはしない。取り組まねばならないのは、医療費抑制をやめ公費投入を増やすことだ」

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国民皆保険 18 / 理想的な日本の保険制度

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 10 月 27 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/10/post_84d7.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
国民皆保険、公的医療保険、健康保険、国民医療費、医療費亡国論

2003 年に石原謙愛媛大学医学部教授が神戸新聞のインタビューに答えた記事を発掘した。

このときよりさらに以前から、二木立、李啓充両先生をはじめ、日本医師会も、名もなき多くの医師たちも、警告を発して来た。著名な方はマスコミ上で、そうでないその他大勢の医師たちはウェブ上で、発言してきた。それを黙殺したのは、最近では小泉政権と、それを支持した大多数の日本人だ。

今さら医療崩壊などというな、医師は何もして来なかったではないか。そういう意見が目につくようになってきた。しかし、自分の無知を棚に上げ、人を非難していればよいのだろうか。

医療制度研究会 このままでいいの?日本の医療 ≫ 医療,医療制度,医療事故,改革 http://www008.upp.so-net.ne.jp/isei/top2.html
医療政策を考える会 http://www.orth.or.jp/seisaku/

神戸新聞 Web News くらしあんしん 2003.6.30
http://www.kobe-np.co.jp/kurashi/kaigo208.html

医療分野の規制緩和 石原・愛媛大教授に聞く
2003/06/30

「アメリカに倣い、競争原理の導入を」—。株式会社の病院参入や混合診療の解禁など、医療分野の規制緩和をめぐり、よく米国の例が引き合いに出される。アメリカの医療は日本のお手本になるのか。海外の事情に詳しい愛媛大学医学部の石原謙教授に聞いた。(竹内 章)

理想的な日本の保険制度/「抑制」より公費投入を
世界保健機関が治療費の平等性や施設面で各国の医療を調べたところ、日本は一位、アメリカは十五位(二〇〇〇年)。
「日本のように国民全体を対象にした公的な医療保障制度がないアメリカは、民間保険が中心。このシステムでは、保険会社が指定する医療機関以外を受診した場合、保険は適用されない」
米国医療の影の部分を切り取った映画「ジョンQ/最後の決断」(二〇〇二年・米)。加入した民間保険が安いため、わが子が移植手術を受けられない現実に直面する父親が描かれる。

参考資料

国民皆保険 18 / 理想的な日本の保険制度資料

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国民皆保険 17 / 政府と製薬会社の癒着資料

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» 国民皆保険 17 / 政府と製薬会社の癒着

毎日新聞 2006.9.3

医薬品機構:製薬企業OB9人を雇用 新薬の審査部門に

医薬品の安全性などを審査し、厚生労働省に新薬として承認すべきかどうか通知する独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(東京都千代田区)が04年4月の設立以降、製薬企業8社のOB9人を雇用していたことが分かった。企業で開発部門に携わっていた人物を審査部門に配属するなど、いずれも企業在職時と関係の深い業務に就いている。専門性の高さや人員不足などを理由とする例外規定に基づく措置だが、専門家からは生命にかかわる公的業務の中立性を不安視する声が上がっている。

◇公的業務の「中立性」に不安も

新薬審査は薬事法上、厚労相が最終決定権を持つが、「承認して差し支えない」とする機構の判断が覆された事例は04、05年度で一件もない。薬害エイズ事件後の39人の天下りが発覚した厚労省に続き、強大な審査権限を持つ機構も業界と結びつきを強めている実態が浮かんだ。

9人は05年3月〜今年1月、公募方式で採用された。2社から各2人、残る6社から各1人ずつ雇用されている(うち1人は2社に在籍)。機構就職後は医薬品の安全審査や、工場への現地調査により申請書通りの製造工程が守られているかなどをチェックする品質管理業務を担当している。

機構は9人を採用した事実や出身企業名などは明らかにしたが、氏名や肩書(企業時代も含む)、具体的な業務内容など詳細は一切公表していない。

民間からの採用については機構の設置法などで(1)製薬企業の現職役員の場合、機構役員への登用は禁止(2)採用前5年間、企業で医薬品の研究・開発に携わっていた場合、機構就職後2年間は医薬品の承認審査業務に関与できない−−などの制限がある。

9人は雇用後すぐ企業時代の担務と密接な関係のある部署に配置されており、(2)の規定に反する。しかし「治験データの分析・評価、医薬品・医療機器の工程検査の分野で、かつ他職員とともに業務に当たる場合に限り関与を認める」とする機構の例外規定により採用された。規定は「専門知識が必要なため人員確保が困難」などを理由に定められたという。

機構設立前は、一部の文書チェックなどを除く審査に関する全業務を厚労省や国立研究所に所属する国家公務員が担当していた。このため、機構の設置法を審議した02年の国会で、健康・生命に関する重要な業務を切り離す点に批判が集まったが、政府・与党側が「厚労相が最終決定権を握ることに変更はない」として押し切った経緯がある。

坂口力厚労相(当時)は機構設立前の02年12月、薬害被害者と面談し「優秀な人の場合どうするかなど個々のケースもあるが、原則的に言えば完全に(民間と)分離をしたい」と企業OBの採用に慎重な姿勢を見せていた。

【小林直、堀文彦】

▽医薬品医療機器総合機構・業務調整課の話 採用は適正な手続きに基づいており、9人は(外部の識者らで作る)運営評議会にも報告している。OB採用で審査が甘くなることはない。

【医薬品医療機器総合機構】

特殊法人改革の一環として、新薬を審査する「国立医薬品食品衛生研究所・審査センター」、被害者救済事業を行う「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(認可法人)」などを統合し、04年4月に発足した。審査対象は医薬品だけでなく医療機器にも及び、販売後の副作用情報収集なども行う。4月現在の役職員数は319人。

◇「企業寄り」懸念

医薬品問題に詳しい新横浜ソーワクリニック院長の別府宏国医師の話 「人員確保が困難」との理由も理解できなくはないが、多くの製薬企業OBを採用している現状では、審査が企業寄りにならないか疑念が生じる。OBがどの企業の、どの医薬品の審査にかかわったかなど情報を開示しない限り、適正さがチェックできず不透明さが残る。

◇情報開示姿勢に疑問

企業OBを採用しながら、業務内容などの情報開示を拒む「医薬品医療機器総合機構」の姿勢は、安全審査の中立性をチェックする手段を市民の手から奪うものだ。だれが、どの薬の審査に、どのように関与したかなど、最低限の情報が、一般はおろか内部チェック機関の運営評議会にさえ報告されていない現状は、機構の公益性に照らせば、あまりに不十分だ。

機構の規則によれば、「古巣」と密接に関連する担当部署に配属されたOBは、別の機構職員と合同で職務に当たる。一見、癒着は防げる配慮がなされているようだが、問題は、その「密接かどうか」を判断するのが機構自身であることだ。外部は「きちんとやっている」という機構の説明をうのみにするしかない。

機構の設置法案の骨子も定まっていない02年8月、厚生労働省は製薬企業に「02年度の職員数は約240人。05年度は約370人に強化」など全容を文書で示した。同時期に説明を受けた被害者団体には明らかにされず「企業寄り」と非難を浴び、設置法成立時「業務内容を積極的に公表し、組織や運営状況を国民に明らかにする」との付帯決議までなされている。機構は原点に立ち返り、積極的な情報開示を心掛けるべきだ。

薬害エイズなど過去の悲惨な被害の背景には、官民の癒着が横たわっていた。「受益者負担の原則」により、機構は製薬企業など延べ7891社から約91億円(04、05年度)もの拠出金を受領している。カネに加え、人まで企業頼みの現状は独立性に大きな問題があり、できるだけ早期に企業OBの採用を中止すべきだろう。

【堀文彦】

毎日新聞 2006年9月3日 3時00分

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毎日新聞 2006.9.5

医薬品機構:企業OB雇用さらに5人 評議会に報告せず

医薬品審査などを行う独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」による企業OBの採用問題で、同機構が04年4月の設立以降、営利企業から、さらに5人のOBを雇用していたことが分かった。既に判明していた9人については、雇用の事実を外部の識者らで組織する「運営評議会」に報告していたが、新たに判明した5人は「民間時代と関係の無い仕事に就いている」として未報告のままだった。安全審査に強大な権限を持つ機構の不透明な運用ぶりが一層鮮明になった。

機構は、直近5年間に企業で研究開発を行った人物の場合、採用後2年間、新薬審査業務などへの関与を禁じている。新たに判明した5人について、機構は取材に対し「この規定に禁じられていない雇用」とだけ説明。出身企業の業種など、人数以外の一切の情報を明らかにしていない。

既に判明していた9人を運営評議会に報告していたのは、一定の分野で同僚とともに勤務するなど、特定の条件を満たせば、規定に反する就業を許可する代わりに、運営評議会への報告を義務づける例外規定があるため。これについても、どの企業の、どの医薬品を審査したかを伏せるなど、不十分な情報しか伝えていなかったことが既に明らかになっている。

毎日新聞の取材で初めて5人の存在を知った運営評議会メンバーで、全国薬害被害者団体連絡協議会代表世話人の花井十伍さん(44)は「驚いた。なぜ報告しなかったか機構に指摘していく」と話した。

【小林直、堀文彦】

▽医薬品医療機器総合機構・業務調整課の話 5人は規定に基づき適切に配置されており、問題はないと考えている。

◆ぜい弱なファイアーウオール

新たに5人の企業OBが雇用されていた実態は、企業とその製品を審査する「医薬品医療機器総合機構」との間に必要なファイアーウオール(業務の隔壁)が、ぜい弱であることを改めて印象づけた。内部チェック機関の運営評議会にさえ未報告だったという点は、9人の雇用よりも事態がさらに深刻で、早急に全雇用を報告するシステムに変更すべきだ。

「9人」と「5人」で報告、未報告が分かれたのは、前職と密接に関連する就労の場合にのみ報告義務が生じる内部規定によるものだ。「密接」かどうかの判断は機構に委ねられ、5人はノーチェックのままの、言わば“極秘雇用”となった。こうした事態を防止するため、雇用してから評議会に報告する現行システムを改め、評議会の承諾を得てから採用する方式に変更すべきだろう。

【堀文彦】

毎日新聞 2006年9月5日 15時00分

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国民皆保険 17 / 政府と製薬会社の癒着

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 9 月 3 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/09/post_44d4.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
政府、厚生労働省、医薬品医療機器総合機構、医薬品機構、産業界、財界、製薬会社、癒着

力のある製薬会社の思い通りになりはしないか。

もともと、厚生労働省に、米国の FDA の様な人材、予算、権限を持った組織がなく、政府と製薬会社の癒着のなすがままの薬事行政なのではないだろうか。

これまでの天下り役人、政治献金といったチャンネルだけでなく、こういう交流も産まれていたのだ。

毎日新聞 2006.9.3
医薬品機構:製薬企業OB9人を雇用 新薬の審査部門に
医薬品の安全性などを審査し、厚生労働省に新薬として承認すべきかどうか通知する独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(東京都千代田区)が04年4月の設立以降、製薬企業8社のOB9人を雇用していたことが分かった。企業で開発部門に携わっていた人物を審査部門に配属するなど、いずれも企業在職時と関係の深い業務に就いている。

記者の心配は、薬害エイズ問題のような、センセーショナルなことにしか目が向いていないようだが。

力のある会社の新薬が、早く承認され、高く売れるだろう。
今ある薬に新しい効能効果を認めるかどうか、それも製薬会社の力次第となる。
古くからある優れた薬、しかし製薬会社の力がないばかりに製造できなくなる薬が出てくるだろう。

———-

メソトレキセートという抗癌剤がある。それを極少量を使うことで関節リウマチに対する、最近までは、最も効果が高く、安価な治療薬だった。製造はワイス、販売は武田だ。しかし日本では、効能効果として関節リウマチは認められていなかった。価格が安過ぎて、それ単独の臨床試験をし直して効能効果の追加ができなかったとも聞いているし、メソトレキセートにちょっとコーティングを施しただけの薬に 9 倍以上の値段をつけて、新薬承認を取って売り出すことにしたとも聞いている ( メソトレキセート錠 2.5mg 47.7 円、リウマトレックス錠 2mg 355.5 円、2006 年 4 月現在の健康保険収載薬価 )。

政府と製薬会社が仲良くしても、国民にとってよいことは少ない様だ。

参考資料

国民皆保険 17 / 政府と製薬会社の癒着資料

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国民皆保険 16 / 明細付き領収書 2 資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 16 / 明細付き領収書 2

毎日新聞 2006.12.1

2割が領収証に不備 18機関は総額表示のみ 山口県内医療機関調査
県内医療機関調査:2割が領収証に不備 18機関は総額表示のみ /山口

県内の保険医療機関の約2割が患者への領収証に不備があることが総務省山口行政評価事務所の調べで分かった。30日、同事務所が調査結果を明らかにした。

改正厚生労働省令(4月施行)で適正な領収証の交付が義務付けられたことから、8月-11月末、県内2809機関から無作為に選んだ424機関(病院、医歯科診療所、保険薬局、指定訪問看護事業者)を対象に調べた。その結果、18機関が総額表示だけで明細が無く、54機関が詳細に記載しないなど全体の17%が不備のまま領収証を渡していた。

評価事務所は30日、監督する立場にある山口社会保険事務局に対し指導の徹底を要請した。

評価事務所は「『患者がいらないと言った』と説明する所もあり、改正省令への認識は十分ではない」と指摘している。

広島や鳥取でも同様の調査を行っており、広島21・2%、鳥取24・3%の機関で不備がみられたという。

【長谷川隆】

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国民皆保険 16 / 明細付き領収書 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 12 月 4 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/12/_2_a907.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
健康保険、医療費、明細、領収書

健康保険診療における明細書付き医療費領収書をネタに、また攻撃である。小ネタだが、じわじわと責める手を緩めない。

明細書付き領収書の負の部分と不合理、法的な問題点は過去に指摘した。

2006 年 4 月から制度化され、10 月までが制度移行期間だった。その移行が完了する前に、不備があると攻撃する。

診療に必要なコストとマンパワーを削って紙切れに費やしているのに、それをも叩くネタにする。

毎日新聞 2006.12.1

2割が領収証に不備 18機関は総額表示のみ 山口県内医療機関調査
県内の保険医療機関の約2割が患者への領収証に不備があることが総務省山口行政評価事務所の調べで分かった。30日、同事務所が調査結果を明らかにした。
改正厚生労働省令(4月施行)で適正な領収証の交付が義務付けられたことから、8月-11月末、県内2809機関から無作為に選んだ424機関(病院、医歯科診療所、保険薬局、指定訪問看護事業者)を対象に調べた。その結果、18機関が総額表示だけで明細が無く、54機関が詳細に記載しないなど全体の17%が不備のまま領収証を渡していた。

マスコミにとって、医療とは、叩けば叩くほど旨味があるかのようだ。

参考資料

国民皆保険 16 / 明細付き領収書 2 資料


コメント

とりあえず、まず先に政治家の歳費とか、政治資金とか、そういうお金の明細をきちんと公開すべきでしょうね。

で、余計な事務的な事に医者が時間を取られて、厚労省の役人とか天下り先の人達は、仕事が増える、と。

投稿 Dr. I | 2006/12/04 23:11:10

Dr. I 先生
こんにちは

医療費明細書は、厚労省、財界 ( = 保険者 )、労組が一体となった医療の現場への攻撃で、得をするのは彼ら。患者さんには、ほとんど何のメリットも生まないものだと思います。

投稿 道標主人 | 2006/12/05 9:37:28

>>道標主人さん
最近、更新がないのはお忙しいからなのか、お体の具合でもお悪いのか...
密かに心配しておりますです。

投稿 元田舎医 | 2006/12/10 16:26:00

そうだ、申し遅れました。
諸処でお世話になっております元田舎医の「元田舎医」です。
こちらへは初めてコメントさせていただきます。

鋭い評論によって常々私の蒙を啓いてくださり、なおかつ貴重な資料庫として活用させていただき、感謝しきりであります。
今後ともなにとぞよろしくお願い申し上げます。

投稿 元田舎医 | 2006/12/10 16:36:16

元田舎医先生

お返事遅れまして申し訳ありません。お気遣いまことに有り難うございます。
おかげさまで元気にしておりますが、多忙にしておりますゆえに、更新ができずに止まってしまっています。

投稿 道標主人 | 2006/12/14 18:10:33

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国民皆保険 15 / 老人定額資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 15 / 老人定額

北國新聞 ( 共同通信 FLASH 24 ) 2006.9.10

病状に応じて定額に 75歳以上の患者負担

2008年4月導入の75歳以上を対象とした新高齢者医療制度で厚生労働省は9日、医師らに支払う診療報酬について、病気の種類や治療方法ごとに額を定める「包括払い」制度を導入する方針を固めた。これに伴い、患者の医療費の自己負担も各自の病状に応じて定額となる。

検査や診療を重ねるたびに報酬が増える現行の出来高払い制度は、医療費の無駄遣いを招きやすいとされており、高齢化が一段と進む中、包括払い導入で増え続ける高齢者医療費を抑制し、併せて患者負担の軽減を図る狙い。

早ければ来月にも社会保障審議会に特別部会を設け、専門家らによる議論を始めたい考え。ただ医師の収入も抑制されることになるため、日本医師会などの反対が予想され、結論が出るまでには曲折も予想される。

———-

毎日新聞 2006.10.5

診療報酬:75歳以上に「定額制」厚労省が検討へ

厚生労働省は75歳以上の人の診療報酬(治療費)について、08年4月から病気の種類や病状に応じた「定額制」とする検討に入った。社会保障審議会に5日、「後期高齢者医療のあり方に関する特別部会」を発足させ、具体案の検討を始める。現行の「出来高制」は医療費増大の要因とされ、定額制が導入されれば医療費の抑制につながるだけでなく、お年寄りの自己負担も減る。ただ、医療機関を適切に評価する制度がない現状では、高齢者医療の切り捨てにつながりかねない危険性もはらんでいる。

出来高制の下では、医師が患者を「薬漬け」にし、収益を上げることも可能。定額制なら過剰診療分は医療機関の出費となり、ムダな治療に歯止めをかける効果はある。同省は「医療費のかかる75歳以上を対象にすれば抑制効果が大きい」と判断した。

具体案は部会で今年度中に詰めるが、厚労省は入院治療について、脳腫瘍(しゅよう)や白内障など個別の病気それぞれに薬剤、検査費まで含めたワンパッケージで価格を設定する考えだ。同じ病気でも投薬量、検査回数など治療の必要度に応じ、複数の定価を設ける。

厚労省は外来や終末期医療への導入も検討しているが、日本医師会は「必要十分な治療ができず、過小診療を招く」と強く反発。小規模診療所まで対象にすれば収入減となる可能性が高く、議論の混乱も予想される。

今年成立した医療制度改革関連法は、75歳以上を対象とした新健康保険創設(08年4月)を盛り込んでいる。同省は、75歳以上の診療報酬も高齢者の特性に応じた独自の体系に再編する必要性を主張していた。

【吉田啓志】

◆出来高制と定額制

現行の診療報酬は、手術、検査など診療行為ごとに点数が決められ、その合計を治療費とする出来高制が基本。医療機関は点数を積み上げるほど収入が増え、過剰診療を誘発すると指摘されている。一方、過剰診療にも決められた価格しか払わないのが定額制で、医療費抑制策の切り札とされる。その半面、差額を浮かすことを狙った過小診療の呼び水となる危険もある。厚労省は06年度、360病院で定額制を試行している。

毎日新聞 2006年10月5日 3時00分

———-

Sankei Web 2006.10.3

【正論】医事評論家・水野肇 間違いだらけの老人医療と介護

■健康寿命を延ばす施策こそ必要

≪現実的には酷な在宅療養≫

「ニコリ・グット」という造語がある。あるシンク・タンクが考案した言葉だそうだが、その意味は「これからの社会はお年寄りが、ニッコリと微笑(ほほえ)んだり、胸にグッときて感動するようなことを展開しなければならない」ということだそうな。

この話を聞いて、私の脳裏をよぎったのは、江戸時代に幕府の圧政に対して、江戸のあちこちに落書された政治批判の川柳、あるいはソ連治下のもとで隆盛をきわめたアネクドートの類だった。この造語の中に、小泉さんの老人への医療対策の不満や、弱い者へのいたわりのなさを表現しているように感じた。

6年近くにわたる小泉前内閣は経済の立て直し、規制緩和を実施するなど、刮目(かつもく)させる業績も残したが、弱肉強食の時代に導入したことも事実である。

とくに弱者といわれる階層への配慮は少なかったといえ、お年寄りは行政的に取り残された感さえある。とくに医療政策の中での老人の扱いは、かなり厳しいもので、高額の自己負担を課されたほか、老人医療そのものへの医療行政的な切り込みも激しく、途方に暮れている人たちも多い。

とくに、事実上の老人の末期医療に近い療養型病床群と呼ばれている医療に厳しい削減の数値が示され、その代替は在宅療養という形にしようとしているが、これは現実的に酷である。というのは、在宅療養は、どうしても家内労働を必要とする。

理屈の上では訪問看護や訪問介護を派遣すればいいということになるのかもしれないが、実際には、そうはいかない。そういった人たちを受け入れるために家内労働を必要とする。かつてのスウェーデンのように、家内労働の部分も、介護を公的にするようにすれば、かえって金がかかる。これは事実上、大変なことである。

≪寿命延びても病気は存在≫

やはり、入院のような形で入る所を確保しなければうまくいかないと思う。とくに、現代のように家庭内の介護力に余裕のない時代であれば、“在宅は安くつく”といった安易な考え方をしてはいけない。

脳血管障害の後遺症のリハビリも配慮が十分でない。多田富雄東大名誉教授が、自身の体験から発表した手記(文芸春秋2001年2月号)のとおりであり、あまりにもお年寄りへのいたわりがない。

それに考えねばならないことは、平均寿命が延びたこと自体は福音だが、よく見てみると、寿命は延びたが、高齢に伴って出てくる多くの疾病は、平均寿命の延びた分だけ遅れて現れるのではなく、個人差はあるにしても、寿命が延びても老化に伴う病気は今までどおりに出てくる。このことは極論すれば、平均寿命が延びることは“病人が死なない”だけのことに過ぎないという見方もできる。

≪生活の質に配慮した策を≫

本当のことを言えば、健康寿命を延ばす施策の推進こそ必要なのである。健康寿命というのは(1)認知症でなく(2)自分のことは自分で処理できる−という条件を何歳まで保つことができるかということで、これは平均寿命の延長より、はるかに有意義である。これを新しい施策として考えるべきである。

75歳以上の老人を別枠にした新しい「老人保険」が誕生することになっている。まだその仕組みは決まっていないが、今までのような小泉流で「老人は応分の負担を」ということが前に出ては、どうにもならないことになる。老人は数字の上では若い人の5倍の医療費を必要とする。だからそれは老人自身で持てというような乱暴なことになれば、老人のクーデターが起きるだろう。

この点は十分に考えないと悔いを千載に残すことになる。それでなくても老人の介護保険の徴収料は鰻登りに上がっている。個人の意見を言わせてもらうと、75歳以上の老人医療は、日本の特徴と言われる出来高払いでない方式を導入せざるを得ないのかもしれない。一考を要する点である。

ここで一言、安倍新内閣に是非言いたいことは、前内閣の考えてきた「政府予算に医療費を多く計上するのは反対だが、患者の自己負担が増えるのは経済の増大になる」という考え方が正しいのかどうかということである。

この考え方が貧富の差を増大させることに基本的につながっているのではないか。そして、老人の医療には、老人のQOL(生活の質)を配慮した施策を展開すべきなのであって、検査結果に一喜一憂するものではない。

(みずの はじめ)

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国民皆保険 15 / 老人定額

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 9 月 10 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/09/_19__c371.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療費、抑制、老人医療費、定額、削減

先進国最低の医療費をさらに削って、医療の質や安全の保障はどうするつもりなのだろうか。

その上、この報道には作意が感じられる。医療費イコール医師の収入として、日本医師会を悪者に仕立てようとしている。

医療費のうち、医師のサラリーはほんの一部でしかない。医師以外の医療関係職種、医療の設備、薬や器具、その他様々なものにかかるコストが医療費のほとんどなのだが。

—–

北國新聞 ( 共同通信 FLASH 24 ) 2006.9.10
病状に応じて定額に 75歳以上の患者負担
…..
医師の収入も抑制されることになるため、日本医師会などの反対が予想され、結論が出るまでには曲折も予想される。

参考資料

国民皆保険 15 / 老人定額資料


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 『拒否できない日本 』の著者、関岡英之氏の最新の新書です。文藝春秋やわしズム、テーミスなどに掲載されたものを中心に新たに書き下ろしも加え出版されました。巻末には今年3月に武道館で行なわれた『皇室の伝統を守る一万人大会 』で話された内容も載っています。郵政民… [続きを読む]

受信: 2006/09/11 9:50:47

» 包括払い制度 トラックバック 健康、病気なし、医者いらず
2008年から、75歳以上を対象に包括払いの制度が 導入されるかもしれませんね。 「包括払い制度」っていうのは、簡単に言うと、風邪なら5000円、 心筋梗塞で入院したら30万円とか、 病気によって値段を決… [続きを読む]

受信: 2006/09/17 17:54:30


コメント

そう言えば社会保障に関しては「質を落とさず給付を下げる努力をする」とも述べられてましたから、先行きは推して知るべしですね。

投稿 Yosyan | 2006/09/10 15:27:43

Yosyan 先生

こんにちは、またはこんばんは
2008 年に向けて、どんどん来るでしょうね。

投稿 道標主人 | 2006/09/10 17:47:52

医師ではない方だと思いますが、以下に理解あるコメントを見つけました。

http://ameblo.jp/shionos/entry-10016862191.html

投稿 道標主人 | 2006/09/10 18:00:34

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国民皆保険 14 / 薬価資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 14 / 薬価

毎日新聞 2006.9.6

薬価算定基準:毎年改定実施を 厚労省が論点提示

厚生労働省は6日の中央社会保険医療協議会薬価専門部会で、現在2年に1度の薬価(医薬品の公定価格)改定に関し、「改定の頻度を含めた薬価算定基準の在り方について検討すべきだ」と記した論点ペーパーを提示した。薬価を毎年改定し、より市場価格に近い値段に下げることで医療費抑制を目指す意向を正式に示したものだ。

公定薬価は、保険から医療機関に支払われる医薬品の値段。05年の場合、医療機関の仕入れ値である市場価格より8%高かった。

政府は2年に1度薬価を引き下げ、市場価格との差を2%にまで縮めている。しかし、2年に1度では「市場価格はメーカー間競争で大幅に下がっているのに公定価格は高止まりしたまま」というケースも多い。この薬価差を放置すれば保険財政を圧迫するため、毎年格差を是正しようというのが厚労省の考えだ。

同省は6日、より詳細な薬価調査の必要性も併せて示したが、医薬品メーカーなどは強く反発している。

【吉田啓志】

毎日新聞 2006年9月6日 18時01分

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国民皆保険 14 / 薬価

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 9 月 6 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/09/__3f1b.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、健康保険、薬価、薬価差、薬価差益、消費税、損税、ゼロ税率

薬価差が医療機関の儲けになっていたのは過去のこと。今は薬を在庫することが経営を圧迫する。

薬価差は医者の儲け、いまだにこういったことを言う亡霊が医療界のまわりを徘徊している。

消費税導入前 : 薬価 – 仕入れ値 = 薬価差
消費税導入後 : 薬価 – ( 仕入れ値 + 消費税 ) = 薬価差

医療機関が薬を仕入れるときには 5% の消費税がかかっている。公的医療保険において、患者さんに処方する時の公定価格、すなわち薬価には、消費税導入の折、消費税分が上乗せされた薬価が決められたはずだ。

薬価が決められても、メーカー、卸業者、医療機関との間の価格交渉、価格競争といった要因で、次の薬価の決定までの 2 年間に、仕入れ値は少し下がる。

しかし、薬価は 2 年毎に切り下げられ、仕入れ値 + 消費税 > 薬価 となった薬がいくつもある。ほとんどの薬で薬価差と消費税がとんとん。よって薬の在庫、損耗リスクを考えたら、薬価差で儲けるという事態はほとんど無くなって来た。

特に、薬価改定の直前に在庫している薬は、偶数年の 4 月 1 日の薬価改定の途端に、薬価すなわち販売価格が 1 割ないしは大きい場合 3 割程度下げられてしまう。とてつもない在庫リスクがあるわけだ。

医療機関は薬で儲けているのではない。薬はできたら在庫したくない。ところがいまだに亡霊の恨めしそうな言葉が聞こえてくる ….. 「医者は薬価差でぼろ儲けしている」

医療保険財政に占める薬の価格の部分は、少ない方が財政上はよいに決まっている。諸外国を参考に、下げるべきものは下げてよい。しかし、薬価を下げることが、無条件、全面的に善ではない。

毎日新聞 2006.9.6
薬価算定基準:毎年改定実施を 厚労省が論点提示
厚生労働省は6日の中央社会保険医療協議会薬価専門部会で、現在2年に1度の薬価(医薬品の公定価格)改定に関し、「改定の頻度を含めた薬価算定基準の在り方について検討すべきだ」と記した論点ペーパーを提示した。薬価を毎年改定し、より市場価格に近い値段に下げることで医療費抑制を目指す意向を正式に示したものだ。
公定薬価は、保険から医療機関に支払われる医薬品の値段。05年の場合、医療機関の仕入れ値である市場価格より8%高かった。
政府は2年に1度薬価を引き下げ、市場価格との差を2%にまで縮めている。

薬価差と消費税が、今では、医療機関を苦しめている。薬価差を限りなくゼロにする代わりに、次のいずれかをして頂きたい。

・診療報酬にも消費税を課税して、それをゼロ税率にする。
・インボイス制を導入して、消費税分が還付されるようにする。

———-

医療機関における薬の在庫リスクは、医薬分業によって回避できると言われている。政府は、実際そういう政策を採って、医薬分業を推進して来た。医療機関を締め付け、調剤薬局を優遇する政策である。

しかし、現在の日本の医薬分業は、患者さんにとってメリットが少ない。コストと労力がかかるばかりのものの上に、患者さんの医療への理解を妨げるような事例が発生する。

医師の説明と薬剤師の説明に食い違いが生じることは、日常茶飯事だ。薬剤師は薬のプロと言っても、患者さんの精神身体のどういう状態に、この薬がなぜ選ばれ、なぜこの量なのか、個々の患者さんの事例ごとに医師と同等の理解を持ってその患者さんに説明できるわけではない。

医師が患者さんに、疾患のことも薬のこともすべて話し、薬剤師は患者さんにその薬についてすべてを話し、その上で、その薬を用いるか否かを患者さんが自己責任で決定する。究極のインフォームドコンセントと医薬分業の姿だが、それは患者さんに福音をもたらすものだろうか。そこまでの労力に見合うコストを日本人は払っていないし、日本人が長年、村社会で培って来た曖昧さという生きる術は、そういう医療の姿を受け入れることはできないだろう。

—–

ヨーロッパの医薬分業は、古来、王侯貴族が、薬を処方する者と調剤する者が同じだと毒殺の危険性が高くなるという理由で、医師と薬剤師を分けて、それぞれを召し抱えたのが始まりだという。
( 1240 年ごろ、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ 2 世の頃が起源といわれている )

日本の医薬分業の起源は異なるようだ。日本では、医師も昔は “くすし” と呼ばれ、医師と薬剤師は、一体のものだった。明治になって新しい医療制度となり、医師と薬剤師が分けられたとき、薬剤師はかつてのような医師としての役割を失った。薬剤師の団体からは医薬分業を求める運動が起こった。これは分業と同時に、医師から独立して薬を扱いたい、かつての ” くすし ” に戻りたい、というような願望であっただろう。

戦前から細々とあった医薬分業は、20 世紀の最後になって、医薬分業政策とともに飛躍的に発展したが、それは医療費抑制政策の一環でもあった。しかし、調剤薬局にかかる医療費は爆発的に増加し、医療費総額を押し上げる一因にもなった。

” くすし ” への憧憬、それは今でも薬剤師やその団体が発するコメントの端々に現れているのを目にすることができる。

医薬分業のあるべき姿とは、どういうものだろう。アメリカにも、ヨーロッパにも、モデルはあるが、そのまま日本に導入できるものではないようだ。

参考資料

国民皆保険 14 / 薬価資料

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国民皆保険 13 / 不正資料 6

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 13 / 不正

会計検査院の資料

———-

会計検査研究
社会保障で日本は沈まない

第4号 

社会保障で日本は沈まない   飯塚 正史

飯塚 正史(会計検査院事務総長官房総務課総括副長)
1952年生まれ。77年会計検査院へ,建設省・農林水産省・労働省・文部省・厚生省の各検査課を経て,現職。

I はじめに

昨年のことである。国民医療費が平成二年度の推計で20兆円を超えたという報道があったとき,早速大手出版社系の週刊誌Sに大きく取り上げられ,「医療費亡国は確実に近づきつつある」と喧伝された。

それからしばらくしてある雑誌に帝京大学の江見康一教授が,「社会保障で日本は沈むか」と題してS誌の記事を取り上げ論評を加えておられる。

私はこれらの記事や論評を読んで,週刊誌にはその結論において,江見教授の論文には,医療費問題に対するアプローチの方法において,それぞれ首肯しがたいという感想をもった。以下,この点について述べてみたい。断わるまでもないが,これは私個人の全くの私見である。

私は会計検査院において4年間,医療費の検査を担当した。その間全国各地の病院が提出した医療費の請求書およびその明細書(明細書とは患者毎,月毎に作られた医療費の請求書の内訳であり,これをレセプトという。)に基づいて検査を実施した。私が検査した病院数はのべで約2,400にもなる。現在日本国内には約1万の病院があるから全国でおよそ4分の1の病院の請求について調査したことになる。これを,レセプトの枚数にすると一つの病院について少なくとも100〜200枚のレセプトを調査したから全部で約30万枚ぐらいのレセプトを見たことになる。おそらく霞が関の役人の中で,私は誰よりもレセプトを見ているといえると思う。以下に記すのは,この全国の4分の1に当たる医療機関の医療費の請求の実態を実際に見た者として,その体験に基づく意見である。

従来からの日本の医療費問題の論じ方をみると,大事な視点が欠落しているように思われる。それは,医療機関に対して現在支払われている20兆円という医療費の内訳について,現状を踏まえた内容分析が欠けているという点である。

一口に20兆円の医療費と言っても,

(1) いったい医療の中のどの部分にいくらかかっているのか?診察料はいくらなのか,投薬料は,検査料は,手術料は,看護料は,……13の診療報州の種類毎に見るとそれぞれいくらなのか?

(2) 次に仮に診察料として何百億円支払っているとして,では翻って考えてそれらは本当に全額支払ってもよいものだったのであろうか?つまり,診察料の支払いの対象となった各医療機関の行為は,実際のところは,本当に診察料として支出に値するものと,そうでないものと,あるいはその中間的なものとに分かれるのではないだろうか? もしも分かれるとして,それらは具体的にはどういう態様のものなのか? そして診察料として支出に値しない部分を除くと支出に値する正しい診察料というのは一体いくらになるのか?

(3) 投薬料,検査料,看護料,処置料,運動療法料,……あるいは現金給付としての付添看護料等においても,上記2)と同様に実際になされているそれぞれの行為の種類を分析するとどうなのか? 負担すべき範囲は実際にはどこからどこまでであるべきなのか?

このような観点からの「医療費の内容に関する分析」が従来ほとんどなされていなかったのである。

こういった費用に関する内容分析が欠けていることについては,公共事業費と医療費の取扱いの相違を比較すればより明白なものとなる。西暦2000年までに公共事業費として430兆円を投資するという計画の時の事業費の内訳としては,下水道事業費,住宅・教育施設等建設費,空港・港湾建設費等に分類されており,これらが実際に投資された場合は,担当する省庁も検査院も各工事費毎の内訳にまで遡った検討をし,それを積み上げるのである。たとえば個々に支払われた住宅建設費について,その計画,設計,積算,施工の当否という多方面からの検証が多数の機関の総意によって行われているのと比べて,診察料とか投薬料とかいうような診療報酬の個々の部分に対して今までこの公共事業費と同様のレベルにおける検討がなされたことが一度としてあるであろうか。

医療費について調べようとすると統計的な数表はなぜか数限りなく出てくる。年齢別受診率,地区別受診率,疾病別分類,1件当たり医療費,1人当たり医療費,国民医療費の推移,GNPと国民医療費との割合……。しかし,こういった山のような統計的数値をいくらめくっても,20兆円という医療費の内訳とその当否に関する資料は,逆にほとんどない。なぜか? 個々の医療行為の中味が開示されていないからである。さらに開示されていない理由は,医療行為は本来極めて専門的であること,医療行為の内容の開示はプライバシー保護の見地からできないこと等であり,さらにその背後にはこの世界特有の閉鎖性があるのである。しかし,分業化,専門化はそれこそ現代社会のいたるところで見られる現象であるし,プライバシーの見地からは患者名を伏せればよいだけである。

では次にこの個々の医療費の内訳について分析したものがないということは,どういう事態をもたらしているであろうか。

研究者の方も内外のジャーナリストの方も日本の医療費についてはこれを分析したものがないということから,いきおい単なる合計値でしかない国民医療費「20兆円」という値を,所与のものとして,正しいものとして扱いそこから議論をスタートせざるを得なくなっているのである。しかし,医療費の内訳についての正しい内容分析を行えば,国民医療費は決して20兆円ではない。

私は以下の拙文の中で,まず第一に上記S誌の記事の論拠となったイギリス人のジャーナリスト,ビル・エモット氏の著書「日はまた沈む」(The sun also sets草思社)における将来の社会保障負担額の推計方法に関して,その方法論上の不適切さについて述べてみたい。そして第二に,本件についての私の主張の根拠でもある個々の医療費に関する内容分析の結果について,私見を記述したい。これは,20兆円の医療費について,これを動かし難い所与のものとして扱うのではなく,このうち一体どこまでが正しい請求なのかという観点に立って,これを分析することによって,初めて見えてきた新しい展望である。

II 医療費亡国論

前記の週刊誌Sは,医療費亡国というネーミングからでもわかるようにかなりトーンの高いセンセーショナルな記事となっているが,この記事には,思想的な論拠がいくつかあるようである。ひとつは,ベストセラーになったイギリス人のジャーナリスト,ビル・エモット氏が書いた「日はまた沈む」である。S誌の記事を引用しよう。

「亡国」———は単なる比喩ではない。

ビル・エモットは著書『日はまた沈む』の中で,社会保障費の増大が日本没落の一因となると述べている。

『1987年から88年ごろまでの常識的な対日観は,日本という国はどこまでも昇りつづけるだろうというものだった。だが私はこれには全く反対である。

なぜなら,貿易黒字,資本輸出,円そのものによってもたらせられた日本の経済力自体が,日本を根底から変化させ,新しい方向へ進ませることになるからである。』

新しい方向とは,

『日本は見る間に生産者の国から浪費家の国へ,いつに変わらぬワークホリックで貯蓄好きの国から快楽追求者の国へ,金銭的に慎重で自制心の強い国から投資家の国へと様変わりしていったのである。そして,長い目で見れば,日本は若者の国から白髪まじりの年金生活者の国に変わろうとしている。』

こうした変化に加え,日本の経済的な海外進出も終わろうとしているという。

なぜなら,日本の資本輸出を支えたのは,可処分所得の16%ないし18%に達した貯蓄率の高さだったが,『日本の貯蓄率は確実に低下しており,2010年に日本の個人貯蓄率が現在のアメリカ並の低さ(3〜5パーセント)になることは十分考えられる。』からだ。この貯蓄率の低下をもたらすのが,医療費を含めた社会保障費の増大なのである。

医療費について同氏が語るのは,『医療費が今後増加してゆくのは避けられない。高齢化社会の中で,老人の医療費は確実に増えてゆく。しかし,ここまで医療費が高くなるのは,日本の医療システムが非常に歪んでいるのが大きな原因である。医療費が西暦2000年には50兆円にもなるという推計があるが,医療費が50兆円ともなれば,これは日本経済全般にも当然影響が出てくる。社会保険関係の支出の見直しに大きな失敗をすると,日本は債権国から債務国に転落する可能性がある。』

さて,ここまでのところについて感想を書こう。まず,日本が巨額の貿易黒字,資本輸出の中で,日本人が生産嫌いの浪費家で快楽追求者,貯蓄嫌いの投資家になったとのことであるが,そうだろうか? 私もあるいは読者諸兄も日本人であるから,振り返って自分がここ十年くらいのうちに浪費家で快楽追求者の投資家になったかどうか胸に手を当てて考えてみよう……もっとも,この稿ではそういった主観的なレベルでの議論はさておき,できるだけ客観的にこの議論の当否を検討するという立場に立つことにしよう。さて,S誌には,この主張の根拠がなにも示されていないので,結論の当否について論じたくても客観的に検討する前提がない。このS誌の論調は,「日はまた沈む」で語られるビル・エモット氏の論旨そのままであるので,目をそちらに転じよう。ビル・エモット氏の著書では,日はまた沈むという結論を導くに当たってその論拠となった客観的な資料が示されているのであろうか。

III 「日はまた沈む」について

(その1)

このベストセラーは客観的な論拠のある章とない章とに大別されると思う。このうち世間的には最も有名でこの書の中心部分をなす第2章「消費者の国」,第3章「快楽追求者の国」などは,これをいくら丹念に読んでも,行政において参考となるような客観的な裏付けのある主張はほとんど見あたらない。もちろん同書の読物としての価値はそれとは別である。同書は一流のジャーナリストが書いたベストセラーだけあって,読物としての面白さは格別のものがある。また,これほど丹念に日本のことを調査し,慧眼をもって日本の将来に警鐘を鳴らしてくれる外国人を得たことはわが国にとって有難いことだと思う。しかも,著者は,日本にわずか三年しか滞在していないという。わずか三年で一国のことをこれほど理解できるということはまさに驚異である。

同氏は第2章「消費者の国」のなかで,六本木,新宿といった東京の歓楽街の様子はもちろん,日本の若者達が今何に関心があるかについて,ノンノ,アンアン,ビック・トゥモロウ,POPEYE,Men’s Club,SAYといった若者向け雑誌の内容を紹介している。若者の仕事に対する発想の変化については,トラバーユ,ベルーフといった転職情報誌をリクルート事件の紹介を兼ねながら記し,若者の消費に関する意識の変化については,クレジット・カードの発行枚数の飛躍的な伸びを,価値観の変化については,戦前からの流行歌の歌詞の変遷を丹念にたどったり,古い世代が抱く社会的な偏見に若者がとらわれない例としては85年ごろから好んでチューハイを飲むとか,逆に価値観の変化の中で,古い価値観に対する郷愁として,当時人気のあったテレビ番組おしんを取り上げたり,山口百恵や松田聖子まで登場させるなど例をあげればきりがないほど多方面からの論証を試みている。

つまり,この作者の主張方法の特徴は,自分の結論を理由づけるに当たって,できるだけたくさんの社会的事象を取り上げ,それを整理し,そして再構成していくことを通じて帰納的に自らの結論を理由づけるという方法である。つまり,作者の結論,「日本がもはや勤勉で仕事中毒というワークホリックの国ではなく,消費を好み,快楽追求者の国になった。だから貯蓄率が低下してゆく。」というこの書の結論部分の論証方法として,作者は1980年代後半の実にさまざまな日本の世相を示し,それらを整理して組み立てていくことを通して「日はまた沈む—The sun also sets—」という自説を論証しようとしているのである。しかし,一見巧妙に見えるこの方法には,致命的な欠陥があると思う。すなわち,彼が集めた素材は全て社会的事象であり,社会的事象はことごとく多面的なものであるという点である。クレジットカードにしてもチューハイの人気にしてもテレビ番組おしんにしても,若者の雑誌や転職雑誌にしても,それらが社会的事象の一つである以上それらの語るところは多彩であって決して一つではない。それらのうち論者にとって都合の良い側面だけを集めて自説を組み立てたところで,それはただそれだけのことであって,自説について客観的な結論づけをしたことにはならない。同氏が用いた同じ素材をもとに,この素材の別の面をつなぎあわせて再整理していくことで,全く逆の結論づけも可能になることを考えると,この作者の手法は科学的とは言い難い。つまり,彼の主張には,手法そのものに内在する制約を,その結論においても有しており,論理的必然性という点では多少希薄なものであると言わざるを得ない。

IV 「日はまた沈む」について

(その2)

「日はまた沈む」のなかで唯一客観的なデータに基づくと言える部分は第4章「年金生活者の国」である。

このデータとは,人口動態の推移に関する各省庁の予測データと厚生省と大蔵省が共同で示した「21世紀初頭における高齢化状況等及び社会保障の給付と負担の展望」(昭和63年3月10日)のなかで社会保障を医療と年金とに大別しそれぞれの給付と負担について,2000年と2010年の推計を行っている資料である。

ここでこれらを引用して展開する同氏の議論の筋道を示すと次のようである。

高齢化社会が到来する

        ↓

労働者が支払う税金,社会保障負担額が膨大なものになる

        ↓

個人貯蓄率が大幅に落ちる

        ↓

資本の輸入が必要になる

        ↓

経常収支が赤字となる

        ↓

日はまた沈む

これを具体的に示すと,

・高齢化の割合(総人口に占める65才以上の人口の割合)は,西暦2000年には16.3%,2020年にはこれが23.5%にもなる(ちなみに1990年は12%)

・これに呼応して労働者が支払う税金と社会保障負担額の給与に占める割合は,1985年に12.4%,医療に関する保険料が8%,合計20.4%であったものが,2010年には23.4%,医療に関する保険料が16%,合計39.4%にもなる。

・個人貯蓄率は,1985年には手取り所得の16%であったものが,2010年には3%から5%にまで低下する。

としている。

さて,これについての若干の意見を書きたい。

同氏は2010年における医療に関する保険料を16%としている。おそらくこれは,上記の厚生省と大蔵省が共同で示した「21世紀初頭における高齢化状況等及び社会保障の給付と負担の展望」で示された医療費の推計によっているものと思われる。もっとも同氏は年金部分の負担の増加については詳細に論じているけれど,医療費部分の負担の増加については極めておおまかであるし,2010年の予測値を誤って2000年の予測値を引用し小さな数字を使ったりしている。もしもこの間違いをしなければ,「2010年には給与のなんと半分が税と社会保険料にもっていかれ,サラリーマンの手取りは半分になる。これではとても貯蓄どころではない!」といった調子でよリジャーナリスティックに書けたと思われる。しかし,そんな間違いなど些末な問題である。私が問題にしたい姿勢は,この厚生省等が作成した「21世紀初頭における高齢化状況等及び社会保障の給付と負担の展望」を無反省に用いていることの安易さである。週刊誌Sはそれこそ声高に「10年後には50兆円まで膨れ上がる亡国の医療費」と書いている。またさらに厚生省等の文書によると20年後の2020年には95兆円(より少な目の推計であるB推計でも90兆円となっている)とある。いったい本当にこの推計を無条件に信じて良いのだろうか?

答はノーである。2000年まであと8年半,この間に今約20兆円の医療費が50兆円になることはないと私は思う。

ビル・エモット氏は「日はまた沈む」の日本語版への序文に,将来を予測する場合にとるべき一般原則としていみじくも次のように書いている。

「本書は旧来のそうした見方は間違っているという立場に立っている。私の見方は次のような一般原則にもとづいている。すなわち,将来について全員の意見が一致しているときにこそ,その逆を考えたほうがよいということである。理由は簡単だ。そうした全員一致の見解は,たいていの場合,荒っぽい推測,つまり,最近の傾向を単純に延長して考えた結果にすぎないからである。単に今の趨勢から推測するというのは,先を見通すためには好ましくない方法だ。大きな傾向や動きというものは,必ずといっていいほど,それ自身を打ちこわす種子をはらんでいる。」

しかし,私には同氏自身もまた,将来を予測するに当たって自らの主張するこの一般原則の適用ができず,旧来のそれと同じ誤りを犯してしまったように思われる。すなわち同氏もまた旧来の見方と同様に最近の傾向を単純に延長した予測値でしかない「2000年の医療費50兆円」を無条件に議論の前提にしているからである。他を非難した観点が,自らの立論においてもあてはまるとは,返した刀で自分をも切ってしまったようなもので皮肉なことである。

将来を予測するに当たって最近の傾向を単純に延長して考えてはいけない,というのは一般論として,きわめて正しい見方である。まして,医療費の将来予測においては,二重の意味でこの単純延長の見方をいましめなければならないと私は考える。二重の意味とは,第一にはビル・エモット氏のいうように,医療費であれなんであれ荒っぽい推定をしてはならないという観点からであり,第二には医療費の特殊事情を考慮すると,余計に単純推計を戒める必要性は高いというべきなのである。なぜ,医療費においては単純推計ができないか。この拙文において私が読者諸兄に最も訴えたいこともこの点である。項を改めよう。

V 私見

1 結論

次頁の表を見て頂きたい。国民医療費の伸びを見ると面白いことがわかる。昭和50年から医療費の伸びを毎年見ていくと50年の6兆円は51年には1兆円増えて7兆円,以後きれいに1兆円ずつ増え8兆,9兆,10兆,11兆,12兆,13兆,14兆,15兆,……と増えているのである。1年間で1兆円ずつ増えるというのは話としてはいかにも医療費が増高しているという感じが出ていて面白い。

もしも,医療費が工事費と同じように科学的な積算体系を有していれば,将来についてもある程度の推計は可能であろうと思う。しかし,私が見る限り医療費の積算の体系とその運用は工事費のように科学的ではない。

以下に述べる私見については,他のセクションの方の中には,「そんな……」という心情的な否定感情や異論をもたれる方がおられるかもしれない。反論でも疑問点の提示でも自由にしていただきたい。ただひとつだけ欲を言えば,実態をよく踏まえた上での反論をいただけると有難いと思う。30万枚のレセプトを見た上でのこの結論は,私にとっては半ば確信に近いものである。と同時にここにいたるには,山のように積まれたレセプトの中で汗にまみれ,時によっては夢の中でまでレセプトを見るといった日々を経たものである。仕事とはいえそのことに多少なりとも共感と理解を賜れば,点数表しか見たことのない行政官との議論を私が面倒に思い敬遠する気持ちもわかっていただけると思う。私は点数表という厚生省告示を論じたいのではない。点数表という告示の実際における使われ方そのものを論じたいのである。なお,以下の私見は私と同じ検査に従事し,同じように汗を流してきた私の同僚たちの意見とも同じであることを付記しておく。

結論として言いたいことは,「現在の医療費の構造を実態にあった形で分析し,それを踏まえて適切な対応をとれば,日本の高い医療行為の水準はそのままにして,医療費だけを下げる方途がある。」ということである。そして,会計検査院の医療費検査が目指すものも,まさにそのこと,つまり,個々の医療行為とは全く別の次元で,医療行為の質はそのままにして,医療費という支出だけを下げる道を探すことにあるのである。

こう書くと,そんな都合のよい芸当みたいなことができるのかと思われるかもしれない。しかし,次に述べる医療費のなかの点数的要素というものの存在についてお読みいただければ,私の主張も多少なりとも理解していただけるように思う。

医療費というのは,患者個々に対する医療行為を「点数表」という厚生省告示を媒介にして数量化しているものである。つまり,医療行為という人間の行為を細分化し,それを告示の点数に置き換え,その点数に1点=10円を乗じるという方法である。しかし,私が見る限り医療費の中には,個々の医療行為とのあいだの連関が切れてしまっている部分がある。

実際になされている医療費の請求と個々の医療行為自体とのあいだには,かなりの乖離があるということである。医療費は医療行為を「点数表」を媒介にして数量化しているものであるから,本来この医療費と医療行為とのあいだには一定の相関関係があるはずなのであるが,この相関性が薄れているのである。私は,ここでその相関性が薄れた部分,逆に言えば医療費の中で医療行為に根拠をおかない請求部分を点数的要素と呼ぼうと思う。この点数的要素の存在により,相関性が薄れ,実態と請求との間に乖離がある以上,老人人口数や疾病の種類,今までの伸び率をもとに推計値を出し,それが10年後には50兆円だ,20年後に90兆円だといってもあまり意味がないと私は思う。なぜなら医療行為自体には継続性があるが,医療費と医療行為との関係が点数的要素の介在によって切れている以上,医療行為の継続性は医療費の動向に反映しないからである。

私がこの拙稿の冒頭で,S誌や江見教授の医療費問題に関するアプローチに首肯し難いと書いたのもここに原因がある。つまり,これらの論調は,この点数的要素の存在に気がついていない厚生省と大蔵省の単純推計を前提とし,これらを正しいもの,所与のものとした上で,そこから議論をスタートさせているからである。

整理してもう一度書いてみよう。

理論上の医療費の構成要素は医療行為そのものである。

理論上の医療費∈医療行為的要素

しかし,実際に請求し支払われている医療費の構成要素は医療行為的要素のほかに点数的要素というべきものがある。

実際の医療費∈医療行為的要素,点数的要素

そして,この実際の医療費のうち,たとえば手術料のように医療行為を点数にそのまま置き換えている部分(医療行為的要素)は当然よいとして,今,点数的要素と仮に呼んだそれ以外の部分に着目し,医療費の請求の中のこの部分をチェックしていく体制を保険者や市町村にとらせることが,医療行為の質を下げることなく,医療費の支払を適正化していく道であろうと思う。つまり,現時点においては,医療費の支払を適正なものヘと導き,かつ将来にわたっては,増高する医療費の支払を抑え,さらには医療の質を保持しつつ国民医療費を減じる方向へ導く道であると思う。

2 点数的要素

ここで私が名付けた点数的要素について説明しよう。私は実際の医療費のなかには,その構成要素として医療行為的要素と点数的要素の二つがあると書いた。このうち医療行為的要素とは,手術料のように,行為として明確なもの,顕在化したものを点数に置き換えている部分をいう。医科と歯科の点数表を比べると,歯科の場合はこの医療行為的要素が非常に多いことがよくわかる。次にそれ以外の要素として点数的要素というものがあり,具体的には次の4つの態様に分かれる。

(1) 慢性疾患指導料のように該当する医療行為があったかどうかについて判断が介在するものがある。たとえば医師が診察中に「甘いものは食べない方がよい。」と言ったとして,これをして後で慢性疾患指導料を算定する医師もいるだろうし,単なる診察における問答の延長として位置づけ慢性疾患指導料の請求など考えもしない医師もいるだろう。

そもそも医療費の請求に「出来高払い」という概念を導入することには,理論的に無理がある。なぜなら,本来出来高という概念は,たとえば工事の竣工検査において,出来高の検査と称して堰堤の高さを測るように,または農産物の交付金の算定において,出来高払いと称して農産物の収量を測るというように,有形なものを前提とした概念である。ところが医師の行為の多くは無形なものである。目に見える客観的な出来高というものはほとんどない。そういった無形の人間の行為に出来高という概念を持ち込むから,無形なものを無理に有形なものヘと擬制することになる。たとえば,医師が診察のときに,「甘いものは食べず,風呂に入り,薬はお湯で飲みなさい。」と言ったとする。この言葉という無形なものを有形なものと見立てて細かく切れば切るほど出来高はふえ,医療費も膨らむ。つまり,

診察をした→診察料

甘いものは食べずに→慢性疾患指導料

風呂に入り→生活指導料

薬はお湯で→投薬指導料

という具合である。しかし,普通の医者なら診察料しか請求しないであろう。

つまり,無形な行為を有形なものと見なしてどんどん細分化し,その個々を出来高とみたてれば医療費は膨らむのである。

出来高計算にたけた医者は多くの医療費の請求ができる。いわゆる算術医である。そしてさらに厄介なことがある。それは,月はじめにレセプトを作る医事の担当者が「うちの先生ならきっとこれくらいの指導はしているに違いない。」という見込みでレセプトを作ったり,さらには,当初から電算上そういうふうに仕込んであるというケースである。そういう場合は月々のレセプトを医療機関単位に見るとすぐわかる。診察料のところも検査料のところも処置料のところもどれもこれも似たようなパターン的な請求ばかりだからである。医療費のうちこうして水膨れ的に膨らんだ部分を点数的要素と呼びたい。

(2) 運動療法料には複雑なものと簡単なものとがあり,要件も単価も違う。そのどちらに該当する行為がなされたかは外部からはわからない。運動療法料のうち複雑なものの算定要件は,理学療法士が患者とマン・ツー・マンで40分以上運動療法を行うことである。このうち40分というのが点数的要素である。医師が患者に運動療法を何分やったかということなど当事者以外に知る由もない。支払側は高い単価で請求されてもそのまま支払うしかない。以前運動療法料の請求が病院単位でみると極端な異常値が出ているケースについて,40分という要件を満たしていないとして指摘したことがある。結局指摘したケースの全数が40分という時間的要件を大幅に下回っていることがわかったので運動療法料の返還ということになった。返還金額は1000万円を超える額になった。このケースを最初に見たときに,いろいろな理由からこれは嘘だと直感的にわかったが,それと同時にいくらなんでも丹念に調べてみればこのうち1割程度は正しいだろうと思った。しかし,予測に反して要件を満たしていたのが一件もなかったというのには,さすがに驚いた。

このように支払側が知らない,もしくは知りえないのをよいことに点数的要素を膨らませて請求しているケースは実に多いと思う。

(3) 複数の医療行為の間で医学的に相互に関連しているものがある。たとえば,診察をして,それから投薬をする。もしも無診投薬でもしなければ,診察料と投薬料との請求回数は当然同じにならなければならない。投薬料5回なら診察料も5回でないとおかしくなる。こういう場合に,実際は診察が1回で投薬が5回でも,レセプト上の診察の回数は1回のところを5回にしておかないと辻褄が合わないので付け増しする。このたぐいの検査院の指摘は毎年ある。こういうケースは付け増しではあるが収入を増やすことを積極的に意図した付け増しというよりは「査定を逃れるためにレセプトの形を整えよう,表面上の矛盾を解消しよう」という動機に基づく付け増しである。

(4) 複数の医療費の間で,点数表上の要件が重複しているような場合,つまりAの請求ができるときは,要件的にはBの請求もできるような場合には,Bの請求に該当する医療行為がなくても,これを請求するという場合がある。たとえば,後述するように栄養食事指導料と慢性疾患指導料,精神的疾患における診察料と精神科通院カウンセリング,人工透析の処置料と透析食の加算などある。これらは通常セットで請求される。しかし,書面上要件的には充足していても,それを請求する前提となる医療行為がなければ当然請求はできない。医療行為もないのにこれらを請求していたとしたら,それは点数的要素であって付け増しである。

(1)〜(4)で見たように点数的要素とは,該当する医療行為のあるなしにかかわらず点数表上の要件を満たしていれば,もしくは要件に反していることがわからない限り請求し支払われている余分な医療費をいう。

以下いくつかの実際にあった事例を具体的に見ていくなかで,現在の医療費の中に,この点数的要素がどういう形で入り込んでおり,また,いかにこの点数的要素の問題が根深いものであるかを書いてみたい。もちろん20兆円の医療費のうちこの点数的要素がどのくらいかを数量的に示すことはまだできないが,しかし,

ア 医療費の中にこの要素があるかぎり真の医療費は20兆円ではなく,その内数であること,

イ 医療費の将来予測においては,この要素は全く異質なものであるから,将来予測を行う時はこの部分は別途に考慮すべきであること,

ウ 将来におけるこの点数的要素の部分については,点数表を改正し定額払いの要素を導入するか,医療機関への指導を強めるかによって,これをなくしていくべきものであること,そして,もしこれをなくしていくことができれば,それは医療費の増高を押え,場合によってはこれを減じる方向へのインセンティブを持つものであることを論証したい。

VI 医療費を押し上げている個々の要素

1 栄養食事指導料の怪

私がこの点数的要素に気がついたのは,数年前,ある病院が請求していた栄養食事指導料の検査を行ったころからである。結局調査した結果ある病院の栄養食事指導料の請求が不当であるということになり,この病院からは返還の処置がとられた。この栄養食事指導料の点数表上の要件は,

(1) 慢性疾患指導料等が請求できるような特定の疾患を有する患者で,

(2) 特別食を必要とする患者に対して,

(3) 医師が食事せんを出し,

(4) 栄養士が数日間分の具体的な献立表を作成し患者に交付することとなっている。

このなかで重要なポイントは,栄養士が個々の患者にあった数日間分の献立表を作って患者に交付するという点である。しかし,外来患者に対して,献立表を頻繁に作成するということが実際にあるであろうか。もちろん日に一人二人はあるかもしれない。しかし,何百人という外来患者のほとんどにこういった献立表を作るということは現実的には有りえないことである。実際に指摘したこの病院は,ほとんど全ての外来患者に対して毎月この指導料を請求していた。つまり,レセプト上栄養食事指導料がとれる患者には一件の例外もなくこれを請求していたのである。まさに点数的要素そのものである。栄養士が個々に献立表を作るといった面倒な行為を全ての患者に対して行うということは有りえないし,まして,同じ病名で何ヵ月も通院している多数の患者に毎月献立表を作ってわたすということも有りえないことである。

さて実態はどうであったであろうか。調査の結果,献立表は個々の患者のために作るのではなく,典型的な献立表を予め作成しておき,それを病院のカウンターの上に単に置いておく。患者はそれを任意に持って帰るだけであった。読者の中には,「たとえ個々の患者の為に栄養士が献立表を作っていなくても,何等かの献立表を患者に渡しているのであれば,よいのではないか?」と思われる方がいるかもしれない。しかし,それは少し違う。カウンターの上に献立表を置くという程度のことは,まさに慢性疾患指導料の対象となる行為であり,医療費としては,既にそれを払っているのである。いや,そのこと以上に問題にしたいのは,慢性疾患指導料の請求と栄養食事指導料の請求が医療費請求のパソコンの上でセットになっている点である。私が指摘した実際上の動機もまさにそこにある。慢性疾患指導料とは慢性疾患の患者に医師が指導した場合に請求できるものである。これと栄養食事指導とはまったく別の行為である。まったく別の2つの行為がある場合,結果としては両方指導を受けるか,それぞれ片方だけか,いずれの指導もないかの4通りのケースが区々に現出するはずである。しかし,実際の請求においては,その両者がセットになっているケースしかなかったということは,逆から言えば行為の実態がない証拠である。

栄養食事指導料と慢性疾患指導料がセットになっている請求が多いことに支払側は気がついていない。全国ベースで考えるとこれに要する医療費は何億というオーダーになるであろう。完全な架空とまでは言わないが不当な請求には違いない。医療費というものがこんなことで膨らんでいるとしたら馬鹿馬鹿しい。

ではどうしたらよいか。市町村や保険者の縦覧点検の充実が必要であろう。市町村等は縦覧点検をするとき,同じ病名で栄養食事指導料を毎月請求していたら,それを半年分でも1年分でもまとめて再審査請求すればよい。もしも医療機関が正しい請求をしていると言うのであれば同じ傷病名の人に,1回に3通りの献立を作るとして18〜36通りの献立を考えてあげたことになる。これではまるで患者個人専用の料理ブックを作っているようなものであって,常識的には有りえない話である。病院に患者毎のレセプトを束にして返戻すれば,いくらなんでも病院はこの請求を各月とも減じるであろう。そして,心ある病院なら翌月からこのたぐいの請求はしなくなるであろう。

こういう病院は1枚のレセプト上の矛盾点の有無のみを気にしている。だから逆に慢性疾患で特別食の対象になる人には栄養食事指導料をつけたくなる。それはこれをつけたところでレセプト上の矛盾がないからである。私の言いたい点数的要素とはこのことである。「医療行為のあるなしではなく点数表上請求しても要件的におかしくない場合は請求する。」というものである。この姿勢こそ『医療費請求における病巣』ともいうべきものであると私は思う。

栄養食事指導料はこの点数的要素の一例であるが,このたぐいの要素がどれだけ多いか。医療機関単位にレセプト点検をしている人にはお分かり頂けるであろう。

2 診察料の怪(その1)

私の友人がある病院で薬を1月分もらおうとした。仕事が忙しいためなかなか休みがとれないからである。最初は断わった医事課の職員も彼がしつこく頼むので1月分くれることになった。その時,医事課の職員はこう言ったという。

「それでは今日のほかに月末にもう一度来たことにして下さい。」

これはどういうことかというと,薬を2回分(30日分)出して診察料の請求が1回だとレセプト上は調剤が2回,診察は1回となり書面上矛盾が生じる。調剤が2回なら診察も2回でないと辻褄があわないのである。したがって,この病院は,薬を2回分出したことにより,「診察料も2回,診療実日数の欄も2日という形で保険請求をしますよ。」と彼に予め断わっているのである。もう少し言えば,彼に保険者からの医療費通知があったときに彼が「この月はあの病院には1回しか行ってないのに2回行ったことになっているのはおかしい。」などと,申し立てないでくれということなのである。

1回しか診察を受けていないのに2回分の診察料の請求をする。マスコミ流にこれを書くと「水増し請求!」ということになるかもしれない。確かに事実を断片的に積み上げると水増し的であるから,そう書いても間違いではないような感じがするが,しかし実態はお読みいただいて分かるように「架空だ!水増しだ!」というほどの話ではなく,少しニュアンスが違う。

悪いのは「レセプト上診察料1回と調剤料2回では矛盾する。査定を受けないようにするために2回と2回というふうに数合わせの取り繕いをしよう。」と思う点である。だからこれも実際の医療行為とは別にレセプト上の点数表的整合性を追求することによって,医療費が膨らんでしまうといういわゆる点数的要素の話である。

この私の友人が薬を1月分もらったことによって診察料の付け増しがなされたことはささいなことである。しかし,これが大病院で組織的になされ,それをマスコミが書くとひどい不正請求がなされたかのように書かれてしまう。以前,東京大学や東北大学の附属病院で「診察1回→調剤2回→診察料2回に修正」といういわばおきまりのパターンが発覚したとき,「学問の府で架空請求!」とマスコミはセンセーショナルに書いた。返還額も確か1億円ぐらいにはなったと思う。たしかに,診祭を1回しかしていないのであるからそれを2回と書き請求することは,架空と言って言えなくもない。しかし,これら国立の病院の本当の動機は,架空に請求して国の会計を潤おそうなどというものでは決してない。

東京大学の立場を代弁するならばこうである。「こういった慢性疲患の患者であれば,半月後に病院に来てもらってもう一度診ても医師としては同じ判断をするであろうことが十分予測できる。それなら,患者の便宜も考慮して,病院に二度来るという手間を一度にしてあげよう。病院もそのほうが混まなくて済むから,他の患者さんのためにもなる。ただ,薬を2回分出すのだからその薬代は保険から回収したい。診察1回としておきながら薬を2回分請求しても,診察の回数分しか薬は認めてもらえない。それでは損をしてしまうから,診療実日数2日,診察2回とせざるをえない。結果として診察料は2回分の請求になる。しかしこれは薬代を切られないための自己防衛的な行為なのであって,診察料を余分に請求してこれでもうけようという意図などさらさらない。」多分こういうことであろう。要はこの程度の話でしかない。

しかし,これをマスコミは架空請求と書いたのである。何かがあった場合,それをきつく糾弾することで,かえって本質が見えなくなることがある。一昨年盛んに不正と書かれたキセノンガスの振替請求事件もこれと同様である。世間には本質が伝わっていない。これらの「事件」のとき,もしもマスコミがこういったアプローチをせず,もっと事柄の本質を追求しようとする姿勢を貫ぬけば,もっと別のものが見えてきたはずである。そのことによって,一つ二つの病院を悪者にすることはできなくなる。しかし,その代わりこの点数的要素というものでいかに医療費が膨らんでいるかということに国民の目を向けることができたはずである。

医師会の方と話をすると「今の日本では病院を悪者にしたてて書くとそれだけで大方の賛同を得る傾向がある。」という話をよくされる。たしかにそういう面はある。もっとも,これをさらにもう少しよく考えてみると,マスコミがこのように本質を突くことなく,その時その時の特定の医療機関固有の話とし,その医療機関をのみ「悪者」にしたてることにより,実は同じことをしている他の医療機関には累が及ばないという面もあるのである。つまり,このような姿勢は結果的には,特定の医療機関をスケープゴートにしたてているのと同じである。マスコミはセンセーショナルに書ける点で得をし,医療機関側は他の医療機関に累を及ばさない点でそれぞれ得をしている。国民だけが,本当の事実からは遠いところに置かれている。

3 診察料の怪(その2)

最近の大病院に行くと,受付の診祭カードを入れるところに「薬だけの方」「診察を受ける方」と書いた表示があり,それぞれ患者が自分で判断して自分の診察カードを入れるようにしているのをよく見かける。ある自治体病院の院長は,私に「この方式をとることにより随分混み具合いが緩和されました。」と言っておられた。大病院の院長ともなるとこういった形をとることにより診察してもいない日に診察料を請求することになることなどご存じないのであろう。

大病院の中には,この方式がさらに進み,患者がいちいち診療科まで行かずに,病院の玄関のところで用が全部済んでしまうところまである。つまり,病院の玄関に駅の切符の自動販売機のような機械が何台もおいてある。その機械に薬だけを希望する人は自分のカードを入れ,診療科の番号を選択して押すと,前の処方と同じ薬の処方箋が出てくるという方式である。患者はその処方箋をもち,計算の窓口で自己負担分を支払い,投薬の窓口に処方箋を出して薬をもらうのである。ここまでくると病院は病院というより単に保険で薬がもらえる大きな薬局という観がある。

さて,このケースは前に書いた診療日数の付け増しのケースとどう違うであろうか。片方は2回目の投薬分については病院に行くことなく最初の投薬のときに薬を2回分もらっており,他方は病院へは行くけれど,医者に会わずに玄関先で帰っているのである。かたや病院へは行かない,かたや病院の玄関先までしか行かない。大同小異といえばそうである。

診察とは医師が直接患者を診ることが原則であると思う。なぜなら,患者に対する医学的な判断の前提となるのは患者の身体そのものであるからである。もちろんこれは原則であるから例外は当然ある。点数表でも電話による再診は認めているし,介護に当たるものから症状を聞いて判断するということも認めている。つまり,ある程度の間接性は認めてはいるものの,これらはあくまでも例外でしかない。例外である以上それぞれ合理的な事情がある場合にのみ認められるのであって,電話再診の場合は緊急止むをえない場合となっている。

さて,そのような原則からもう一度上記の事態についてその悪さの程度を考えてみよう。まず,東京大学等の例のように2回分の薬を一度に出し保険請求上は2回診祭したことにするのは,明らかに違法である。どういう場合でも嘘は悪い。このケースでも,仮にこうすることに含まれている若干の合理性を説明できる人が,たとえいたとしても,人に手を挙げたら負けであるのと同じで,病院に来てもいないのに来たと嘘をついたらそれで負けである。

では薬のみの方と書いてある箱にカードを入れて薬をもらうという行為の方はどうだろう。この場合は,正確にはとんでもなく違法なものと,多少弁明の余地のあるものと2つある。すなわち,医師がカルテを見て処方箋を書いているか否かである。駅の自動券売機のようにカードを入れるだけで機械的に処方箋(正確には処方箋ではなく,薬の指示書)がでてくるとしたらそれはとんでもない話である。そういう場合は病院はおそらく月末にこのたぐいの指示書をまとめてカルテに日付の判とRPDO(前方通りの意)という判を押すに違いない。直筆だとまずいので判を押すのである。日付とRPDOの判をカルテに押すことにより,その日に医者がこの患者を直接診察し,症状が変わらないという判断のもとに薬を投与したという話ができ上がるのである。

患者に対する個々の判断もせず機械が処方箋をだし,月末に医師が見たこととしてカルテに記入するのであるから,これはどう考えても不当な請求と言わざるを得ない。前記の大病院を例にとるとこういった方法で不当に支払われている額は数千万円にのぼる。(たとえ数千万円になっていても検査院としてこれを指摘できないのは,検査院は直接医療機関に入って行う検査をまだ実施していないからである。この類の指摘はレセプトをみているだけではわからない。)病院に来てもいないのに来たことにして付け増しするのが悪いのと同様に患者を診てもいないのに診たことにしてカルテを作るということも同様に不当なことである。

次に患者には直接は会わないが,その日までのカルテを診て以前の状況から現在の症状を推測した上で,薬だけ欲しいという患者の希望を医師が認めて投薬したとしたらどうか。処方箋もその医者が書く。これは,医師の裁量権の範囲内といえるであろうか。

今の点数表では診察料を,間接的なものと身体を診る直接的なものとを分けておらず,診察料の値は一義的に決まっている。今の蔓延しているこういった状況が,乱れすぎないうちに点数表を改正し,点数自体を段階的にし,軽重をつけるべきなのかもしれない。しかし,「前回と同じ状況だから同じ薬でもよい。」という患者の素人判断を医学行為の前提としてよいのかという問題がどうしてもつきまとう。この点を重視して考えれば診察料の段階化など出来ないし,今の病院のやり方は永遠に不当ということになる。

いずれにしても,この点に着目して診察してもいないのに支払っている診察料を整理したら,それは全国的には医療費の大幅な減になるはずである。また,さらに副次的には日本人の大病院指向も改まるかもしれない。痛風という病気がある。その治療に当たって,ユリノームという錠剤を一生飲み続ける人がいる。彼にとって必要なのは,体内の尿酸値のコントロールである。血液検査を毎回して,尿酸値や肝機能や腎機能を検査し,ユリノームや重曹を出してもらうだけであれば,これだけのためにわざわざ大病院に行く必要があるであろうか。これが,無診投薬は駄目だということが徹底し毎回医師の診察が必要だということになれば,大病院で診察を受け薬をもらうのに要する時間は相当なものであるから,薬だけという患者は中小の医療機関へ移るであろう。そして,これにより大病院はこのような典型的な慢性疾患の患者のくびきから解放され,他方中小の医療機関は,尿酸値のコントロールができているか,薬の連用による副作用がないかという点についてより親密にチェックし,さらにそこから家庭医的な役割を担っていけるはずである。

診察料を少し整理するだけで

・国民医療費が下がる。

・カルテを不正で汚さなくてすむ。(カルテに嘘のRPDOを記載しなくてもよい。)

・大病院から中小医療機関へ患者が移動する。

・大病院の混雑が緩和する。

・中小の医療機関に患者が回り,患者にとっては親密な治療がうけられ,医療機関にとっては経営の基盤が安定する。

つまり,国家財政上も,医師法上も,医療機関の機能分化という政策的にも,プラスになるはずであるがどうであろうか。

4 看護料の怪

「病気をしたときのための蓄え」という言葉がある。しかし,日本は国民皆保険のはずである。本当に保険がきくのなら,病気をした時のための蓄えなどいらないはずである。建前だけからすると絶対にそうである。特に年金程度の収入しかない老人にとって,もし建前と現実とが違っているとしたら,つまり,実際には病気をしたら相当の費用がかかるとしたら,これは大変なことである。以下,

・「病気をしたときのための蓄え」というものが本当にいるのか?

・いるとしたらどのくらい必要なのか?

・建前からしてそういうことでよいのか?

・よくないとしたらなにをどうかえればよいのか?

について考えて見よう。

「病気をしたときのための蓄え」というものが本当にいるのか?

結論を先に書けば,残念ながら蓄えは必要なのである。具体的には,付添い看護料と差額ベッドである。まず,理解しやすいように建前の方から書こう。老人保健法には,この法律の適用を受ける70才以上の人であれば,どんな大病を患おうと,1日当たりの入院の費用は400円(1日当たり400円×31日=1月当たり12,400円)であると書いてある。12,400円なら年金生活者でも支払可能である。では70才未満の人はどうであろう。健康保険法,国民健康保険法といったその患者が適用を受ける法律の種類によって,自己負担額は異なる。一番自己負担額の多い国民健康保険の場合で考えよう。現在,国民健康保険法における入院医療費の平均は,1月に39万円であるから,自己負担額はこの3割,つまり12万円弱となる。この場合は,結構まとまったお金が必要になる。しかし高額医療制度という制度があって,1月に5万3千円以上負担した場合は,その超えた額については返還される。ただ高額医療制度による扱いは市町村への申請から3月程度の時間がかかる。とすれば,12万円の3月分である36万円程度あれば,4月目から高額医療制度で1月5万3千円の負担でよい。さらにこれでも大変だという家庭のために,低利で融資する医療費貸付制度がある。こうしてみてくると,制度は二重三重に手厚く作られている。それなのになぜ病気のときの蓄えはいるのか?それは保険外負担と呼ばれるものがあるからである。保険外負担とは,通常の保険給付より以上の給付を望む人にそれなりの負担を求めるというもので,差額ベッド料といわれるものと,これから書こうとする付添婦をつけた場合の付添看護料の負担とがある。このうち差額ベッドは6人部屋ではいやだと言い小部屋を希望した人が負担するものであって病院の強制でない限り,相応の受益者負担としての性格があるといえる。問題は付添看護料の負担である。

世間でよく言われているのは,病院に入院した場合,病院から付添婦を付けるように言われることがあるということ。そして付添婦をつけると1日の負担は1万数千円となり,国からの看護料の給付を受けても1日に約1万円ぐらいの負担を覚悟しなければならない。こぅなると1月の負担は約30万円ぐらいになる。これに医療費の自己負担分12万円をたすと月42万円の負担となる。たしかに42万円の支出というのは,通常の世帯ではなかなか支払えない額であり,病気のための蓄えは必要ということになる。この辺の事情をもっと正確にみてみよう。そしてさらにこの裏にある事情,私には許し難いと思われる事情を書いてみたい。

現在,基準看護の承認を受けている病院に入院した場合は,この付添婦をつけてはいけないことになっている。基準看護とは入院患者数に比べて看護婦,准看護婦等の数が多い場合の看護をいい,その分だけ病院に支払われる医療費(看護料)が加算されるというものである。この場合に付添看護を認めないのは,看護婦等の数が多いということで,看護料を加算しているのだから,付添看護という形態を認める必要がないという趣旨である。しかし,全国の病院のうちこの基準看護の承認を受けた病院は4割程度であるから,残りの6割の病院は相対的に看護婦が不足していることになり,この付添着護料の支給の対象になる。

国立病院や自治体病院の経営の多くは赤字である。その主要な原因は言うまでもなく人件費である。そして,病院の中でもっとも人件費のウエイトが高いのは看護婦等にかかる人件費である。となると赤字を避けるために,病院が考えるべきことは看護婦等の人件費をいかにして抑えるかであろう。以下のケースは,今年新聞に報道されたある医療機関の人件費を抑えるためにとった方策である。私はこれが,前述の診察料の付け増しのケースのように多くの医療機関に蔓延していると書くつもりはない。証明していないのであるから,1をもって10を述べるような書き方はできない。しかし,全国的にこれがどのくらいあるかはまだわからないものの,話としては実にありそうな話である。

このケースの説明をしよう。病院の看護要員を区分すると,看護婦の資格をもった正看護婦と,准看護婦の資格をもった准看護婦,それになんの資格ももたない看護助手の3つに区分される。他方付添婦を患者がつけた場合,現行の付添婦を資格の面で見ると看護婦や准看護婦といった正式な資格をもたない看護助手がほとんどである。もしも病院の中の看護助手たちに要する人件費を病院が支払うのではなく,患者が雇った看護助手として位置づければ,その人件費は患者の負担になる。国は1日につき4,000円程度の看護料を患者に直接支払うから,結局このようなケースでは,病院が本来支払うべき人件費を支払わないで,その負担を患者と国にまわすことになる。病院が本来負担すべき人件費を負わず,国と患者に負担させるとしたらそれは病院の巧妙な方法による人件費逃れである。東京都の場合は国が負担した残り全額を都が負担しているから,病院が払うべき人件費を病院は国と都に付添い看護料としてそのツケを回していることになる。

今年の上旬に報道されたこのケースは,付添婦を紹介する家政婦等紹介所がなんと病院の中にあり,病院の事務長が紹介所の所長をかねていたという非常に悪質な例である。病院が患者に付添婦をつけるように言う。そう言われても患者には何のつてもないから付添婦の紹介を病院に頼む。病院はまったく外部の家政婦紹介所を経由させた形を取りつつ,実際は病院の配下にある看護助手をあたかも外部の紹介所が紹介してきたかのようにして患者に振り向け,病院の看護要員として組み込む。そして,人件費相当の費用を患者と国からとる。

さらにまだ解明はできていないが,全国的に見ると病院と家政婦等紹介所が1対1で対応しているところ,つまり,紹介所の紹介先が特定の病院のみとなっているケースが随分見られるのである。そういう所の付添婦は付添う患者こそ時々変わるが,病院との関係で見るとその病院の看護体制に組み込まれた形で仕事をしていることがわかる。そして,中には365日連日看護料の請求があり,しかもそのすべてに泊まり込み加算がついているというケースもままある。泊まり込みの仕事を365日も続けることができるわけがない。先の新聞に報道されたケースでは,病院と事実上の雇用関係があるのに紹介所から紹介されて来たと言う形を取って不正に支払われていた看護料のうち国の負担分だけで億のオーダーに上っている。患者が負担した分を合計すると数十億の規模の話である。全国にこれに類するケースがどのくらいあるのかは今後の検査によるが,20兆円の医療費といっても中にはこんなものが含まれているのである。

VII 医療費増嵩の理由

栄養食事指導料,再診料,看護料の中にある点数的要素ともいうべき部分を説明することによって,国民医療費がこの点数的要素を軸として,どんどん膨らんでいく姿を多少なりとも書くことができた。点数表に記されている点数の種類は非常に多い。前述の3点は単なる例示であって,これら以外の相当部分にこの点数的要素の存在を認めることができる。今回は紙幅の関係からその全部について書くことはできないが,別の機会にこういったものをより体系的に示したいと思う。

この点数的要素というものは,現在の国民医療費のなかの病巣ともいうべきものである。本来の医療費は医療行為のみを要素とし,個々の医療行為を点数に置き換えていくというものであったはずである。それが,医療行為とは直接関係のないこういった要素によって余分にふくらんでいる。それがなぜなのか,なぜ点数的要素なるものが存在するのかを最後に考えてみたい。

理由は三つあるように思う。

第一に現在の審査機関に構造上の限界があるということである。ここでいう審査機関とは社会保険診療報酬支払基金と各都道府県の国民健康保険団体連合会である。ある県の連合会に行った時,一月に審査するレセプトの枚数を同じ月の審査委員の審査時間の和で割り戻してみた。一枚のレセプトにどのくらいの審査時間を要していることになるのか計算したかったからである。するとレセプト1枚に要する審査の時間は,なんと5秒しかなかった。この数字の意味するところは大きく重いと私は思う。理由を書こう。この県の審査委員の数は40人である。審査機関の審査が不十分だから色々な問題がおきるというのであれば,この40人の委員を仮に10倍の400人にしたらよいのであろうか。審査委員を400人にすること自体現実的にはできないことであるから,これは全くの架空の想定である。しかし,仮に400人にしたところで5秒は50秒にしかならないのである。老人病院のレセプトにはその補助箋の長さが50センチを超えるようないわゆる「巻物」がいくらでもある。たかだか50秒の時間など与えられても,質的にも量的にもとても見きれるものではない。私がここで言いたいのは,仮に今の十倍の医師を審査委員にしたところで,あるいは事務方の職員数をどんなに増やしたところで事態が変わらないということ,つまり,医療費の件数等の増加のなかで,審査機関にレセプト審査を委ねるという数十年来の方式は,もうすでに制度的な限界をはるかに超えてしまっているということである。制度を十倍にするというような不可能な手直しを想定してさえも,この制度上の瑕疵は治癒しないほどのところにきてしまっているのである。医療費の増加についてはいろいろな意見があるものの,今述べたこの点については指摘する声がほとんどなく,社会的にもあまり知られていないことは遺憾なことである。

まず,この事実をどうとらえるか,医療費問題の検討の出発点はここにある。

点数的要素という病巣がはびこってきたのも,医療機関の方に「どうせ見やしない」という意識が潜在的にせよあるからである。この問題を解決するための私なりの対案はあるが,紙幅の関係で今ここではそれに触れることはできない。

第二の理由は,厚生省が市町村や保険者に対して行っているレセプトの点検や保管に関する指導方法の問題である。厚生省は老人保健法のセクションも国民健康保険法のセクションもいずれも,市町村等がレセプト点検をするときは老人番号順や,世帯番号順にレセプトを並べかえてから点検するように指導している。しかしそんな並べ変えをしたら見えるものも見えなくなってしまう。病院が請求する多額の医療費を「象」に例えよう。病院という大きな象の姿や特質を研究し問題点を抽出しようというときに,その象を細胞毎に細切れにした上に,他のものと一緒に混ぜてしまったら,混ぜた後の姿を見てももとが象だったかネズミだったかわからない,もう何も見えてこない,それと同様なのである。今一番何が問題なのか?それは,医療機関毎の請求傾向のはずである。患者個々の受診傾向,たとえば重複受診などチェックしたところで医療費全体から見たら一体どれだけの効果が期待できるというのだろう?せっかく医療機関毎に送られてきたレセプトをさしたる効果も期待できないことを意図して並べ変えてはいけない。

検査院が「○○病院」の請求傾向,つまり病院毎の傾向的な誤りの有無を検査しに行っているときに,「○○病院のレセプトはここの書庫の世帯ファイルのどこかにまぎれています。」と言われ,10万人分のファイルを格納してある書庫へ案内されても検査にならない。そして,そういう状況では効果的な検査ができないということは,市町村や保険者も同じように効果的なレセプト点検ができないということを意味する。幸い札幌市他いくつかの市は,検査の時の私のアドバイスを聞いてくれて,点検の方式やレセプトの保管方法を大幅に変えた。しかし,厚生省には4年間言い続けたが,私の意見は今もって取り入れられていない。もっとも市町村に対して「医療機関毎にその傾向に着目した点検をせよ。そのためにそれがしやすい方法で保管せよ。」という話は,厚生省という役所の性格上受け入れられない種類の話なのかもしれない。検査院は独自の考えで市町村を指導する。なぜなら,ことは公費の支出の基となる請求書の保管形態の話であって,検査院としても看過できない会計経理そのものの話だからである。そして,レセプトの点検方法,保管形態について,市町村が厚生省の指導通りにするか,はたまた検査院の意見を聞くかは市町村独自の判断によって決めるべき問題,つまり地方自治の問題として位置づけるべきなのだろう。市町村は自ら国民健康保険という保険制度を運営しているのである。自分のところに来た請求書をどのような形で保管するか,どのように点検すると効果があがるか,自らの問題としてよく考えるべきである。

第三は「書き屋」の存在を許す風潮である。書き屋とは,月初めに医療機関に赴き,カルテをもとにレセプトを書くことを職業とする業者を言う。業者は請求点数の2〜3%の委託料をもらう。書いた枚数ではなく請求した点数の多寡によって委託料が決まるのである。請求点数が上がれば,収入も増える。そこに当然書きこむことができるものは書き,請求できるものは請求するという風潮が産まれる。

私がこの医療費検査を始めたころに見たケースのなかに,レセプトにあわせてカルテに業者が書き入れるという本末転倒のケースがあった。嘘だと思われるかもしれないが本当の話である。これは生活指導料を指摘した年のことである。カルテに生活指導の実績が書いていない。しかし,業者は当然のことながらレセプトにこれを書きこの費用を請求したい。業者はどうしたか。レセプトに書いた後,カルテの月初めのところに生活指導の判をどんどん押していったのである。医療行為を点数表に置き換えるのが医療費の本来的な請求の姿であるはずである。しかし,診祭室という密室の中の医療行為の事跡を記録したものはカルテしかない。したがって,カルテに書いてある範囲でレセプトに転記するしかない。それが今の話では逆なのである。

私が問題にしたいのは,カルテを書き屋に見せ,レセプトを書くことを委託することが保険医療機関の行為として許されるかということである。規制する法的な根拠はカルテを第三者に見せることが問題だということになるであろう。どのような形をとるにしても,請求点数によって委託料の多寡が決まるような委託を放置することは,行為の実態のない点数的要素が増えるだけである。早急に考えるべきであろう。

しかし,たとえ国の指導でこれらの規制ができたとしても,さらに大きな問題がある。それは,書き屋に委託しなくても,医療機関の中に書き屋的な発想をもった「内なる書き屋」がいるという点である。医療費の請求における病巣とは,せんじつめると正にそこに行きつく。そして,検査院の医療費検査における真のターゲットは,医者でも病院でも診療所でもない。この「内なる書き屋」の存在そのものである。そして,これがある限り検査院の検査は続くし,またこれが一掃されたときに検査院の医療費検査は終わると私は思っている。

VIII おわりに

「社会保障で日本は沈まない」と題して書いたこの拙文のテーマは,ビル・エモット氏がその著書「日はまた沈む」において,自らの論証の根拠とした厚生省・大蔵省の予測値のうち,医療費の予測分(西暦2000年には50兆円という単純推計)については,医療費の中には比例的に増加しない部分があるので,これを考慮していないこの予測値をそのまま使用することはできないということである。

しかし,このテーマを述べるという体裁を取りながら実は私が最も主張したかったのは,医療保険各法や厚生省告示では当初予測していなかった「医療費問題の病巣」とも言うべき部分についてこれを詳しく論証することである。

すなわち実際に行われている医療費請求の中には点数的要素といって,法が本来予定していないきわめて異質な部分があること,そしてこの要素についてはまだ世間ではほとんど語られていないけれども,この要素こそ現時点での医療費問題の核心的な部分であり,この解明とこれに対する適切な対応(たとえば出来高払い制から定額制への移行)は医療費の将来を語るときのポイントになると思われること,さらにはこのような事態がなぜ生じてしまったのか,その病根はどこにあるのかという点を虚心に書いたつもりである。

私の見方に間違いや御疑問があれば是非本誌にご投稿いただきたい。私の論拠は私が見た30万枚のレセプトである。しかし,それとて全体のごく一部であるからとても十分とは思えない。

以前文部省関係の雑誌に文部行政に関して私見を掲載したことがある。私は原稿を4回に分けて連載しその中で反論を募ったところ,ある大学の方からとてもご丁寧なご意見を頂いたので連載の4回目に拙文に並べて掲載してもらった。誌上討論のようになって私はとても嬉しかった。

問題が大事なものであればあるほど,多くの人が自由な立場で自由な議論をするべきである。医療制度は国民が膨大な金を払うことで支えられている国民的な制度である。しかも国民の健康と命に関わるかけがえのない制度である。このもっとも大事な制度の健全な発展を真に担保するものは何だろう。それは,やや大時代的な書き方をすれば,医療費問題についての「言論と思想の自由市場」を確保することであると思う。そして,その自由市場に議論の材料を提供するという意味で,医療機関の医療費の請求の実態に関する本稿のような分析を,レセプトを常時見ている各機関がいろいろな角度から行うべきである。

最近医者の行う医療行為について患者の同意を求めるという意味でインフォームド・コンセント(informed consent)つまり「知らされた上での同意」という言葉がよく使われる。しかし,インフォームド・コンセントが必要なのは,単に医療行為についてだけではない。国民が支払っている膨大な医療費についても,その内訳について国民に十分知らせ,かつ十分な議論を経た上で国民の同意を得るということが必要である。検査院の検査はまさにその一助として位置づけるべきものであろう。

そして,この世界の閉鎖性,特にプライバシーを理由とする極端なまでの情報の非公開性という特質を前提に考えると,検査院という第三者的機関の検査は,医療費問題における真の意味での国民のインフォームド・コンセントの形成にとって必要不可欠なものであると思えるし,また,そうであればあるほど検査活動を広く知っていただく努力や検査の質を高める努力を絶やしてはならないと考える。

検査院は物を産み出す官庁ではない。いやむしろ産みの苦しみ,育ての苦しみの中にある受検庁に対して,さらに意見を言わなければならない立場にある。

しかし,検査院の意見は受検庁にとって耳が痛いものであろうか?今日本が突入しつつある高齢化社会は人類の歴史上未曾有のものである。かつて誰も経験したことのない状況のなかを行政が進むとき,そこには沢山の失敗と沢山の無駄があるのはむしろ当然であろう。未曾有の状況下で失敗をし地にまみれている者を一体誰が批判しよう。批判するどころか,同じ仲間として手を貸し,肩を貸したいとさえ思う。

大事なことは,失敗をしないことではない。大事なことは,社会保障という複雑な制度と現代という錯綜する現実の中で,なかなか見えなくなっている行政の失敗そのものに気付くこと,そして,その失敗を率直に認め,さらには将来に向かってその失敗を活かす方途を捜すことである。失敗の中から本来のあるべき姿を見いだし,その姿を目指してあらためて産み育てる,それこそが重要なことである。

自分で物を産まない検査院は,確かに産みの苦しみを知らない。しかし,行政の失敗に気付き,その失敗の中から新しいものを産み育ててゆくという上記の過程において,例えて言えば,検査は行政の失敗を将来に活かす産婆の役を担うべきであると思う。社会保障に関する検査院の意見は耳に痛い指摘でも批判でもない。失敗の中から新しい子を取り出そうとする産婆の声である。

産婆は母の偉大さには到底かなわない。しかし,願わくば,真理が哲学という産婆によって取り出されるのと同じように,行政上の真理,すなわち,「高齢化社会における福祉国家の建設」という難題に関する行政上の真理が検査という産婆によって取り出すことができれば,もしくは,その一助になりうればと思う。

そして,こうして生まれ出る新しい子供たちがいる限り,社会保障で日本は沈まない。

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国民皆保険 13 / 不正資料 5

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 13 / 不正

もう一つ、続報。

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歯科医療の資料室
シンポジウム『「過剰診療・不正請求」を考える』の報告
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3939/rece03.html

シンポジウム『「過剰診療・不正請求」を考える』の報告

ご注意:以下は、患者および一般市民としての立場から、管理人が個人的に感じたことをレポートするものです。公的な議事録ではありませんので、その点をお間違えないように。当日配布された資料や、その場でとったメモをもとにして、各発言者のコメントを再現していますが、一字一句完全に再現したものではなく、各発言の主旨を尊重しながらも、実際には管理人が理解した内容として再構成したものです。また、全ての論点をカバーするものでもありません。

シンポジウムの概要
1998/4/11に、『「過剰診療・不正請求」を考える』と題したシンポジウムがあり、話を聞きに行ってきました。このシンポジウムは、『医療「抜本改革」シンポジウム』の第1回と位置づけられていて、今後もいろいろなテーマを取り上げながら、シンポジウムが続けられるようです。会場は、港区の芝青年会館ホール。入場は無料でした。

主催者について

主催は、医療団体連絡会議。こういう会議体があるのをはじめて知りました。医療団体連絡会議は、次の団体によって構成されています。
・日本生活協同組合連合会医療部会
・全国保険医団体連合会 (以下、保団連と略)
・新医協
・全日本民主医療機関連合会
・日本医療労働組合連合会
・日本患者同盟
主催者の事務局が保団連にあるため、完全な公平中立性は期待できないと思いました。また、主催者がいったいどういう団体なのかを説明する資料は配布されませんでした。司会者がごく簡単に口頭で説明しただけです。いろいろな団体で構成されているからこそ、よけいに主催者のポリシーを明確にすべきだと思います。なにしろ、主催者の構成団体である保団連の副会長がシンポジストとして出席しているのですから。

開催案内の広報について

定員200名のホールですが、かなり座席は埋まっていました。聴衆は、個人としての参加はあまり多くなく、シンポジストあるいは主催団体に関係する人や、医療関係者が多いように感じました。こうしたシンポジウムの開催を知る手段が、一般の人にはほとんどないことが影響していると思います。管理人は、「払いすぎた医療費を取り戻せ!」の発行元・メディアワークス社のホームページにて、シンポジストのひとりである勝村久司氏(同書の著者のひとり)の掲示板への書き込みによって、このシンポジウムのことを知りました。今後は、医療人や内輪だけへの開催案内では意味がないので、患者および一般個人の参加をうながすため、広報活動をもっと積極的に行ってほしいものです。

シンポジストについて

シンポジストは次の5名(50音順)でした。
・宇佐美 宏氏(歯科医師、全国保険医団体連合会副会長)
・勝村 久司氏(医療情報の公開・開示を求める市民の会事務局長)
・田辺 功氏 (朝日新聞編集委員)
・西岡 幸泰氏(専修大学経済学部教授。専攻は社会保障政策)
・橋本 巌氏 (全国社会保険診療報酬支払基金労働組合副委員長)
下の写真では、左から順に司会、宇佐美氏、勝村氏、田辺氏、西岡氏、橋本氏の順に並んでいます。厚生省からの参加がありませんでしたが、厚生省が参加すると、厚生省攻撃一色になってしまって議論が進まない恐れがありますから、これはこれでいいのかとも思います。

議事進行について

司会は、桜井氏(日本生活協同組合連合会医療部会事務局長)。13:30に司会の挨拶からはじまり、各シンポジストが約15分ずつテーマについて話をし、そのあと質疑応答。17:00に終了しました。各発言の時間配分がきちんと管理されず、また質疑応答のときにテーマと無関係な質問・意見などを受け付けてしまったために、時間延長したものの、消化不良のままで幕切れとなりました。この運営不備は、司会のイニシアチブ不足に原因があると思います。主催者の他の構成団体の手前、司会者がずけずけと物申すのが難しいのであれば、外部から司会者を招くのもいいでしょう。

シンポジストの中で、残念ながら存在感に欠けたのは西岡氏(専修大学教授)です。それは同氏の力不足というよりも、医療問題があまりにも各自にとって切実かつ密接な問題なので、学者の理論・理屈を重視するよりも、それぞれの当事者の実際・実態が重視される雰囲気が強かったからだと思います。ただ、同氏のコメントの中で、「医療保障制度は、患者と医師との信頼関係を強める方向で作用するべきである」という一節が印象に残りました。

シンポジウムのテーマ

今回のシンポジウムで最大の議題となったのは、朝日新聞などでの「医療費不正・過剰請求の報道」に関するものでした。これは、匿名証言として「医療費の不正請求が9兆円ぐらいある」と報道したもので、これに対して宇佐美氏(保団連)、橋本氏(支払基金)が保険医および支払基金としての立場から反論しました。

ちなみに、不正請求というのは、架空請求などの明らかに不正な請求のことです。過剰請求とは、過剰診療などによる法規に反する請求、あるいは法規に反する恐れの強い請求のことですが、請求事務上の単純ミス、正当な医療行為の内容・範囲に関する見解の差違なども関係しているために、非常に複雑かつ広範囲にわたる問題といえます。

「不正請求」の議論について

このシンポジウムのテーマに含まれる「不正請求」と「過剰診療」には、このように大きな差違があるのですが、これをまず指摘したのは勝村氏(市民の会)でした。同氏は「不正請求の問題は独立した問題として論じるべきであり、他の問題と絡めるなどしてはいけない。この問題は今日の大きなテーマである」と指摘しました。ただし、残念ながら「不正請求」の議論はほとんど行われず、「過剰請求」の議論のほうに大きく傾いてしまいました。

「過剰請求」の議論に傾いた雰囲気を作ったのは、宇佐美氏(保団連)だと思います。同氏は「不正請求は断じて擁護しない。過剰請求については、何をもって過剰とみなすのか、その基準が不明確であり、またいろいろな理由(ここでは省略)から必ずしも過剰ではない。朝日新聞などの報道には根拠がなく、誤解を招くものだ」と主張しました。

宇佐美氏(保団連)は不正請求を「擁護しない」としていますが、それは単なる掛け声にすぎません。掛け声だけだったということは、保団連としては、不正請求を根絶するために何の方策もとっていないものと思われます。また、同氏は過剰請求の話題にばかり議論を誘導していて、不正請求の話題を避けています。勝村氏(市民の会)が宇佐美氏(保団連)に対して「不正請求根絶のために、例えば患者が窓口で支払う際に、レセプト相当の書類を医療機関側が患者に示し、患者が内容を確認してその書類にサインするようなことを保団連として進めてくれないか」と要望するという場面があったのですが、それに対して宇佐美氏(保団連)は「勝村さんは厳しいことをおっしゃる(笑)」としてお茶を濁し、話題をそらせてしまいました。

「不正請求9兆円」報道の妥当性について

宇佐美氏(保団連)は、「不正請求9兆円」という報道への抗議とそのための説明に時間を割きました。たしかに、これは詳細かつ具体的な根拠に欠ける報道だと思います。

しかし、この抗議に対しては、田辺氏(朝日新聞)がこう反論しました。同氏は朝日新聞の科学部に属するため、当の報道には直接関わっていませんが、保団連などから抗議を受けたマスコミ側の意見を述べるために出席しています。曰く、「医療費不正請求が9兆円にのぼるという報道の具体的な根拠はないが、それを示唆する断片的な事実(ここでは省略)がいくつかある。また医療関連に30年ほど携わってきた経験からも、9兆円という数字が正確かどうかという話ではないものの、現在の薬剤費の2分の1は無駄、検査の3分の1が無駄であると感じている。さらに、医師および医療機関、そして厚生省などが情報を開示しないことも、正確な報道を阻害している」。田辺氏(朝日新聞)は、当の報道に直接携わっていないために発言の責任がそれほど重くないということがあるのでしょうが、それでも予想以上に踏み込んだ発言をしていました。

勝村氏(市民の会)も情報公開を求めました。曰く、「医療裁判を行うときには、原告である患者が立証の責任を負っている。しかし、立証しようとしても、証拠物件であるレセプトやカルテは被告である医療機関が持っている。レセプトはようやく開示されるようになったが、カルテは開示されないか、あるいは開示されても改竄されていることがある。そもそも、患者側でそれだけの証拠を入手するのが大変である。医師および医療機関の情報公開を求める」。

医師および医療機関が十分な情報公開をしていない現状では、不正請求や過剰請求の規模を算出しようにも、そもそもデータが手に入らないわけですから、厳密な根拠を示すことはできません。だから、それが9兆円なのか、そんなにないのかという議論には、あまり意味がありません。9兆円というショッキングな数字は、その背後にある問題に注目を集めるためのきっかけにすぎなかったのだと思います。たしかにこれは、スキャンダル性を求めるマスコミの体質をあらわす報道手法でもあるのですが、患者および一般市民のためになる限りにおいては、許されるべき報道手法だと思います。

支払基金の存在意義について

過剰請求の話題においては、支払基金側からのコメントもありました。橋本氏(支払基金)は「過剰請求の内訳をチェックしたところ、大半は資格関係過誤によるもの。また診療報酬制度が複雑なため、事務上の単純ミスも意外に多い。さらに、医療機関が再審査を請求できるのだが、煩雑さからその請求権を放棄している場合も少なくない」とコメントしました。

資格関係過誤というのは、たとえば被保険者が転職したりすると、保険者も変更となるのですが、その手続きをしないままに保険診療を受けた場合に「過誤」として査定されることを指します。この場合は単に事務上の手違いなので、これを過剰請求として扱うのは不適切だというわけです。これについて田辺氏(朝日新聞)が「それは保険者がばらばらであるために起こること。昔から私が提言しているように、保険者を全国で一本化すれば、そんな問題は解消される」と指摘しましたが、これに対して、橋本氏(支払基金)のコメントはありませんでした。

橋本氏(支払基金)は、支払基金側の労働組合の副委員長です。同氏は、「支払基金側にも直すべきことはある」として、労働組合としての立場で支払基金側への要望をいくつか挙げていました。しかしまた、「支払基金には存在価値があり、しかもそれは公的な存在であるべきであり、だから現在の形のまま存続させることが妥当」とも言っていました。このように、労働組合としての主張と支払基金(の経営側)としての主張とをごちゃ混ぜにした発言が気になりました。本来は、支払基金の経営側の人が出席すべきところです。

橋本氏(支払基金)は、支払基金の存在の正当性を強調しました。しかし、同氏自身が「支払基金としては、レセプトの中身まではチェックできないので、不正請求をチェックすることはできない」と言ったことを考えると、ほんとうに支払基金の存在が妥当なのかどうか疑問に思えてきます。

つまり橋本氏(支払基金)の言葉を言い換えると「支払基金は事務上の単純点検を行うだけ。不正請求を点検するような仕事はできない」ということです。付加価値のない単純な作業を、なぜ特殊法人という形でぬくぬくと行う必要があるのでしょうか。民営化してもいいし、あるいは公的に行うにしても、もっと効率的に、競争原理が働くような形で行う体制にするべきでしょう。質疑応答のときにも、支払基金に勤務する人が、「支払基金は公的機関として必要であり、これは患者のためになることだ」と橋本氏(支払基金)と同じような趣旨の発言をしていました。シンポジストと同じ所属の人が、質疑応答のときにそのシンポジストと同主旨の発言をするとは、支払基金の民営化論議・不要論議をよほど恐れているのでしょう。なぜそれが患者のためになるのか、彼らの説明はあまりにも抽象的だったと思います。

まとめ

勝村氏(市民の会)と田辺氏(朝日新聞)は、医療の情報公開が必要という点で一致していました。また、そのための指摘や提言を行いました。もちろん、彼らの発言や行動にも限界があり、あるいは誤りがあるかもしれません。しかし、患者および国民のために情報公開が必要であるという認識を、はっきりと彼らは示しました。一方、宇佐美氏(保団連)、橋本氏(支払基金)は、「患者のために」という美しく聞こえる言葉を使うものの、そのための具体的な指摘や提言を行っていません。

私たち患者および一般市民は、「患者のために」という美しい言葉に満足するのではなく、そのためにどんな具体的行動・提言をしているのかということを、注視・監視していかなければならないと感じました。

最後になりますが、シンポジウムの議事録の公開を求めたいと思います。今回の議事録が公開されるかどうか、また公開されるとしてもどのような形で公開されるのか、シンポジウムの場では全く説明がありませんでした。もしも議事録が公開されたならば、それも合わせてお読みいただきたいと思います。

以上、長くなってしまいました。読者のみなさん、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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国民皆保険 13 / 不正資料 4

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 13 / 不正

その他の続報

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1998.12.11
医療費不正請求60億円 97年度厚生省まとめ

厚生省が11日まとめたところによると、97年度に返還を求められた医療費の不正請求額は60億3842万円に上がった。82年に調査を始めて以来2番目の額になる。厚生省によると、不正請求などで監査を受けた医療機関及び薬局は76施設、医師、薬剤師は184人で、このうち、悪質と認定された44医療機関、41人の保険医が登録取り消しの処分を受けた。

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鳥取県臨床内科医会
http://www.shimane.med.or.jp/rinshonaika/tafuken020808.htm

日医FAXニュース(1254号、2002.4.19)からの引用であるが、平成14年4月11日に放送したフジテレビの情報番組に次のような内容があった。

「医療費30兆円の内、医師や病院の不正な請求が9兆円」
「2000年の不正請求は18,000件にのぼる」
「不正請求には罰則が無い」など。

日本医師会は勿論抗議をし、日本医師会の指摘で、厚生労働省保険局も「情報の収集や精査を十分に行い、番組を制作するように求める」文書を同テレビに送った。

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ASAHI ネット ビジネス
社団法人行革国民会議

国民会議ニュース 1998年 4 月号
http://www.mmjp.or.jp/gyoukaku/toron/199804.htm
シリーズ討論
これからの医療保険のあり方について
− 丹羽雄哉・与党医療保険制度改革協議会座長との懇談会 −
与党医療保険制度改革協議会座長 丹羽雄哉

これまでは不正請求については、保険医の取り消し期間が最長が2年で、不正請求の加算金が最高10%だったのですが、今度これを、期間を5年に延長し、加算金も40%に引き上げることに与党協で決めました。ただ問題は、率直に申し上げて何十億万枚のレセプトの数がありまして、これをみるのがお医者さんなんです。一般の人は良くわからないのです、現実には。そういうところに限界があるし、重点審査ということでこの病院はおかしいというところで絞られているということがありますし、それから健保組合なんかで削りあっているようなところがあって、それ専門でやっている方もございますようですが、私はもうちょっと機械化をしていかなければいけないと思っております。解釈の違いなんかはありますけれども、不正請求に対しては医師のほうもかなり認識をしだしているのではないか。医師会は不正請求に対してはもう永久追放でもかまわないというぐらいの覚悟であります。ただ、私が5年と決めましたのは、ほかの免許であるとかそういうものに横並びにして、一番厳しいものにしたということでございまして、だんだんそういう方向になってきているのではないかと思います。安田病院なんていうのは、異例中の異例になっているのではないかと思っています。

一番の問題は、こんなことをいってはいけないんですが、実際問題としては、病院ではやりにくいんです。病院は何百人といますから、なんかあるとすぐ、うちの病院でこういうことをやっているという投書がくるそうです、ご心配しなくとも。だから病院においてはだんだん少なくなってきている、なかなか統制が効かないというそうでありますけれども、まだ小さいところに一部あるのではないか。しかし、これも、大分減ってきている。

ただ、数秒間で1つのレセプトをチェックするということで、なかなかこれには限界があるということを聞いております。レセプト審査を行う社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険団体連合会には1カ月間に9600万枚のレセプトが届く。ですから、1枚をチェックするのに数秒で目を通すというところに問題があるわけでありまして、このへんをどうやって改革していくか。ただ、医者じゃないとなかなか良くわからないというのも現実のようでありますから、その辺のところも正直申し上げてネックになっております。

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朝日新聞社説 1997.9.6

「医療費の不正請求をなくせ」

今月から、病院や医院の窓口で支払う患者負担が上がった。薬代の一部負担も新たに加わった。「それにしても、患者ばかりが財政赤字のツケを払わされるのはおかしい」と感じている人は多い。

今回の改正のように、医療費が増え続ける構造をそのままにして、目の前の財政赤字を患者負担の引き上げで埋めても、数年後には再び医療保険は赤字となる。保険料や患者負担の引き上げが操り返されるだけだろう。

医療費がむだに膨らみ続ける構造にメスを入れなければ、ほんとうの制度改革にはならない。なかでも許せないのは、医療費の不正請求だ。厚生省は、病院などへの立ち入り調査をする監査の見直しや、診療報酬明細書(レセプト)の審査体制の強化に、本腰を入れて取り組んでもらいたい。

不正請求は方法も金額もさまざまだ。大阪府の安田病院グループは、看護婦の数などをごまかして、院長らが起訴されただけでも、数千万円の診療報酬をだまし取る、病院ぐるみの大がかりな不正をしていた。当の高齢者が8月に亡くなっているのに、9月になっても通院治療の医療費を請求していた医院の例もある。

不正請求をチェックするには、二つの方法がある。一つは監査だ。安田病院グループの場合は都道府県の係官が立ち入り調査をして、保険医療機関の指定を取り消した。ただ、この事件のように刑事罰に相当する不正が明らかな場合には、指導をせずに直ちに監査することもできるが、通常はまず指導をして、それでも改まらない場合に監査をするとされている。

このような手順は、1959年に監査を受けた保険医二人が相次いで自殺したことから、厚生省と医師会の間で見直し協議があり、決められた。しかし、問題があれぱ直ちに監査に入れるように、制度を見直す必要がある。

もう一つの方法は、医療機関に医療費を支払う前に行われるレセプト審査だ。各都道府県の支払基金や国保連合会で審査されているが、全国で月に6千万枚ものレセプトが出てくるから、あらかじめ問題のある医療機関をチェックして重点的に審査する方法がとられている。レセプト審査を早く機械化し、基本的なチェックは機械に任せ、人による専門的な審査をもっと効率的で目の行き届いたものにすべきだ。

脱税に重加算税がかけられるように、不正請求にも経済的な罰則を設けることを検討してはどうか。今年夏からレセプト開示が行われ、患者本人が見られるようになったことは、不正請求の歯止めに大きな力になるだろう。負担増によって、患者がレセプトを点倹し、おかしな点を追及することが多くなれぱ、不正請求はもっと少なくなるはずだ。

不正請求を多くの医師や医療機関が日常的にしているわけではない。しかし、一部であれ、不正請求が繰り返されれば、医師と思者の信頼関係は損なわれる。日本医師会会長だった故武見太郎氏は在職時代、「不正請求は医療への国民の信頼を失わせる」として、「故意に不正請求をした場合は医師会を除名する」処置をとるよう都道府県医師会に指示した。身内に厳しい姿勢を、改めて医師会に求めたい。

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国民皆保険 13 / 不正資料 3

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

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9 兆円不正報道の続報。ゲンダイネットより。

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ゲンダイネット
医療費の不正請求は年間3兆円!? 2005.12.6
馴れ合いの審査機関 2006.12.13
患者がカルテとレセプトをチェックするしかない 2005.12.27

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【医療費Gメンが明かす仰天実態】
2005年12月6日 掲載
医療費の不正請求は年間3兆円!?

国民医療費は年間約30兆円。その中には不正請求もかなり含まれていると考えていい。表面化したものだけでも平成15年度は63億円に上り、38もの医療機関が保険医療を取り消されている。

もちろんこれは氷山の一角で、発覚しない不正請求は何倍にも及ぶはず。実態はつかめないが、「国民医療費の1割程度、約3兆円は不正請求ではないか」と指摘する医療費Gメン(指導医療官)もいる。

不正請求の手口もさまざまだ。今年6月には奈良の有名病院で、カルテに記載されない外来診療料を年間600万円も不正請求していたことがわかった。レセプト(診療報酬請求書)を偽造して、保険医取り消し処分になった歯科医もいる。

最近も北海道の病院が、医師数を水増しするなどして約6億円の介護報酬を不正請求していたとして、元院長らが詐欺罪で送検されている。また、横浜では自由診療で患者から医療費を取りながら、さらに保険請求もするという二重請求をしていた医師が書類送検されている。

不正請求で医療費が増えれば、その分患者や国民に付けが回る。水増し請求や二重請求で余計な医療費を直接払わされるだけではない。医療費が膨れ上がると、患者の自己負担や保険料の値上げにもはね返ってくるのだ。(医療費取材班)

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【医療費Gメンが明かす仰天実態】
2005年12月13日 掲載
馴れ合いの審査機関

「不正請求や過剰な医療で無駄に使われる医療費を抑制すれば、患者の負担をもっと減らせるはずだ」

話を聞いた医療費Gメン(指導医療官)は全員がこう指摘する。

「しかし実際に発覚する不正請求は、全体のごく一部にすぎません。審査機関はあることはありますが、身内の馴れ合いによる甘いチェックが横行してきたのです」(医療費GメンのA氏)

審査は健保の場合は社会保険診療報酬支払基金が行っている。この組織は社会保険庁の外郭団体で、厚労省や社会保険庁からの有力な天下り先の一つだ。支払基金は各都道府県に審査委員会を置き、そこの委員がレセプトを一枚一枚チェックすることになっている。不正請求や不適切な治療はここで把握することができる。

このチェック機能がきちんと働いていれば問題ないのだが、実態は問題だらけなのだ。まず、審査委員のメンバーである。審査委員は医療者、保険者(各健保)、公益代表の3者構成になっているが、メンバーのほとんどが医師や歯科医師なのだ。公益代表も医学部の教授だったりする。医療者の代表以外は医師でなくともかまわないのに、実態は3者ではなく“1者”である。

このことが問題となり、医師、歯科医以外のメンバーを入れる動きもあったが、相変わらず医師・歯科医の“1者構成”が続いている。要するに仲間内で仲間の審査をしているのだから、チェックは甘くなる。審査委員も実質的に地域の医師会・歯科医師会の推薦だから、会員に不利な審査がやりにくくなるのは当たり前だろう。

(医療費取材班)

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【医療費Gメンが明かす仰天実態】
2005年12月27日 掲載
患者がカルテとレセプトをチェックするしかない

「後を絶たない不正請求は、甘いチェック機能だけでなく、不正請求に対する医療側の罪の意識の低さ、患者や健保など支払う側のお任せ体質によって、ここまで野放しにされてきたといっていいでしょう」

医療費Gメン(指導医療官)のA氏の言葉だ。

「医科の3割、歯科の5割が不正請求」という調査もあるそうだが、先日、厚生労働省はレセプト(診療報酬請求明細書)請求を2010年度からオンライン化する方針だと発表した。これにより不正請求もチェックしやすくなるというのだが、チェック態勢を改めない限り“新たな抜け道”が出てくるはずだ。

不正請求を防ぐには、まず、患者がお任せ体質を変えていくことが重要になる。労組や各健保では「自分たちで不正請求を発見しよう」というキャンペーンを展開している。「病院に行ったら必ず領収書をもらう」「医療費通知と照らし合わせて、疑問があったらレセプトを健保に請求する」といったことを呼びかけ、レセプトをもらいやすくするためにカードも発行している。

前出の医療費GメンA氏が言う。

「レセプトの請求だけでは効果がありません。医療費請求の元となるカルテがいい加減に作られているとしたら、実際の不正請求をチェックすることは難しい。まずは、個人情報であるカルテを要求することです」

ところが、法律で記録が義務付けられているカルテをまともに書けない医師もいる。現に、関東地方のある県では、「カルテを開示しなければならなくなったが、開示できるようなカルテを書けない医師が多いから、勉強会をしたい」という要望書を県に出し、税金で講習会を開こうとしている医師会さえある。

「患者が自分のものであるカルテを請求していくことで、医療者に目を覚ましてもらうしかありません」(医療費GメンA氏)というのが実情なのだ。

(医療費取材班)

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国民皆保険 13 / 不正資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 13 / 不正

過剰請求 3,000 億円の報道を検証した資料。

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数字のウソ 5
http://kyonc.cool.ne.jp/suji/SUJI05.HTM

「医療費過剰請求3千億円」は本当?
Last Update 1997-12-05

97年10月末、新聞各紙が「医療費過剰請求3222億円」などと報じた。これは厚生省が与党医療保険制度改革協議会に提出した資料にもとづくものである。内訳をあきらかにせず、総額のみを提示することにより、歪曲したイメージを植え付けようとする意図が窺われる。

3千億円ナニガシは「請求点数」から「確定点数」を差し引いた数字である。H7年度の資料では下記のとおり。厚生省は、これをすべて「査定」として説明した。

社会保険(支払基金)
1,254,806,982 – 1,236,033,180 = 18,773,802 (A)

国民健康保険(国保連合会)
1,215,057,615 – 1,201,607,659 = 13,449,956 (B)

{(A)+(B)}×10=3222億円

このたび、不完全ではあるが厚生省が再提出した内訳の資料を入手できたので、検討してみる。

減額された3222億円の内訳は下記のとおり。

      社会保険   国保    合計
資格関係分 963億  671億  1634億
一次審査分 283億  312億   595億
再審査分  658億  362億  1020億

「資格関係」は保険証が変更になったりしたものが正しく記載されていない場合であり、診療内容とは全く関係がない。これが半分を占める。

日本には5千を超える保険者があり、転職・転勤や転居によって保険証が変更になる。混乱に拍車をかけるのが、国保の「さかのぼり加入」であり、持参した保険証と資格のある保険証が一致しないことがある。

資格関係を除いた分を「診療内容にかかわる査定」と厚生省は説明したようである。しかし、これにも問題が多い。

一次審査分には「返戻」が含まれる。これは別に分類されるべき項目である。たとえば、生年月日や性別の記載が不備だったり、受診日数の記載が不備だったりといった事務的な記載ミスが多く含まれ、レセプトがまるまる返却されるので、見掛け上の金額が膨らむ。そのほとんどは訂正のうえ再度請求される性質のものである。

一次審査における、返戻以外の減額分すなわち「減点査定」について。ここでも記載上の間違いによるものが少なくない。残りは、診療側が必要と考えて行った診療行為を審査側が必要ないと判断するために生じている。昨年結審した京都の「不当減点復活訴訟」では、まさにその点が争われ、病院側の全面勝訴となった。もしも、すべての医師が自信をもって裁判にまで持ち込むならば、ひっくりかえるものが相当あるだろう。しかし、裁判にかかる労力と費用を考えると行動をおこせないのが実情である。

保険者からの再審査請求による査定(再審査分)が最近急増している。健保組合などの保険者が「レセプト点検業者」に歩合で委託し、チェックを強化しているためである。その内容については更なる詳しい検討が必要である。というのも、ほんらいは「返戻」や「査定」とすべき内容のものが、一次審査を通ってしまい、保険者からの再審査請求によって査定されるケースが多いのである。

健保組合が鬼の首でも取ったかのように言い立てている「過剰診療」のなかには、レセプトコンピュータへの入力時にキーを押し間違えたとしか思えないケースがある。過小になるような間違いも当然あるが、これらは無視される。

健保組合などは一次審査の不十分さを批判する。それは当たってはいるが、彼らの期待とは異なり、一次審査でチェックされれば、請求−確定の差額はむしろ減少するだろう。

厚生省から追加資料の発表があったあと、とんでもない事実が判明した。一次審査と再審査が異なる県にまたがる場合、査定額で集計するのではなく、請求額で集計されていたのである。額は600億円にもなるとみられている。「資格関連」、「返戻」の扱いに加えて、これでは査定額の水増しと言われても仕方がない。

このように3千億円の差違の中には不当に集計されているものが多く含まれている。これらの事実が明らかになったあとも、マスコミは以前の報道を訂正しようとしない。

請求額と確定額に差があることは、保険の請求・審査にかかわる事務処理がきわめて煩瑣であり、そのための誤りが多く発生していることと、診断・治療には見解の相違がつきものであることをあらわしているのであって、それをあたかも不正であるかのごとくに言い立て、医療担当者への不信を煽るために使うのは見当はずれなのである。

1997−12−05 小熊

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国民皆保険 13 / 不正資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 13 / 不正

医療費不正請求報道の実態の資料。

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連合
医療費の「不正請求」を一掃しよう
http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/kokohen/fusei.html

Web Iwakami
医療費値上げの前に必要なこと
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/medcost.htm
不正請求 9 兆円を最初に書いた、雑誌「世界」の記事の著者への取材。

数字のウソ 2
kyonc.cool.ne.jp/suji/SUJI02.HTM

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連合

医療費の「不正請求」を一掃しよう
http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/kokohen/fusei.html

医療費の不正請求

病院からもらった領収書と、後日手元に届く医療費通知をつき合わせたとき、自分はその月に全くお医者さんに行っていないのに、行ったことになっていたり、健康診断(保険はききません。病気以外は実費です)に行ったはずなのに病気扱いになっていたりしていたら、これがいわゆるお医者さん(医療機関)による医療費「不正請求」です。

現在、わが国の医療費は年間約30兆円。国家予算の約半分に匹敵する大きなものになっています。「不正請求」は9兆円とも、4兆円とも、1兆円とも言われていますが、いずれにしても大きな金額ですね。

連合は、医療費のムダをなくすために自分たちでできることをやろうということで、97年11月から医療費「不正請求」一掃運動をしています。

具体的には、自分ができることとして、診療所や病院へ行ったときには必ず領収書をもらうこと、その領収書と医療費通知を照らし合わせようということを呼びかけています。

また、健康保険が組合健保の場合は、労働組合から組合健保に対して、レセプト点検の強化、医療費通知の内容充実(月1回の送付、日時と医療機関名の明示等)を働きかけるよう取り組んでいます。

不正請求の主な内容

架空請求
診療していないのに、診療したことにして診療報酬を不正に請求していた。

健康診断の保険請求
健康診断を保険請求した。(健康診断には保険は適用されません)

看護婦等の水増しによる請求:看護要員が長期にわたって不足していたにもかかわらず、変更の届出を行わず、診療報酬を不正に請求していた。

付増請求
血液検査の際、採血は1回だったにもかかわらず、数回に分けて検査したように診療報酬を不正に請求していた。

振替請求
外来診察なのに入院診察として扱い、診療報酬を不正に請求していた。

二重請求
患者が自費で診療したものを、保険診療したとして二重請求していた。

重複請求
健康保険の継続療養の対象となる傷病について、健康保険、国民健康保険の両制度に請求していた。

私たちにも不正請求は発見できる

診療所や病院へ行ったときは、必ず領収証をもらおう!
領収書と医療費通知を照らし合わせてみよう!

疑問をもったら、レセプトを請求しよう!

医療費通知をみたら、自分が行った覚えがないのに医者にかかったことになっていたり、金額が多額だったために不審に思った人が、レセプト開示を保険者(健保組合等)に求め、そのことによって不正請求が発覚したということがありました。

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Web Iwakami
「医者が金持ちになる本当の理由」などの著作があるノンフィクション作家、岩上安身氏のサイトから。

医療費値上げの前に必要なこと
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/medcost.htm

取材協力=土屋敦

医療費値上げの前に必要なこと

「約27兆円にのぼる保健医療費のうち約3割は不正請求」という
現役指導医療官の衝撃的な発言を掲載し、
雑誌初出時に大きな反響を巻き起こしたルポルタージュ。
ここに、「不正請求疑惑」追求の減点がある。

97年9月1日から、各保険制度の財政赤字を理由に、患者の自己負担増を軸にした新保険制度がスタートした。これにより、サラリーマンや公務員の医療費における本人負担分は、従来の一割から二割に倍増する。薬剤費も、従来は負担ゼロだったのが、一日分につき2〜3種類なら30円、4〜5種類60円、6種類以上は100円を患者本人が負担しなければならない。高齢者の入院時の負担も、現行では1日710円のところが1日1000円になり、98年には1200円までアップする。

政府管掌健康保険(中小企業のサラリーマンなどが加入)の保険料率も、8・2%から8・5%に引き上げられ(引き上げ分は労使折半)、総額としては、約2兆円の負担増となる。

今、サラリーマンの懐具合は決して楽ではない。不況が長引き、所得の伸びは著しく鈍っている。97年4月には消費税率がアップしたばかり。そこへ追い打ちをかけるかのような今回の医療保険の負担増である。サラリーマンの間に不満といらだちが鬱積(うっせき)していないといえば嘘になる。

にもかかわらず、抵抗らしい抵抗の声も上がらず、政治問題と化すこともなく、改正案が国会を通過した背景には、現行の医療保険財政が赤字に転落、破綻の危機に瀕しているという現状があり、そうした現状に対する認識が、渋々ながらも広く国民間にいきわたっているからだろう。政府管掌健康保険の場合、92(平成4)年度まで黒字だった単年度収支は、93年以降赤字に転落し、95年度には、2,783億円もの赤字を出した。

もっとも、今回の負担増も実は焼け石に水であり、2年後の99年には破綻が確実視されている。改正後の新制度でも、政府簡保の単年度収支は4,050億円の赤字。この赤字の穴埋めのために、96年度末現在で約5,500億円残っている積立金(事業運営安定基金)が取り崩されるが、それも98年度末には底をつく。厚生省の統計によれば、2001年度には、8,840億円の赤字になると推計されており、さらなる負担増は息つく間もなく必至である。

この底なし沼のような悪循環から逃れるためには、薬漬け医療の元凶とされる現在の薬価基準制度や出来高払い制を中心としている診療報酬体系など、現行の保険制度を抜本的に見直す「構造改革」に速やかに着手しなければならないという声が、医療界や厚生官僚、有識者の間で高まっている。

しかし、その「構造改革」なるものも、まだブループリントの段階であり、国民に過酷な負担増を強いることなく、また、医療の質の低下を招くこともなくスムーズに実行に移せるのか、またその結果として健保財政の赤字は本当に解消できるのか、保証の限りではない。「改革」に手を染め、いたずらに制度をいじったあげく、今までよりも状況が悪化する、ということも充分ありうることだ。

「構造改革」といえば聞こえはよいが、要はギャンブルである。濃厚診療の元凶の出来高払い制を定額払いに切り替えたために、今度は過少診療が問題化する恐れがある。むろん、現行制度のまま何もしなければ、待っているのは際限のない保険料の値上げだけであることは明らかだが、といって「座して死すよりはまし。打って出るべし」という闇雲な追い詰められた気分にかられて突っ走るのも考えものである。「構造改革」を論議すること、大いに結構だが、その前にやるべきことは果たしてないのか。

ある。「構造改革」をやろうがやるまいが、そんなこととはお構いなく、是が非でもやらなければならないことがある。保健医療費の不正請求の摘発強化である。

様々な不正請求の手口

約27兆円にのぼる保健医療費のうち、約3割は不正請求である、と断言するのは、医療機関に対して診療報酬の指導や監査にあたっているベテランの現役指導医療官のA氏である。

「保健医療費のうち、ブラックゾーンとグレーゾーンがかなりのパーセンテージを占めています。グレーゾーンとは、不正や過誤の可能性も高いが、レセプト(診療報酬明細書)を一見しただけでは断定ができない不透明な請求のことで、ブラックゾーンとは医師や医療事務担当者が確信犯的な意識をもって行った不正請求で、監査をすれば不正を立証できる可能性の高い請求のことです」

ややこしい話になるが、ここで診療報酬払いの仕組みを説明しておこう。

診療報酬は、社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険団体連合会が、各医療機関から提出されたレセプトを審査し、算定したうえで各保険者に請求される。保険者とは、被保険者の支払う保険料を預かる各健保組合(組合管掌健康保険)特に(政府管掌健康保険)および市町村(国民健康保険)のことである。ここでレセプトを点検の後、支払基金・国保連を通じて、診療報酬が各医療機関に支払われるのである。こうした一連の過程のなかで、不正が行われるわけだが、ひと口に診療報酬の不正請求といっても、その手口は様々である。

診察や検査・投薬などの医療行為を行っていないのに、被保険者の保険証のコピーなどを流用し、診療報酬を請求するのが、「架空請求」である。保険請求が認められていない健康診断を、診療行為を行ったとする手口も、この架空請求のカテゴリーに含まれる。最近の事件としては、大阪市北区の淀川善隣館付属診療所が、中小企業を対象にして行った無料健康診断の際、必要がないのに健康診断のコピーを提出させて、カルテを偽造し、約1億8,000万円を不正請求していた例が挙げられる。

診察や調剤などの診療行為を患者に対して行ったうえで、その患者に行っていない診療費を上乗せして請求する手口を「付け増し請求」という。似たような手口だが、ある診療行為を実際に行っておいて、請求の段階でより点数の高い診療行為を行ったことにして水増し請求することを「振り替え請求」と呼ぶ。

また、ひとつの診療行為で、患者の自己負担分を保健と偽って請求するのが「二重請求」である。こうした「架空請求」「付け増し請求」「振り替え請求」「二重請求」などは、すべてA氏の定義する「ブラックゾーン」に分類される。

前出のA氏の話に再び耳を傾けよう。

「レセプトの審査というのは、書かれている検査と病名、そして投薬等の診療内容が、適切な対応関係にあるかどうかをチェックすることです。Aという病気に対して一般的に用いる薬Bではなく、薬Cが多量に使われていたり、「軽い疾患なのに、不必要に検査回数が多かったりすえば、怪しいということになる。つまり『作文』として論理的に辻褄(つじつま)があっているかをみるわけです。

しかし、患者の容態が急変するなどして、医師の裁量で緊急処理をなされたような場合もあり、作文としての辻褄が合わなくても、不正とは一概に決めつけられない場合も多い。逆にレセプト一枚単位では辻褄があっていても、一つの医療機関で似たような『作文』が頻出するような場合は、怪しいと思われる。とはいえ医師側からすれば、言い逃れができないことはない。そうした、ボーダーライン上の請求を、グレーゾーンと呼んでいるのです。

長年にわたって支払基金と国保連の両方で審査委員を務め、レセプトを実際に審査してきた人間として言わせてもらえば、明らかにおかしい、きちんと監査を行えばまず間違いなく不正が破格すると思われるブラックゾーンのレセプトは、全体の約3割を占めていると断言できます。95年度の保健寮費総額は約27兆円ですから、このブラックゾーンをカットするだけで、9兆円も減る。少なく見積もって1割をブラックとしてカットするだけでも、2兆7,000億円が浮くことになります」

A氏の言う通り、膨れ上がる一方の保健医療費の3割が「ブラック」であるならば、これをきちんと摘発してゆくのは喫緊(きっきん)の急務であろう。換言すれば、悪質なケースを確実に摘発することすらできなければ、健保財政の苦境は改善されるはずもない。

それでは、不正請求摘発の実績は、現実にはどの程度のものなのだろうか。

95年度に、不正が発覚し、健保組合などの保険者に対して変換するように命じられた不正請求の総額は、約46億1,400万円である。その内訳を記すと、監査を受けたのは医師150人、歯科医師16人、薬剤師54人と、病院・診療施設56施設(歯科含む)、薬局48施設。その中で手口がきわめて悪質であったり、不正請求額が大きかったなどとして、保険医の資格を取り消されたのは医師12人、歯科医師6人。保健医療機関の指定を取り消された病院は9施設、歯科医院は6施設である。

約46億円という金額は、巨額に聞こえるかもしれないが、先にA氏があげた「ブラックゾーン」の「9兆円」という数字のわずか2,000分の1にすぎない。むろんA氏は大雑把な実感を述べたのであって、正確な統計数字とは違う。実態以上に誇大に思い込んでしまっているかもしれない。しかし、そうであるにしても、数字がかけ離れすぎている。

では、95年度だけ不正請求額が例年になく低かったのかといえば、そうではない。逆である。95年度分のこの数字は、薬害エイズで悪名をはせた製薬メーカーの「ミドリ十字」などが、未承認の放射性検査役を大量にあちらこちらの病院にばら撒いたため、不正請求額がハネ上がった89年度の約69億円に次ぐ、史上2番目の数字なのである。

参考までに、過去10年間の不正請求返還額を並べてみよう。

86年度 15億3,655万円
87年度 22億643万円
88年度 45億7,200万円
89年度 69億893万円
90年度 24億6,741万円
91年度 26億7,989万円
92年度 28億5,086万円
93年度 31億4,107万円
94年度 36億1,519万円
95年度 46億1,377万円

この10年間の総額を1年平均にならしてみると、33億5,921万円。95年度が、「例外的に高額」なのは、厚生省によれば、「保険適用が認められていない、内視鏡を用いた手術を行って、診療報酬を不正請求したケースが全国で多数見つかったため」だという。

大型のケースが摘発された年は数が伸びるが、そうでない都市は20億円台が「例年並み」なのだ。

おそらく97年度の不正請求額は、再び「例外的な高額」となるに違いない。大阪の安田病院グループによる巨額の不正請求事件が発覚したからである。A氏の指導医療官としての「実感」と、摘発された不正請求額の乖離(かいり)の謎はひとまず横において、安田病院事件を検証しながら、不正請求の実態はいかなるものかを見てみよう。

2年間で不正請求
20億円

97年7月17日午後、大阪地検特捜部と大阪府警は、安田基隆院長(77歳)が実質的に経営する安田系列3病院に対して、診療報酬の不正請求による詐欺容疑で強制捜査を行った。

これに先立ち、大阪府と厚生省が、97年3月に3病院に対して行った立ち入り調査により、187人の職員が、実際には在籍しない「幽霊職員」だったことが発覚、不正受給した診療報酬は約20億円近くにのぼることが明らかになった。

この20億円という金額は、95年と96年の2年間にわたる不正請求の総額であり、それ以前の数字は含まれていない。安田院長のワンマン経営のもと、不正行為が組織的、継続的に行われていた状況から考えて、大規模な不正請求はかなり前から行われていたとみて、まず間違いない。過去に遡(さかのぼ)って、すべての不正請求を算定したとしたら、途方もない金額になると思われる。

安田病院グループが不正受給した約20億円という金額は、先にあげた過去の不正請求事件と比較すると、いかに大きいかはっきり実感されるだろう。統計を完全に調べきれたわけではないので断言はできないが、一人のオーナーが実質的に経営してきた病院の不正受給額としては、おそらくワーストスリーに入るのではないか。この事件が97年度分の不正請求返還総額を大幅に押し上げることになるのはまず間違いない。

7月28日には、安田院長と病院幹部らが詐欺容疑で逮捕されるに至ったが、彼らが不正に搾取してきた金はもとはといえば、我々、被保険者が自分の財布の中から毎月コツコツと支払ってきた貴重な金である。それを盗み取ってきた安田院長らの行状は厳罰に処されるべきであり、同情の余地はない。

しかし、問題なのは、安田院長のようなケースは、ごく特異な例外なのかどうか、である。

安田病院グループは、史上まれにみる悪質な不良医療機関であるのか、それとも、「ブラックゾーンのほんの氷山の一角」にすぎないものの、たまたま運が悪く摘発されてしまったのか、一体どちらなのかという疑問である。

近畿在住のある医療関係者は、「安田だけが特別だとはいえない」と言い切った。

「たしかに安田系列の3病院は、不正請求のやり口にしても、医療の質の低さをみても、悪質きわまりない。しかし、同様の病院が他にないかといえば、残念ながらそうではない。

安田病院は『うば捨山』的な老人病院の典型であり、大和川病院はこれまた典型的な『強制収容所タイプ』の前近代的精神病院で、大阪円生病院は、行き場のない高齢の生活保護者や病気になったホームレス、いわゆる『行路病人』などを入院させている『行路病院』でした。

家族からも社会からも見放されてきた社会的弱者を、積極的に受け入れてきた、といえば、聞こえはいい。しかし実態は、世間が『厄介払い』した患者を引き受けるから、そのかわり甘い汁をすわせろ、という暗黙の了解が行政との間に成立していたのです。

ひどい不正行為を働いているのかどうかはともかく、似たようなタイプの病院は大阪だけでも幾つもあります。本格的にメスを入れれば、おそらくあちこちから膿がいっぱい出てくるでしょう」

不正の実態が明らかになった後では信じがたいことなのだが、診療報酬の不正をチェックする機関の間では、安田グループはノーマークで、ブラックリストにも載っていなかったという。

安田系列3病院に対して立ち入り調査を行った大阪府福祉部社会保険管理課の井上五雄医療管理官は、こう語る。

「我々は捜査機関ではない。強制捜査権もありません。我々の調査できることは任意の調査どまりです。したがって、病院側の協力とお互いの信頼関係がなければ、我々の仕事は成立しません。確信犯的に届け出を偽造されたりすると、見抜くのは大変難しい。

また、調べにあたる人員の絶対数も足りない。府下の約600の病院に対し、わずか2、3人で審査・調査にあたっており、とてもじゃないが、すべてに目が行き届かないのが現実です。

それゆえ調査の対象は、不正が行われているという情報が多く寄せられた要注意の病院に限られる。それ以外の病院は、書類が整ってさえいれば、信頼せざるをえません。安田の場合は、その要注意リストの中に入っていませんでした。

レセプトの請求額が、常に高額であれば、『要注意』となるのですが、安田系列3病院の場合、レセプト1枚あたりの請求額は高くなかった。平均か、それ以下だったのです』

7月に入ってから安田側は「病院側の見解」という文書を発表しており、その中でこう主張している。

「当病院においては、現在迄社保、国保診療報酬基金審査委員会においては、優良病院であって今迄あまり減点もなく注意も受けておりませんのに、今回突如診療内容の指摘を追加されるのは何故でしょうか。当病院の請求点数は、日本全国の平均請求点数以下で医療保険の経済に協力しております」(原文ママ)

過去に大阪府医師会の理事や、住吉区医師会長を歴任した安田容疑者は、診療報酬支払基金の審査委員を務めた経験もある。皮肉な話だが、彼はレセプトをチェックして不正を見つける立場の人間だったのである。

安田容疑者は、膨大な数になる系列3病院のレセプトすべてを自分でチェックしていた。レセプト審査の裏も表も知り尽くしていた彼は、減点査定されないよう、レセプトの「作文上の辻褄合わせ」に余念がなかったのである。

おそらくレセプト審査委員の内では、安田系列3病院は「グレーゾーン」扱いにすらなっていなかっただろう。レセプトの書面審査だけでは、実はすべての不正を見つけるのは困難なのである。

安田系列3病院では、職員数を水増しして届け出て、高い点数の基準看護料を受けとる一方、実際の職員数は極力少なくしてコストを圧縮し、不当利益を手に入れていた。そうした暴力的なコスト削減の結果、寝たきり老人の患者らは電気代節約のために冷暖房を切られた病室で、ろくな診療も介護も受けられず、放置されていたわけである。

医療機関における不正の横行は、財政の悪化といった経済問題の次元にとどまらず、患者の生命や健康を脅かすことになりかねないところが恐ろしい。

こうした職員数の水増しによる不正請求を見抜くのは、レセプトの書面審査だけでは困難で、立ち入り調査などによる医療実態の把握が欠かせない。

問題は、今回のケースの場合、その実態把握が極めて杜撰(ずさん)だったことだ。医療機関の職員数などの把握は、大阪府では、環境保健部の医療対策課が管轄する。同課では、年1回定例の医療監視を行っているが、常にその結果、安田系列3病院について「問題なし」と報告してきた。安田側の偽装工作を見抜けなかったのである。

「医師性善説」という前提

今回の不正の摘発は、直接的には今年の3月に厚生省と府が、定例の医療監視とは別に合同立ち入り調査を行った結果だが、そもそも行政が重い腰を上げたのは、あいついだ元職員らの内部告発や、患者に対する虐待など、大和川病院における精神医療の問題を指摘し続けてきた弁護士グループの調査などがあったからである。

そうした外部からの働きかけがなければ、安田らの不正は半永久的にものがされ続けたかもしれない。通常の不正チェックシステムは、事実上、機能していなかったのである。

大阪府医師会理事を務める大北外科病院の大北昭院長も、行政のチェックシステムの機能不全を厳しく批判する。

「病院責任者側の責任は当然問われなければなりませんが、今回の安田病院の不正請求問題で明らかになったのは、行政の責任も非常に大きいことです。府の医療対策課は何をしていたのか。ルールに則(のっと)ったきちんとした医療監視がまったく行われていなかった。

また、病院側が出した新看護基準の届け出を受理するに際しても、府の社会保険管理課や国民健康保険課は、医療現場の実態をまるで把握していなかった」

チェックシステムが機能していないということは、端的に言ってしまえば、安田グループのような医療機関がまだまだ他の存在し、当局に摘発されることなく不正を働いている可能性がきわめて高いということだ。

ここで留意すべきは、安田系列3病院の規模を病床数ではかると、日本中の医療機関の全病床数のわずか0・07%を占めるにすぎないこと、そしてたかがこの程度の規模の病院が行った不正請求事件が、先に述べたように、「過去に例をみない巨額の不正請求事件」になってしまうことである。

私たちは、安田グループのしでかした不正請求の額の大きさに驚くのではなく、実は過去10年間に摘発された不正請求が、年平均わずか33億円でしか内という金額の少なさにこそ驚くべきではないいか。そう思ってみれば、指導医療官A氏の挙げた「ブラックは9兆円」という途方もない数字も妙にリアリティを帯びてきて、あながち真夏の夜の怪談話ではないと思われてくる。

厚生省のノンキャリの某課長代理は、「薬害エイズ問題を引き起こしたり、現役の事務次官が逮捕されたりと、ウチも大きなことをいえた義理ではないですが」> と苦笑いしながら、匿名を条件にこう語った。

「率直に言いますと、問題のある病院というのは、一般の方が想像されるよりはるかに多いんです。20数年間この仕事をしてきたおかげで、『聖職者』扱いされてきたお医者さんの裏の顔を嫌というほど見てきたものですから、本当に医者不信、病院不信になりましたよ。

ところが、いざ医者のやっている不正を糺(ただ)そうとすると、これが実に難しい。医師免許は法律でとてつもない特権を保証されていますから。これは医師というエリートは、悪いことをしないという『医師性善説』の前提に立っているからです。

同様に医療監視にしろ、何にしろ、医療に関する現行の法体系やシステムはすべて、基本的に『医師性善説』を前提にしているものだから、私らなどはたいしたことはできない。できることは、口頭や文書で改善を求める指導が大半です。

そのなかで、悪徳医師や問題のある病院に対して影響力を行使できる数少ない分野が『保険』なんです。だから、乱脈診療をやっていて問題だという病院に対して、その診療内容にストレートに切り込むことはまず無理なので、保険の不正の問題を突破口にして入っていくことが多い。しかしそれも、よほど確実な証拠が手に入ってからでなければ動き出せない。そういう法制度になっている。内部告発の手紙などは、私らのもとにも数多く寄せられるんですが、残念ながらそのほとんどが証拠不足で、動きようがない。我々としても実に、はがゆい限りなんですよ。

不正請求は間違いなく、医療費の膨張に一役も二役も買っていますから、なんとか手を打たなくてはいけないんですが。

期待しているのはレセプトの開示です。これが進めば、不正の発見につながり、ひいては不正請求そのものの歯止めにもなると、期待しているんです」

不正を減らすことができなければ、どのような制度改革を断行しようとも、保険料の引き上げを何度繰り返したとしても、赤字は決して減りはしない。現状のままでは、バスタブの栓を抜いたまま、お湯を注ぎ続けるに等しい。

ところが、子供でもわかりそうなこの理屈が、まったく理解されていない。

96年11月に厚生大臣諮問機関の医療保険審議会は、小泉厚生大臣宛に医療保険制度改正の建議書を提出したが、その文書のどこにも、不正摘発のメカニズムの見直しや強化について言及した箇所がない。意図的にかどうかはともかく、見事なまでにすっぽりと抜け落ちてしまっているのである。

なぜ医療界や厚生行政の世界では、こんな基本的な問題意識が欠けてしまっているのだろうか−−。

さらなる負担を国民に
求める厚生省

本稿のこれまでのところは、『世界』97年9月号に掲載された。以下、同誌10月号に発表した続編を続ける。

拙稿の全編の中で、「保健医療費27兆円のうちの約3割=約9兆円は不正請求の疑いが極めて高いブラックゾーン」という現役指導医療官の証言を紹介したが、これが思わぬ反響を呼んだようである。「あれが事実なら許せない。なぜ今まで行政は放置してきたのか」という読者の声や、他のマスコミからの問い合わせが私のもとに寄せられた。97年8月10日に放映されたNHKの「日曜討論」では、「医療費の約3割が不正請求という話があるが、事実か」と問いつめられた日本医師会幹部が、弁明に終始するという一幕も見られた。

読者の驚きや憤りはもっともである。9月1日からスタートした新保険制度により、患者の自己負担分が大幅に増えることになった。ところが厚生省は、新制度がまだ実施されてもいない8月の段階で、さらなる負担増を国民に求める腹づもりであることを明らかにした。8月8日に発表された「21世紀の医療保険制度」という厚生省案によれば、保健医療費における患者負担分を一律3割、大病院の外来にかかった場合には、何と5割まで引き上げるというのである。

しかも、この厚生省案には、不正請求摘発のための具体策は、例のごとく何も書かれていない。健保財政の破綻のしわ寄せを、国民に対して負担増という形で一方的に押しつけながら、不正請求の摘発についてはまるで及び腰なのである。

職員数を水増しするなどして、約20億円もの診療報酬を不正受給していた大阪・安田病院の安田基隆院長らが7月28日に、詐欺容疑で逮捕されたが、安田病院と同様の悪徳病院は全国どこにでもあることを、この国の庶民は肌で感じている。小手先のごまかしの「改革」では、もはや国民を説得することはできない。

医療ジャーナリストの油井香代子氏は、こう語る。

「診療報酬の不正請求が医療費を押し上げる一因となっています。ところが、厚生省はその不正請求を放置したまま、健康保険の自己負担増という一番安直なやり方で、健保財政破綻の危機を切り抜けようとしているのです。

現行の指導医療官制度は充分とは言えないものですが、少なくとも指導医療官が給料に見合う働きをできるようになりさえすれば、自己負担分をカバーしてありあまるほどの不正請求を抑えられるはずなのです」

前号でも述べた通り、どれだけ国民に負担増を負わせたとしても、はびこる不正請求を放置していては、医療費の伸びを抑えることはできない。栓を抜いたまま、バスタブにお湯を注ぐようなものである。

歯科の不正請求は約5割

なぜ、こんな状況がまかり通るのか。

第一の理由として考えられるのは、レセプトの審査そのものが、おざなりなのではないか、という疑いである。

前号で登場願った現役の指導医療官A氏は、レセプト審査の実態についてこう述べる。

「レセプトの審査は、期日がひどく限られている。支払基金の場合は、月に5日間、国保は4日間です。こんな短時日で、膨大な量のレセプトを、ほんの数人の審査委員で見なければならない。一日中やっていると腱鞘炎になるほどです。

一枚のレセプトを審査するのに要する時間は、だいたい3秒から5秒。パラパラとめくるだけで、念入りなチェックなど、のぞむべくもない。審査委員の中には、まったく何も見ないでハンコを押しているような人もいます」

そんな杜撰(ずさん)な審査しか行われていないにもかかわらず、支払基金はレセプト一枚の審査につき113円60銭の手数料を取っている(現在は116円80銭に値上げされた)。その手数料も、すべて我々が納める保険料から支払われているのである。

不正が横行するもうひとつの理由として、何といっても医師自身のモラルの低下をあげなくてはならない。

「今の医者たちは、自分の利権さえ守れれば、国の財政がつぶれても構わないと考えているんじゃないでしょうか」

そう言いきるのは、群馬県高崎市でしか医院を開業している丸橋賢氏である。

「一般医科の不正請求もひどいが、歯科の不正はもっとひどい。歯科の診療報酬請求の5割は不正請求です」

丸橋氏はそう言いきると、県内の歯科医院のレセプトのコピーを見せた。

「これは、この病院の職員が私のところへ送ってきた内部資料です。これをみると、患者に対して盲嚢掻爬(もうのうそうは)術という歯周病の手術を行ったことになっていますが、実は架空請求なのです」

この盲嚢掻爬術という手術を行ったとして請求する歯科医院は、高崎市内でも非常に多い。ところが不思議なことに、県内の医療機器卸売業者によれば、この手術に必要なグレーシー型キュレットという特殊なメスを購入している歯科医院は、高崎市内ではほんの数件しかないという。

「それ以外の歯科医院は専用メスすらもっていないのに、平然と架空請求し続けているわけです。これはほんの一例で、不正請求のやり方は何十種類もあります。医者の間では、ただ単にレセプトに『作文』を書き込むだけでおカネが入ってくるため、『魔法のボールペン』などと医者の間では呼んでいます」

率直に言えば、丸橋氏から「5割が不正請求」と聞かされても、にわかには現実感が湧いてこなかった。

ところが後日、都内の某歯科大学に勤務するC教授に尋ねたところ、「歯科の不正請求は、保険請求の約半分を占めているはず」と、丸橋氏の言葉とまったく一致する回答が帰ってきたのである。「最近、こんなことがありました」と、C教授は語る。

「私のところに警察の捜査関係者が、都内のある開業歯科医のレセプトをもってやってきた。詐欺の疑いがあるから見てくれという。見てみると、ある年にある患者の歯を抜いたことになっているのに、翌年は同じ患者の同じ箇所を、虫歯治療して充填したと書いて請求している。滅茶苦茶なんです。

ところが、警察の内偵捜査が進んでいるという情報が、その開業医の耳に入ったのでしょう。逮捕に至る前に自殺してしまった。痛ましい話ですが、発覚したら自殺しなけりゃならんと思いつめてしまう犯罪行為を、はぜ、積み重ねてきたのか。愚かしいというしかない」

問題はその後である、とC教授は言う。

「その歯科医師が卒業した大学の関係者たちが、『誰が密航したのか、調べ上げて制裁してやる』と言って息巻いているのだそうです。もしも彼らが、自分の大学のOBの自殺を悲劇だと思うなら、そんな悲劇が二度と起こらないように、学生やOBに対して不正請求を行わないよう、指導を徹底すべきでしょう。

嘆かわしいことですが、医者の世界問いのは非常に閉鎖的で、身内をかばいあう結束意識だけ強く、当たり前の社会常識が通じないところがあるのです」

不正請求がなぜかくも横行するのか、その理由の一端が、C教授の語るエピソードの中に図らずも表れている。

開業医は一人ひとり独立した存在のはずである。にもかかわらず、なぜ足並みをそろえて、似たような手口で不正請求を行っているのかといえば、大学単位や地域の医師会単位で結びつき、互いの不正をかばいあう風潮が蔓延しているからなのだ。加えてそこに行政や政治との癒着が加わる。構造的な汚職のメカニズムが確立されてしまっているのである。これが不正請求が横行する第三の理由である。

抱かせろ、飲ませろ、
握らせろ

前出の丸橋氏は、癒着と馴れ合いの現状について、こう告発する。

「どこの都道府県でもそうですが、不正は歯科医師会ぐるみで行われています。医者が高い入会金や会費を払って、医師会に入るのは、不正請求してもお目こぼしとなるよう便宜をはかってもらえると期待しているからです。逆に、医師会を批判したり、不正に対して毅然とした態度をとると、ひどい目に遭います」

丸橋氏はかつて地元の群馬県歯科医師会の理事を務めていた。その当時、不正行為が蔓延している現状を医師会内部で批判したところ、嫌がらせや脅迫があいつぐようになったという。

「いたずら電話がかかってきたり、脅迫の手紙が届いたりなどというのは序の口です。現状を憂える少数の仲間の医師たちと会合を開くと、どこから聞きつけたのか、その席に、頼んでもいないのにコンパニオンがやって来たり、5万円のお刺身セットが届いて請求されたりする。

それだけではない。不審な人物が家の周囲をうろついて、『丸橋の暮らしぶりはどうか、どんな人間が出入りしているか、娘は何歳か』などと近所の人に根掘り葉掘り聞き回ったりするのです」

丸橋氏が見せてくれた脅迫の葉書のひとつには、「青二才、責任を取れ! 取らずば天誅を下す(家族・家)」と大書きされていた。

「ある時、私のところに監査の通知がきた。冗談ではない。不正請求など一切していないのに、監査に入られるいわれはない。私は手続きを踏んで異議申し立てをしましたが、監査は強行されました。

ところが、当時の指導医療官本人は、常勤なのに、歯科医院を役所の目の前で開業し続けていた。保健課の人間もいい加減なもので、適当な時刻に『先生そろそろ』といって呼びに来る。彼が抜け出している間は、無資格の助手や妻が、患者の歯を削ったりする。もちろん、無資格診療ですから完全な違法行為です。

あまりにも目に余るのでこの人物を告訴した。すると私に圧力をかけていた連中もまずいと踏んだか、それ以降、脅迫も嫌がらせもぴたりと止まりました」

同様の圧力を味わった医師は他にもいる。やはり、地元の歯科医師会に対してたてついた人間ばかりであるという。

「逆に、医師会の実力者や上層部の移行に従順な人間に対しては、レセプトの審査も確実に甘くなるんです。

群馬県内のある市の歯科医師会長が、不正請求のため監査にかかることになったのに、結局、もみ消されてしまったことがありました。私自身が県の保健課の職員から聞いた話では、自民党の中曽根派の県会議員が6回も保健課に足を運び、圧力をかけたそうです。

地元医師会は、いざというときのために、政治連盟を通じて有力議員たちに欠かさず献金しているのです。現役の歯科医師会役員の不正が発覚したのに、たった数百円の返還で済んだという事例もありました」

医師会と、レセプトを審査する審査委員会および指導医療官の馴れ合いはひどい、と丸橋氏は憤りを隠さずに続ける。

「審査委員会は本来、学識経験者の代表と診療担当者(医師)代表、保険者代表の三者で構成されなくてはならないと、国民健康保険法などで定められていますが、すべて地元の医師会会員が占めるという異常な状態が続いてきました。診療報酬を請求する側の人間たちが、自分たちのレセプトを審査しているわけですから、不正の摘発など不可能です。

また、指導や監査を専門的に行うべき立場の指導医療官も地元医師会とべったり癒着している。そもそも指導医療官が、地元の医師ではどうしようもない」

群馬県の場合、現役の歯科医師会の役員が二代にわたって続いた。これではチェック機能などまったくないに等しい。

「レセプトの審査委員会が終わった日は必ず、指導医療官は医師会の接待を受けるのが慣例になっていました。一次会は料亭、二次会はクラブやスナック、そして最後に医師会にあてがわれた女性とホテルに泊まってしめくくるんです。忘年会や納涼会でも同様です。

たびたび『講演会』と称する催しが医師会主催で開かれるのですが、その場合も最初から会場は料亭なんです。

一般会員が酒を飲みながら待っていると、『講師』の指導医療官が、医師会の役員らとともに、すっかりできあがった赤ら顔で登場する、そしてその指導医療官が、酔っぱらったまま、ひと言『本日はお招きに預かりまして、ありがとうございました』と挨拶すると、『講演』は終わりとなり、講演料名目の現金が手渡され、あとはただの宴会となってしまう。

そして最後はお決まりですが、医師会が用意した女性とホテル行きとなるのです。これらはすべて、私自身がこの目で目撃したことばかりです」

「抱かせろ、飲ませろ、握らせろ」という、贈収賄における黄金の「三位一体」が、何ひとつ欠けることなく、衆人監視の中で堂々とまかり通っているわけである。信じがたい腐敗ぶりと言う他はない。

丸橋氏らが厚生省に直接働きかけたこともあり、現在の群馬県の指導医療官のポストには、地元の利害とは関係がない中央採用の人物が就いている。しかし、「状況はまだまだ改善されていない」と丸橋氏は言う。

「審査委員会の方はほとんど変化がない。大学関係者が二人だけ加わりましたが、あとは医師会の息のかかった人物ばかり。医師会の会員たちが、自分たちの都合のいいように、甘い汁を吸える利権構造は今でも温存されたままなのです」

やりきれない話であるが、こうした癒着と腐敗の構造は、群馬県内だけに見られるものなのだろうか。そう尋ねると、丸橋氏は躊躇することなく否定した。

「群馬だけではない。日本全国、どこへ行っても似たような構造になっています。歯科だけでなく、医科も大同小異です。これを根本的に改革しない限り、被保険者が支払う保険料を悪徳医師が食いつぶし、その結果、医療費が高騰したといっては、患者に負担増を求める悪循環を断ち切ることは絶対できません」

元指導医療官の告発

癒着の構造について考えるとき、鍵となるのは、全国で約100人を数える指導医療官の存在であろう。指導医療官は、本来、地元の医師会からも、地元の官僚からも一歩距離をおいた存在であり、「医療費Gメン」とも呼ばれている。この制度が十全に機能すれば、不正摘発に一定の力を発揮できるはずである。

ところが現状はそうではない。ベテランの指導医療官のB氏は、「我々の置かれている立場は、非常に不安定なんですよ」と、実情についてこう語る。

「指導医療官は、医師免許を持った人間がなることと定められている。そのため、厳しい審査をしたりすると、医師会側から『同じ医者なのに、裏切り者め』と、激しい反発を買う。逆に役人の側からすれば、単なる『捨て駒』にすぎない。非常に孤独な存在であり、それゆえ医師会側に取り込まれやすいのです」

指導医療官と医師会の癒着ぶりについて、当事者の立場から生々しい証言を寄せることのできる人物がいる。2年前まで歯科指導医療官を務めていた佐藤一郎氏である。

佐藤氏は、京都府で歯科指導医療官を務めていた92年から95年の間に、府の歯科医師会の幹部や府内の歯科医師などから審査に手心を加える見返りに、計420万円の賄賂を受け取るなどして、95年3月に懲役2年6ヵ月、執行猶予3年の判決を受けた。

執行猶予中の佐藤氏を自宅に訪ねると、重い口を開き、ぽつりぽつりと自身の体験を語った。

「おカネを受け取ったのは事実です。今となっては遅すぎますが、何と愚かなことをしてしまったのかと、我ながら情けない思いでいっぱいです。

当然のことながら、指導医療官の職は解かれ、420万円の追徴金を支払い、歯科医師免許も取り消されてしまいました。自業自得と言われればそれまでで、人様の同情を買う余地はないのでしょうが……」

佐藤氏が犯した贈収賄という犯罪それ自体については、当然のことだ。しかし、その「犯行」に至る経過をみてゆくと、気の毒な側面もないではない。

彼個人を断罪するだけでは、本質を見誤ることになると、事件の消息を知る関西の医療関係者D氏は語る。

「もともと三重大医学部口腔外科の助教授をしていた佐藤さんは、国立京都病院の歯科医長に転出後、請(こ)われるまま、ドロドロとした地域の医療界の現実を知らずに、指導医療官となった。彼とすれば、当たり前のやり方で、審査をしていたつもりが、指導の件数が前任者の数倍にもなってしまった。

このままでは大変だと、懐柔工作が行われるようになり、結局、彼もその汚れた水に飲み込まれてしまった。そしてそれまで、なまじ厳格な指導を行っていたために、憎しみを買って密告されてしまったわけです」

再び佐藤氏本人の述懐に戻ろう。

「私が着任してきたときには、前任者が積み残した仕事が山積みになっていました。私も前任者にならって、仕事をせず、事なかれ主義を通していれば、問題は起きなかったのかもしれません。しかし、そんな『処世術』が私には身についていなかった。私としては、普通に仕事をしたつもりなんですが……

私が指導をたびたび行うので、府の歯科医師会の会員たちは不満を募らせて、執行部を突き上げたそうです。会員たちとすれば、『高い会費を払っているのに、なぜ佐藤を抑えられないんだ』という不満があったわけです」

京都府しか医師会の会員となるには、500万円近い入会金を払わなくてはならず、その後も、約23万円の年会費を納めなくてはならない。そのうえ、自民党などへ政治献金するための政治団体・日本歯科医師政治連盟に対しても、多額の会費を納入させられる。そうした支出の「見返り」として、レセプト審査で「手心」を加えてもらう、そんな『取り引き』が慣例化していたのである。「とはいえ、指導医療官の権限はたいしたものではない」と佐藤氏は続ける。

「実際には、お飾りのようなものです。いざ指導や監査をやろうとすると、事務方のハンコが必要になる。保健課の課長らがハンコを押さなければ、何もできない。そうした圧力のために指導や監査がつぶされたケースは多々あります。

府の保健課と医師会もべったりで、被保険者の利益を代弁すべき立場の支払基金もまた、彼らと癒着していましたから、被保険者の立場に立って不正を暴こうとする人間は誰もいないような状態でした」

「医療費Gメン」などと持ち上げられてはいるが、指導医療官の現実は、何のことはない、組織の中で汲々としている子役人と変わるところはないのだ。

「次第にやる気をなくしてきたときに、『他府県の例にならって、悪いようにはしないから』と、甘い言葉を節か医師会の幹部からかけられ、94年6月から『講演料』の名目で月に20万円ずつ受け取るようになってしまった。悔やんでも悔やみきれないとはこのことです……。

私のしでかしたことは、まったく弁解の余地がない。しかし、恥をしのんで、こうして、自分の体験をお話しするのは、私の事例を『他山の石』として、私のように何もかも失うような人間が今後は現れてほしくないと思うからであり、また、不正請求がまかり通っている土壌を変えなくてはいけないと痛感したからです」

そう述べてから、佐藤氏は、「ただ」と、一呼吸おいて、無念の表情を浮かべながら言葉を続けた。

「贈収賄というものは、本来、贈賄側も収賄側も、同程度の罰を下されるべきではないでしょうか。しかし、この事件で下された行政処分は、公平なものとはいえません。

私は歯科医師免許取消となってしまった。しかし、収賄側の処分は、府歯科医師会の尾上徹前会長と鈴木実元会長が6ヵ月の偉業停止処分、浅井計征元専務理事と今井和彦元常務理事が同4ヵ月というきわめて軽いものにとどまり、その後はまた元通り、医者を続けているのです。これはあまりに公正さを欠いているのではないでしょうか」

前出のベテラン指導医療官のB氏は、「佐藤氏を擁護するつもりはないが、彼ひとりをスケープゴートにして、それで終わりにしていいはずはない」と、怒気をはらんだ口調で言う。

「95年に佐藤氏の事件が発覚した翌年、全国の指導医療官が東京の厚生省に集められました。その会議の冒頭で、『もっと気をひきしめよ。綱紀粛正せよ』と訓示を垂れたのは、誰あろう、当時の岡光序治事務次官ですよ。

それから1年もしないうちに、岡光自身が収賄で逮捕されてしまった。つくづく、現在の医療行政の腐敗は根が深いな、と思い知らされました」

佐藤氏の事件は、医療界に「一罰百戒」的な心理的効果を、わずかながらでも及ぼしたかもしれない。しかし今まで見てきたような癒着の構造そのものに、大きな変化がもたらされたわけではない。レセプト審査のシステムを抜本的に改革し、不正請求を一掃しようとする動きは、ほとんどみられない。

刑事告発に統一基準を

問題点を整理しよう。

第一に、指導医療官は、地元と癒着することのないように中央で試験を行うなどして一括採用し、「医療費Gメン」の名にふさわしい権限を与え、不正摘発の任務にあたらせるべきであるが、今でも各都道府県単位で地元のコネによって採用される状況がだらだらと続いている。

第二、レセプトの審査委員会も、三者構成の建前が、全国各地で完全に形骸化している。地元医師会推薦の医師がメンバーを占めて、身内が身内を審査する現状は一向に改まる気配がない。また本来ならば、保険料を毎月支払う我々被保険者の利益を守る背金があるはずの支払基金や国保連も、不可解きわまりないことに、不正請求を厳しく審査していこうとする積極的な姿勢に乏しい。

第三に、何より根の深い問題と思われるのは、「診療報酬の不正受給は犯罪である」という当たり前の認識が、医療界や厚生行政の世界においては決定的に欠けていること、そして第四に、行政が刑事告発する場合でも、その基準があまりにも不明確であることだ。

刑事訴訟法では第239条2項で、公務員の刑事告発義務が定められている。安田病院の安田院長らが逮捕されたのも、大阪府がこの条項に基づき大阪地検に詐欺罪で刑事告発したためである。

問題は、告発に踏みきる基準が各自治体ごとにバラバラなことだ。数十万円程度の不正受給事件でも刑事告発が行われ、医師の逮捕に至るケースもあれば、数億円単位の不正受給が発覚した場合でも、地域によっては刑事告発が見送られるケースもある。これは明らかにおかしい。

保険行政は、国が自治体に委任した、いわゆる機関委任事務であり、地域差が許される地方自治体の固有事務ではない。従ってサービスも罰則も、全国で平等かつ一律に行われるべきであり、不正受給事件に対して刑事告発に踏みきる際の統一基準を早急に定める必要がある。また、そうでない限り、地域における医師会と行政と審査委員らとの構造的な癒着を断ち切ることは難しいだろう。

こうして並べていくだけで、不正請求を一掃するための手だてが何一つ打たれていないことに、改めて安全とせざるを得ないが、唯一、光が見えたとすれば、最近になってレセプトの開示が認められるようになったことだろう。

レセプト開示の運動を7年前に始め、今日まで引っ張ってきたのは、大阪の高校教師・勝村寿士氏である。90年12月、陣痛促進剤による自己のため、誕生後9日目に長女を亡くした勝村氏は、裁判の資料とするために、公立学校共済組合にレセプトの開示を請求したが、「厚生省の指導で見せられない」という理由で拒まれるという苦い体験を味わった。

「なぜ、自分たちのプライバシーに関わる情報を、自分たちが手にすることができないのか。この壁は何としても破らなあかん」という思いから、以後7年間にわたり、「医療情報の公開・開示を求める市民の会」の事務局長として、薬害問題を訴える他の市民団体等と連携しながら、厚生省との交渉を粘り強く続けてきた。

「薬害問題にしても、不正請求の問題にしても、根はひとつ、医療界と厚生行政の閉鎖性にあります」と勝村氏は言う。

「医療に関するすべての問題の解決のためには、何よりも医療情報の公開が必要です。レセプトの開示は、情報という『武器』を手にする第一歩。今はまだ、面倒な手続きを踏まなければなりませんが、その遠くない将来、病院の窓口で誰でも受け取れるようになると思いますよ」

医療問題は、同時に経済の問題でもある。この点を勝村氏は強調する。

「医療に関わる問題には必ず、背後に経済的な動機やりがいが控えている。レセプトという一枚の紙切れには、医療内容とその対価の情報が書き込まれているわけです。この情報を我々がそれぞれ『医療消費者』の一人としてフルに活用すれば、医療界の旧態依然とした厚い壁を突き崩せることができるはずです」

かつて日本医師会に快調として25年間の長きにわたって君臨し続けた故・武見太郎氏は、「医師会は高いモラルと技術を備えた職能集団である」と公言してはばからなかった。

頑(かたく)なに「医師性善説」を信奉していたはずの武見氏は、しかし生前にこんな言葉も漏らしていた。
 「(医師の集団は)3分の1は学問的にも倫理的にも極めて高い集団、3分の1はまったくのノンポリ、そして残りの3分の1は、欲張り村の村長さんだ」

医師会は、武見氏自身の言葉を借りれば、「自由主義経済化における開業医の独立を守る」誇り高い組織であったはずなのに、気がつけば、「欲張り村の村長さん」だらけになってしまっていたのではないか。

安田病院のような事件を「稀有な例外」として片づけてしまうのではなく、逆にこれを奇貨として、保健医療システムの真の改革につなげていくべきである。

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数字のウソ 2
kyonc.cool.ne.jp/suji/SUJI02.HTM

全国保険医団体連合会は岩波書店・「世界」編集部に対して抗議を行った。

回答は、当該記事には断定している部分はない、どこが問題なのか、と木で鼻をくくったような内容だった。この論法でいくなら、どんなデタラメを書いても、「〜と誰かが言った」、「〜と言う人がいる」と付け加えれば、すべてが免罪されることになる。ちかごろのジャーナリズムは、一事が万事この調子なのだ。主張するなら堂々と主張すればいい。間違っていたら、ゴメンナサイでもいいではないか。無謬性の神話は宗教とイデオロギーの専売だ。ジャーナリズムが真似ることはない。

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国民皆保険 13 / 不正

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 18 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/__8c2e.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
健康保険、医療費、明細、領収書、領収証、不正、過誤、資格喪失、受給資格、喪失、病名、漏れ、病名漏れ、もれ、病名もれ、無駄、コスト、アクセス、クォリティ

日本の医療には無駄が多い。
医療費請求には不正がある。
不正の額は年間 9 兆円に上る。
日本の医療費 30 兆円は、国家予算の 3 割以上の規模だ。
国の財政赤字は、毎年 30 兆円だ。

これは大変だ。ならば医療の無駄と医療費の不正を無くさなければ。

主に野党政治家、財務省や厚生労働省、小泉政権以後の政府与党中枢、財界、健康保険組合、労働組合、こういった領域の人たちの多くは、こう信じているようだ。

政財官に労働組合と来たら、子供と引退した高齢者以外の日本人の大部分ではないか。医療職従事者はこの中には入っていない。医療職従事者以外の日本人全員が、医療職従事者 ( この場合は医師 ) を指弾している。医療機関に安く受診でき、保険料負担を減らし、国の赤字を削減するために。

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果たして、日本の医療には無駄が多いのか。

日本の医療システムは、その効率の良さと相まって、WHO から 1 位にランクされた。G7 7 カ国中、対 GDP 比で最低の医療費、OECD 参加国中 17 位の低医療費。

国民皆保険で、アクセスは保証され、コストは安く、クオリティはまあまあ、世界トップレベルの医療を健康保険で安く受けることができるものも多い。

全く無駄がないとは言わないが、既に、かなりの無駄が省かれているように思える。

日本の医療のアクセス、コスト、クォリティのよさは、これまで医師の労働法規無視の働きによって支えられてきた。これ以上無駄を省いて医療費を削減しようとするのは、栄養不良なのにさらにダイエットをするようなものだ。

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果たして、医療費の不正請求は 9 兆円もあるのか。

この 9 兆円という数字は、雑誌「世界」が 1997 年、厚生省の元指導医療官に取材した際、この元指導医療官の個人的な印象として語られた数字である。それが各メディアに取り上げられ、一人歩きし、国会の場でもこれがあたかも本当の数字、公式に数字のように語られた。

この元指導医療官が語った 9 兆円には、受給資格喪失、過誤などや病名漏れでのレセプトの返戻、診療報酬点数表の解釈の違いによる減額などが含まれていると考えるが、それでも桁が大違いである。

不正請求として表面化するものは、だいたい年間 60 億円前後のオーダーである。これは氷山の一角と見る人もいるだろうが、数億円単位の不正は、レセプト審査や医療監査で発見しやすい。大体は医師、看護師の定数や施設基準の問題である。昨年、北海道や東北地方の公立病院が、何件か処分されたものがこの例である。

9 兆円もの不正を働こうと思ったら、25 万人いる全国の医師が、毎日、どれだけの患者さんに対して不正を働かなければならないか、考えてみたらよい。薬や検査の不正はそんなに高額なものにならない。血液検査で 10 数項目の検査をして数千円レベルのものだ。

不正請求が発覚して行政処分を受ける医師の例の多くが、数十万円から数百万円の単位である。それで 2 年間の保険医停止となる。それがどれだけのダメージになるか。100 万円単位の不正では割にあわないわけだ。大多数の医師は、不正を働こうとは思わない。

受給資格喪失、過誤などや病名漏れでのレセプトの返戻、診療報酬点数表の解釈の違いによる減額などは、件数、金額が把握されていて、年間 3,000 億円前後の数字という。これらには医療機関に責任がないものが多数含まれる。

—–

医療費 30 兆円が国の予算の 3 割以上を占めているのか。

簡単に言うと、医療費 30 兆円のうち、国庫負担分は 8 兆円である。医療費 30 兆円が国の財政を破綻させる、という主張をしたい人が、よくこの数字を使う。

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参考リンク

健康情報 Home Page
報道チェック !

医療制度を考える部屋
医療費の大半は少数の患者で使われています
高額医療と救急医療への提言
日本の医療費の実状
小泉改革

参考資料

国民皆保険 13 / 不正資料 1
国民皆保険 13 / 不正資料 2
国民皆保険 13 / 不正資料 3
国民皆保険 13 / 不正資料 4
国民皆保険 13 / 不正資料 5
国民皆保険 13 / 不正資料 6

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国民皆保険 12 / マサチューセッツ州の皆保険資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 12 / マサチューセッツ州の皆保険

米国マサチューセッツ州で、全州民を医療保険加入させる制度の続報。

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神戸新聞 2006.6.18

ほころぶブッシュ政権
06 米中間選挙 5

医療皆保険 マサチューセッツ州
独自制度 州越えて波紋

今年四月マサチューセッツ州議会で成立した法律を、米主要紙はこぞって「歴史的」と報じた。補助金や罰則を駆使して全州民に医療保険加入を求め、事実上の「皆保険」を目指す全米初の制度導入だったからだ。

米国の公的保険は高齢者と限られた低所得者層だけが対象で、大半は民間保険が頼り。医療費高騰で体力のない企業が次々と補助を打ち切る中、保険に入れない無保険者は全米人口の16%、約四千六百万人(二〇〇四年)に膨らんだ。

州都ボストン郊外のプロテスタント教会に通う、母子家庭のベラ・カーターさん(五四)もつい最近まで、約五十五万人とされる同州の無保険者の一人だった。二万ドル(約二百三十万円)の年収は低所得保険(メディケイド)の上限を超えていた。糖尿病、高血圧、高脂血症の薬代毎月約三百ドル(約三万四千円)を苦労して支払ってきたが、新法で社員に保険を提供しない企業は罰金の対象になることが決まると、勤め先は急きょ、ベラさんに保険提供を申し出た。

五年前に脱サラで無保険になり、糖尿病のインスリン注射などの継続的負担に悩んできたピーター・ブルックさん(四五)も、新制度下では州の補助金で安く保険に加入できる見通しだ。無保険者の苦しみを議会やマスコミに訴え、強力な運動を展開してきたハーマン・ハミルトン牧師(四一)は「ともかく大きな前進だ」とうなずいた。

無保険者問題は高騰が止まらない医療費と並ぶ米医療制度の二大 ” 病巣 ” の一つ。クリントン政権一期目でヒラリー夫人を中心に皆保険を目指したが「大きな政府」を嫌う共和党と、民主党の対立激化の中で失敗した。

ブッシュ政権は医療費貯蓄の免税などに取り組むが、イラク戦争と巨額の財政赤字で抜本的な対策はとても打ち出せない。そんな中メリーランドやハワイなど、無保険者を減らす新制度を導入する州が増え始めていた。

州法成立過程を迫ってきたマサチューセッツ大のジェームズ・リー准教授は「さまざまな要因が作用して、通常なら対立する同士が同じテーブルに着いた」と話す。〇八年の大統領選出席をうかがう共和党のロムニー知事が、最大の好機とみて「飛び乗った」のも大きな要因との指摘もある。

「この法律を別の州がすぐに導入するのは難しいかもしれない。だが医療保険制度の議論を全米で再び巻き起こすのは間違いない」とハミルトン牧師。波紋が今後どう広がるか、政治関係者はかたずをのんで見守っている。

(ボストン共同)

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国民皆保険 12 / マサチューセッツ州の皆保険

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 18 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_12_a554.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、保険、公的医療保険、健康保険、国民皆保険、皆保険、社会保障、サービス、ビジネス、産業、コスト、アクセス、クオリティ、費用、質、費用対効果

米国マサチューセッツ州で導入された、皆保険制度の続報。

日本の国民皆保険 ( 現物給付の医療保険 ) と異なり、補助金と罰則で、州民を保険契約させるもののようだ。

神戸新聞 2006.6.18
ほころぶブッシュ政権
06 米中間選挙 5
医療皆保険 マサチューセッツ州
独自制度 州越えて波紋
今年四月マサチューセッツ州議会で成立した法律を、米主要紙はこぞって「歴史的」と報じた。補助金や罰則を駆使して全州民に医療保険加入を求め、事実上の「皆保険」を目指す全米初の制度導入だったからだ。
…..
新法で社員に保険を提供しない企業は罰金の対象になる

参考資料

国民皆保険 12 / マサチューセッツ州の皆保険資料
国民皆保険資料 1

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国民皆保険 11 / 明細付き領収書資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 11 / 明細付き領収書

月刊保団連 2006 年 6 月号より。
園原健児 : 領収証発行義務化の底流. 月刊保団連, no. 903, p:58-63, 2006 (6).

論考
領収証発行義務化の底流
一領収証発行による「医療構造改革」の推進−
岡山県保険医協会事務局長
園原 健児

2006年4月1日より、医療機関に「内容の分かる領収証の発行」が義務づけられ、医療機関は大きな戸惑いをみせている。この領収証発行において、義務化の是非、領収証の意味、医療内容の開示、患者本位の医療の在り方などが滞然一体として議論され、多分に情緒的な議論の真にある真の狙いが覆い隠されている。本稿では、議論の整理と「領収証発行の義務化」の底涜を論じてみたい。

1中医協で議論することか?

この医療機関への「領収証発行の義務付け」は中央社会保険医療協議会(中医協)で決められたものである。しかし、中医協は、政府によって決められた診療報酬改定枠のなかで、「配分を決める」ことが権限とされている。

であるならば、「領収証発行の義務」が、このような権限しかない中医協で決められてよいものであろうか。なんらかの「義務」は法律で定められるべきものである。「療養担当規則」という一片の告示によって、医療機関の義務が左右されてよいものであろうか。ここにこの問題の異常さが隠されているような気がする。

さらに、中医協の議論は、「出すか、出さないか」、「どの程度の内容か」という程度の議論に終始してきたが、「領収証発行の義務」は、その程度の問題なのであろうか。議論のなかで明らかになっていることは、「明細の分かる領収証」で、「患者に医療内容を伝える」ためといわれている。であるならば、これは一片の領収証の問題などではなく、「医療の情報開示」、「医師と患者の関係」の問題である。その内容の大きさに比べて、あまりにも粗末な議論だといえよう。

2 そもそも、領収証に発行義務があるのか?

1)領収証発行には義務はない

領収証については、民法第486条に「受取証書の交付請求権」が定められているだけであり、通常行われている領収証発行は商習慣に過ぎない。印紙税法においても、営利事業に該当しない保険診療費は「印紙税は不要」と定められている。つまり、領収証の「発行義務」など、どこにも存在しないのである。それがなぜ、医療機関にだけ「発行義務」が課せられるのか?

いまでも、医療機関が領収証を発行しているのは、この商習慣に倣っているだけであり、患者の「支払ったのだから、その印ぐらい欲しい」という気持ちに応えたものである。また、所得税やさまざまな医療費控除の申請、授受に領収証が必要なため配慮しているものである。このような趣旨の領収証発行であれば、医療機関もなんの異論もないし、内容も受領金額が明確であればよいのである。

それが、なぜ「明細の分かる」領収証になるのか。つまり、ここには「明細が分かる」ことと「領収証発行」というまったく次元の異なる問題が意識的にか、あるいは無意識的にか、混在されて議論されている。

2)一部負担金の領収は保険者の責任

また、もともとを考えれば、日本の医療保険制度は、保険者と被保険者の保険契約であって、医療機関は保険者に代わって、医療を「現物給付」しているものである。つまり、本来的に一部負担金は、保険者による保険給付の一部負担であるから、その徴収は保険料徴収と同様に保険者が行うべき業務である。しかし、健康保険法の「一部負担金を受くべし」という規定に従い、歴史的に医療機関が代行してきたのである。もちろんこれは、一部負担金を受診の都度負担させることで、国民のの受診を抑制しようとするものであり、現にその役割を果たしている。

もし、医療保険がその理念どおりに10割給付であれば、領収証などの議論は存在しないものである。言い換えれば、領収証は、政府と保険者が一体となって患者一部負担金を高騰させ、あるいは医療費控除や高額療養費申請の添付書類としたために必要になってきただけである。つまり、「領収証発行」の問題は、日本の医療保険制度の弱点による被害の象徴である。

ところで、国は所得税などの領収証を納税者に直接発行しているのか? 保険者は被保険者に保険料領収証を発行しているのか?彼らは金融機関や事業主に代行させているのではないか。それに伴い、保険料を滞納した事業主による被保険者の受給権喪失という事件さえも起きている。これこそ正されるべきではないのか。国や保険者は根拠もなく医療機関に領収証発行を義務づける前に、自らの保険料の領収と使途を被保険者に知らせるベきであろう。

3 奇妙な「患者の立場」論

1)何のための領収証発行か

さて、患者側やマスコミからも「領収証発行」が声高に叫ばれた。その理由に「患者本位の医療の実現」、「医療被害を防ぐ切り札」などと主張されている。なぜ、領収証が「患者本位の医療の実現」につながるといえるのだろうか。その理由として、「患者に治療の中身を開示するから」旨の説明が行われてはいるが。

しかし、では「患者本位の医療」とはなにか。なぜ治療の中身が分かる領収証が発行されれば「患者本位の医療」や「医療被害を防ぐ」ことができるといえるのか。

仮にそうだとすると「一部負担金のない患者は領収証が発行されない」が、それはどうなるのか。医療扶助、原爆、労災、公害、特定疾患、乳幼児医療等々これは扶助だから、患者本位でなくても、医療被害があってもよい、とでもいうのであろうか。

また、「患者も、領収証を見て診療報酬のおかしさに気づき、その改善を発言するようになる」「医療機関も説明できない内容かも知れないが、そのことを患者に分かってもらえばよいではないか」というお奨めもある。

では、散髪代を払って、「カットがいくらで、髭剃りがいくらで、洗髪がいくらで ….」などと考える客がいるだろうか。包括点数というものはそういうものである。また、看護労働などの低評価ないしは無評価すら気づくはずがない。なぜなら、スーパーのレシートにはパート職員の人件費などという項目はない。価格に含まれていると理解するのが通例である。医薬品の高価格も比較できるものがあって初めて、高いか、安いかの議論が始まるものであり、「この薬は高いなあ」という感想程度で済んでしまう話しである。 さらに、発行義務化を議論する人たちは、すでにかなり多くの医療機関で項目別の領収証が発行されていることを知っているのであろうか。レセコンの普及が進んでいる病院、医科診療所では項目別の領収証が当たり前のように発行されている。しかし、それで医療の内容が分かって患者の信頼が高まった、診療報酬のおかしさに患者が気づき始めたなどという事例は聞いたことがない。領収証は所詮、領収証に過ぎないのである。

つまり、診療報酬のおかしさは、そのこととして説明、訴える以外に理解は得られないものとしか考えられない。この「診療報酬のおかしさを患者に理解してもらう」という主張は、ただの方便であろう。われわれは「領収証を発行すること」に反対しているのではない、領収証は領収した金額の証明に過ぎないということ。なんの根拠もない「義務化」、レセプトまがいの詳細の発行の「医療機関への押しつけ」に反対しているのである。

このようにみてくると、領収証発行の議論は、根底的には「患者による不正請求の監視」という程度のものではないかと思えてくる。「医者は金儲けのためにろくでもないことをやる。だから不正が起き、医療事故が起きる。詳細な領収証でも出させれば、変なことはしなくなるだろう」ということではないだろうか。

2)領収証発行は両刃の剣

現行のような説明のつかない診療報酬点数と算定ルールの下での領収証発行は患者と医療機関相互の信頼と不信を熟成する両刃の剣である。不信感が高まれば次には、「詳細の分かる領収証」が要求される。しかし、それでも結局はなにも分からない。なぜなら、患者からみれば、どんな治療が行われたとしても、領収証はその理由や結果までを明らかにしてくれるものではない。もし、診療の詳細を領収証でもって説明させようとするのなら、それは見当違いである。診療の詳細は診療のなかにおいて説明し、納得を得るべきものであって、これを領収証ごときで代用することはできるはずがない。

3)患者の医療への参加は別の方途を

真に、患者が知りたいことは、なぜその治療、検査、医薬品などが必要なのかということである。領収証は、いくら詳細にしてもこれには応えられない。なぜなら、食品一つとってもその成分をいくら詳細に記載されても、その成分がなにであるか、なんの必要があるか、どういう効果があるか、害がないかどうか誰にも分からない。むしろ、メーカーのネームバリューや危険なら問題になるだろう、国が監督しているだろうという信頼感のうえに成り立っているのである。医療は、それ以上に医師や医療機関への信頼のうえに成り立っている。

もし、患者が、治療の内容を知り、納得して支払うということにしようとすれば、究極の方式は「償還払い制」、しかも、一部不払い担保付きということになろう。

患者にとっても、領収証の発行は、詳細になるほどプライバシー漏出の危険性が高まるだけである。所詮、領収証は領収証にすぎず、医療の内容については別の話として検討すべきであろう。領収証発行を契機に、患者に医療内容の説明が行われるなど・と考えることば、余りにも現実を無視している。その程度の説明は現在でも行われているが、それでも理解できないから「説明不足」を不満とする声が高いのである。患者に対して無言で診療を行う医師はどこにもいない。

4)詳細の分かる領収証発行は保険者の責任

もし、どのような内容にいくら支払ったかを患者に知らせるのであれば、それは給付について管理責任を持つ保険者が通知することが当然である。自動車保険を思い浮かべれば分かるように、被保険者は修理(治療)を受け、その代金を保険者に請求し、保険者が修理業者(医療機関)に支払う。これが保険者の在り方である。代金の請求受領に関してはあくまで修理業者は代行しているに過ぎない。

また、なぜ、「求め」があるなら、保険者へのレセプト開示を求めるようにしないのか、せっかく制度をつくったではないか。さらに、そんなに詳細を知らせることが重要なら、保険者がレセプトの写しを毎月、患者に送ってはどうか。それらの制度の活用を検討することもなく、医療機関に内容の分かる領収証発行を義務づけるのは本末転倒である。医療機関は受領した(預かった)一部負担金について領収証を発行することは患者サービスとして受認できても、保険者に代わって保険の給付内容の説明まで請け負う義務はない。医療費の内容はレセプトとして保険者に提出し、査定という仕打ちまで受けているではないか。あくまで、支払いに関する責任は保険者にある。

われわれは、国民に分かりやすく、かつ必要な医療が保障できる診療報酬にするための主張を繰り返し、『医療改革提言・2005』を提案してきた。

にもかかわらず、医療費抑制のためにのみ不合理で、保険診療にさまざまな制限と障害をもたらす診療報酬点数に固執し、矛盾を拡大してきたのは財界、政府厚労省、保険者であり、それを応援してきたのはマスコミ等ではなかったのか。また、それを承認し、決定したのは中医協ではなかったのか。自分たちで決めてきた不合理な診療報酬を医療機関に押しつけ、説明せよ、というのは盗人猛々しい。国民、患者に説明し、疑問に答えるべき責任は、これらの人びとにある。

5)議論の落とし穴

これらの議論に欠落しているものは、医師と患者の信頼関係を、どう強めるのかという視点である。この視点を欠いた議論は、たとえ善意ではあっても医療機関への不信感を拡大し、診療行為を明らかにすることで、患者の監視による診療行為への牽制をもたらすものでしかない。また、仮に、少々患者の理解が高まったとしても、今日の「医療構造改革」の流れのなかで、その流れに加担し、日本の保険医療制度の崩壊に利用される恐れの方が大きい。

そもそも、これらの患者、マスコミの議論を誘発させ、さらに便乗し、領収証発行を「医療構造改革」の一方策として推進しようとしているのは、宮内義彦・オリックス会長などが議員である規制改革・民間開放推進会議など規制改革推進勢力である。その狙いは、「情報の開示」による「患者の選択」、そこから「医療機関の競争」を組織し、医療に市場原理を持ち込もうとするところにある。

4 これらの議論の底流に流れるもの

1)市場原理思想の流布

これらの議論の根底には、「消費者の選択による医療」という思想、つまり、「医療はサービス」という市場優先の思想である。「医療はサービス」と語る時、そこには「悩める患者」は、自らの力で選択権を持つ消費者として立ち現れ、その時、献身的な医療人は、医療サービスという商品の提供者となる。

新自由主義思想における市場原理主義は、すべてを「市場に委ねよ」、そうすれば「市場により最適の状態が実現される」という仮説の上に成り立っている。市場における売り手と買い手の取引、売り手の競争によって、最適の価格と最適のサービスを実現することができるという。事実がまったく異なることは姉歯建築士・ヒューザーによる耐震偽装事件、ライブドア事件、東横インホテル事件、JR西日本尼崎事故などつぎつぎと証明されている。

この医療を商品化し、自由取引に委ねる市場原理(規制緩和)の思想は、「患者の選択」、「医療機関競争」の名の下に、「混合診療解禁」、「株式会社導入」を制度化し、「国と企業の責任」、「誰でも平等な医療」を柱とする公的保険思想を崩壊させようとするものである。

この議論の前提にある「選択権を持つ消費者」となるための「情報の非対称性」の克服なども、あり得ない前提である。例えば、日常生活に密接なご飯でも、この米がどのような土壌で、どのような水を使って育てられ、どのような農薬がどれくらい使われているのか、どのような成分が、どのような割合で存在するのがうまいかなど、誰が知ることができるのか。医師と患者が同一の情報(知識)を確保することは不可能である。それは医療だけでなくすべての職業においてそうである。だからどのような職業においても高い倫理性が求められるのであり、それが人間関係における信頼なのである。そして、その倫理性を「金」と「競争」で、つぎつぎと崩壊させているのが、今日の構造改革(新自由主義)である。その信頼を「情報の開示」で代用しようなどという発想は、人間社会を冒涜するものでしかない。信頼関係は優れて人間的な営みである。医療においても、健康を取り戻すという共通の目標に向けて、情報を医師と患者がそれぞれの立場から交換、理解するところから始まる。だからこそ、それぞれの立場での相互理解、努力が払われて、治療が進む。これは医療における協同である。

2)「消費者の選択」は「購買力の選択」

一部負担金や差額費用が必要な現在の医療では、消費者の選択は「消費者の購買力」によるものとならざるを得ない。それを是認することは、その結果としての「松竹梅」医療の容認(彼らはむしろ歓迎)と同義となる。逆に、購買力のない患者は、費用による治療辞退、萎縮診療の強要から、事前価格提示制への移行を促し、現物給付の制限・崩壊へつながる。負担の安全弁としての包括定額制容認への動機にもなる。それらは必要な人に必要な医療を提供する上で大きな障害になるものである。

3)保険者機能強化、IT産業の市場に

一方、領収証発行と連動したIT化の推進は、レセコンや電子カルテの普及、オンライン請求を促進させ、保険者点検の強化、診療の標準化など保険者の間違った機能強化を進める。そもそも保険者に求められる機能とは、被保険者が必要とする療養を最大限確保することであり、決して医療の質を低めたり、保険給付を削減したりすることではない。

さらに、この領収証発行を始まりとする医療IT化の推進は、IT産業の市場拡大のためでもある。ちなみに政府は、2011年を最終目標にレセプトのオンライン請求システムを完成させるとしている。

この保険請求IT化の強要ほ、歯科医の間では領収証、患者交付文書、請求のオンライン化を合わせて、「歯科医リストラの3点セット」と評されている。医療の知識や技術でなく、まったく事務的な機器の扱いで医師としての仕事を奪い、患者の受療権を奪うなど常軌を逸したものといわざるをえない。

5 社会保障としての医療は、「協同の思想」で成り立っている

医療は元来、患者の人権(健康)を守るものであり、前述したように医療者と患者の信頼のうえに成り立つ協同作業である。医師と患者の協同を強めるには、情報開示も、治療計画の説明も、治療結果の説明も重要なものである。それは、患者の治療への参加を高めることになる。患者本位の医療を進めるためには、このような医療活動を評価し、それに見合う人手と時間、設備の確保などを保障することが不可欠である。

日本の医療は長年の低診療報酬政策の結果、医師や看護師などスタッフの過重労働、低報酬など劣悪な条件によって支えられている。本当に患者本位の医療というならば、まずこの問題こそ議論し、解決すべきであろう。もはや日本の保険医療制度は危機的状況を呈している。離島へき地だけでなく市中の基幹病院ですら医師不足、看護師不足に喘ぎ、小児科、産科医療を扱える医療機関すら不足している。事務スタッフも非正規雇用者に置き換えられている現状である。診療所でも同様な困難にある。医療担当者の慢性的過重労働、安全対策への投資不足など医療機関の経営困難を解決することなしに、より良い医療への前進は不可能である。

この改善要求を掲げることなしに、「領収証発行」などと情緒的に「患者本位の医療」「患者の信頼」「医療の質」をいくら叫んでも、医療現場と医師と患者の信頼関係に混乱を招くだけである。また、それは医療構造改革の推進に貢献することはあっても、真の医療改革にとっては有害無益であることを知るべきである。

領収証の交付を義務づける療養担当規則の改定は4月診療報酬改定の一環として行われた。4月4日『日本歯科新聞』に「内容の分かる領収証の発行は指導医療官の仕事を減らす側面もある。患者自身が医療機関をチェックできるようになるからだ」との匿名技官の見解が掲載された。当会の「匿名技官の罷免」要求に対して、厚労省は「あれは個人の意見」と述べ、「注意した」と答えている。

しかし一方、4月27日の新潟県保険医会の交渉において、厚労省の担当官は「(金額だけの領収証の交付では)療養担当規則違反となる。各部単位の領収証を発行していないからといって直ちに保険医療機関取消にはならないが、改善されなければ行政処分もあり得る」と答えている。ちょっと待ってほしい。健康保険法において、医療機関が処分される事由は第70条「療養の給付」に反する場合である。一体、領収証の発行が療養の給付なのであろうか。なんでも療養担当規則に盛り込んで、それに違反すれば処分するなどという発想は「生類哀れみの令」を公布した「犬公方」にも等しいものであろう。

さらに5月11日、当会と中国ブロックで行った厚労省交渉において、同担当官は、領収証発行の法的根拠がないことを認め、「患者への情報提供のため」を繰り返したが、「一部負担金のない患者には情報提供がないが、それでいいのか」「包括点数では内容が分からないではないか」との追及には返事もなく「不要だという患者についてはその旨が分かるようにしておいて欲しい」というのみであった。

もともと理念も、道理もない義務づけであるから答えようもないのは当然であろう。

(『京都保険医新聞』2006年4月17日付に補筆)

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国民皆保険 11 / 明細付き領収書資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 11 / 明細付き領収書

メディファクス 4943 号 2006.6.15

患者に領収証取得呼び掛け      

保険者機能を推進する会

92の健保組合で構成する「保険者機能を推進する会」は14日の総会で、領収証の発行義務化に伴う患者向け啓発リーフレットの作成や、2011年度から原則義務化されるレセプト請求のオンライン化に向けて、直接審査支払いを研究することなどを盛り込んだ06年度事業計画を承認した。

領収証は今年10月までに完全実施されるため、同会は患者向けに、積極的な領収証の取得について解説したリーフレットを今月中にも作成する。来春までには、領収証と医療費通知書の見比べ方を取り上げたリーフレットも作り、過誤請求や不当請求の確認を促していくという。

政府のIT戦略本部の重点計画案としても議論されているレセプトのオンライン化に関しては、積極的に参画し対応していく姿勢を確認。オンライン請求が義務化された後の課題として、レセプトの直接審査支払いの研究を進めることを決めた。

疾病別のレセプト分析調査では、年間の死因の約3分の1を占めるがんについて、今年度事業として着手。人工透析も高額な医療費がかかることから、調査を実施する。調査後には得られたデータを基に報告書を作成し、各健保組合の健康事業などに反映していく。

このほか、同会が昨年9月にまとめた「家族(配偶者)健診の共同実施」に関するアンケートで、健診受診率が平均で30%、健診後のフォローは4分の1の健保でしか実施していない−との結果が明らかになったことを受け、健保間の共同事業・共同契約の可能性を探っていくことを決定。医療費を抑えるため、生活習慣の変化を喚起する指導などができないか検討に入る。

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国民皆保険 11 / 明細付き領収書

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 18 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/__75ce.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
健康保険、医療費、明細、領収書、領収証

2006 年 4 月の健保改定で、医療機関は健康保険診療の際、患者さんに医療費の内容が分かる領収書の発行することが義務づけられた。

しかし、どこかおかしいことに気付かないだろうか。

1. 内容の明細
医療の内容は、診察、その上でインフォームコンセント、検査、さらにインフォームドコンセント、治療、結果の説明、診療の各段階で患者さんに説明されている。どういう検査、治療がなぜ必要か、高度、高額な医療になるほど丁寧に説明されているし、風邪ひきの診療でも、腰痛の診療でも、使う薬の効能の説明をしたり、X 線写真の必要性と結果の説明をしているだろう。

医療の内容を、スーパーのレシートのような明細で表せるわけがない。

もしも告知していない癌、精神疾患の場合などではどうするつもりなのか。

2. 明細発行論者のバックグラウンド
これを主張している勢力は、それぞれの立場で次のように考えているのではないだろうか。

厚生労働省
診療報酬の様々な不合理の説明を医療機関に押し付ける。
診療を萎縮させ、医療費の削減に資する。
医療費の不正請求を減らせられる。
レセプト開示の負担を少しでも減らす。
弱小医療機関を潰す。
さらなる IT 化、すなわち、レセプトオンライン化、カルテ情報集約化、すなわち医療の国家管理につなげる端緒となる。

経済産業省、IT 業界
IT 化で、全国 15 万軒以上の個人診療所に新たな出費をさせることができる。医療データそのものが商品、あるいはサービス産業の原材料となり、業界が潤う ( NTT データがその代表で、レセコン、電子カルテメーカー、ソフトウェア業界、さらにそれぞれのサービス業者が多数連なっている )。

財界
診療を萎縮させ、医療費の削減に資する。結果として企業の社会保険負担が減る。
弱小医療機関を潰し、医療機関を統廃合してチェーン、フランチャイズのシステム下におき、サービス産業として再編、利潤を上げるためのスケールメリットを追求する。
国民皆保険を破壊し、医療を産業、商品、サービスとして、儲けの道具にする ( 奥田碩経団連前会長の言行を見れば分かる )。

健康保険組合 ( 主に健康保険組合連合会、通称健保連 )
診療を萎縮させ、医療費の削減に資する。
医療費の不正請求を減らせられる。

労働組合 ( 主に連合 )
明細書発行は医療費削減に役立ち、労働者に相対する階層である医師を叩く、すなわち労働者から資本家に渡った富を再配分させる一環である ( 古い考えかもしれないが、こういう精神は底辺に息づいているだろう ) と信じている。

民主党
バックの労働組合の言うことをそのままに、医療費の削減に資すると信じている。
医療を攻撃することで飯を食っている評論家らの言うがままに、医療費の不正請求を減らせられると信じている。
与党勢力、すなわち自民党と日医を攻撃する材料になる。

念のために言っておくが、数年前、厚生労働省の元指導医療官が医療費不正請求は年 9 兆円、などと妄言を吐き、それがいくつかの新聞雑誌に取り上げられ、さらに国会で野党から取り上げられたのだが、実際にはもっと少ない。

本当の不正はわずかである。2003 年では、63 億円が判明しただけである。例えば、一昨年、私の近所で眼科医院が不正請求で保険医停止 2 年の行政処分を受けたが、その不正額は 65 万円余りであった。報道では数億円単位の事例が報道されるが、それらは氷山の一角ではなく、特異な少数例である。数兆円の不正を働こうと思ったら、約 25 万人の医師が一人当たりどれだけ不正をすればよいだろうか。

多くの人が不正請求と信じているもののが過誤請求で、そのほとんどが患者の保険受給者資格喪失やレセプトの病名漏れだ。あとは、保険者と医療者とでの診療報酬点数表の解釈の違いに基づき、保険者が医師の裁量を認めなかった場合のものだ。これらが 3,000 億円程度のオーダーであると言われている。

ここで不思議なことは、国民、勤労者の生命、健康を守るべき労働組合が、財界すなわち雇用者側、保険者すなわち医療資源の配給側と共同歩調で明細発行を主張し、医療を叩いていることだ。その尖兵が勝村久司氏 ( 医療情報の公開・開示を求める市民の会、陣痛促進剤による被害を考える会、全国薬害被害者団体連絡協議会 ) である。財界は、経団連をはじめとした、日本のいわゆる勝ち組の勢力であり、国民皆保険下の日本の医療を破壊してそれを儲けの種にしようとしているのだ。中医協委員に推された氏は、なぜ中医協委員になれたのか、財界を結果として利すること、あるいは財界に利用されていることを分かっているのだろうか。

参考リンク

数字でウソをつくな! (その2)
医療費の内容が分かる明細書

参考資料

国民皆保険 11 / 明細付き領収書資料 1
国民皆保険 11 / 明細付き領収書資料 2

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国民皆保険 10 / 医療改革関連法案強行採決資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 10 / 医療改革関連法案強行採決

2006 年 6 月 13 日、医療改革関連法案が参議院厚生労働委員会で審議打ち切り採決で可決された。関連の報道を収集しておく。

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神戸新聞 2006.6.13 ( 共同通信配信 )

医療改革法案、今日成立へ

高齢者の負担増や入院日数の短縮などで医療給付費の抑制を図る医療制度改革関連法案は、参院厚生労働委員会で13日夕、与党の賛成多数で可決した。14日の参院本会議で可決、成立する。

理事会などで、13日の採決を求める与党側と慎重審議を求める野党側が平行線をたどった。午後5時40分すぎ、この日予定された質疑が終わった時点で、山下英利委員長が一方的に質疑を打ち切ったため、野党議員が委員長席に詰め寄るなど強く反発したが、最終的には採決に参加した。

法案は、10月から現役並みに比較的所得が高い70歳以上(夫婦2人世帯で年収520万円以上)の窓口負担を2割から3割に引き上げる。また療養病床に入院している70歳以上の食費や光熱水費も全額自己負担とする。

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asahi.com 2006.6.13

医療制度改革法案、参院厚労委で可決 14日成立へ

高齢者の負担増などを柱とする医療制度改革関連法案は13日、参院厚生労働委員会で自民、公明の与党の賛成多数で可決された。野党は委員会での採決に出席して反対したが、へき地や産科・小児科などでの医師不足対策への支援策などを求める21項目の付帯決議を自民、民主、公明の3党で提案し、共産党を除く与野党の賛成で採択された。これで同法案は14日の参院本会議で可決、成立する見通しとなった。

野党は「(負担増などに対する)国民の不安がぬぐい切れず、議論が尽くされていない」として採決に反対したが、山下英利委員長が職権で審議の打ち切りを提案し、与党の賛成多数で認められた。野党は「国民への裏切り行為だ」と批判しつつも、「採決に応じなくても法案は成立する。付帯決議をつけることの方が意味がある」として採決に応じた。

付帯決議の内容はほかに、高齢者の負担増に関して低所得者へ十分に配慮すること▽療養病床再編に対する支援策の充実▽安易な公的医療保険の範囲の縮小を行わないこと、など。

法案は、少子高齢化が進む中、患者の自己負担増や長期入院者向け病床の削減などによる医療費の抑制を目指す内容となっている。

具体的には、70〜74歳の医療費を原則1割から2割に引き上げ▽75歳以上の全高齢者を対象とする新しい「高齢者医療制度」の創設▽38万床ある療養病床の削減・再編▽都道府県ごとに数値目標を盛り込んだ医療費適正化計画をつくり平均入院日数の短縮などに取り組む▽医療保険の運営者に加入者らの健診を義務づけて生活習慣病予防に取り組む——などが盛り込まれている。

野党側は「過大な予測をもとに医療費の削減だけを推し進め、国民のニーズにあった医療を提供しようとしていない」などと批判していた。

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国民皆保険 10 / 医療改革関連法案強行採決

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 13 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_10_582c.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、改革、法案、可決、負担増、療養病床、医療費、削減、入院日数、短縮、小泉、首相

今日、医療改革関連法案が参議院厚生労働委員会で審議打ち切り採決で可決された。

民主党は抵抗しきれず。がん対策法案の衆議院通過で自民党と歩み寄ったが、その恩を仇で返されたのか、恩を売られたから何もできないのか。もっとも民主党が採った現実的な対応がせめてもの抵抗だったのだろう。

国民は、改革の一言だけ、郵政民営化の一点で信任した政権によって、自らの生命、健康を脅かされようとしているのだ。知らないままが幸福なのだろうか。

asahi.com 2006.6.13
医療制度改革法案、参院厚労委で可決 14日成立へ
高齢者の負担増などを柱とする医療制度改革関連法案は13日、参院厚生労働委員会で自民、公明の与党の賛成多数で可決された。野党は委員会での採決に出席して反対したが、へき地や産科・小児科などでの医師不足対策への支援策などを求める21項目の付帯決議を自民、民主、公明の3党で提案し、共産党を除く与野党の賛成で採択された。

参考資料

国民皆保険 10 / 医療改革関連法案強行採決資料

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国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 3

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 9 / 米国英国中国

日医ニュースからの、日本医学会ポストコングレスの記事。近藤克則日本福祉大学社会福祉学部教授の論説を保存する。

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日医ニュース
英国の医療改革から学ぶ 1 ( 2006.4.20 )
英国の医療改革から学ぶ 2 ( 2006.5.5 )

近藤 克則 日本福祉大学社会福祉学部教授
どうする日本の医療
第 26 回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム ( 第 2 回・東京 ) より

英国の医療改革から学ぶ – 第 1 回 –

実際にイギリスに一年間滞在して,現地の病院を訪れ,医療従事者と話した経験等を持つ近藤氏は,日本がイギリスから何を学べるかという視点から,イギリスの医療改革について語った.

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OECD(経済協力開発機構)には,現在,三十カ国が加盟している.各国の医療費の国内総生産(GDP)比のデータを見ると,平均が八%前後である.日本の医療費は高いイメージだが,実は,その平均値より低く,他の国と比べて決して高くはない.

また,国の経済力が豊かになり,GDPが大きくなるほど,より多くのお金を医療に使う傾向がある.先進七カ国に限れば平均九%で,日本は第六位,最下位の第七位はイギリスである.しかし,おそらく三年以内に,この立場は逆転する.

なぜなら,イギリスは,先進七カ国中最下位の医療費水準を長年続けた結果,医療が荒廃したため,二〇〇〇年に,五年かけて医療費を一・五倍に増やすという政策に転換したからである.その成果が徐々に現れているとの報告もあり,いずれ日本は追い抜かれて医療費で最下位になる.

もし日本が,引き続き医療費抑制政策を続けるならば,どのような事態が起きてくるのか—イギリスの医療は,現地のジャーナリストが,「イギリスの医療の状況は,今や第三世界並みだ」というほど荒廃した.その背景,経過を,紹介しようと思う.

救急医療で三時間半待ち!?

一九七九年,サッチャー首相が政権につき,医療を良くしようと,種々の改革を行ったが,その青写真を描いたのが,全英にチェーン展開しているセインズベリーというスーパーマーケットのグリフィス会長だった.彼は,日本でいえばイトーヨーカ堂グループの会長のような人で,「もっと民間マネジメント手法を学べ.外枠は税金でも,内部に市場を」というレポートで医療改革をリードした.今の日本に似ており,イギリスは株式会社参入の議論を経験済みである.競争を導入すれば,医療費を増やさずに質は上がると信じて取り組んだが,結果は,いろいろな問題を招いた.

その一端として,“waiting list”と呼ばれる待機者問題が挙げられる(表(1)).例えば,イギリスの二百を超える病院の救命救急センターを受診した約三千九百人を対象にした,入院待機時間の調査では,平均が三時間半を超えていた.

日本でも,“三時間待ちの三分診療”といわれるが,これは救急医療ではなく一般医療での話である.ところが,イギリスでは,救命救急が問われる重症患者でも平均三時間半待つのである.しかも,救命救急センターで「入院が必要なほど重症と診断された時点でストップウォッチを押し,無事病室にたどり着くまで」の時間である.最長記録は七十八時間(三日と六時間)で,待たされる間は,ストレッチャー(車輪付き担架)に乗せられている.他の人が来るといつでも移動させられるような劣悪な環境に置かれるのである.

また,冬になると,インフルエンザ等の流行でベッド不足になり,“winter crisis(冬の危機)”が毎年のように起きる.看護師が,この“winter crisis”の前に辞めたいということで,秋に退職希望者が増えるほどである.

私が滞在していた年には,保健省に対策本部が設置され,退職を考えている看護師に,冬の間働いたら退職金を割り増すなどして,乗り切ろうというほど,深刻な状況だった.

一方,一般医療受診患者の半数は,原則予約制で,二日以上待たないと診てもらえない.

—–

表(1) 待機者問題(waiting list)
・救急医療
200超の救命救急センターを受診した3,893人
→入院待機時間の平均が3時間32分
・一般医療
一般医療受診患者の半数が2日以上待機(2000年)
・専門医療
10万人分の入院待機者リスト削減の公約を超過達成
しかし,さらに100.7万人分も待機者が残っていた

—–

人手不足で入院待機者100万人

さらに,信じられない話があった.私が滞英中に,ブレア首相が二期目の政権をねらう総選挙があった.彼は,一期目の政権に就くとき,専門医療の“待機者リスト”を十万人分減らしてみせると公約し,二期目の選挙直前に,十五万人分も減らし,目標を超過達成したという.選挙公約は守られないものだと思っていた私は感心したが,イギリス国民の反応は非常に冷ややかだった.

実は,十五万人分削減しても,さらに百万人分も待機者が残っていたからである.手術を一年半以上待っている人が百十八人もいて,なかには,他の緊急手術を理由に手術を四回も延ばされ,その間にがんが進行し,手遅れになったという悲惨なケースもある.

この背景には,深刻な人手不足がある.人口当たりの医師数は,ヨーロッパ諸国に比べ約三分の二と少ない.さらに,年間新規登録医師が五年前には一万一千人いたが,最近は,医学部を卒業しても登録せず海外に出てしまい,八千七百人に減少している.その分,研修医たちが一生懸命働いている.ヨーロッパの労働基準法による労働時間は週四十八時間で,日曜日を休み,週六日働いて一日八時間労働である.一方,イギリスでは,医師不足のため,日曜日まで毎日八時間,つまり,八時間余分に働いてよいという労働基準である.しかし,調査をしたら,この五十六時間を超える研修医が六割を占めていて,社会問題化した.

その対策が,“大英帝国”らしいのだが,海外から医師・看護師を受け入れているのである.その規模は,看護師で五千人,多い年では一万人を超え,ある地域では,看護師の七割がフィリピン人だという.

加えて,医学部の定員増などの努力はしているが,なかなか改善しない状況である.

医療費抑制政策からの転換

それらが医療従事者の士気の低下につながっていて,医師の自殺率は,他の同程度の学歴を持つ専門職の二倍だという.イギリスの医師会雑誌『BMJ』の二〇〇一年三二二巻の巻頭言のタイトルは,「なぜ医師はこれほど不幸なのか」.皆そういう思いを抱きながら働いているという.

看護師の自殺率は,同学歴の他職種の女性の四倍で,死にたくなるほどつらい仕事だというわけだ.毎年二一%の看護師が辞めている.ナイチンゲールを生んだ国であり,看護学校は人気なのだが,現場の大変さを知り,進路変更したりして脱落する者が一七%に上る.

イギリスの医療保障制度NHS(National Health Service)が,なぜ,これほど荒廃したのか.多くの研究者が口を揃えていうのが,(1)これほど長期間,医療費抑制政策を続ければ,医療が荒廃して当たり前という理由である.加えて,(2)NHSの組織の肥大化(3)イギリス人にもよく分からないほどの頻繁な制度改革(4)これらの積み重なりによる医療従事者の士気の低下—という四つの理由にまとめられそうである.

これらを踏まえ,ブレア首相が,医療費抑制のままでは無理ということで,二〇〇〇年から五年かけて医療費を一・五倍にすると宣言した(表(2)).「大盤振る舞い」との批判には,「贅沢ではない.ドイツ,フランス並みのGDP比九%に近づけるには,医療費を一・五倍にしなければならない」というのである.

日本も,もし,ヨーロッパ諸国並みにしようとすれば,医療費を三〜四割,増やして当然だということである.

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表(2) ブレア首相の医療費投入宣言
・医療費抑制したままでは無理
・2005年までの5年間に1.5倍=ヨーロッパの平均レベルへ
・The NHS plan(2000)
・The NHS improvement plan(2004)

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英国の医療改革から学ぶ – 第 2 回 –

医療の質については,イギリスでも医療事故が多発し,社会問題化した.日本でも多発しているが,その背景として,医療現場の人手不足が挙げられる.

例えば,日本では,急性期病棟の看護師数は欧米の約半分の水準で,医師数も,医師不足が叫ばれているイギリスと,さほど変わらない.しかも,イギリスは医学部定員を増やしており,いずれ日本より高い水準になるであろう.

日本の医療法が定める基準からみても医師不足である.入院患者十六名ごとに一人,および外来患者四十人ごとに一人の医師を配置するという標準数(人員配置基準)を満たしていない,いわゆる“標欠病院”が,全国調査で二五%もあるのが,わが国の実情である.

さらに,昨年四月に,国立病院が独立行政法人化し,監督官庁になった厚生労働省が,病院職員のサービス残業を調査したところ,残業代の財源が足りないことが明らかになった.逆にいえば,今まで億円単位で残業代を払っていなかった違法状態であったのである.

前述のように,イギリスの研修医はよく働くが,日本でも同様であり,過去の判例では,週七十三時間以上働いていて亡くなった研修医が過労死と認定されている.しかも,日本全国の国立大学病院の研修医の平均労働時間は,週八十八時間であった.

医療事故は,航空機事故とよく比較されるが,日本の研修医は,月に八十五時間に制限されているパイロットの四倍働いている.航空機事故の専門家は,「このような労働実態が現実だとしたら,医療事故が起きないほうが不思議である」とコメントしている.これが,今の日本の医療現場である.

対岸の火事とはいえないイギリス事情

待機者問題についても,「日本はフリーアクセスでよかった」と思うかも知れないが,これは一次・二次医療の話である.病院での急性期治療後の長期療養施設入所希望者が増えて,三十三万人が待機,地域によっては,半年から二年待つといった状況が,現実に日本でも発生している.

ところが,日本では医療費をもっと上げるべきだという世論にはならない.同じような状況に置かれていたイギリスでは,医療費を一・五倍にするという政策にも国民的な支持がある.この違いの原因は,実情が国民に十分周知されていないせいではないかと思う.

次に,日本の医療従事者の士気はどうか.保険医団体が,会員に対し,将来に希望を持てるかと聞いたところ,八十歳以上の会員は八七%が希望を持っていたが,これから医療を担わなければいけない若い会員は,一五%しか希望を持っていなかった.

昔は,自宅の電話番号を患者さんに伝え,必要があれば夜間でも診るという開業医が多かった.ところが,今や,ビルにクリニックを開業するスタイルが増えた.夜電話すると留守番電話が流れていて,不安に感じた母親が,小児科の当直医がいる基幹病院に集中し,病院の小児科医が過労状態になるという悪循環に陥っている.

これらの状況を考え合わせると,イギリスは決して対岸の火事ではない.日本も同じ状況なのに,実は気づかれていないだけではないか.

医療費抑制がもたらすもの

医療費抑制論者たちは,効率を高めればいいというが,果たして費用をかけずに可能なのかを吟味してみたい.

医療政策研究者の間では,(1)必要な人がだれでもアクセスできる公平な医療(2)医療費の安さ(3)医療の質が高いという三つを同時に満たすことはできないと意見が一致している(図(1)).

日本は,フリーアクセスで,コストもそこそこ,質も悪くない.イギリスは,安上がりだが,待機者リスト問題が深刻で,質は日本並み.アメリカは,質は高いが,コストは世界一高く,アクセスは,無保険者が四千万人もいる深刻な状況である.日本の医療制度は,トータルで評価すると決して悪くない.高齢者増に伴い過去に比べ増えているという理由のみで,医療費抑制の論議を重ねていてよいのであろうか.

医療費を抑え続けた場合,二つの可能性がある.一つは,自己負担を増やさず,医療費の総枠を減らす方向で,この場合,医療の質が低下し,供給量が不足して待機者問題が深刻になる.もう一つは,財界人が主張する,自己負担を増やす方向である.これだと公的医療費が縮小し,民間保険に入る人が増え,保険会社は儲かり,お金持ちは大丈夫だが,保険に入れない人たちのアクセスが悪化する.このような行く末を国民は望んでいるのか.

社会的に見て,疾患や障害が低所得者層に多いことは,世界中で確認されている.医療を必要とする人たちが自己負担できないという理由で医療から排除されてしまうなら,果たして何のための社会保障制度であろうか.

図(1) 同時に3つは満たせない

国民が選択する医療の質と医療費水準

過少医療や誤用医療(医療・処方ミス)の対策には,医療費の拡大が必要であり,医療の質向上と費用節減は,過剰医療の抑制でのみ両立し得る.医療の質を犠牲にしない医療費抑制のためには,情報化への投資と無駄な部分の特定をする評価研究が不可欠である.

医療費を抑制し過ぎると,医療の質が低下する.イギリスやアメリカでは,個々の技術や医療機関を評価し,その結果を開示して,国民に選んでもらう時代に向かっている.

イギリスでは,国が,インターネット等を使って,スタンダードの医療水準を国民に公開し,現場では,そのレベルを保つように努力する.さらに,平均在院日数や治療成績も,チェックする仕組みが導入されている.

「評価と説明責任の時代」である.イギリスの研究では,病院の医師が少なければ,医療費は安くなるが,死亡率は高くなる.一方,医師数が多ければ,医療費は高いが,死亡率が低い.これを説明されたうえで,国民がどちらかを選ぶ,そういう時代に向かっているのではないか.

日本の医療の本当の課題

以上,イギリスから学ぶべきものは,医療費を長期間抑制し続ければ医療は荒廃し,その回復には,膨大なお金と時間がかかること,さらに,医療の質や安全性の向上のためには,国レベルの仕組みづくりが必要であること.大局的には,「医療費抑制の時代」を超え,「評価と説明責任の時代」に向かうことが,今,求められている.

日本の医療費水準は先進国のなかでは低い(表(1)).だとすれば,医療費の抑制が課題なのではなく,医療の質,安全性,公平性を崩さないことが課題である.そのためには,適正な医療費拡大は不可欠だという主張に,国民の支持が得られるかどうか.さらに,拡大する医療費を,自己負担とするか,公的負担とするか.これは国民が,どちらを選択するかによって決まる.

加えて,医療従事者,医療機関の自己改革も重要であり,診療報酬による誘導のみでなく,医療全体を底上げするような,国レベルの仕組みづくりが,今求められている.

〈参考文献〉
近藤克則:「医療費抑制の時代」を超えて—イギリスの医療・福祉改革(医学書院)

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表(1) どうする日本の医療
・医療費水準,先進国で最低レベル,医療費のマクロの効率は世界一(WHO,2000)
・むしろ課題は医療の質・安全,公平性確保
・適度な医療費拡大は不可欠
・医療費の総枠拡大に,国民の支持が得られるか?
・拡大する医療費は,公的 or 私的どちらで?
・必要な医療従事者・機関の自己改革
・全体を底上げする仕組みづくりの論議を

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国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 9 / 米国英国中国

日本医学会ポストコングレスについて、週刊医学界新聞の報道を収集する。

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週刊医学界新聞 2006.4.17
日本の医療が進むべき方向を探る

第26回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム開催

さる3月16日,杉岡洋一会頭(九大名誉教授・前総長)のもと,有楽町朝日ホールにて第26回日本医学会総会後のポストコングレス公開シンポジウム「どうする日本の医療」が開催された。日本の医療はWHOで世界一と評価される一方で,患者の満足度は低い現状がある。今後,日本の医療が進むべき方向について討議された。

米国型医療を後追いする医療改革について李啓充氏(医師・作家)は,日本の医療費の対GDP比は先進国の中で平均以下であることを示したうえで,「社会保障還元率,企業の公的負担率が諸外国に比べ著しく低いにもかかわらず,小さな政府の名の下に自己負担をさらに増加させようとしている」と言及した。

そして混合診療導入については(1)財力によるアクセスの不平等を容認,(2)似非医療が横行する危険,(3)医療保険本体が悪用される危険,(4)保険医療が空洞化する危険,を挙げ「有効性・安全性が確認されている医療を保険診療に含めるのが本筋であり,必要な治療が保険診療に含まれていないことが問題」と混合診療導入議論の根底が間違っていると指摘。日本の医療は“患者の権利”と“医療の質”から取り組むべきであるとまとめた。

近藤克則氏(日本福祉大)は,効率(efficiency)・効果(effectiveness)・公正(equity)のすべてが同時に満たされないことを示し,「医療費抑制のみを議論するのではなく,医療の質の向上や受診のアクセス面の確保,健康格差是正など多面的な議論を行い,社会保障制度の拡充を目指すべき」と述べた。

医師の絶対数不足による過剰労働の危険性を本田宏氏(済生会栗橋病院)が指摘。「36時間勤務は多量のアルコールを摂取した時と同程度に判断能力を低下させる。このような状態で診療をさせることは患者の身も危険な状態である」と述べ,常態化している長時間労働による危険を回避するためにも医師を増やす必要性を訴えた。

また本田氏は,現在の医療不信を払拭するためにも,患者と医師の間にある深い溝を埋めるためにも,“医療現場の真実”を医師・患者双方が直視し,理解し合うことを求めた。

飯野奈津子氏(NHK解説委員)は,今日の医療制度改革が財政再建を中心に行われていることを危惧し,本当に必要なことは「患者が納得する,患者本位の医療を実現すること」と強調。そのためにも(1)確かな技術と安全な医療,(2)納得して医療を選べる,(3)安心感とくつろげる環境,(4)生活の質を高める,これらをクリアすることを挙げた。さらに患者と医療提供者の信頼関係がもっとも重要であり,そのためにも権利ばかりを主張するのではなく,患者も自身の病気について勉強する必要があると述べた。

最後に杉岡氏が医療のあるべき姿を決めるのは医療提供者や官僚でもなく国民自身であることを強調し,「日本・外国の医療の現状を正しく理解し,質がよく,信頼され,平等な医療が受けられる制度を維持していくための行動を起こしてほしい」とシンポジウムを締めくくった。

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国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

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日本医学会ポストコングレスでの、李啓充先生の論説「市場原理と医療 米国の失敗を後追いする医療改革」を保存する。出所明記しての転載転送歓迎だそうである。

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市民社会フォーラム
市場原理と医療 米国の失敗を後追いする医療改革

第 26 回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム ( 2006.3.16 ) 抄録

市場原理と医療 米国の失敗を後追いする医療改革
李 啓充(医師・コラムニスト)

・「小さな政府」と医療制度改革

現在、日本では、「小さな政府」を実現することが、あたかも自明の公理のごとくに唱えられ、医療制度改革も、その範疇で議論されることが多い。医療についても「小さな政府」を実現することが大義であると信ずる人々は、「国民負担率」(国民所得のうち、租税と社会保険料の占める割合。なお、国民負担率に財政赤字分を加えた数字を潜在的国民負担率という)なる指標を基に、「潜在的国民負担率は50%以内に抑えなければいけないし、そのためには、医療費の公的給付も抑制されなければならない」と主張する(ちなみに、国民負担率が50%を超える先進国は多く、「50%以内」という数値目標に必然的根拠があるわけではない)。

・「国民負担率」は国民負担の実際を反映しない

実は、「国民負担率が高くなるといけないから、医療費の公的給付も減らさなければならない」とする議論は詭弁以外の何物でもない。なぜなら、そもそも、「国民負担率」は、語感が与えるイメージとは裏腹に、「国民負担の実際」を反映する数字ではないからである。たとえば、先進国中、日本の36%(2005年)よりも国民負担率が低い国は米国(33%)だけであるが、実際の米国民の医療保険料負担は、日本よりもはるかに重いものとなっている。「自営業者、年収700万円、世帯主の年齢50歳、4人家族」という例で年間医療保険料負担を比較した場合、日本での負担が61万円(国保保険料上限額。国民負担率に含まれる)であるのに対し、米国での負担は214万円(マサチューセッツ州最大手の保険会社ブルー・クロス・ブルー・シールド社からもっとも一般的な保険を購入したときの価格。国民負担率には含まれない)と、日本の3倍を超えるのである。

・公的給付削減の果てに待つ米国型医療保険制度

高齢化の進行(医療に対するニーズの量的増加)、日進月歩の医療技術の進歩(医療サービス単価の上昇)を考えた場合、今後、社会全体の医療費支出が増加せざるをえないことは論を待たない。医療費全体が上昇せざるを得ない状況の中で、公的給付を削減すれば、その果てに待つのは、民間医療保険を主体とする米国型の医療保険制度に他ならない。「『公』を減らして『民』を増やした」医療制度が具体的にどのようなものになるのか、以下、米国の実態を紹介しよう。

・「市場原理」に基づく米国型医療保険制度の失敗

「民」の医療制度は、換言すると「市場原理」に基づく医療制度に他ならないが、市場原理によって運営される米国の医療制度の「失敗」の数々の中でも、際立っているのは、以下の4点であろう。

1)財力に基づくアクセス差別:市場原理の下で弱者が排除されることは避け得ず、医療保険を購入する財力のない者は「無保険者」となり、医療へのアクセスを閉ざされてしまう。市場原理から落ちこぼれた弱者(高齢者・低所得者)を救済するために、米国政府は、巨額の税を投入して公的医療保険制度を運営しているが、巨額の税支出にもかかわらず、国民の7人に1人が無保険と弱者を救済しきれず、無保険社会となっている。「『公』を減らして『民』を増やす」という主張は、「(米国式に)財力に基づくアクセス差別を導入する=無保険社会になっても構わない」という主張と同義なのである。

2)医療費の止めどない上昇:「民」主体の医療保険制度は社会全体の医療費を押し上げる特性を持つ。たとえば、米国の保険会社の経営用語に「医療損失」という言葉があるが、これは、加入者から集めた保険料100のうち、どれだけの割合を実際の患者の医療費に使うかという数字である。現在、医療損失が85を超えるとウォール・ストリートで「経営が下手」と評価され株価が下がってしまうので、保険会社にとって、医療損失を下げる(=患者の医療に使う金をできるだけケチる)ことが経営の一大目標となる。その結果、現在、米国における営利の保険会社の医療損失は平均「81」と言われ、公的医療保険(高齢者医療保険「メディケア」)の医療損失「98」と比べると、サービスの受け手にとって、格段に効率の悪い医療保険制度となっている。さらに、営利の保険会社は株価を維持するためには常に高収益を維持しなければならないので、たとえば、保険料値上げ等で顧客の負担増を強いることをいとわない。実際、ここ数年、米国の保険会社は、毎年10%程度の保険料値上げを繰り返している。

3)負担の逆進性:市場原理の下では、大口顧客に対する割引など強者が優遇される反面、弱者ほど負担が重いという「負担の逆進性」の問題が発生する。たとえば、有保険者の場合は、保険会社があらかじめ病院・医師などと値引き交渉をすませているので「割引価格」で医療が受けられるのに対し、無保険者がひとたび病気になった場合は、全額自己負担となる上に、有保険者よりもはるかに高い「定価」で医療費が請求されることが普通となっている。その結果、無保険者が医療費負債を返済できないために破産するという事例が急増、現在、米国では、医療費負債は個人破産の直接原因の第二位となっている。「公的保険の給付削減」が行き着く果てには、「医療費負債による個人破産」が常態化する危険が待っているのである。

4)公的負担の増加:はなはだ逆説的な結果ではあるが、米国の実例を見る限り、「『公』を減らして『民』を増やす」努力は、逆に公的負担を増やす結果となっている。たとえば、民間保険が常用するコスト抑制法として「サクランボ摘み(『いいとこ取り』の意)」があるが、これは既往疾患を有するなどハイリスクの患者を排し、健常者ばかりを集めて医療保険を設定する手法である。健常者ばかりを集めることで民間保険が容易にコスト抑制を達成する一方で、民間保険への加入を断られたハイリスク患者が公的保険に集中するために、公的保険のコストが逆に増大するという結果を招いているのである。

・「市場」のメカニズムが医療では有効に機能し得ない理由

以上、医療費の公的給付を減らした後に生じ得る問題点を4点だけ列挙したが、こと医療に関しては、「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないことは米国の実例からも明らかである。なぜ「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないかというと、それは、医療以外のサービス・消費財については、「財力がなければ購入を諦める」という選択が比較的容易になし得るのに対し、医療のサービス・消費財については、「購入を諦めることは死ぬことを意味する」という状況が容易に生じ得る、という決定的な違いがあるからである。市場のメカニズムが有効に機能し得ない上、市場のメカニズムに委ねることが不平等だけでなくコスト増さえもたらすのであるから、医療については、公的給付を削減することを目指すほど愚かな政策目標はないと言ってよい。換言すると、社会全体の医療費を抑制したいと思えば、闇雲な市場原理主義を振り回す前に、いかにして公的給付を充実させるかを考える方が、はるかに賢明な戦略と言えるのである。

・規制改革/民間開放推進会議の危険な主張

日本の医療制度改革議論の中で、規制改革/民間開放推進会議が、特に「民を増やす」=「ビジネスチャンスの創出をめざす」観点から、日本の医療制度を変えようとしているので、同会議の主張についても検証する。

1)混合診療全面解禁の危険:混合診療(保険診療と保険外診療の混合を認めること)が解禁された場合、自由診療部分の拡大により、広大な民間医療保険マーケットが出現することが予想される。その場合、民間医療保険を追加購入することができない低所得者には、「実質的無保険者」とならざるを得ない宿命が待っている。

混合診療全面解禁後の医療がどれだけ悲惨なものとなるか、以下、中国の実情を紹介しよう。中国では、公的保険は「基礎的医療」しか給付を認めず、最新の検査・治療は、軒並み「保険外」となっているため、病院は「保険外」診療で売り上げを確保しなければ経営がなりたたず、医師の給与も保険外診療の「セールス」に基づく「歩合制」となっている。医師にとっては、患者に高い治療や検査を押しつけないと自分の収入が確保できなくなった上、患者にとっても、入院・手術に際し「キャッシュによる前払い」を要求され、前払いができない場合は診療を拒否されるという、悲惨な状況が日常化しているのである。

2)株式会社による病院経営解禁の危険:先進国の中で株式会社立の巨大病院チェーンが存在するのは米国だけであるが、株式会社病院の方が非営利病院よりも「患者にとって料金が高いうえに、安全性も含めた質が劣っている」ことがデータにより明らかとなっている。それだけでなく、大病院チェーンは、例外なく、診療報酬不正請求など、種々の医療「犯罪」を繰り返していることでも知られている。

・目指すべき方向は社会保障のさらなる充実

以上、「国民負担率を減らすために医療費の公的給付を削減する」という主張の危うさを検証してきたが、そもそも、租税や社会保険料負担について日本で問題にすべきは、その負担が「重い」ことにあるのではなく、納めた税や保険料が国民に対するサービスとして還元されていない、「取られっぱなし」の状態にあることにある。たとえば、納めた租税や社会保険料のうちどれだけの割合が社会保障給付として国民に還元されているかを比較した場合、日本の還元率42%は、「小さな政府」の「先輩」である米国の53%にさえ劣り、先進国中最低となっている(ドイツ59%、スウェーデン76%)。納めた税金や保険料が、今でも、「取られっぱなし」であるのにもかかわらず、政府・財界は、今後ますます「公的医療費の給付を抑制する=自己負担分を増やす」と主張しているのだから呆れる他はないが、高齢化がますます進行する下での日本の医療の将来を考えた場合、「公的給付のさらなる充実」をいかにして達成するか、そのための医療制度改革をこそ議論すべきであろう。

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国民皆保険 9 / 米国英国中国

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 13 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_9_0440.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、改革、改悪、米国、アメリカ、市場原理、小さな政府、国民負担率、規制改革、民間開放

第 26 回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム ( 2006.3.16 ) からの報道、李啓充先生と近藤克則日本福祉大学社会福祉学部教授の論説を見てみる。

李啓充先生は米国と中国の医療の悲惨さを、近藤克則教授は英国の医療の悲惨さを、それぞれ紹介して、日本の医療の今日これからについて警告を発してくれている。

日本は、米国と英国の悪いとこ取りをしているのだ。

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第 26 回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム ( 2006.3.16 ) の李啓充先生の抄録より、見出しと論説の一部を抜粋する。

李 啓充(医師・コラムニスト)

市場原理と医療 米国の失敗を後追いする医療改革

・「小さな政府」と医療制度改革

・「国民負担率」は国民負担の実際を反映しない
「国民負担率」は、語感が与えるイメージとは裏腹に、「国民負担の実際」を反映する数字ではないからである。たとえば、先進国中、日本の36%(2005年)よりも国民負担率が低い国は米国(33%)だけであるが、実際の米国民の医療保険料負担は、日本よりもはるかに重いものとなっている。

・公的給付削減の果てに待つ米国型医療保険制度

・「市場原理」に基づく米国型医療保険制度の失敗
「民」の医療制度は、換言すると「市場原理」に基づく医療制度に他ならないが、市場原理によって運営される米国の医療制度の「失敗」の数々の中でも、際立っているのは、以下の4点であろう。
1)財力に基づくアクセス差別
2)医療費の止めどない上昇
3)負担の逆進性
4)公的負担の増加

・「市場」のメカニズムが医療では有効に機能し得ない理由

・規制改革/民間開放推進会議の危険な主張
1)混合診療全面解禁の危険
2)株式会社による病院経営解禁の危険

・目指すべき方向は社会保障のさらなる充実

近藤克則日本福祉大学社会福祉学部教授

日医ニュース
英国の医療改革から学ぶ 1 ( 2006.4.20 )
英国の医療改革から学ぶ 2 ( 2006.5.5 )

日本でも,“三時間待ちの三分診療”といわれるが,これは救急医療ではなく一般医療での話である.ところが,イギリスでは,救命救急が問われる重症患者でも平均三時間半待つのである.しかも,救命救急センターで「入院が必要なほど重症と診断された時点でストップウォッチを押し,無事病室にたどり着くまで」の時間である.最長記録は七十八時間(三日と六時間)で,待たされる間は,ストレッチャー(車輪付き担架)に乗せられている.他の人が来るといつでも移動させられるような劣悪な環境に置かれるのである.
…..
ブレア首相が二期目の政権をねらう総選挙があった.彼は,一期目の政権に就くとき,専門医療の“待機者リスト”を十万人分減らしてみせると公約し,二期目の選挙直前に,十五万人分も減らし,目標を超過達成したという.選挙公約は守られないものだと思っていた私は感心したが,イギリス国民の反応は非常に冷ややかだった.
実は,十五万人分削減しても,さらに百万人分も待機者が残っていたからである.手術を一年半以上待っている人が百十八人もいて,なかには,他の緊急手術を理由に手術を四回も延ばされ,その間にがんが進行し,手遅れになったという悲惨なケースもある.

参考資料

国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 1
国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 2
国民皆保険 9 / 米国英国中国資料 3

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国民皆保険 8 / 軽費医療外し資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 8 / 軽費医療外し

軽費医療の健保外しの記事。

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NIKKEI NET いきいき健康 2006.6.12

病院処方のかぜ薬など、全額自己負担に——政府・自民検討

政府・自民党は、かぜ薬など市販薬と類似する医薬品を医療機関が処方した場合、公的医療保険を適用せず全額を患者の自己負担とする方向で検討に入った。歳出・歳入一体改革の一環で、医療機関の薬剤投与を抑える。医療費の2割を占める薬剤費の抑制につなげる狙いだが、来夏の参院選を控え与党内の反発も予想され、調整が必要になりそうだ。

自民党の歳出改革プロジェクトチームが検討、月内にもまとめる2011年度までの歳出削減案に反映させる方針だ。

[2006年6月12日/日本経済新聞 朝刊]

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国民皆保険 8 / 軽費医療外し

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 12 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_8_2163.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
国民皆保険、医療、保険、免責、保険外し、軽費

保険免責と軽費医療の保険外し、この二つの政策の真の目的は何か。

健康保険財源の 80% は、レセプト 1 件あたりの医療費が高額なもの、上位 25% の件数のレセプトで占められている。その高額なものとは、胃切除手術での 1 ヶ月以内の入院程度の医療費から上のものである。大多数の病院での入院医療が含まれる。

逆に言えば、大多数の小規模医療機関での外来診療、軽費医療に使われる医療費は、少ないのだ。それを何割か削った所でさほどの医療費削減にはならない。

その軽費医療を無理矢理削減する方策が次の二つである。

1. 保険免責
2. 軽費医療の保険外し ( 廉価医薬品や低額な処置・検査など )

アクセスとそこそこの質を安価に提供している日本の医療。国民皆保険である日本の医療は社会保障そのものである。セーフティネットだから、落っこちる直前に、あるいは落っこちかけた所ですぐに救い上げてもらえるものでなければならない。

保険免責と軽費医療の保険外しは、軽症な内の受診を抑制する。さらには、受診、すなわちアクセスそのものも抑制する。保険免責と軽費医療の保険外しは、落っこちる者を落っこちかけた所で救い上げることを困難にする。セーフティネットを破壊するものである。

—–

軽費医療の保険外しは、私が知る限りでは、1997 年頃には、日本医師会内部で整形外科、耳鼻科などの処置の逓減制といった形で議論されていたらしい。政府厚生省がいつ考えだしたかは分からないが、同じ頃には官僚も考えていただろう。2002 年改定の頃から診療報酬改定の具体的な話の前段階程度の所には顔を出すようになった。いわゆるアドバルーンといった形でである。

実際には、いわゆる医薬品のコンビニ販売開放と、眼科の検査のマルメ、リハビリテーションでの混合診療導入などで、それと分からないように道筋が付けられた。

これからは、風邪薬、胃腸薬、抗アレルギー剤、ビタミン剤、湿布などの保険外し、眼科耳鼻科の検査や、いわゆる物療などの消炎鎮痛処置の保険外しかマルメ。こういった方法で軽費医療を保険から外そうとしている。

—–

保険免責と軽費医療の保険外しは、医療費削減にはならない。却って増える恐れがある。

保険免責と軽費医療の保険外しは、医療へのアクセスの最初の段階、すなわち傷病が軽度なうちの受診が抑制される。そうすれば、重症化してからの受診が却って増え、医療費抑制にはつながらないのではないか。

医療機関は、個人零細診療所か、大規模急性期病院しか、経営が成り立たないような診療報酬になってきている。療養病床は削減・廃止となって慢性期医療は在宅医療しか生き残れなくなった。保険免責と軽費医療の保険外しは、その零細診療所を潰すことしかできない。医療費の大部分を使っている急性期病院の医療費は減らない。

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では、保険免責と軽費医療の保険外しは、いったい何のためだろうか。

1. 日本医師会の構成要員の大部分を医療から撤退させ、日医を弱体化させる。
2. 中小医療機関を潰して、大規模医療機関またはそれらの医療機関の関連の施設、すなわちそのチェーンに再編する。

自民党、規制改革会議や財界の勢力は、実は、これを狙っているのではないか。

参考リンク

患者を救う背景

参考資料

国民皆保険 8 / 軽費医療外し資料

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国民皆保険 7 / 亡国の医療制度改革

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 12 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_72_f449.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
国民皆保険、医療、保険、米国、アメリカ、金融、混合診療、株式会社、営利

吉原忠男埼玉県医師会会長が、自身の埼玉県医師会のウェブサイト上で公開している論説を紹介する。

埼玉県医師会
医療制度改革を考える
混合診療全面解禁について
「弱者切り捨て」の医療制度改革を阻止しよう
亡国の医療制度改革
日本医事新報 No. 4235 p. 59 – 60, 2005. ( こちらに保存 pdf 217KB )

今国会での医療改革関連法案の、真の目的が分かる。以下にも紹介したように、米国財界を結果として利するのだ。あるいはそれがそもそもの目的なのかもしれない。

亡国の医療制度改革
医療
日本における平均的な高齢者の医療費は、65才以下のそれに比べて5倍以上で、それが過去10年にわたり高齢者医療を年率8%押し上げている。医療機器、医薬品の薬事規制と償還価格制度を改革することが日本の医療制度改革の鍵となるであろう。日本が医療サービス分野を営利企業に開放し、株式会社の参入を要望する。

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国民皆保険 6 / 家を売ってでも資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 6 / 家を売ってでも

オリックス証券/Coffee Break>宮内義彦ジャーナルに掲載されていた週刊東洋経済/2002.1.26号の記事

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http://www.orix-sec.co.jp/brk_jour/mj_11.html
オリックス証券/Coffee Break>宮内義彦ジャーナル

規制改革と日本経済活性化
規制改革で日本を世界の負け組から勝ち組にしよう
週刊東洋経済/2002.1.26号

規制改革委員会は、2001年4月に内閣府に直結した「総合規制改革会議」に衣替えした。議長には委員会の委員長であった宮内氏が就任。01年12月11日には答申を小泉首相に提出した。規制改革は日本経済活性化の焦点である。宮内氏にその成否を聞いた。

——今回、総合規制改革会議は内閣府に直結して首相に諮問ができ、各省庁にも勧告する権限を法的に与えられました。新体制は、以前の規制改革委員会とは異なりますか。

規制改革に随分と長い間お付き合いしてきましたが、組織はいろいろと変わってきました。ただ、組織の変化よりも、その時々の政権の意欲のほうが、実態としての影響は大きいです。

——小泉首相は規制改革について意欲的に取り組むと公言していますが、実際にはどうなのでしょうか。

ちょうど山に登りかけて、もっと頑張らなければいかんという時期にあります。構造改革といえば、やはり規制改革をやらなければだめだという認識が深まってきました。今の「総合規制改革会議」を作ろうと言ったのは前内閣ですから、衣を作ったのが前内閣で、魂を入れようとしているのが現内閣です。

制度変更にも踏み込む

——改めて基本的なことをうかがうと、なぜ規制改革は日本の構造改革のために必要なのでしょうか。

経済活動の資源は有限ですから、効率を高めなければならない。一国というより、今や世界のなかで効率競争をするようになってきました。このなかで日本は負けてしまって、さらに負け続けるでしょう。日本の経済システムの効率が悪いからです。

それは何かと言えば、経済活動を官が担っている。ということは、これは旧ソ連と同様ですから、完全に負け組です。それから政府が非常に関与した経済活動——統制経済が日本にはあります。これもやはり市場経済には負けてしまいます。官による経済活動と統制色の強い経済は変えていかなければなりません。

特殊法人改革のように、民間にできるものは民間に任せるべきで、統制色の強いものを市場経済にするための手法が、規制改革です。経済の効率を高めて、GNPを上げ、再び成長路線に行こうということです。

特に今回(の答申で)は、重点六分野(医療、福祉保育等、人材(労働)、教育、環境、都市再生)を指摘し、官が関与する制度的なところに踏み込みました。そうした制度的なところにも、民間の知恵と活力を入れていかなければならない。過去の規制改革より、対象範囲が広がったことは事実です。

過去にも労働法規、情報通信ではNTTの組織問題といった極めて制度的なものに踏み込んだ経験もあります。そういう過去の蓄積があってもっと大きな壁に挑戦し始めたのですが、壁は厚ければ厚いほど、抵抗勢力が強いということになります。

——壁が薄くて早く実効をあげられるものはあるのでしょうか。

たとえば、金融ビッグバンはグローバル経済からの外圧もあり、やらざるをえないという面がある。これに対して、医療制度は「世界に冠たる国民皆保険」とだけ言えば、競争なしです(笑)。過去の委員会に対して、「やれることしかやっていないじゃないか」という批判がありますが、まさにやれることは必死でやってきたわけです。

保険医療一辺倒からの脱却を

——最も厚い壁は医療ですか。

医療、福祉には確固たる「鉄壁の城」ができています。それを崩しにかかるのですから、少々のことでは動きません。特に医療はGDPの七%という大マーケットです。

——医療ではどのような方法で改革への道筋を作れるのでしょうか。

医療は保険医療という日本独特のシステムが立ち行かなくなった。だから保険制度を、小さくしようということになります。医療イコール保険だけではなく「自由診療も認めよ」という考え方です。公は保険、民は自由診療で、公民ミックスで多様な要求に応じればよい。しかし医師会は反対です。制度変更と同時に既存制度でも、もっと合理的にやれるのではないか——既存制度の中身の透明度を高めようということです。

——具体的には。

既存の保険制度のなかにある無駄を排除しよう、たとえば、報酬の出し方が基本的に出来高払いですが、症状別の標準方式、定額払いという方向にもっていきたい。国民の医療費をGDPの七%に抑えるというのはとんでもない。一〇%でも何でもよいと思います。国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、「健康保険はここまでですよ」、後は「自分でお払いください」というかたちです。

金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。それを医師会が止めるというのはおかしいのです。医療サービス、病院経営には民間人の知恵を入れるべきでしょう。企業が病院を経営してもよい。利潤動機の株式会社に、人の命を預かる医療を担わせるとは何事かと言われるわけですが(笑)。

——学校給食についても、民間業者に任せるという話に対しては、利潤動機の企業は何をするかわからないという意見が根強くあります。

それは医師会御用達の思想で、それを言うなら、よく自動車に乗りますね、飛行機に乗りますね、ということになります。民間企業が利潤動機で作った車の四つの車輪の一つは絵が描いてあるだけだと思いますか。ばかばかしい議論です。そんなことを言っていれば、社会主義になってちょうだいということです。国のやるべきことは飛行機が何回着陸したならばタイヤを変えなさい、または点検しなさいというルールを決めることです。学校給食で言えば、栄養士の資格のある人を何人雇うかとか、衛生基準を守れということで、国営で給食を作ろうが、民間業者が作ろうが同じ話です。こういう単純なことがどうしてわからないのでしょうか。

経済活動のなかには、パブリックに多くの人にサービスする場合と、一個人にサービスするものがありますが、パブリックなサービスは、パブリック・イコール・パブリックにしなければいけないと思っているのです。とんでもない話で、パブリックの目的さえ達すれば、それは民間がやるほうがよっぽどうまくいくのです。霞が関がパブリックというとき、実は自分の省だったりするのです。

——重点六分野で、制度自身の変更は、他にどのようなことが考えられるでしょうか。

たとえば、教育をなぜ文部科学省にやってもらわなければならないのか。文部科学省が描いたとおりでないと、教育ではないというのはまことにおかしな話です。

——02年に規制改革はどのようなスケジュールで進めますか。

これはやはり政治のリーダーシップによります。規制改革もあるが、まずは景気が大事だとなれば、それで止まってしまう。

役所が嫌悪するバウチャー導入

——本番を迎える税制改革と規制改革との連動性は出てきませんか。

税金と補助金はイコールで市場メカニズムをつぶしています。たとえば補助金をもらっている特定の人は、他に対して競争力を強めてしまう。他が全部、自由でも、まともな競争にはなりません。

たとえば、保育園。認可保育園と無認可保育園があり、片方は補助金があり、片方は補助金がない。それなのに認可基準は同一ではおかしい。無認可に入らなければならない待機児童を救わなければならないのです。無認可に関しては最低基準を作ろうという考えです。既得権益と、そこからあぶれた側とで、大きな差があるからです。認可保育園の園長さんたちに囲まれたこともありますが、あの人たちにトータルにものを見ろと言っても殺生な話で、制度が悪いのです。

老人ホームでも同じです。施設ごとに補助したり、しなかったりというのがおかしいので、対象になる人に、一人ずつバウチャーを持たせる制度がよい。しかし厚生労働省も、バウチャーと聞いた途端に取り合わない。自分の聖域、自分の作った制度が全部、がたがたになるからです。学生に教育バウチャーを与えよという考え方もあり、私学助成などやめてしまえということです。それがいちばん合理的なのですが。

——都市再生と言ってもさまざまな規制があって、動きが取り難い。

邪魔をするわけで、すごい国だというのが私の結論です。

——規制改革の障害はどのような形であるのでしょうか。

具体論としては、法律を作ったり、変えてもらわなければならない。歴代総理は、みな改革を頑張ろうとは言われるが、(自民)党のほうが難しいので、ここまでにしておきましょうということになる。規制改革は自民党で熱心な反対議員が二〜三人いれば止められる。総務会で全会一致でないと法案をOKしないというのは逆民主主義です。閣議決定にならなければ、省庁は聞きません。日本では閣議決定になれば、それを役所は真面目に聞きますので、そこが肝心です。

総合規制改革会議の委員と役人が相対しますが、役人は間に立って、業界ともやらなければならない。業界とのやり取りに失敗すると、業界は族議員に働きかける。そして族議員がつぶしにかかるのです。

——日本をこういう姿にしたいというビジョンがあって、そこから逆算して規制改革に取り組まれているのでしょうか。

非常に簡単ですよ。世界のなかの負け組から勝ち組になることです。何が何でもなってほしいと思うわけです。経済的な勝ち組になれば、社会的な勝ち組にもなるんです。経済的な富がなければ、良い社会は作れません。豊かななかから世界をリードする文明、文化が生まれてくるのです。経済的に勝たない限りだめですよ。

インタビューを終えて
宮内さんは経営との二足のわらじで長年にわたって規制改革に取り組んできました。ムシロ旗が会社の前に立つような状況もあり「何で私がこんなことせにゃいかんのか」と言いながらも、激しい闘志を燃やしています。小泉首相を都会的な自主自立の人と評しますが、景気悪化で構造改革が崩れ政権崩壊なら、最悪の事態になると予言されていました。

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国民皆保険 6 / 家を売ってでも

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 6 月 9 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/_7_670c.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
国民皆保険、医療、保険、米国、アメリカ、金融、混合診療、株式会社、営利

もう間もなく、日本人の生命、健康を米国保険金融財閥に売り飛ばす法律が成立する。

私は日本共産党のシンパではないが、これだけの危機感を今の日本人は理解できないだろう。

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医療改悪法/社会的連帯ではね返そう
窓口負担増、保険料引き上げ、病院追いだし …
70歳以上の窓口負担を2割、3割に引き上げる。高齢者の保険料は年金から「天引き」にする。重症患者の治療費は、老いも若きも負担増。そのうえ長期入院用のベッドをなくし、病院から高齢者を追いだす計画まで…。“お金の切れ目が、命の切れ目だ”といわんばかりの医療改悪です。

「混合診療」導入
「保険証1枚あれば、必要な医療はすべて受けられる」が、日本の医療制度です。だから、人工透析、眼内レンズ、臓器移植など、最初は保険のきかない高額の医療であっても、やがて保険のなかにくみこまれてきました。
政府が導入をねらう「混合診療」は、このしくみをこわそうというものです。「よりよい医療技術や新薬は保険の対象外に。うけるためには高額の治療費が必要」「お金のない人は保険のきく範囲で」──こんな「混合診療」が導入されたら、保険証だけで病気を治すことができなくなってしまいます。

日米の保険会社のもうけのために
アメリカ系保険会社は、早くも、「のしかかる自己負担」「公的保険適用外の治療費への備えも必要」などをうたい文句に、保険加入を大宣伝しています。

医療費の抑制 – 企業の保険料負担だけが軽くなる
政府や財界は、このまま医療費が増大すれば、経済も財政も破たんすると国民を脅しています。しかし、日本の医療費はGDP比で7.9%と、アメリカの14.6%、ドイツ10.9%、フランス9.7%などと比べても低い水準です(経済開発協力機構の調査)。一方、公的医療保険における窓口負担割合は、イギリス2.0%、ドイツ6.0%、フランス11.2%などに対し日本は16.1%と、患者の窓口負担が突出しているのです。
それなのに、財界は自分たちの保険料負担だけは軽減したいという欲望で、患者負担増を要求(右欄に抜粋)し、小泉内閣はこれを進めようとしているのです。
医療費の患者負担割合を増やせば、医療保険から給付される額が減ります。窓口・保険料負担をあわせた国民負担は増え、企業や国の負担は軽くなるしかけです。

しんぶん赤旗
医療 「しんぶん赤旗」の関連記事一覧
厚労省がデータ“改ざん” 療養病床削る根拠なし 2006.6.2
廃案しかない 医療改悪法案 2006.6.4
医療改悪法案 住江保団連会長の陳述 参院委 2006.6.4
治療の格差 無制限に 2006.6.7
医療改悪法案 看護師不足に拍車 2006.6.7

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オリックス証券、宮内義彦ジャーナルに掲載されていた週刊東洋経済/2002.1.26号の記事

金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。

強欲極まれり。

参考資料

国民皆保険 6 / 家を売ってでも資料


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» 日本医師会へのエール トラックバック 新小児科医のつぶやき
医療危機への解決策を結構あれこれこねくり回した挙句、悲観的な結論を5/18のエントリーにしています。簡単にまとめるとこのままではどうしようもない。流れは悪い方に加速する一方で、具体的な改善案は、私だけではなく多くの心ある医師がネットでも発表していますが、その… [続きを読む]

受信: 2006/06/14 12:15:46


コメント

オリックスの宮内オーナーの言葉は凄いですね。たぶんこれでも幾分の謙遜をしていて、本音は「家を担保にオリックスから金を借りろ」を我慢してのものに思われます。小泉政権下で増長慢を募らせている経済人の政治支配を減らすには選挙でしょうね。

民主党にどれだけ期待をもてるかは問題ですが、少なくとも政権が変われば自民党政権下で我がもの顔に歩いていた連中は少しは遠ざけられるでしょうから、流れが変わることぐらいは期待できます。そういう目で日医も動くぐらいの姿勢が無いものでしょうか。劣勢に立っている民主党を支援すれば恩を売れますし、政権を奪えば影響力が出ます。自民党なんかいくら支援しても、とうの昔に梯子は外されている事にエエ加減気がついても良さそうですが。

投稿 Yosyan | 2006/06/09 19:04:13

Yosyan 先生侍史
こんにちは、またはこんばんは

コメント有り難うございます。

日医は植松前会長のときに、自民党と距離を置き、是々非々路線で臨みましたが、小泉の医師会改革政策、すなわち会長選挙への介入により、また自民党追従路線に戻ってしまいました。医療改革関連法案強行採決はその証明書みたいなものです。

対決路線でも、追従路線でも、日医の政治力はほとんど無くなってしまいました。そこで日医の存在感を増すための方策として、民主党との政策での連携は検討すべきと思います。

ただ、民主党支持に鞍替えしましたら、何年もの雌伏の年月を経なければならないかもしれませんし、自治労をはじめとした労働組合、健保連との力学で、民主党支持層の中で冷遇される恐れがあります。

また、政権政党から離れると、政府内での様々な委員会への参加、中医協にしても、医療機能評価機構での医療事故の検証システムの制度化にしても、政策に関与していくチャンスが大幅に失われます。

それらのことを踏まえて、崩壊しつつある医療の現状は、今の自民党政府に引っ付いているだけでは防げないだろう、ならばいったん崩壊させて、対立する政権ができて再建に取り組む、とするしかないのかもしれないとも思います。スクラップアンドビルド、これは甘いささやきで、ついそっちに走ってしまいそうになりますが、現実にはそれはできないでしょう。

私は、政権内での政治力を回復するよい手段が日医に残っていない現在、政策、候補者ごとの是々非々路線と、世論を味方につける広報戦略が必要かと思います。

投稿 道標主人 | 2006/06/10 22:42:24

道標主人様。非常に現実的な意見だと私は思います。政治力は衰微したとは言え、政権内にいるメリットは捨てがたいのはご指摘の通りかと思います。民主党が政権を奪取してのスクラップアンドビルドにどれほどの期待が持てるかと問われれば決してバラ色とは思えないからです。

ただ政権内での影響力の保持の観点から見ると微妙なものがあります。前回総選挙の結果は自民圧勝で間違いありませんが、投票率で見るとかなりの僅少差です。オセロゲーム的な結果であり、次回は民主党に僅差が傾く可能性があります。何が言いたいかですが、これまでのように自民永久政権の前提がどれほど信頼できるかです。民主党の動向をどう評価するかで変わりますが、本当に二大政党時代がくる可能性があります。

二大政党が政権を奪取しあう時代が来れば、自民党支持一辺倒では民主党政権時代には冷飯となります。そのため取るべきスタンスとしては2つ考えられます。一つはどちらかの政党に肩入れして冷飯時代を甘受する。もう一つは時の政権与党に擦り寄っていく。どちらにしても難しい選択を迫られる時代だと思います。

投稿 Yosyan | 2006/06/11 17:16:59

Yosyan 先生侍史

重ねてご教示有り難うございます。

日医は、今の自民党政権の中では、どれほどのこともできなくなってしまっています。

ポスト小泉をにらんで、二階、古賀、津島各氏らが動いているようですが、これらの動きが、次の自民党内での力関係につながってくるのかもしれません。安倍氏が総裁になっても、小泉首相ほどの独裁は難しいでしょうかね。

そうしましても、自民党内の派閥力学、人脈で政策実現を目指す、旧来の日医のやり方も使えるでしょうか。それは多少は機能しても、かつてのような政治力で診療報酬増額改定などは無理。財務省、規制改革会議などをバックにした大臣、議員の力の方が勝っているだろうと思います。

また、小沢民主党が力を付けてきて、次期参議院選挙で自民党を凌駕するようになりましたら、先生がおっしゃるとおり、二大政党制につながっていくかもしれません。経済界でも、規制改革会議 – 米国財界利権につながろうとする勢力もあれば、小沢氏を支持する人たちも結構いるらしいです。

私は日本医師連盟には入っていません。自民党べったりではだめだと考えるからです。

これらをふまえて、私は、
1. 日医が国民に好意的にとらえられること
2. 日医は政策ごとに、是々非々で各政党と対峙すること
この二つが同時に成り立てば、政治力がアップするのではないかと思っています。

政策に是々非々で対応することは、国民の支持を得る基本でもありましょう。ぶれない軸で医療と社会保障を守る、という態度に出るのです。1,700 万署名を一瞬にして反古にするような、衆議院厚生労働委員会での参考人発言は、切腹ものです。

電通の人を引き抜いて座らせているようですが、なんか全然だめっぽいですね。日医の対外広報をもっと強力なものに改善しなければなりません。

—–

民主党は、党員、サポーターがまだ少ないらしいので、日医が民主党支持に鞍替えして、日医連の加入医師が全員民主党党員になってしまえば、民主党内での大勢力になるかもしれませんね。

投稿 道標主人 | 2006/06/12 22:25:49

道標主人様、有益な意見交換が出来たと感謝しています。

日医は現在非常に難しい時期にあると思います。自民に擦り寄っても扱いは冷たいですし、民主に擦り寄ってもどう扱われるか未知数です。そのうえ政権の行方自体が二大政党時代にでも移行されたら、政権内部での影響力行使は今よりさらに難しい舵取りが予想されます。

そんな先行きでの道標主人様のこれからの日医のあり方は卓見かと存じます。自民でもなく民主でもなく、少なくとも医療問題においては日医は第3極の立場を取るという考えに賛同します。また第3極の立脚する地として国民の支持を広く集めるという意見にも賛成です。

大変申し訳ありませんが、この意見交換をベースにして当方ブログで日医のあり方をエントリーさせて頂きます。よろしく御了承くだされば幸いに存じます。

投稿 Yosyan | 2006/06/14 12:14:53

Yosyan 先生侍史

こちらこそ、有り難うございました。

> よろしく御了承くだされば幸いに存じます。
はい。またお邪魔させてください。

日医の在り方について、少し勉強して考えたことなどもあります。また資料を整理してここに載せていこうと思います。

投稿 道標主人 | 2006/06/14 15:05:06

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国民皆保険 5 / 松谷医政局長資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 5 / 松谷医政局長

今年度 ( 平成 18 年度 ) の厚生労働省の医系技官採用情報に、松谷医政局長の文章を見ることができる。

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採用情報TOPへ
医系技官

はじめに
医系技官の活躍する部局
応募から採用まで
平成18年度医系技官採用募集パンフレット(作成中)
平成18年度医系技官募集要項
医系技官業務説明会のお知らせ
医系技官見学ツアーについて

厚生労働省医政局長  松谷 有希雄   

我が国は、今日では世界でも最も高い水準の医療提供体制が整えられており、全般的な生活水準や公衆衛生の向上が相まって、世界最高レベルの健康水準を実現するに至りました。

特に我が国の保健医療システムは、世界保健機関(WHO)のWorld Health Report 2000 においても、世界で最も総合的に優れているとの評価がなされています。

しかしながら、一方では、出生率の低下や平均寿命・健康寿命の延伸による人口構造の変化、新興・再興感染症等の新たな健康危機の発生など、健康をとりまく様々な社会情勢の変化が起こっており、国民生活に直結する分野を担当する厚生労働省の役割はますます重要性を増してきていると言えます。

このような中、医系技官は、厚生労働省を中心とした国内外の多くの機関で、その医学知識を活かしながら、生命や健康と直結した非常に重要な役割を担っています。具体的には、医療制度分野においては、根拠に基づく医療(EBM)の推進、医療安全の推進、医師の臨床研修の推進、急性期医療の効率化・重点化等、医療提供体制の改革の実行。公衆衛生分野においては、保健所等を通じた地域保健の向上、生活習慣病・難病対策、健康づくりやたばこ対策、エイズや結核等の感染症対策の推進。また、鳥インフルエンザや牛海綿状脳症(BSE)等の新たな健康危機への対応等が挙げられます。

他にも、食品安全の確保や職業性疾病対策、生殖補助医療のあり方の検討、精神障害者の自立支援の体制づくり、介護保険制度の充実などがあり、いずれも一刻の猶予も許されない課題であります。

このホームページをご覧になっている方は、医学を志した時、あるいは臨床研修に進む時、臨床研修を終えた時、専門分野の一里塚に到達した時、その時々に自分の将来を託す道を決断してきた経験をお持ちだと思います。

私たち医系技官も、医学を志し、修めたものとして、自分の将来を何に託すかという問いに直面したとき、日本国民のみならず世界の人々の健康と安全を守るための政策を具現化・推進することを選択しました。そして今、厚生労働行政を担う重責を感じつつ、日々の活動に全力を傾注しています。

私たち医系技官が医学を修めた方々に知って頂きたいこと、それは全ての国民が健康で幸せな生活を営むことを支えるには、臨床や研究以外にも行政という道があるということです。そして、その役割を通じて社会に貢献することの醍醐味を、我々医系技官に会い、知り、感じてもらいたいと思います。

21 世紀の厚生労働行政を担う医系技官には、豊かな人間性、自由な発想、健全な研究心、行動力をもった若い人材が求められています。そのような意欲ある方が集い、一緒に働く機会を得ることを期待しております。

このホームページをご覧になり、共感された方々の応募をお待ちいたしております。

医系技官は、その専門的能力を背景として、厚生労働省をはじめとして、他省庁、国際機関等国内外を問わず、幅広い機関において活躍しています。

1 厚生労働本省
保健・医療・福祉・労働に関する部局において、その専門知識を発揮する技術系行政官として、事務系行政官とともに厚生労働行政を担っています。

2 厚生労働省付属機関
検疫・防疫の第一線機関である検疫所、試験研究機関である国立保健医療科学院・国立感染症研究所・国立医薬品食品衛生研究所等、国立高度専門医療センターである国立がんセンター・国立循環器病センター・国立精神・神経センター・国立国際医療センター、国立成育医療センター、国立長寿医療センター、地方支分局である地方厚生局において、我が国の健康安全、科学技術政策の向上の一翼を担っています。

3 他省庁
次のような省庁等において、保健・医療に関連する業務を担っています。

人 事 院
国家公務員の健康安全対策推進に関する分野

内 閣 府
我が国の総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整に関する業務(総合科学技術会議)、原子力の安全確保・防災・緊急時対応・環境モニタリングに関する業務(原子力安全委員会)、食品の安全確保のためのリスク評価に関する業務(食品安全委員会)

防 衛 庁
自衛隊員の衛生管理に関する分野

総 務 省
救急搬送体制等救急救助に関する分野

法 務 省
矯正施設収容者の保健・衛生・医療に関する分野

文部科学省
学校保健やエイズ教育等の学校健康教育分野や、放射線安全の分野、ライフサイエンスに関する研究振興分野

環 境 省
有害化学物質等の環境に起因する健康影響の調査・研究や環境安全に関する分野、公害病患者の救済・予防等の環境保健分野、自然環境分野

4 関係機関
国際協力機構、宇宙航空研究開発機構、医薬品医療機器総合機構等、保健医療科学や厚生労働行政と関係する機関

5 海外
大使館・政府代表部(国際連合日本政府代表部、フィリピン大使館)、WHO(世界保健機関)、UNAIDS(国連合同エイズ計画)、UNSIC(国連インフルエンザ対策調整事務局)、

1 応募資格

(医師)

日本国籍を有する医師であって、原則として大学卒業後5年未満の者。ただし、平成16年4月以降医師免許を取得した者にあっては、臨床研修を修了した者(見込みを含む。)とする

※詳細は、医系技官採用担当へお問い合わせください。
※なお、本年度は歯科医師の募集はしておりません。

2 応募手続

 (1) 応募書類

①履歴書(I)・(II)
②医師免許証の写し(A4判に縮小すること)
③推薦状(様式不問)
④小論文(別添課題)
⑤緊急連絡先等登録証(別添様式)

 (2) 問い合わせ及び書類提出先(書類提出は書留で送付して下さい。)
〒100-8916 
東京都千代田区霞が関1丁目2番2号

厚生労働省大臣官房厚生科学課 医系技官採用担当
電話 03-5253-1111 内線3806 
03-3595-2171(夜間直通)

なお、厚生労働省のホームページ:http://www.mhlw.go.jpのMailBox経由でも問い合わせができます。 

3 応募期限
平成18年9月1日(金)

4 選考方法
一次試験:筆記試験及び面接
二次試験:面接

5 試験日程
一次試験:平成18年9月を予定、二次試験:平成18年10月を予定

6 採用時期
原則として平成19年4月1日

《研修医・医学生の皆様》
下記の通り、厚生労働省医系技官業務に関する説明会を開催いたします。「百聞は一見にしかず」、具体的な関心のある方から、霞ヶ関がどんなところか興味がある、といった好奇心旺盛な方まで、広く皆様に、医系技官の業務を知って頂きたいと願っています。
皆さんのご参加をお待ちしております。

【開催日程】
開催日:平成18年3月21日(火・祝日)    終了
会 場:厚生労働省9階省議室
東京都千代田区霞が関1−2−2 

開催日:平成18年6月24日(土)
会 場:独立行政法人国立病院機構九州医療センター2階 第二会議室
福岡県福岡市中央区地行浜1丁目8番1号

開催日:平成18年7月2日(日)
会 場:厚生労働省9階省議室
東京都千代田区霞が関1−2−2 

【開催プログラム】
 ■13:00〜15:00:個別の事前相談(希望者のみ)
 ■15:00〜18:00:説明会(説明と質疑応答)

(留意事項)
・本件に関するお問い合わせはすべて、下記、医系技官採用担当までお願いします。
・事前の予約は不要です。直接会場までお越し下さい。

【対象者】
・医学部卒業後原則として5年未満の医師
・医学部在学中の学生

【連絡先】
 ご不明な点がございましたら、ご遠慮なく下記医系技官採用担当までご連絡下さい。

〒100-8916 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2
厚生労働省大臣官房厚生科学課 医系技官採用担当
TEL:03-5253-1111(内線3806)
03-3595-2171(夜間直通)
FAX:03-3503-0183

医学生や研修医の皆さんにとって、霞ヶ関の省庁の仕組みや役所のデスクワークは、どうもイメージがわかず、医系技官が実際にどのような仕事をしているのかわからない、というご質問やご指摘を数多く頂いております。

そこで、厚生労働行政や医系技官に関心のある研修医・医学生の希望者を対象に、実際に各部局で働いている医系技官から、職場の様子や実際の業務、生活ぶりなどについての話を聞く、「医系技官見学ツアー」を随時受け付けています。ご興味のある方は、どうぞご遠慮なく上記、医系技官採用担当までお問い合わせください。

【対  象】
 ・医学部卒業後原則として5年未満の医師
 ・医学部在学中の学生

【人  数】
 ・原則5名〜10名のグループ単位でお願いしています。
(5名未満の場合には、「見学ツアー」としてではなく、採用担当者の個別訪問という形でお受けしています。)

【時 間 帯】
・午前10時〜午後5時を基本としています。
(適宜ご相談にも応じます。)

【内  容】
・省内3〜5部局程度の担当者による業務説明と質疑応答が中心です。
(見学部局は可能な限りご希望に沿うようアレンジします。なお、ご要望があれば、国立がんセンター、検疫所、他省庁などの関連部門を含める等のご相談にも応じます。)

・来訪時に審議会等が開催されていれば、適宜(可能な限り)、

その見学や傍聴も合わせて組み込むことにしています。

【そ の 他】
・霞ヶ関までの交通費は自己負担です。
・昼食も適宜ご自身でとっていただきます。

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国民皆保険 5 / 松谷医政局長

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 5 月 23 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/06/__4d0c.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
松谷有希雄、厚生労働省、医療課長、医政局長、医系技官、診療報酬、引き下げ

2002 年 4 月の診療報酬改定は、国民皆保険制度始まって以来、初めて医科本体、すなわち、医師の技術料が引き下げられた。その中心人物の一人が松谷有希雄厚生労働省医政局長 ( 当時、保険局医療課長 ) だった。

史上初めての大手柄を挙げた松谷課長は、すぐに防衛庁に出向した。批判をかわすために隠れたか、次の出世のために一時息をひそめたのか。その後、医政局長、医系技官の最高ポストに就いた。

官僚の名前はいちいち覚えていないが、この人の名前は覚えている。医療費削減の中心人物の一人が、自ら厚生労働省のウェブサイト上で、日本の医療は世界一と言ってはばからない。

厚生労働省 採用情報 医系技官
我が国は、今日では世界でも最も高い水準の医療提供体制が整えられており、全般的な生活水準や公衆衛生の向上が相まって、世界最高レベルの健康水準を実現するに至りました。
特に我が国の保健医療システムは、世界保健機関(WHO)のWorld Health Report 2000 においても、世界で最も総合的に優れているとの評価がなされています。

産婦人科医不当逮捕事件では、衆議院の厚生労働委員会で民主党などからの追求に対し、のらりくらりと答弁していた。優秀な官僚なのだろう。

医師の端くれなら、防衛庁などではなく、病院で 1 ヶ月、救急医療に従事してみればよいのに。

参考資料

国民皆保険 5 / 松谷医政局長資料

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国民皆保険 4 / 医療費推計資料 4

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 4 / 医療費推計

厚生労働省による 2025 年度までの社会保障の給付と負担の見通しのまとめ

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YOMIURI ONLINE 2006.5.23

社会保障負担、2025年度には73%増

厚生労働省は22日、今後の社会保障政策の基準データとなる、2025年度までの社会保障の給付と負担の見通しをまとめた。

25年度には、年金や医療、介護にかかる税や保険料の負担が143兆円に上り、06年度(82・8兆円)の73%増に達する。国民所得に対する負担の比率は、06年度の22・0%から25年度には26・5%まで増える見通しだ。

推計は、今国会で医療制度改革関連法案が成立し、医療費が抑制されることを前提とした数値であることから、今後、消費税率の引き上げを含めた税制の抜本改革など財源の議論や、社会保障費のさらなる抑制を求める声が高まりそうだ。

見通しは、安倍官房長官の私的懇談会「社会保障の在り方に関する懇談会」が26日に発表する最終報告に盛り込まれる。

負担は、政府・与党がプライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡を目指す2011年度は101兆円に上り、06年度の1・22倍となる。一方、国民所得は06年度の375兆6000億円に対し、11年度は1・15倍の432兆6000億円にとどまる見通しだ。このため、社会保障負担は、経済成長のペースを大きく上回って増える。

社会保障負担の国民所得比は06年度の22・0%から11年度は23・3%へと上昇する。経済成長も踏まえた実質的な負担の伸びは、06年度から25年度にかけて2割程度の増加とみられる。

負担の裏返しとなる、年金、医療、介護などに使われる給付費は、11年度は105兆円と06年度(89・8兆円)比で1・17倍に増加する。25年度には141兆円となり、同比1・57倍に増加するとしている。25年度の給付の内訳で、最も多いのは年金の65兆円で、医療48兆円などとなっている。

政府は04年に年金、05年に介護保険の改革を行い、現在は医療制度改革関連法案が国会で審議中だ。一連の改革による給付と負担の抑制効果は、25年度の段階で、給付21兆円、負担22兆円に上るとしている。

(2006年5月23日3時53分 読売新聞)

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国民皆保険 4 / 医療費推計資料 3

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 4 / 医療費推計

将来の国民医療費、社会保障費の試算の報道など。

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日医ニュース 2006.5.20

中川常任理事
歳出改革に関する日医の基本的問題認識について見解を示す

中川俊男常任理事は,四月二十五日の定例記者会見で,「歳出改革に関する基本的問題認識」について説明した(写真).

はじめに,中川常任理事は,「医療制度構造改革試案」「医療制度改革大綱」,今国会に提出されている「医療制度改革関連法案」等いずれも“医療費の適正化”という名目で,医療費の抑制が図られ,最近では,自民党内に,「社会保障に関しても徹底的な歳出削減を検討せよ」との指示で,政調会長の下“歳出改革に関するプロジェクトチーム”が設置されている現状であると述べた.

日医では,昨年末,厚生労働省の医療費推計の問題点を指摘しているが,今回,日医・日医総研の最新データに基づき,改めて医療費推計の問題点を質したいとした.

まず,厚労省の二〇二五年度の国民医療費推計六十五兆円は,一人当たり医療費の伸びが一般二・一%,高齢者三・二%を前提条件としているが,それは平成七〜十一年の伸び率だと指摘.

実際は,最近の医療費動向(平成十三〜十七年)によれば,診療報酬マイナス改定があった平成十四年を除いても,平均で,一般,高齢者とも一%台の伸び率に過ぎないとした.

また,厚労省が,後期高齢者医療制度案の対象者を七十五歳以上としながら,七十歳区分の医療費推計を用いている点も,制度設計に乖離が生まれるとして問題視した.

そのうえで,最近の一人当たり医療費の伸び率(一般一・四%・高齢者一・三%)を基に,日医・日医総研が再推計を行ったところ,二〇二五年度の国民医療費は四十九兆円となったことを明らかにし,厚労省に六十五兆円という国民医療費の推計値の早急な再計算を求めた.

さらに,問題点として,(1)二〇二五年度の医療給付費が,昨年十月の厚労省「医療制度構造改革試案」では四十九兆円とされ,同十二月の政府・与党医療改革協議会「医療制度改革大綱」では四十八兆円と,わずか二カ月で一兆円(短期的方策効果に相当)も下方修正されていること(2)昨年問題になり,大反発を生じた“保険免責制”が復活すれば,自己負担割合が五割に迫り,若者を中心に公的保険離れが懸念されること(3)歳出削減に当たっては,限界である医療給付費のほかにも削減すべき余地(人件費・経費等)があること(4)日医・日医総研が示した国民医療費の推計値では,厚労省の医療給付費の目標額四十九兆円という数字をすでに達成しており,制度改革,中長期的・短期的方策を行う必要がないこと─等を挙げた.

また,国会で廃止・削減が審議されている療養病床再編による医療費抑制は,老人医療費の低い長野県のように介護費の増大をもたらし,在院日数の短縮化は,高齢者を介護保険へ追い出しかねないと指摘,「数値目標を一人歩きさせてはならない」と述べた.

最後に,中川常任理事は,社会保障費,医療給付費のこれ以上の削減は,医療の質・安全性の担保が危うくなると強調.日医は,これらについて各方面に十分に理解を求め,地域医療の崩壊,医療保険制度の形骸化に結び付くような施策が行われないよう働き掛けていきたいと意欲を示した.

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日医ニュース 2006.5.5

人口減少時代の社会保障改革
小塩隆士(神戸大学大学院経済学研究科教授)

わが国の出生率の低下は著しく,近い将来,人口減少時代に突入するといわれている.そのような時代に社会保障改革はどのように行われるべきなのか,小塩隆士氏に指摘してもらった.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)

医療や年金,介護など社会保障のあり方を議論する場合,人口減少をどこまで意識するかで主張は大きく異なってくる.現行の社会保障の財源は,かなりの程度,現役世代からの所得移転によって成り立っている.この構造は,少子化が進み,財源の担い手が少なくなると機能しにくくなる.これはよく考えると当たり前のことなのだが,ではどのようにすればよいかということになると,高齢者向けの社会保障給付を減らすしかないという話が出てくるので,なかなか良い改革案が出てこない.社会保障改革は,すべての世代を同時にハッピーにせず,どこかにしわ寄せがくる,一種の「ゼロサム・ゲーム」である.

少子化の真の要因とは?

この「ゼロサム・ゲーム」的状況から抜け出そうとして,最近では少子化対策の重要性がさまざまなところで喧伝されている.確かに,子どもの数が増えれば社会保障の財政的な問題はかなり解決する.財源を調達する層が再び厚みを増せば,高齢者向けの社会保障給付はこれまでの水準を維持できる.政府は,一昔前までは子育て支援を「産めよ殖やせよ」的発想で議論することに消極的だったが,最近では出生率の回復を目指すというスタンスを明確に打ち出している.そこまで人口減少に対する危機感が高まったということだろう.

しかし,少子化という流れは,政策で簡単に反転できるものではない.少子化の原因の多くは,結婚後ではなく,むしろ結婚前にあると考えられるからだ.実際,既婚カップルの出生力はそれほど落ちていない.結婚後十五から十九年経過した夫婦の平均的な子ども数を完結出生児数というが,その値は一九七〇年代以降約二・二でほとんど変化していない.日本の男女は,結婚すれば平均で二人の子どもをしっかり産み育てているのである.

もちろん,最近では,夫婦が産み育てる子ども数に減少の兆しが見られる.厚生労働省の「出生動向基本調査」を見ても,結婚後しばらく経過した夫婦の子ども数に,緩やかながら減少傾向が認められる.一人目の子どもは結婚後すぐに産んでも,二人目がなかなか産まれないという状況になりつつある.しかし,これは既婚カップルの出生力の低下というより,晩婚化の影響が大きい.厚労省が今年三月に公表した「出生に関する統計」によると,女性の平均初婚年齢は,二〇〇四年で二十七・八歳,第一子を産む平均年齢は二十八・九歳に達している.結婚しない若者が増え,結婚しても第一子を産む妻の年齢が三十歳近くということになると,第二子を産もうと思っても体力的な問題が出てくるだろう.とにかく若者に早く結婚してもらわないと,出生率は回復できないということになる.

社会保障改革で注意すべき点

そう考えると,児童手当の対象年齢を引き上げたり,両立支援策を充実したりしても,あまり効果はないことが容易に予想される.それらは基本的に,既婚カップル向けの政策だからだ.子育て支援の充実で,若者は果たして結婚を早めるだろうか.早めるかも知れないが,それほど大きな効果は初めから期待できない.少子化対策はむしろ,国民が安心して,子どもを産み,育てられる社会の実現のためにこそ必要なのである.また,「社会の宝」である子どもを産み育てている世帯への社会的な支援としてこそ重要なのである.出生力の回復は,もちろんそれが実現できればすばらしいが,実は少子化対策の真の目的ではない.

そう考えると,話は振り出しに戻る.人口減少という深刻な制約下で,セーフティー・ネット(安全網)としての社会保障の持続可能性を高めるにはどうすればよいか.この問題からわれわれはやはり逃れられない.筆者が望ましいと考える社会保障改革の方針は,いたって単純である.つまり,社会保障給付のうち現役層からの財源に依存している部分を,現役層が無理なく支えられる範囲に縮小するというものである.もちろん,疾病リスクや要介護状態になるリスク,所得を稼げなくなるリスクなど,社会的なリスクにさらされやすい高齢者は,できるだけ社会的に手厚い支援が必要である.しかし,そのためには財源が必要である.その財源調達のために,現役層が「こんなにたくさん負担できません」と音を上げれば元も子もない.これまでは,将来世代に負担を先送りすることもできたが,人口減少が進むと,それも難しくなる.

「現役層が無理なく支えられるように」という発想は,政府による社会保障改革でもすでにかなり顔を出している.二〇〇四年の公的年金改革では,人口動態やマクロ経済の動向に応じて年金給付の水準を調整する「マクロ経済スライド」が導入された.これは,年金制度を現役層の「身の丈」に合わせることを狙うものである.昨年十二月に発表された医療制度改革大綱でも,高齢層の医療費自己負担の引き上げなどが盛り込まれている.現行の高齢者医療は,現役層にその財源のかなりを求めているのだから,これらの改革の方向は人口減少という要因を考慮するかぎり正しい.

ただし,医療については次の二点に注意が必要である.

第一に,同じ世代内で給付と負担が完結していれば,次の世代に迷惑がかからないから,給付規模が拡大してもすぐに問題が出てくるわけではない.ただし,これは高齢層の保険料負担の引き上げや消費税率の引き上げといった,あまり人気のない改革につながる.

第二に,医療の場合は,医療サービスの効率化が全体を大きく左右する.今回の大綱でも,二〇二五年度時点で推計される八兆円の改革効果のうち,高齢層の負担引き上げによる効果は一兆円強にとどまり,残りは医療サービスの効率化に期待されている分である.人口減少の下では,供給サイドの効率化への取り組みが,医療制度の持続可能性を高める上で大きなカギを握っている.

小塩隆士(おしお たかし)
1960年京都府生まれ.東京大学教養学部卒業後,経済企画庁(現内閣府)勤務等を経て,2005年4月より現職.大阪大学博士(国際公共政策).主な著書に『人口減少時代の社会保障改革』(日本経済新聞社)『社会保障の経済学』(第三版,日本評論社)など.

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asahi.com 2006.5.19

社会保障給付費「25年度に141兆円」 厚労省見通し

厚生労働省は、今国会で審議中の医療制度改革関連法案が成立した場合の医療費抑制効果を織り込み、社会保障の給付と負担の将来見通しをまとめた。2025年度の社会保障給付費を141兆円と試算。一方、給付をまかなうための社会保険料と税負担の総額は143兆円で、国民所得に占める割合は現在の22%から25年度には26.5%になるとしている。

政府の「社会保障の在り方に関する懇談会」(座長=宮島洋・社会保障審議会年金部会長)が26日にまとめる報告書に盛り込む。今後、消費税増税など、政府の歳出・歳入改革の議論にも影響を与えそうだ。

25年度の給付費の内訳は、年金が約65兆円でもっとも多く、医療約48兆円、介護を含む福祉などが約29兆円でこれに続く。

また試算では、今回の医療制度改革のほか、少子化や経済情勢に応じて年金の給付水準を引き下げる仕組みを導入した04年の年金制度改革、05年の介護保険改革を行わなかった場合の社会保障給付費を162兆円と推計。一連の改革により21兆円の給付費抑制効果があったことを強調している。

社会保障給付費は、06年度予算ベースで90兆円(年金47兆円、医療28兆円、福祉など15兆円)で、高齢化の進展に伴い、年金、医療、介護のいずれの分野でも給付は伸びる見通しとなっているが、一連の制度改革により、25年度の給付費の伸びは制度改革を行わなかった場合の1.8倍から1.57倍に抑えられる計算だ。

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毎日新聞 2006.5.19

社会保障給付費:25年度141兆円に 06年度比6割増

厚生労働省は19日、2025年度の社会保障給付費が06年度より6割増え、141兆円に達するとの推計をまとめた。内訳は▽年金約65兆円(06年度約47兆円)▽医療約48兆円(同約27兆円)▽介護など福祉約29兆円(同約15兆円)−−で、社会保障給付費削減の論争に火をつけそうだ。

同省は04年の推計で、25年度の給付費総額を152兆円と予測していたが、国会で審議中の医療制度改革関連法案の医療給付費削減効果などを織り込んで再試算した結果、10兆円強減った。それでも、社会保障給付を受けるために国民が負担する税、保険料の総額(06年度82兆8000億円)は、25年度に143兆円に達するという。厚労省は試算を3月中に示す予定だったが、政府・与党内で将来の経済成長率の見積もりを巡る対立が続いていたため、推計できずにいた。

【吉田啓志】
毎日新聞 2006年5月19日 18時39分

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国民皆保険 4 / 医療費推計資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 4 / 医療費推計

民主党、山井和則衆議院議員の質問主意書

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平成十八年三月二日提出
質問第一二一号

医療費の推計に関する質問主意書
提出者  山井和則

 医療制度改革は、国民の生命と健康に関わる重大な問題であり、この改革にあたって、将来の国民医療費の推移がどのようなものになるかという推計は、改革の方向性に大きく影響するものである。
 そこで、以下のとおり質問する。
一 この推計について、政府は、平成十七年十月十九日付けの医療制度構造改革試案(以下「試案」という。)において、制度改正なしで医療費が推移した場合、平成三十七年度の医療給付費が五十六兆円になると見通しており、その試算の現行見通しは「平成十六(二〇〇四)年五月の『社会保障の給付と負担の見通し』に即しつつ、起算点を平成十八年度概算要求とすると、」と書かれている。このため、試算の前提とされている平成十六年五月の「社会保障の給付と負担の見通し」(以下「社会保障見通し」という。)を見ると、「平成十六年度予算を足下とし、一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二% 平成七〜十一年度実績平均)を前提に、人口変動(人口高齢化及び人口増減)の影響を考慮して医療費を伸ばして推計。」とある。以上のことから、試案の推計は、「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二% 平成七〜十一年度実績平均)」を用いて推計していると理解してよいか。
二 社会保障見通しの「平成七〜十一年度実績平均」とは、「平成六年度を起算点とした、五年間の医療費の伸びの平均」と「平成七年を起算点とした四年間の医療費の伸びの平均」のどちらを意味するのか。
三 同じく社会保障見通しの前提とされる「一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二%」における高齢者とは、何歳以上を指しているのか。
四 試案においては「平成十八年度概算要求を起算点」として医療制度改革試案の推計を行っているが、この起算点の一人当たり医療費は、一般、高齢者それぞれ何を根拠にいくらとしているのか。
五 四の起算点の数字を元に、どのようにして平成三十七年度の国民医療費六十五兆円、医療給付費五十六兆円という数字を導き出したのか、計算式を明示して説明されたい。
六 五で計算された、平成三十七年度の国民医療費六十五兆円、医療給付費五十六兆円という数字は、その間に経済成長等を見込んでいると思われるが、現在の貨幣価値に換算した場合、いくらと考えられるか。
七 社会保障見通しでは「平成十六年度予算を足下とし」とあるが、この起算点の一般・高齢者の一人当たり医療費は、一般、高齢者それぞれ何を根拠にいくらとしているのか。
八 「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二% 平成七〜十一年度実績平均)」の「実績」は、どのような基礎データを元に導き出されたものか、示されたい。
九、八の実績の計算は、医療費の伸びのみを計算したものか、若しくは、それに加えて次に示す事項について何らかの補正を加えたものか。補正されている場合には、それぞれどのような考え方に基づいて、どのような計算式で計算し、どれだけの補正を加えているか、示されたい。
 ア 診療報酬改定の影響
 イ 高齢化の影響
 ウ 制度改正の影響
十 九の項目以外に補正を行っている場合は、どのような補正を、なぜ、どのような計算式で、どれだけの補正を加えているか、併せて示されたい。

右質問する。

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平成十八年三月十日受領
答弁第一二一号

内閣衆質一六四第一二一号
平成十八年三月十日
内閣総理大臣 小泉純一郎

衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員山井和則君提出医療費の推計に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員山井和則君提出医療費の推計に関する質問に対する答弁書

一について
 平成十七年十月十九日に厚生労働省が公表した医療制度構造改革試案(以下「試案」という。)における平成三十七年度の医療給付費の見通しは、平成十六年五月十四日に厚生労働省が公表した「社会保障の給付と負担の見通し」(以下「社会保障の給付と負担の見通し」という。)の「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二% 平成七〜十一年度実績平均)」を用いて算定している。
二について
 社会保障の給付と負担の見通しにおける「平成七〜十一年度実績平均」は、平成六年度を起算点とした、平成七年度から平成十一年度までの五年間の各年度の医療費の伸び率の平均である。
三について
 社会保障の給付と負担の見通しにおいて用いた「高齢者医療費三・二%」を算定した際の対象者は、七十歳以上の者及び六十五歳以上七十歳未満の者で一定の障害状態にあるもの(以下「高齢者」という。)である。
四について
 試案においては平成十八年度概算要求を起算点としているが、その起算点の一人当たり医療費は、政府管掌健康保険制度等の各制度の平成十八年度概算要求時点における医療費の見込額について、高齢者とそれ以外の者(以下「一般の者」という。)に区分し、高齢者と一般の者ごとに各制度を通じて合計した額を、高齢者及び一般の者の全体の人数でそれぞれ除して算出したものであり、一人当たりの高齢者医療費は八十二万円、一人当たりの一般医療費は十七万円となっている。
五及び六について
 平成三十七年度の国民医療費の見通しは、起算点における一人当たりの一般医療費及び高齢者医療費に、一般医療費については毎年度二・一パーセントの伸び率を、高齢者医療費については毎年度三・二パーセントの伸び率を乗じて得た平成三十七年度の一人当たりの一般医療費及び高齢者医療費に、平成三十七年度時点で見込まれる一般の者と高齢者の人数をそれぞれ乗じて算出した平成三十七年度の一般医療費及び高齢者医療費の見通しの合計であり、経済成長率を用いて算出はしていない。お尋ねの「現在の貨幣価値に換算した場合、いくらと考えられるか」については、何を意味するのか必ずしも明らかではないのでお答えすることはできない。
 また、平成三十七年度の医療給付費の見通しは、同年度の国民医療費から患者が負担する額を控除して算出している。
七について
 社会保障の給付と負担の見通しにおいては平成十六年度予算を起算点としているが、その起算点の一般の者及び高齢者の一人当たり医療費は、政府管掌健康保険制度等の各制度の平成十六年度予算編成時点における医療費の見込額について、一般の者と高齢者に区分し、一般の者と高齢者ごとに各制度を通じて合計した額を、一般の者及び高齢者の全体の人数でそれぞれ除して算出したものであり、一人当たりの一般医療費は十七万円、一人当たりの高齢者医療費は八十万円となっている。
八について
 社会保障の給付と負担の見通しにおける一人当たり医療費の伸び(以下「一人当たり医療費の伸び」という。)の実績は、平成六年度から平成十一年度までの期間に係る、診療報酬の審査支払機関での支払が確定した医療費から老人保健施設療養費等を除いた医療費を用いて算出したものである。
九及び十について
 平成三十七年度の医療給付費の見通しについては、一人当たり医療費の伸びを前提に、人口変動の影響を考慮して算定しており、一人当たり医療費の伸びの「平成七〜十一年度実績平均」の算定に当たっては、高齢化の影響等の人口構成の変化の影響及び患者負担の見直し等の医療保険制度改正の影響を除くための補正のみを行っており、診療報酬改定の影響その他の事項については補正を行っていない。
 高齢化の影響等の人口構成の変化の影響の補正については、基準とする年度の年齢階級別一人当たり医療費に、比較を行う年度の年齢階級別加入者数を乗じて得た医療費の合計額を、比較を行う年度の加入者数で除して得た一人当たり医療費と、基準とする年度の一人当たり医療費の相違率を、人口構成の変化の影響率として補正前の一人当たり医療費の伸び率から除外している。平成七年度から平成十一年度までの当該影響率は一般医療費について年平均〇・五パーセントである。
 また、一人当たり医療費の伸びの実績には、平成七年度から平成十一年度までの間に行われた医療保険制度改正による影響が含まれているため、将来の医療保険制度改正を見込まない医療費の見通しの算定に当たっては、当該期間における医療保険制度改正による影響を除外する必要がある。
 医療保険制度改正の影響の補正については、医療保険制度改正が行われた直後の期間における対前年同月比の実績の伸び率から医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間における対前年同月比の実績の伸び率を控除することにより医療保険制度改正の影響率を算定している。当該影響率は、一般医療費については、平成九年度はマイナス三・九パーセント、平成十年度はマイナス〇・八パーセントであり、高齢者医療費については、平成九年度はマイナス三・五パーセント、平成十年度はマイナス一・八パーセント、平成十一年度は〇・七パーセントである。

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平成十八年三月二十三日提出
質問第一八〇号

医療費の推計に関する再質問主意書
提出者  山井和則

 平成十八年三月十日付内閣衆質一六四第一二一号の答弁書(以下、「前回答弁書」という。)の内容について、いくつかの疑問が生じたので、以下のとおり質問する。
一 前回答弁書によると、平成十六年五月十四日に厚生労働省が公表した「社会保障の給付と負担の見通し」(以下「社会保障の給付と負担の見通し」という。)に用いられた平成十六年度予算編成時点における医療費を「一人当たりの一般医療費は十七万円、一人当たりの高齢者医療費は八十万円と」見込んでいる。この数値を基礎として、国立社会保障・人口問題研究所の平成十六年度推計人口を一般と高齢者に分けてそれぞれ一人当たり医療費に乗じて国民医療費を算出し、医療給付費を国民医療費の八十五%として計算を行うと、平成十六年度予算における医療給付費は二十七・八兆円となった。一方、「社会保障の給付と負担の見通し」を見ると、平成十六年度予算における医療給付費は二十六兆円となっている。同じ平成十六年度予算を基礎とし、前回答弁書に従い一人当たり医療費から計算した医療給付費と、「社会保障の給付と負担の見通し」に書かれた医療給付費との間で二兆円近いずれが生じ、整合しない。私の計算に間違いがあれば、どこが間違いなのか具体的にご指摘いただきたい。もし計算間違いでないならば、なぜ整合しないか答弁されたい。
二 前回答弁書では「平成三十七年度の国民医療費の見通しは、起算点における一人当たりの一般医療費及び高齢者医療費に、一般医療費については毎年度二・一パーセントの伸び率を、高齢者医療費については毎年度三・二パーセントの伸び率を乗じて得た平成三十七年度の一人当たりの一般医療費及び高齢者医療費に、平成三十七年度時点で見込まれる一般の者と高齢者の人数をそれぞれ乗じて算出した平成三十七年度の一般医療費及び高齢者医療費の見通しの合計であり」とある。また平成十七年十月十九日に厚生労働省が公表した医療制度構造改革試案(以下「試案」という。)では、起算点の医療費は「一人当たりの高齢者医療費は八十二万円、一人当たりの一般医療費は十七万円」とされている。このことから、試案における平成三十七年度の国民医療費推計は、次の計算で行ったと理解して間違いないか。間違いがあれば、具体的にご指摘いただくとともに、正しい計算方法をお示し頂きたい。この際、文章で分かりにくい場合は、数式にてお示し頂きたい。
 ア 起算点の一人当たり医療費 一般医療費十七万円 高齢者医療費八十二万円
 イ 一般医療費の伸び率二・一パーセントを平成十八年度から平成三十七年度まで十九回乗ずる。つまり、一・〇二一を十九回乗じて、伸び率を決める。結果は、一・四八倍。この伸び率を起算点一般医療費十七万円に乗じ、平成三十七年度一人当たり一般医療費は二十五・二万円。
 ウ イと同様の計算により、平成三十七年度一人当たり高齢者医療費は、百四十九・二万円。
 エ 平成三十七年度人口を、国立社会保障・人口問題研究所の中位推計に従い、一般九千三百四十万人、高齢者二千七百八十万人とし、それぞれに一人当たり平成三十七年度医療費を乗じて、平成三十七年度一般・高齢者医療費を算出する。その結果は、一般二十三・五兆円、高齢者四十一・五兆円。
 オ 一般医療費と高齢者医療費を合計して、平成三十七年度国民医療費六十五兆円。
三 二と同様の計算により、平成十六年度を起算点、一人当たり一般医療費十七万円、一人当たり高齢者医療費八十万円として、「社会保障の給付と負担の見通し」の推計を私どもが再計算すると、平成三十七年度の国民医療費は六十七・八兆円となった。ここから医療給付費を国民医療費の八十五パーセントとして計算すると五十七・六兆円となった。一方、「社会保障の給付と負担の見通し」を見ると、平成三十七年度国民医療費六十九兆円、医療給付費五十九兆円となっている。この不一致はなぜ生じるのか。私の計算に間違いがあるならご指摘いただきたい。そうでないなら、理由を教えていただきたい。
四 前回答弁書を見ると、「社会保障の給付と負担の見通し」において、採用した平成十六年度予算編成時点での見込額から、起算点における高齢者一人当たり医療費は八十万円としたとある。一方、「平成十六年度医療費の動向」によると、高齢者一人当たり医療費は、七十三・九万円であるという。予算と実績の乖離はなぜかくも大きいのか、答弁いただきたい。
五 前回答弁書を見ると、試案における平成三十七年度医療費推計に当たっては、起算点として、一人当たり高齢者医療費八十二万円が用いられているとある。一方、「平成十六年度医療費の動向」による平成十六年度高齢者医療費一人当たり実績は七十三・九万円である。この平成十六年度高齢者一人当たり医療費七十三・九万円を起算点に平成十八年度概算要求で八十二万円となるには、年率五・三四%の伸び率を前提としていることとなる。この伸び率は、近年の高齢者一人当たり医療費の推移を見れば、妥当性を欠くのではないかと思われるが、政府の見解を述べられたい。
六 前回答弁書を見ると「社会保障の給付と負担の見通し」における「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二%、平成七〜十一年度実績平均)」の算出に当たっては、高齢化等の人口構成の影響と医療保険制度改正の影響を除く補正が行われているとある。一方「社会保障の給付と負担の見通し」には、「平成七〜十一年度実績平均」とのみあり、補正が行われたことが記されていない。なぜ補正の事実を明記されなかったのか答弁いただきたい。
七 前回答弁書を見ると、「社会保障の給付と負担の見通し」における「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二%、平成七〜十一年度実績平均)」の算出に当たっては、高齢化の影響等の人口構成の変化の影響を、医療費の伸び率から除外しているとある。採用した伸び率から、高齢化等の人口構成の影響が除外されているのならば、推計に当たって、起算点となる年度から推計する年度までの高齢化等の人口構成の影響を算出して、人口構成の影響を除外した伸び率による推計の結果に乗ずる必要がある。しかるに、二に示した前回答弁書の計算には、この高齢化等の人口構成の影響の計算が含まれていない。方法的に間違いであると思われるが、いかがか。
八 前回答弁書にある「一人当たり医療費の伸び(一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二%、平成七〜十一年度実績平均)」算出に当たって適用した補正方法を平成十二〜平成十六年度までの各年度において行うことは、技術的に可能なことである。そこで、平成七年度から平成十六年度までの各年度について、前回答弁書に述べられた方法に従った一般・高齢者それぞれの、実績伸び率、高齢化等の人口構成の影響の補正率、医療保険制度改正の影響の補正率、実績から二つの影響を除外した推計用の伸び率を示していただきたい。そして、この近年五年の伸び率平均を用いて、平成三十七年度の国民医療費と医療給付費を推計するといくらになるか答弁いただきたい。
九 前回答弁書を見ると、高齢化の影響等の人口構成の変化の影響を補正するために、基準とする年度の「年齢階級別一人当たり医療費」を用いたとある。これは、国民医療費の五歳階級別医療費を意味すると理解するが間違いないか。
十 国民医療費の五歳階級別医療費は、平成十年度から平成十五年度までは公表されているが、それ以前については公表資料がない。そこで、推計の前提となっている伸び率「一般医療費二・一%、高齢者医療費三・二%」の算出に当たって用いた平成六年度から平成九年度までの国民医療費の五歳階級別医療費を教えていただきたい。もし存在しないのであれば、その期間の補正をどのような根拠によりどのような方法によって行ったのか、明確に回答いただきたい。
十一 前回答弁書によると「医療保険制度改正の影響の補正については、医療保険制度改正が行われた直後の期間における対前年同月比の実績の伸び率から医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間における対前年同月比の実績の伸び率を控除することにより医療保険制度改正の影響率を算定している」とある。そして、一般医療費については平成九年度と十年度、高齢者医療費については、平成九年度と平成十年度と平成十一年度に医療保険制度改正の影響の補正が行われたとある。この五回の補正を行うに当たって利用した「医療保険制度改正が行われた直後の期間」とはそれぞれいつからいつまでの期間であるのかお答えいただきたい。また、それぞれの期間について、伸び率を控除する基礎とした「医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間」はいつからいつまでの期間を採用したのか、その期間と選定基準をお答えいただきたい。
十二 十一で示された期間について、それぞれの伸び率の実績を示されたい。
十三 十一で示された五つの「医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間」については、改正の前と後の両方にそのような期間があり得るが、実際に補正の基準とした期間が「医療保険制度改正が行われた直後の期間」より前の時期であるならば後の、後の時期であれば前の期間においても「医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間」が存在する可能性があるので、その期間及びその期間における医療費の伸び率実績を示していただきたい。
十四 十三において、推計に使われていない「医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間」があるならば、推計に採用した期間を選んだ理由について、それぞれ根拠を示して説明されたい。
十五 前回答弁書を見ると、平成三十七年度の国民医療費の見通しは「経済成長率を用いて算出はしていない」とある。また、一人当たり医療費の伸びの「平成七〜十一年度実績平均」の算定に当たっては「診療報酬改定の影響その他の事項については補正を行っていない」とある。では、平成七年度から平成十一年度までの診療報酬の伸び、名目経済成長率の伸び及び一人当たり国内総生産の伸びは、平均するとそれぞれ年率いくつであるのか教えていただきたい。
十六 平成三十七年度の医療費推計に当たり「診療報酬改定の影響その他の事項については補正を行っていない」とすると、推計期間において、この伸び率測定期間と同じ伸び率の診療報酬改定があると考えて推計を行ったことと同じであると思われるが、そのように理解して良いか。また、診療報酬改定は金額に大きな影響を与えるのに、その影響を排除しなかった根拠を教えていただきたい。
十七 将来における診療報酬改定が無かった場合及び一人当たり国内総生産の伸びと同じ率であった場合に平成三十七年度国民医療費はいくらになると政府は推計するか、答弁いただきたい。

右質問する。

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平成十八年三月三十一日受領
答弁第一八〇号

内閣衆質一六四第一八〇号
平成十八年三月三十一日
内閣総理大臣 小泉純一郎

衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員山井和則君提出医療費の推計に関する再質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員山井和則君提出医療費の推計に関する再質問に対する答弁書

一について
 厚生労働省においては、平成十六年五月十四日に厚生労働省が公表した「社会保障の給付と負担の見通し」(以下「社会保障の給付と負担の見通し」という。)における平成十六年度予算編成時点の医療給付費の見通しは、国立社会保障・人口問題研究所が取りまとめた「日本の将来推計人口(平成十四年一月推計)」の平成十六年度推計人口を用いて算出したものではなく、平成十六年度予算編成時において政府管掌健康保険制度等の各制度が適用されると見込まれる者の人数を用いて算出していること等から、御指摘の「ずれ」が生じていると考えている。
二について
 平成十七年十月十九日に厚生労働省が公表した医療制度構造改革試案(以下「試案」という。)における平成三十七年度の国民医療費の見通しの算出方法を詳細に述べると、政府管掌健康保険制度等の各制度について、平成十八年度概算要求時点の年齢階級別一人当たり医療費に、高齢者医療費については毎年度三・二パーセントの伸び率を、一般医療費については毎年度二・一パーセントの伸び率を乗じて得た平成三十七年度の年齢階級別の一人当たりの高齢者医療費及び一般医療費に、平成三十七年度に見込まれる高齢者(七十歳以上の者及び六十五歳以上七十歳未満の者で一定の障害状態にあるものをいう。以下同じ。)とそれ以外の者(以下「一般の者」という。)の年齢階級別人数をそれぞれ乗じて算出した平成三十七年度の高齢者医療費及び一般医療費の見通しを各制度を通じて合計し、平成三十七年度の国民医療費を算出している。
三について
 厚生労働省においては、社会保障の給付と負担の見通しにおける平成三十七年度の国民医療費及び医療給付費の見通しは、国立社会保障・人口問題研究所が取りまとめた「日本の将来推計人口(平成十四年一月推計)」の平成三十七年度推計人口を用いて算出したものではなく、政府管掌健康保険制度等の各制度が適用される者の平成三十七年度の人数の見込みを用いて算出していることや、平成三十七年度の年齢階級別の一人当たり医療費を用いて算出していること等から、御指摘の「不一致」が生じていると考えている。
四及び五について
 平成十七年八月十日に厚生労働省が公表した「平成十六年度医療費の動向」における一人当たり高齢者医療費については、高齢者に係る医療保険制度における医療費を対象としており、公費負担医療制度における医療費等が含まれていないが、社会保障の給付と負担の見通しにおける一人当たり高齢者医療費と試案における一人当たり高齢者医療費については、公費負担医療制度における医療費等が含まれているため、両者の高齢者医療費が異なっている。
 したがって、厚生労働省としては、「平成十六年度医療費の動向」における一人当たり高齢者医療費と試案における一人当たり高齢者医療費を比較して算出した伸び率を、一人当たり高齢者医療費の伸び率として議論することは適切ではないと考えている。
六について
 社会保障の給付と負担の見通しにおいては、簡潔に記述する観点から、補正を行ったことについては省略して記述したところである。
七について
 二についてでお答えしたとおり、社会保障の給付と負担の見通し及び試案における医療費の見通しは年齢階級別に算出した医療費を用いて算出しているため、将来の高齢化等の人口構成の変化は年齢階級別人口の変化を通じて医療費の見通しの中に反映されている。
八について
 一人当たり一般医療費の伸び率の実績については、平成七年度は二・九パーセント、平成八年度は四・一パーセント、平成九年度はマイナス〇・七パーセント、平成十年度は〇・九パーセント、平成十一年度は一・〇パーセント、平成十二年度は一・六パーセント、平成十三年度は二・一パーセント、平成十四年度はマイナス一・二パーセント及び平成十五年度は〇・四パーセントである。また、一人当たり高齢者医療費の伸び率の実績については、平成七年度は三・八パーセント、平成八年度は三・七パーセント、平成九年度はマイナス〇・二パーセント、平成十年度は〇・六パーセント、平成十一年度は三・四パーセント、平成十二年度はマイナス四・〇パーセント、平成十三年度は一・二パーセント、平成十四年度はマイナス三・五パーセント及び平成十五年度は〇・八パーセントである。なお、平成十六年度の伸び率の実績は確定していないのでお示しできない。
 医療保険制度改正の影響の補正率は、一般医療費については、平成九年度はマイナス三・九パーセント及び平成十年度はマイナス〇・八パーセントであり、高齢者医療費については、平成九年度はマイナス三・五パーセント、平成十年度はマイナス一・八パーセント及び平成十一年度は〇・七パーセントである。医療保険制度改正の影響の補正率については、医療保険制度改正が行われた直後の期間における対前年同月比の実績の伸び率から医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間における対前年同月比の実績の伸び率を控除することにより算定しており、平成十二年度以降の医療保険制度改正の影響の補正率については、平成十二年の介護保険制度創設を含め医療費に大きな影響を与える制度改正が毎年のようにあったことから、お示しすることはできない。
 また、高齢化等の人口構成の影響の補正率については、平成七年度から平成十一年度までの期間について一括して算出し、一般の者については年平均で〇・五パーセントとしたところであり、各年度の補正率は算出していない。
 なお、近年五年の伸び率平均を用いた平成三十七年度の国民医療費及び医療給付費の見通し並びに平成十二年度以降の高齢化等の人口構成の影響の補正率については、右に述べたように、制度改正が毎年のようにあったことから平成十二年度以降の医療保険制度改正の影響等を適切に推計することができないため、お答えすることができない。
九及び十について
 先の答弁書(平成十八年三月十日内閣衆質一六四第一二一号)九及び十についてでお答えした「年齢階級別一人当たり医療費」の年齢階級は、五歳階級別の年齢階級を意味するものではない。平成七年度から平成十一年度の一般医療費についての高齢化の影響等の人口構成の変化の影響の補正率は、基準とする年度を平成六年度とし、旧厚生省が公表した「国民医療費」における零歳から十四歳まで、十五歳から四十四歳まで、四十五歳から六十四歳まで、六十五歳から六十九歳までの年齢階級別一人当たりの一般診療医療費と歯科診療医療費の合計額を基準に算定しており、平成七年度から平成十一年度までの年平均で〇・五パーセントとなっている。
十一及び十二について
 「医療保険制度改正が行われた直後の期間」(以下「直後の期間」という。)及び直後の期間における伸び率の実績並びに「医療保険制度改正の影響がないと考えられる期間」(以下「影響のない期間」という。)及びその期間における伸び率の実績は、次のとおりである。
 一般医療費の平成九年度の医療保険制度改正の影響の補正については、直後の期間は平成九年四月から平成十年三月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率はマイナス一・一パーセントであり、影響のない期間は平成七年四月から平成九年三月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率は二・七パーセントである。
 高齢者医療費の平成九年度の医療保険制度改正の影響の補正については、直後の期間は平成九年四月から平成十年三月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率はマイナス〇・五パーセントであり、影響のない期間は平成七年四月から平成九年三月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率は三・〇パーセントである。高齢者医療費の平成十一年度の医療保険制度改正の影響の補正については、直後の期間は平成十一年七月から平成十二年三月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率は六・〇パーセントであり、影響のない期間は平成十年九月から平成十一年六月までの期間、その期間の対前年同月比の伸び率は四・一パーセントである。
 なお、平成十年度の医療保険制度改正の影響の補正については、平成九年度の医療保険制度改正が翌年度にも影響した結果の補正を行った上で算出したものであり、平成十年度における直後の期間及び影響のない期間は平成九年度と同一である。平成十一年度の医療保険制度改正の影響の補正率については、平成十一年度の高齢者の医療保険制度改正が入院外医療費のみに影響を及ぼすものであったため、入院外医療費についての制度改正の効果を計算し、それを入院外医療費以外の医療費を含めた医療費に換算する補正を行ったものである。医療保険制度改正の影響の補正に際しての伸び率の実績からは診療報酬改定の影響を除いている。
 また、厚生労働省においては、影響のない期間の選定に当たって、直後の期間とできるだけ近い期間を選定している。
十三及び十四について
 十一及び十二についてで述べた影響のない期間は、いずれも医療保険制度改正の前の期間を用いている。厚生労働省においては、高齢者医療費について、医療保険制度改正が相次いで行われたため、医療保険制度改正の影響がある平成九年度、平成十年度及び平成十一年度の後の期間のうち比較的近い時期に適切な影響のない期間が存在しないと考えている。また、一般医療費については、影響のない期間を高齢者医療費に係る期間とほぼ同じ期間とすることが適切であると考えており、医療保険制度改正の影響がある平成九年度及び平成十年度の後の期間のうち比較的近い時期に適切な影響のない期間が存在しないと考えているため、十一及び十二についてでお示しした期間としたところである。
十五について
 平成七年度から平成十一年度までの間における、診療報酬の伸び率は年平均〇・一パーセント、名目経済成長率は年平均〇・四パーセント、一人当たり国内総生産の伸び率は年平均〇・二パーセントである。
十六について
 平成三十七年度の医療給付費の見通しについては、将来にわたって、平成七年度から平成十一年度までの期間と同じ伸び率の診療報酬改定を行うことを想定したものではないが、将来の診療報酬改定の影響を特定することができないため、診療報酬改定の影響の補正を行わなかったものである。
十七について
 平成三十七年度の国民医療費の見通しについては、過去の一定期間の実績から得られた一人当たり医療費の伸び率を基に算出したものであり、将来における診療報酬改定がなかった場合や、一人当たり国内総生産の伸びと同じ率であった場合を仮定して平成三十七年度の国民医療費の見通しを算出することについては適切ではないと考えており、そのような見通しについては、算出していないのでお答えすることはできない。

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国民皆保険 4 / 医療費推計資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 4 / 医療費推計

国民医療費と医療給付費を間違えないように。

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毎日新聞 2005.1.18

医療給付費推計:2025年度は48兆円、GDP比7%に

厚生労働省は18日の経済財政諮問会議で、医療給付費の中長期推計を公表した。

06年度予算ベースで27.5兆円=国内総生産(GDP)比5.4%=なのに対し、2010年度は31.2兆円(GDP比5.4〜5.6%)で、2025年度は48兆円(同6.4〜7%)に達するとしている。

同省と同会議の民間メンバーは、これらの推計値を「目安指標」とすることで合意してはいるが、数値が政策目標なのか否かや、実績値と推計値がかい離した場合の対策などはあいまいなままで、今後対立の火種となりそうだ。

厚労省が医療制度改革試案を公表した昨年9月時点では、25年度の給付費を49兆円に抑え、改革をしない場合より7兆円削減できると試算していた。しかし、06年度の診療報酬改定で過去最大の3.16%カットが決まるなどしたため、さらに1兆円の削減が可能になったという。

試算では民間メンバーの求めに応じ、新たに10年度分の試算をしたほか、15年度は37兆円(GDP比5.8〜6.1%)と見込んでいる。GDP比に幅があるのは、経済成長率を基本ケースと低成長ケースの両方で見込んだため。

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メディファクス 4911 号 2006.4.26

■ 25年度の国民医療費は49兆円

日医が将来推計「給付費削減は限界」

日本医師会は25日、国民医療費は2025年度に49兆円となる見込みで、厚生労働省が「医療制度構造改革試案」で示した推計値の65兆円を大きく下回るとの将来推計をまとめた。最近の1人当たり医療費の伸びを基に日医総研が推計したもので、日医では将来推計の再計算を早急に行うよう厚労省に求める方針だ。

推計は、同日開かれた記者会見で中川俊男常任理事が明らかにした。中川常任理事は将来推計の結果から、医療費適正化の中長期的、短期的方策を講じなくても厚労省が25年度に見込む医療給付費見通しの49兆円を達成することが可能との見方を強調。「地域医療を崩壊させ、医療保険を形がい化させる施策を行わないよう各方面に働き掛けていく」と述べた。医療給付費の削減はすでに限界で、政府が進める歳出削減では保険者の人件費や経費の削減、厚生保険特別会計の見直しなどを徹底するよう求めた。

推計は、03年度の1人当たり国民医療費を基に試算医療費は15年度に41兆円(75歳未満26兆円、75歳以上15兆円)、25年度には49兆円(27兆円、22兆円)になるとはじいた。

厚労省推計を大きく下回る結果となったのは、推計に用いた1人当たり医療費の伸び率が違うため。日医によると、厚労省推計は1995〜99年度の実績から1人当たり医療費の伸び率を一般(79歳未満)2.1%、高齢者(70歳以上)3.2%と仮定している。これに対し日医総研の推計は、診療報酬のマイナス改定があった02年度を除いた01〜05年度の平均値を用いて、一般1.4%、高齢者1.3%として国民医療費を推計した。

中川常任理事は「最近の1人当たり医療費の伸びは、診療報酬改定があった02年度を除いても1%台か、それ以下だ」と指摘、最近の実績を踏まえた推計だと説明した。

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メディファクス 4914 号 2006.5.2

■ 日医の医療費推計を批判       

厚労相「あまりに楽観的」
 
医療制度改革の前提となる2025年度の国民医療費の将来推計をめぐり、川崎二郎厚生労働相は4月28日の衆院厚生労働委員会で、厚生労働省の65兆円に対して49兆円と打ち出した日本医師会の推計値に対して否定的な見方を示した。双方の推計値のひらきは計算のベースとなる期間のずれから生じているが、川崎厚労相はとりわけ日医が高齢者の医療費の伸び率を低く見積もっていることについて「楽観的」と批判した。

川崎厚労相は答弁で、厚労省の推計を大幅に下回る49兆円と示した日医の推計値を「あまりにも楽観的」と一蹴(いっしゅう)した。日医の推計が、高齢者の1人当たり医療費の伸び率を1%台にとどめていることを指しての発言。

厚労省と日医の推計値が異なるのは、ベースとなる実績期間が違うため。厚労省の推計はOO年度の介護保険制度の導入や03年度の健保法改正を除いた1995〜99年度の実績を切り出し、1人当たり医療費の伸び率を一般(70歳未満)2.1%、高齢者(70歳以上)3.2%と見積もった。

これに対し日医の推計は、03年度を挟んだ01〜05年度(診療報酬改定がマイナス2.7%となった02年度は除く)の平均値を用い、一般1.4%、高齢者1.3%として推計している。

厚労省の水田邦雄保険局長も同日の厚労委で、日医の推計が被用者保険本人の自己負担が3割に引き上げられた03年度を含めていることを問題視し、「3割負担のような制度改正が将来も行われることを含めて試算している。いかがなものか」などと述べ、日医の推計手法は適当ではないとの認識を示した。

●厚労省推計が「適当」

一方で、同日の厚労委では上田勇氏(公明)が厚労省の過去の将来推計が実績を大きく上回っていることを踏まえ、「わざと(推計値を)大きくしているのではないか」と指摘。これに対し、水田局長は「近年は物価や賃金が低くなり、医療費に反映された」と経済動向が要因だったと説明し、医療費や患者の受診行動などに大きな影響を与える制度改正の時期を除外した厚労省の25年度の推計は「適当」と正当性を主張した。

日医は27日に開かれた自民党1期生との勉強会で、49兆円にとどまるとの日医推計を基に「制度改正をしてこれ以上の患者負担を増やす必要はない」と理解を求めている。

一方、厚労省内には医療費の伸び率が低い日医の推計を用いることで、財務省が今後の予算編成の過程で社会保障給付費を低く見積もるなど「逆に都合よく使われる恐れがある」(保険局)との警戒も出ている。

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共同通信 2006.5.8

厚労省推計に疑問続出 与党は週内に採決方針

高齢者の負担増や入院日数短縮で医療費の伸びの抑制を目指す医療制度改革関連法案は、8日に福島、福岡両市で衆院厚生労働委員会の地方公聴会を行い、与党は週内にも委員会で採決する構えだ。

ただ、これまでの質疑で、現行制度のままでは国民医療費が2004年度の32兆円(予算ベース)から25年度には65兆円に膨らむとの厚生労働省の推計値が過大だとの疑問が続出。改革の根拠となる数字だけに、情報公開が不十分だとの批判も出ている。

厚労省は国民医療費増加に伴い、患者負担を除く医療給付費も04年度の26兆円(同)から25年度の56兆円に膨張し、公的医療保険制度が持続困難だと主張。関連法案に盛り込まれた改革を通じ、25年度の医療給付費を8兆円削減し48兆円に抑えることが必要だとしている。

ただ、厚労省試算が1995年度から5年間の1人当たり医療費を基にしているため、民主党は「この時期は(大きな医療制度改革がなく)医療費が大幅に伸びた。見積もりが過大な可能性がある」として、計算方式の全面的公開を要求。

また、共産党は99年度から5年間の医療費の動向から2025年度の国民医療費を、厚労省試算より22兆円少ない43兆円と試算した。

与党の公明党からも、日本医師会が2000年度以降の医療費の伸びを基に25年度の国民医療費を49兆円と推計したことを受け「専門家の集団の見方と行政でこんなに開きがあると、どっちが信頼性があるのか疑問」との声が上がった。

厚労省は、医師会などの試算に対し、03年度のサラリーマン自己負担増のような大きな制度改革が続くことを前提に見通しを立てるのは問題だと反論。一方、小泉純一郎首相は「(医療費推計は)当たる時もあるし、当たらない時もある」と、明確な答弁を避けている。

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共同通信 2006.5.16

改革の前提65兆円は過大? 厚労省より低い試算も

少子高齢化の進展で2025年度の国民医療費は65兆円と現在の約32兆円に比べ倍増、制度が維持できない-というのが、現在国会で審議している医療制度改革関連法案の前提だ。法案では高齢者を中心とした負担増などで59兆円に抑制する。だが、日本医師会は25年度で49兆円にしかならないと試算、改革の前提に疑問を投げかけている。

Q どうしてこんなに大きく違う。

A 医療費の伸びをどうみるかが違っているからだ。厚生労働省は1995-99年度の平均で1人当たり医療費の伸びを一般2・1%、高齢者3・2%とし、これに人口変動を加味した。日医は診療報酬が初めて引き下げられた2002年度を除く01-05年度の平均で、一般1・4%、高齢者1・3%とした。

Q 厚労省が基にした時期は古いね。

A 2000年4月からは医療費の抑制にもつながる介護保険が導入され、03年4月からはサラリーマンの窓口負担が2割から3割に引き上げられた。厚労省は「大きな制度変更がなかったそれ以前のほうが、高齢化による伸びがよく表れている」としている。通常は直近5年間を基にするが、今回は参考にならないというわけだ。

Q でも、日医は直近の時期を基にしている。

A 2000年度からの医療費の伸びは、相次ぐ制度変更で大きく鈍化しているのは事実。制度変更を元に戻すわけではないので、日医は「むしろ直近の方が実態をよく反映している」としている。神奈川県の保険医でつくる同県保険医協会も直近の伸びを基に47兆8000億円と試算した。

Q 厚労省の推計は過大なのだろうか。

A それは分からない。ただ、厚労省が過去に25年度の国民医療費をどう推計していたかをみると、1994年には141兆円と見積もっていた。それが97年には104兆円、2000年81兆円、02年70兆円、今回は65兆円と次々に下方修正してきた。この間には介護保険導入をはじめさまざまな制度変更もあったが、わずか10年あまりで半分以下というのはね…。

Q 国会でも疑問が出ている。

A 野党は「厚労省推計はわざわざ伸びの高かった時期を基にして、危機感をあおっている」と批判している。日医などの試算だと、少なくとも高齢者を中心とした負担増などは必要なくなる。推計の仕方で改革の方向が変わるだけにきちんとした検証が必要だね。

———-

毎日新聞 2006.5.21

社説:医療改革 必要な根拠を再検証せよ

医療制度改革法案が衆院本会議で可決され参院に送られた。改正の狙いは、財政を圧迫している医療費の伸びを抑えることにある。高齢者は現役世代に比べ5倍の医療費がかかるといわれ、今回はとりわけお年寄りに痛みを強いる「処方せん」が目立つ。

今年10月から、70歳以上で年収520万円以上の人は現行2割の窓口負担が現役世代と同じ3割に引き上げられる。70〜74歳の人の負担も08年4月から2割(現行1割)にアップする。

制度面では、老人保健制度を廃止し、08年4月に75歳以上の人すべてが加入する「後期高齢者医療制度」を創設する。財源は、本人の窓口負担、現役世代の支援、税金、後期高齢者の保険料などでまかなわれる。運営は「都道府県単位で全市町村が加入する広域連合」が担う。保険料は広域連合ごとに設定される。心配なのは、保険料を払えないお年寄りが出てくる可能性のあることだ。

国民皆保険を維持する以上、医療費を圧縮するには、給付を減らし、負担を増やすのが手っ取り早い。医療制度とは国民が我慢できる給付と負担の組み合わせを求めることでもあるようだ。

ところが、良かれと思ってやってみると、これがことごとくうまくいかない。国はほぼ3、4年ごとに大きな医療制度改正を行わざるを得ない状況だ。

問題の一つは制度改正の前提となる将来の医療費推計にあるのではないか。数字が信頼の置けるものとは言いがたいのである。

06年度の医療給付費(医療費から患者の自己負担を除いた各医療保険と税の合計)は27兆5000億円と見込まれている。厚生労働省は、今回の改正案が実施されなければ25年度に56兆円まで膨らむと推計する。改正したならばこれを48兆円にとどめることができると説明する。この計算方法に説得力はあるのだろうか。

厚労省は将来の医療費を推計するのに、95年から99年の医療費伸び率で算定している。この時期は伸び率が高かった。一方、野党は伸び率が低い最近の数字で計算し直すよう迫っている。

どちらの計算方法が正しいかではない。いろいろなケースを想定した推計値に基づいて議論を進め、国民に理解してもらうのが本来のあり方だ。厚労省は「膨らむ医療費」の根拠を求め意図的に高い伸び率だけを採用したと勘ぐられても致し方あるまい。

年金の場合は、将来人口、物価や賃金上昇などの経済要因を変えて、何通りかの試算を行う。医療費予測は技術の進歩など複雑な要素も加わるのだろうが、ケーススタディーが行われないのは不可解である。

厚労省は94年に25年度の国民医療費(国民が1年間に使った医療費の合計)を141兆円と予測した。ところが05年になると65兆円へと大幅下方修正した。こんな激しい揺れがまかり通ること自体おかしい。医療制度改革の論議はすべての情報を開示して初めてスタート台に立つことができる。

毎日新聞 2006年5月21日 0時19分

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国民皆保険 4 / 医療費推計

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 5 月 23 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/05/_5__1f3d.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療費、推計、健康保険、国庫負担、国民医療費、医療給付費

数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う。

厚生労働省が毎年出す国民医療費の将来推計は当てにならない。

以下のテーブルは、等幅フォントでご覧頂きたい。

推計を出した年           |               推計の該当する年
-------------------------------------------------------------------------
                         |  2000 年  |  2004 年  |  2010 年  |  2025 年
-------------------------------------------------------------------------
厚生労働省試算           |           |           |           |
    1987 年              |   44 兆   |           |           |
    1995 年              |   38 兆   |   50 兆   |   68 兆   |  141 兆
    1997 年              |           |           |           |  104 兆
    2000 年              |           |           |           |   81 兆
    2002 年              |           |           |           |   70 兆
    2005 年              |           |           |   41 兆   |   69 兆
-------------------------------------------------------------------------
政府医療制度構造改革試案 |           |           |           |
    2005 年              |           |           |           |   65 兆
-------------------------------------------------------------------------
日医推計                 |           |           |           |
    2006 年              |           |           |           |   49 兆
-------------------------------------------------------------------------
実際の値                 |  30.4 兆  |  32.1 兆  |           |
-------------------------------------------------------------------------

厚生労働省の推計での 2005 年の推計の基になるデータは、2004 年の予算を足下に、一人当たり医療費の伸び ( 一般医療費 2.1%、高齢者医療費 3.2%、1995 – 1999 年の実績 ) の平均を前提に、 人口変動の影響を考慮して推計されているという。

日医の推計では、一人当たり医療費の伸びは、診療報酬のマイナス改定があった 2002 年度を除いた 2001 – 2005 年度の平均値を用いている。

1995 – 1999 年の実績という、推計値にもっとも影響すると思われる国民医療費の増加率を出してみる。

1994 年度 :  5.9%
1995 年度 :  4.5%
1996 年度 :  5.6%
1997 年度 :  1.6%
1998 年度 :  2.3%
1999 年度 :  3.8%
2000 年度 : -1.8% ( 介護保険導入 )
2001 年度 :  3.2%
2002 年度 : -0.5% ( 診療報酬・薬価 -2.7% 引き下げ、高齢者 1 割負担導入 )
2003 年度 :  1.9%
2004 年度 :  2.0%

どの 5 年間の平均を使うかだけでも、将来の推計は大きく変わってしまう。

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どうも厚生労働省は、推計値を過大に出すことで、医療側には締め付けを、財務省側には予算獲得を目論んでいるように見える。

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リンク ( 2006.5.23 の時点で、日医のサイトからはまだ消えていないようだが )

国民皆保険制度を守りましょう http://www.med.or.jp/kaihoken/2005/index.html
世界トップレベルの医療を提供するために http://www.med.or.jp/kaihoken/2005/sekai.pdf

参考資料

国民皆保険 4 / 医療費推計資料 1
国民皆保険 4 / 医療費推計資料 2
国民皆保険 4 / 医療費推計資料 3
国民皆保険 4 / 医療費推計資料 4

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国民皆保険 3 / 医療費と国民負担資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 3 / 医療費と国民負担

メディファクス 4927 号 2006.5.24

■ 国民負担率は諸外国より低水準
日医が分析、50%目標は論議の足かせ

日本医師会は23日、社会保障負担を議論する際の指標として使われる「国民負担率」を国際比較すると、日本はEU諸国などより低い水準にあるとの分析結果をまとめた。

23日に記者会見した中川俊男常任理事は、「国民負担率の上昇が経済の停滞を招くとの見解には、明確な因果関係がないというのが一般的な理解だ」と指摘。根拠のない国民負担率を社会保障の議論に用いることを疑問視し、「将来的にも国民負担率が50%以内という枠をつくり、足かせをして本来の社会保障の在り方の議論を制限している」と批判した。

2003年の国民負担率と財政赤字を含めた潜在的国民負担率を、各国の対国民所得と対GDPから比較した。

対国民所得から潜在的国民負担率を比べると、日本の46.1%に対して、最も高いスウェーデンが67.6%、フランス62.9%、ドイツ58.4%、英国51.2%と先進EU諸国を下回り、米国の37・4%よりやや高い状況。対GDPでも、日本は33.8%と米国の30.5%を若干上回るものの、48.5%〜40.2%の先進EU諸国を下回っている。

米国の国民負担率には私的医療保険料が社会保障負担額に含まれていないため、私的医療保険料を加味した対GDP潜在的国民負担率で比較すれば、2000年以降は日本の方が低水準にあるという。

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国民皆保険 3 / 医療費と国民負担

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 5 月 23 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/05/_4__a5a0_1.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、社会保障、保険、健康保険、皆保険、財政、国保、社保、政管健保、健保組合、国庫

小泉首相も、とうとう国会で日本の医療費は高くないことを認めるようになった。

対 GDP 比で日本の医療比が決して高くないこと、GDP 自体が昨年からプラス成長になってきたことを見るや、対 GDP 比での医療費削減の論調は政財官から消えてしまった。

これまでは医療費が高いから削減だ、と叫んで日本の社会保障としての医療を破壊し、医療を社会保障から商品に変えようとしてきた。

混合診療の議論は誰のためか。財界は、医療費は高くてよい、公的負担を減らせと主張している。医療を商品にしたいための方便なのだ。

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日本では、医療機関受診時の窓口自己負担は、ヨーロッパ・北欧高福祉国家などと較べたら高いと感じられている。確かに、そういう国々で公的医療保険に入っていれば、医療機関受診時の、その窓口での費用負担は少ない。米国では、高額な医療保険に入っていれば受診時の窓口自己負担は低く、保険に入っていない人は、そういう人の収入では払えないような高額な自己負担、すなわち、全額自費の医療になっている。

ところが、保険料、国家予算のレベルも含めて、国民一人が医療を受けたときにどれだけの費用を負担しているかを調べたら、日本人は、決して高い金を払っているのではないことが分かる。

介護、福祉を含めて、日本人は、諸外国と比較して、どれだけ高い金を払わされているのだろうか。

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メディファクス 4927 号 2006.5.24
国民負担率は諸外国より低水準
社会保障負担を議論する際の指標として使われる「国民負担率」を国際比較すると、日本はEU諸国などより低い水準にある …..

参考資料

国民皆保険 3 / 医療費と国民負担資料

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参考として、保団連のサイトから、お役立ちリンク。データは少し古いが、数字に惑わされないことが大切であると教えてくれる。政管健保、組合健保の収支は 2002 年以降、改善している。

医療・健康のページ

老人医療費5倍論は本当?
老人患者の 1 日あたり診療費は、一般患者の診療費とほとんど差がない。

日本の総医療費は高い?
対 GDP 比で日本は OECD 加盟 29 カ国中、18 位という低い医療費でありながら健康達成度や健康寿命は WHO から世界一と評価されている。

日本の社会保障費は高い?
GDP に占める社会保障給付費の割合は、スウェーデン 32.0%、ドイツ 28.2%、アメリカが 14.5%、日本は 13.1%。

日本の国民負担率は高い?
イギリス、ドイツ、フランスの国民負担率は 50% を超えているが、日本は 36%。

健保組合が赤字の原因は?
国が老人医療への国庫負担割合を 45% から 35% へ引き下げたことで、健保組合からの老人医療への拠出金割合が 33% から 40% へと過度に増加した。企業のリストラによって健保組合の被保険者が減少、保険料収入が大幅に減少した。

政管健保が赤字の原因は?
1992 年、政管健保への国の補助金の割合が、それまでの 16.4% から 13% に引き下げられた。1993 年以降は赤字になった。

国保財政が赤字の原因は?
国保の赤字の原因も、国庫負担率の切り下げ。国は 1984 年に老人保健制度が新設されたことを理由に、それまで医療費総額の約 45% を支出していた国庫負担率を約 38.5% に引き下げた。

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国民皆保険 2 資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険 2

2006.4.5 メディファクス 4896 号

政管健保保険料で温泉旅行 
不適切支出1775万円

社会保険庁は3日、政府管掌健康保険(政管健保)の保険料などから支出される健康保険関連補助金事業費を、同庁の関連団体職員が温泉旅行や忘年会費に使うなど、不適切な支出が5年間で計1775万円あったと発表した。

社保庁が事業委託した全国社会保険協会連合会は、高額医療費への貸し付け事業や健康づくり事業費として支給された補助金のうち、計200万円を職員親睦の温泉旅行や忘年会のほか、政管健保の野球大会開催費に使った。

宮城県社会保険協会は、実際には臨時職員を雇っていないのに職員給与費として計774万円の補助金の支給を受け、パンフレット作成代や切手購入費などの事務費に流用していた。

生活習慣病予防健診事業を委託された社会保険健康事業財団では、財団本部や全国18の支部で406万円を職員の親睦会の飲食代などに充てた。同財団支部の調査は終了しておらず、さらに不適切な支出が見つかる可能性があるという。

このほか決算時に返還すべき剰余金を翌会計年度に繰り越して支出した事例などが判明した。

補助金は政管健保のほか船員保険の保険料からの支出で、同庁は返還作業を進めている。

昨年10月に総務省の行政評価で669万円の不適切支出を指摘されたのを受け、書類が残っている2000〜04年度の5年分を同庁があらためて調査し、判明した。

【共同】 4月5日 メディファクス 4896号

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介護費用が6兆円超す
04年度事業報告

厚生労働省は4日、2004年度介護保険事業状況報告(年報)を発表した。介護保険の費用額は、前年度比9.0%増の6兆2025億円で、このうち利用者負担を除く給付費は9.0%増の5兆5221億円になった。

介護保険3施設の費用額は、介護老人福祉施設1兆3865億円、介護老人保健施設1兆1139億円、介護療養型医療施設7217億円だった。

給付費の内訳は、居宅サービス2兆7064億円(給付費の49.0%)、施設サービス2兆8157億円(51.0%)。都道府県別に居宅サービスと施設サービスの割合を見ると、北海道、富山、山口、高知は施設サービスが6割を超えている。

各介護サービスのうち最も伸び率が大きかったのは、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)で、給付費は前年度に比べ64.0%増の1952億円。有料老人ホームなどの特定施設入所者生活介護も、給付費が747億円となり、41.1%増加している。

65歳以上の第1号被保険者1人当たり給付費は、6.3%増えて21万9900円。介護保険制度を創設した2000年度の14万4000円と比べて、53%増加した。

都道府県別で最も高いのは徳島の28万8400円で、沖縄の27万9300円が続く。逆に、1人当たり給付費が低いのは埼玉の17万1100円、茨城の17万4700円、千葉の17万7800円。都道府県間で最大約1.7倍の格差があった。

第1号被保険者数は、05年3月末現在で2511万人になり、前年度より2.5%増えた。要介護(要支援)認定者数は6.4%増の409万人で、要支援〜要介護2の軽度者が全体の63.8%を占めている。

1カ月平均のサービス受給者数は、10%増の317万人で、内訳は居宅サービス240人、施設サービス76万人。2000年度と比べ施設サービスで26%、居宅サービスは94%増加している。

4月5日 メディファクス 4896号

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国民皆保険 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 4 月 28 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/04/_2_5382.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、保険、公的医療保険、健康保険、国民皆保険、皆保険、社会保障、サービス、ビジネス、産業、コスト、アクセス、クオリティ、小泉、改革、医療改革

官僚は天下って無駄遣い、天下った先でさらに無駄遣い。
介護保険は、営利企業を潤し、医療機関を干上がらせ、社会保障費総額を押し上げた。

2006.4.5 メディファクス 4896 号

政管健保保険料で温泉旅行 
不適切支出1775万円
社会保険庁は3日、政府管掌健康保険(政管健保)の保険料などから支出される健康保険関連補助金事業費を、同庁の関連団体職員が温泉旅行や忘年会費に使うなど、不適切な支出が5年間で計1775万円あったと発表した。

介護費用が6兆円超す
04年度事業報告
厚生労働省は4日、2004年度介護保険事業状況報告(年報)を発表した。介護保険の費用額は、前年度比9.0%増の6兆2025億円で、このうち利用者負担を除く給付費は9.0%増の5兆5221億円になった。

この上、良心の医師を叩くとは ….. まじめに保険診療なんかやってられない、てことになる。リスキーな部門、重労働の部門、僻地から人がいなくなって当たり前だ。

参考資料

国民皆保険 2 資料

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国民皆保険資料 4

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険

YOMIURI ONLINE 2006.4.7

世界で医療スタッフ不足、日本の医師数は63位

【ジュネーブ=渡辺覚】

世界保健機関(WHO)は7日に公表した2006年版の世界保健報告で、世界で約430万人の医療スタッフが不足しているとの推計を発表した。

医療スタッフの員数・配置問題に焦点を当てた今年の報告は、エイズの感染拡大が続くマラウイやタンザニアで、人口1000人当たりの医師数が0・02人と、アフリカ諸国でスタッフ不足が極めて深刻だと指摘。

アフリカで教育を受けた医師の4人に1人が経済協力開発機構(OECD)加盟の先進30か国で働く「頭脳流出」の現状にも懸念を表明、各国に人材育成と医療環境の整備を提言している。

一方、日本は平均寿命で82歳の世界最長寿国の座を堅持しながら、1000人当たりの医師数は1・98人と、192か国中、63位の中位水準にとどまった。

1位サンマリノの47・35人には遠く及ばず、OECD加盟国の中では最低クラス。同様に看護師は27位、歯科医師は同28位と、世界のトップ水準には達していない。

(2006年4月7日10時50分 読売新聞)

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国民皆保険資料 3

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険

日経 2006.4.7

日本、長寿世界一を維持——WHO世界保健報告

世界保健機関(WHO)が7日発表した2006年版の世界保健報告によると、04年時点の日本の平均寿命は昨年と同じ82歳で世界一を維持した。前の年は81歳だったモナコ、サンマリノも同じ82歳に並んだ。性別にみると日本女性の86歳は単独で最長寿。男性の79歳にはサンマリノ、アイスランドなど欧州の小国が迫っている。

平均寿命が80歳以上の国はWHO加盟192カ国のうち16カ国で前年比2カ国増。先進国で高齢化が進んでいることを示した。60歳以上の高齢者が人口に占める割合(高齢者比率)も日本は25.6%で首位だった。平均寿命が最も短い国はジンバブエの36歳。「人生50年」に満たない27カ国はアフガニスタン以外すべてアフリカだった。

1人の女性が生涯に生む子供の数を示す合計特殊出生率は、日本が1.33人で23番目に低い。最低はウクライナの1.12人。チェコ1.17人、スロバキア1.18人が続き、旧社会主義国や中東欧の少子化傾向も目立った。韓国(1.20人)、ドイツ(1.32人)、シンガポール(1.32人)なども日本を下回り、人口維持に必要な水準とされる2.1人を下回る国は全体の3分の1に当たる66カ国にのぼった。

(ジュネーブ=市村孝二巳)

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国民皆保険資料 2

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険

毎日新聞 2006.4.11

縦並び社会・格差の源流に迫る:命の値段

「ミリオンダラー・ベビー」。米バージニア州リッチモンドの主婦、ジェシーさん(28)は01年に出産した長女のエレナちゃん(5)をそう呼んでいる。

早産だったため、生後ひと月ほど大学病院に入院した。請求された治療費や入院費の総額は約100万ドル(約1億1700万円)。信じられなかった。入っていた民間医療保険が出産もカバーしていることが分かり、250ドルで済んだ。

スーパーで働く夫のサムさん(29)の給料と自分のパート代を合わせると年収は約4万8000ドル。米国の一般的な中間層の家庭だ。

03年、不幸が襲う。サムさんが転んで右腕を骨折し、手術を受けた。2万6000ドル以上の請求がきた。夫が転職したばかりで今度は保険に入っていない。自己破産するしかなかった。

「腕一本で破産ですよ。こんなことがごろごろある」。一家は負債の減免措置を受けたものの、計1万ドルを分割で返済しなければならない。

米国には民間医療保険のほかに低所得者や高齢者向けの公的保険があるが、対象者の範囲が非常に狭い。人口2億9000万人のうち保険未加入者は4600万人にも上る。一方で、保険会社と民間病院が巨額の利益を上げる。同州の貧困層向けの病院に勤めるコナリー医師は「日本は米国の医療制度を模範にしようなどと決して考えないことだ」と警告する。

日本が世界に誇る皆保険制度が危うい。

04年、規制改革・民間開放推進会議(議長・宮内義彦オリックス会長)が設置した官製市場民間開放委員会は「混合診療」の解禁を目指した。日本の健康保険制度では原則として、保険診療と自由診療を組み合わせた場合、医療費は全額自己負担になる。医療費の膨張を背景に、公的保険でカバーする範囲を狭め、自由診療の部分を増やそうという考え方だ。

しかし国民健康保険料すら払えない人が急増する中、自由診療が増えると治療を受けられない人が出るおそれが強い。日本医師会は「国民皆保険の崩壊を招く」と反対したが、東京大病院など3病院と日本外科学会は04年秋、宮内議長に混合診療解禁を要望。医療界は一枚岩ではなかった。

毎日新聞が入手した非公開議事要旨には、医師会の反対意見を弱めるための「作戦会議」の模様が記されている。「医師会にもっと大反対と言わせ(逆に医師会への)反対を盛り上げる」

保険業界にとって混合診療の解禁はチャンスだ。「医療費はあと10兆円伸びる余地がある」。同会議の前身の総合規制改革会議では、委員からこんな発言があった。公的医療費が抑えられても自由診療を増やせば市場は大きくなる。同会議の事務局(28人)には医療保険に関連する企業から7人が派遣されている。04年末、混合診療の実質解禁が決まり、法案は国会で審議中だ。

現場では自由診療の拡大へ向けた動きはすでに起きている。セコムグループの「セコム損保」は01年に自由診療保険を発売した。がん治療の保険適用外部分を高額でも全額保障し、患者の自己負担はない。この保険の「協定病院」は166病院に達し、国立病院機構の病院まで加わった。

その神奈川病院(神奈川県秦野市)の市来嵜(いちきざき)潔院長は「手術費用が高くてもセコムが確実に治療費を払うから病院は安心」と語る。一方、重度心身障害者用の80床は看護師が一般病床より多く必要で、採算が合うとは言えない。院長は「経済効率だけを考えれば切り捨てられる医療が必ず出てくる」と顔を曇らせる。

株式会社の病院経営も始まる。医療分野の構造改革特区第1号としてこの夏、横浜市に株式会社病院が開院する。

この病院に認められたのは本人の細胞を培養して使う美容整形など特殊な分野の自由診療に限られる。しかし、規制改革・民間開放推進会議のメンバーが委員長を務める特区の評価委員会はいっそうの緩和を要求している。「自由診療だけでは経営が成り立たない。保険診療も認めるべきだ」

毎日新聞 2006年4月11日 17時00分 (最終更新時間 4月11日 19時41分)

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国民皆保険資料 1

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

» 国民皆保険

YOMIURI ONLINE 医療と介護 2006.4.15

医療保険加入 全米初の義務化
【ニューヨーク=大塚隆一】

米マサチューセッツ州で全州民に医療保険の加入を義務づける州法が成立した。国民皆保険の制度がない米国では初の試み。

ミット・ロムニー知事(共和党)が12日に署名した州法は、低所得者には保険加入のための補助金を出す一方、十分な所得があっても加入しない人には一種の罰金を科す。同州は新制度により、未加入者を州民の1%未満にまで減らせると見込んでいる。

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U.S. FrontLine 2006.4.6
更新2006年04月06日 20:18米国東部時間

MA州、皆保険制度へ〜全米初、加入を義務化

マサチューセッツ州議会はこのほど、全米ではじめて全州民に医療保険への加入を義務付ける法案をほぼ満場一致で可決した。同州のミット・ロムニー知事も同法案に署名する考えを明らかにしている。

法案は、2007年7月1日までにすべての州民に医療保険加入を義務付ける内容。施行されれば、向こう3年間で現時点の保険未加入者の約95%に当たる51万5000人に医療保険を提供し、保険未加入者数を州人口の1%以下に抑えることができるとみられる。

民間の医療保険に加入できる個人が期限を守らなかった場合、罰金を課せられる。また従業員を10人以上抱える企業が従業員に保険を提供していない場合、年間で1人当たり最高295ドルを課税する。

また、収入が貧困レベルの3倍以下の者には民間保険に加入するための補助金を出し、そのような家庭の子ども向けにメディケイド(低所得者向け医療保険)の対象を拡大する。

一方、個人や従業員50人以下の企業には税引き前の金で保険を購入することを、保険会社には19〜26歳を対象として低コストの簡略プランの販売を許可する。これにより、約21万5000人が加入できる見通し。

これまでも、マサチューセッツを含む多くの州政府が、保険未加入者を減らそうと努力してきた。例えば、ハワイ州では1974年、企業が週20時間以上働いている従業員に保険を提供するよう義務付ける法案を可決した。しかし、今でも同州人口の約10%は未加入のままだ。ミネソタ、バーモントの両州では92年、マサチューセッツでは88年に皆保険制度法案を可決したが、いずれも90年代半ばに廃止。カリフォルニア州でも法律を撤回した。

マサチューセッツの法案では、費用は向こう3年間で12億ドルとなる見込みだが、大半は連邦補助金と既存の州予算で充当でき、新規予算は1億2500万ドルのみとなる見通しだ。

(ニューヨーク・タイムズ特約)

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FujiSankei Business i. 2006.4.15

全米初の医療皆保険始動

米マサチューセッツ州のロムニー知事は十三日までに州内の全住民に医療保険への加入を義務付ける法案に署名。米国初の義務的な医療保険制度が始まることになった。

米国の医療保険は、メディケア(高齢者向け医療保険)、メディケイド(低所得者向け医療保険)以外は民間の保険しかなく、国民それぞれが受ける医療サービスの内容に応じて保険料を支払う制度になっている。クリントン大統領が一期目に全米レベルの国民皆保険制度実現をめざしたものの、医療機関や製薬会社などの反対で実現しなかった経緯がある。

同知事(共和党)は二〇〇八年の次期大統領選に出馬を検討していると報じられており、医療制度改革の成否が、全米の注目を集めている。

(ワシントン=気仙英郎)

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YOMIURI ONLINE 医療と介護 2006.4.7

皆保険、なぜ米では出来ない?
本田麻由美記者

「日本ではなぜ、国民皆保険・健康長寿・低費用という三拍子そろった医療を実現できているのか」

2月にボストンを訪れた際、米ハーバード公衆衛生大学院でこんな議論が行われていると聞いて、興味を持った。情報公開や患者参加など、米国の進んだ点を取材に来たというのに、米国の学生・研究者らは日本の医療を高く評価している。それを、新鮮でおもしろく感じた。

日本国内では医療不信が高まっているが、外から見ると日本の良い点が分かる。1か月ほど米国の現場を垣間見て、最先端のがん治療や研究開発は世界の先頭を走っていることを実感できた。しかし、医療保険に入っていない無保険者が4500万人という実態を聞くと、皆保険で所得や職業に関係なく誰もが医療を受けられる日本の制度は有り難い。日本の年間平均外来受診回数は米国の3倍なのに、1人当たり医療費は半分以下。それでいて、平均寿命など健康指標は米国より上だ。

米国の医療について、特に疑問に思ったのは、「裕福かどうかによって受けられる医療が違うという格差を、なぜ容認したままなのか」ということだ。クリントン政権時に皆保険導入に失敗してから、発言力の強い患者団体からも皆保険を求める声は聞こえない。その理由をいろんな人に尋ねたところ、「多くの人が保険に入れる方がいいことは確かだが、政府がすべて面倒を見るべきだとは思わない」との答えが少なくなかった。

そんな中、サンフランシスコで低所得者のための無料診療所を運営するダリル・イナバ医師が、「私自身は、医療は政府が国民全員にきちんと提供するべきだと思う。だが、米国社会では、幸福を追求する権利は保障するが、その結果は保証するものではない——との考え方が支配的だ」と説明してくれた。

要するに、〈欲しいものがあれば、それぞれが主張や努力をして勝ち取ればよい。だが、何であれ、欲しいものを誰もが一律に手に入れられる仕組みを、国が用意する必要はない〉ということらしい。米国では、機会の平等は保障されても結果の平等は保証されない、と聞いてはいたが、こうした考えが医療にまで及んでいることを知って、国民皆保険が実現しない背景がわかったような気がした。

こうした「日米医療制度比較論」を考えるきっかけとなったハーバードの大学院生ら48人は、先月19日に来日、医療機関や行政機関、企業などを視察した。私も同行しながら、冒頭の「なぜ」という疑問への答えと国内での医療への不満の理由を、一緒に考えてみた。

(次回予定 4月21日)

(2006年4月7日 読売新聞)

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YOMIURI ONLINE 医療と介護 2006.4.21

医療の選択肢勝ち取る努力も
本田麻由美記者

日本では、なぜ米国より低い医療費で国民皆保険、健康長寿が実現できているのか。なぜ医療に対する国民の不満が強いのか——。

米ハーバード公衆衛生大学院の学生や研究者ら48人が、こんな疑問を抱いて3月末に来日した。9日間かけて病院や企業、行政機関を視察した彼らに、答えは見つかったかどうかを聞いてみた。

マサチューセッツ総合病院の医師でもあるG・ランクさん(36)は、学校給食の視察などから、「健康指標が高いのは、だれもが子供のころから、バランスの良い健康的な食生活を送っているということも大きい」とみる。医療費が少なくてすんでいることについて、タイ人留学生で医師のB・リーラパンさん(29)は、「政府が診療報酬制度で医療の単価をコントロールして総額を抑えているから」と分析。医師や看護師らが比較的少ないことが低コストの要因、とする声も多かった。だが一方で、このことが“3分診療”につながり、「医師とのコミュニケーション不足、治療の決定に参加できないという思いが、患者の不満を招いているのではないか」という意見も目立った。

今回の日本視察の企画者の一人で、同大学院生の小野崎耕平さん(36)は、「政府統制のもとで格差は小さいが、個人の選択の余地も少ないのが日本。米国は個人の選択を重視するが、患者の経済力などによる医療格差も容認しており、コスト増に歯止めがかからない。これは国民の価値観と国家の選択の違いだが、先進諸国の医療制度は、日本のような考え方に基づいている方が多い」と指摘する。

ほかの参加者からも、「米国でも医療には政府の一貫した政策が必要」との意見が多かった。同大の地元マサチューセッツ州議会は今月初め、全米で初めて州民に医療保険加入を義務づける法案を可決。米国型システムへの歴史的な挑戦、と期待されているという。

彼らの話から、日本のように政府が責任を持って医療をコントロールすることのプラス面がよく分かった。だが一方で、政府の関与が強すぎるため、医療に患者・市民の声が反映されにくいということが、不信・不満の原因になっているとも思う。

日本でも、一定レベルの医療をすべての国民に保障する一方で、どんな治療を受けるかを考える時、人生観、価値観の違いによる個人の選択も尊重できるような仕組みが欲しい。それを実現するには、政府のコントロールに頼るだけではなく、市民・患者たちが必要なものを訴えていく努力を、粘り強く続けていく必要があると改めて思った。

〈次回予定 5月5日〉

(2006年4月21日 読売新聞)

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日経 2006.4.16

「医療先進国」日本、課題多く・OECD調査
【パリ=奥村茂三郎】

経済協力開発機構(OECD)がまとめた加盟各国の医療の現状に関する調査結果が明らかになった。日本は女性のがん検診受診率などの指標で米仏など主要国に及ばなかった。日本はこれまで国民皆保険や平均寿命の長さで医療先進国とみなされてきたが、各国比較で改善すべき課題も多いことが浮き彫りとなった。

調査では医学的に重要で入手しやすい13の指標を対象とした。検診の受診率など予防医療に的を絞った調査は今回が初。OECD加盟国のうち23カ国の状況を比較した。

(07:00)

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日経 2005.7.23

日本人の平均寿命、過去最高更新・女性は20年連続世界一

日本人の2004年の平均寿命は女性が85.59歳、男性が78.64歳と男女とも5年連続で延び、過去最高を更新したことが22日、厚生労働省の「04年簡易生命表」でわかった。04年に生まれた赤ちゃんのうち、女性の76%、男性の55%が80歳まで生きられる見通しで、世界一の水準で長寿化が進行している。

平均寿命はその年の死亡状況が変化しないと仮定。年齢ごとの平均余命を算出し、零歳の平均余命が平均寿命になる。

04年は女性が0.26歳、男性が0.28歳、前年より延びた。厚労省は「がん以外の脳血管疾患や心疾患などの死亡確率がやや下がったことが平均寿命を押し上げた要因」とみている。

[2005年7月23日/日本経済新聞 朝刊]

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国民皆保険

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

本記事の原典は、2006 年 4 月 23 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/04/post_0ba0.html にアップされた。原典は削除された。


キーワード
医療、保険、公的医療保険、健康保険、国民皆保険、皆保険、社会保障、サービス、ビジネス、産業、コスト、アクセス、クオリティ、費用、質、費用対効果

医療は、社会保障、産業、両方の顔を持つ。

米国で、早産の妊婦が大学病院に 1 ヶ月入院した。退院後に届けられた請求書には 100 万ドル ( 1 億 1700 万円 ) と書かれていた。

…..

コスト、アクセス、クォリティ

米国オレゴン州の公的医療保険機関である Oregon Health Plan の事務所には次のような文句が書かれたポスターが貼ってあるそうだ。

「コスト、アクセス、クォリティ。これらの内、二つまでを求めることができる。」

Ann Emerg Med. 1997 Dec; 30(6):779-81.
Access, quality, and cost control in emergency medicine: can we have all three? A resident’s perspective on the future of emergency medicine.
Asplin BR.
University of Pittsburgh, PA, USA.
The triad of access, quality, and cost provides a useful framework for the discussion of health care reform. A quote from a recent review of the Oregon Health Plan illustrates the conflict between these three factors very well. “The administrators of the plan are realistic people; they once placed a sign on the wall: ‘Cost, access, quality – pick any two.”

上記の三つ全てを求めようとする希望は、果たしてかなうだろうか。

米国は、かけるコストによってアクセスとクォリティが大きく変わる国だ。金持ちは、世界最高の医療を快適に受けることができる。反対に約 4,200 万人の米国人は、医療保険に加入できないでいる。医療に支出する米国連邦政府予算は日本政府の場合の数倍、ゼネラルモーターズ社が社員の医療保険に支出する保険料はトヨタ自動車の場合の、これまた数倍。これだけ公的なお金をかけていても、米国の医療は、米国民の社会保障とはなっていない。一部の金持ちのための、サービス産業、医療が商品なのだ。

北欧型高福祉国家では、アクセス、クォリティは最高ではないまでもまあまあで、コストは患者の負担は少なく見えるが、国家全体で大きなコストをかけている。かつての英国は、「揺りかごから墓場まで」の高福祉、世界一の社会保障制度を税金でまかなっていた。それが英国政府と経済を圧迫したため、サッチャー政権では、医療、福祉をとことん切り捨てた。その結果、ブレア政権発足後の 2003 年まで、アクセスが犠牲になって、英国民にとって、コストのみしか取り柄がなかった。

英国は極端に両側にぶれた例だが、ドイツでも、北欧でも、欧州先進諸国での医療は社会保障であり、コストをかけ、アクセスは少々犠牲にし、クオリティがまあまあの医療となっている。どこかで線をひいて何かを犠牲にして、国民はなにがしかを我慢することによって成り立つ、基本的には社会主義的な医療、すなわち国家による社会保障制度となっている。

日本はどうだろうか。

日本は、国民皆保険制度を基盤に社会保障としての医療制度をとっている。国が医療の供給を保証する代わりに、なにがしかの制限がある、統制経済としての医療である。日本では医療は商品ではない。医療はサービス業、などといって、ホテルのような待遇を病院に求める人がいるが、勘違いである。産業の分類で、農漁業、鉱工業、サービス流通業などと分けたときに、医療はサービス産業に分類されるだけである。

「3 時間待ちの 3 分診療」は、マスコミが作り出した妄言である。日本の公的病院での調査では、待ち時間は平均して約 40 – 50 分、診察時間は 7 – 8 分という所だそうだ。しかも日本では、病院に行きたいときに行ってそれだけ待てば、各診療科の専門医の診察を 10 分足らず受けることができるのだ。日本以外の先進諸国で、専門医の診察を受けようと思ったら、何日か何週間か待たなければならない。

もし、道で転んで手をついて、前腕遠位端部骨折を負ったとしよう。日本の都市部では、市街地に何件も整形外科の診療所や整形外科医がいる病院がある。農村部僻地でも、離島や冬の豪雪地帯以外では、自動車を 1 時間でも走らせれば、整形外科専門医がいる所へたどり着けるだろう。そこで 30 分でも 1 時間でも待てば整形外科専門医が診療してくれ、その場で X 線写真を撮って、整復固定などの処置をしてくれるだろう。

これが欧米の町中ではどうなるか。
整形外科専門医のオフィスに行っても診療してくれない。予約が要る。数日から数週間待ちだ。よしんば診てもらえても、そのオフィスでは X 線写真を撮ってもらえることはまずないし、整復、ギプスなどの手当てはしてもらえない。
では救急医療センターへ駆け込んだらどうしてもらえるだろうか。受付のあと、重症度に応じた選別を受け、早くて数時間、長ければ半日以上、夜なら一晩待たされる。英国では、一昨年からのブレア政権の医療充実政策の目標の一つとして、救急医療センターの待ち時間を最大 16 時間未満にする、というのがある。

日本以外では、コスト、アクセス、クオリティ、どれか二つまでしか選べない、というわけだ。

日本の医療、国民皆保険 ( 公的医療保険 ) 制度の、世界での評価は高い。WHO の健康達成度の評価は世界一、平均寿命も健康寿命も世界一だ。乳児死亡率もスウェーデンに次いで世界第二位である。医療と健康保険制度において、日本は世界の中ではトップに評価されているのだ。
では、日本の、広くあまねく、いつでも、まあまあの質の医療が受けられるコストはいかばかりなのか。対 GDP 比で G7 諸国中、多分今年あたりには英国に抜かれて最低の医療費。OECD 参加 23 カ国中 17 位の医療費。
日本は、コスト、アクセス、クォリティの三つを ( まあまあのレベルで ) 実現している、世界で唯一の国と言ってよい。だがそれは、医療にかける人件費でコストを削ってきた結果である。小泉政権になってから、日本は 2 年毎に医療費削減政策をとっている。
医師の技術は、世間でいわれるほど、世界各国の医師と較べて劣っているわけではない。手術の器用さ、正確さ、内視鏡医療の技術、関節鏡手術は日本で開発されたし、日本の医師を他国に自慢できる要素はいくらでもある。しかしコスト削減が行き過ぎ、患者側の権利意識、医療に対する関心が高まってくると、医療スタッフの献身だけではアクセスもクォリティも維持できなくなってきたのだ。

クリントン政権時代の米国では、ヒラリー大統領夫人を先頭に、日本の国民皆保険制度を米国に導入しようとして、調査に着手はしてみたが、早々に断念した。
商品である医療を社会主義的統制経済に組み込むのは、自由主義経済の雄、米国では、社会制度の根本から無理があった上に、日本のあまりの低コスト医療は、米国に導入できなかったのだ。

しかし、ついに米国で皆保険制度を導入する動きが現実化した。マサチューセッツ州で全州民に医療保険の加入を義務づける州法が成立した ( 米国は州ごとに法律が異なるから、全米でというわけにはいかないが )。
日本の公的医療保険とは異なり、現在医療保険商品を購入している人以外、無保険者に補助金を出して保険に加入 ( 保険商品を購入 ) させる、というもののようだ。ただし、それでも無保険者が出ることは想定しているようだ。

参考資料

OECD Health data 2004, 2005
WHO Health report 2000, 2004
OECD National accounts 2004

国民皆保険資料 1
国民皆保険資料 2
国民皆保険資料 3
国民皆保険資料 4

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JBM / 割箸事件資料 8

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西日本新聞 2006.4.7

東京地検が控訴 医師無罪の割りばし事故

東京都杉並区で1999年、割りばしがのどに刺さった保育園児杉野隼三ちゃん=当時(4つ)=が杏林大病院(東京都三鷹市)で受診後に死亡した事故で、東京地検は7日、業務上過失致死罪で在宅起訴した当時の担当医根本英樹被告(37)に無罪を言い渡した東京地裁判決を不服として、東京高裁に控訴した。

3月28日の地裁判決は、頭の中まで割りばしが刺さっていることを想定せず、十分な診察をしなかった根本被告の過失を認めたが「気付いて直ちに脳神経外科医に引き継いでも救えた可能性は極めて低かった」として、死亡との因果関係を認めなかった。

地検は控訴理由について「不適切な診療と死亡の因果関係を否定したのは証拠の判断を誤っている」と説明している。

2006年04月07日17時18分

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JBM / 割箸事件資料 7

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読売新聞 2006.3.29

「延命の可能性低い」医師に無罪…割りばし死亡事故

1999年に東京都杉並区の保育園児杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん(当時4歳)が綿あめの割りばしをのどに突き刺して死亡した事件で、業務上過失致死罪に問われた元杏林大学付属病院医師・根本英樹被告(37)の判決が28日、東京地裁であった。

川口政明裁判長は診断ミスがあったことは認めたが、「治療したとしても延命の可能性が低かった」と述べ、無罪(求刑・禁固1年)を言い渡した。

隼三ちゃんは99年7月10日、割りばしをくわえたまま転倒、同病院で診察を受けたが、根本被告は傷口に消毒薬を塗るなどしただけで帰宅させた。隼三ちゃんは翌朝、頭蓋(ずがい)内損傷で死亡。その後の解剖で、約7・6センチの割りばし片が小脳に刺さっているのが見つかった。

判決はまず、耳鼻咽喉(いんこう)科の当直医として、隼三ちゃんを診察した根本被告が割りばしによる頭蓋内損傷を予見できたかについて、意識レベルが低下した容体などから、「頭蓋内に異変があったことを疑うことが可能だった」と述べた。

さらに母親への問診などを行い頭蓋内損傷の疑いが強まれば、コンピューター断層撮影をするなどして、最終的には割りばしが残っていることに気付くことができたと指摘。根本被告には、これらの診察や検査を行わなかった過失があると認定した。

しかし、その後の治療で、死亡を回避できたかについては、「脳神経外科医に引き継いだとしても、技術的に治療が困難で、救命はもとより延命可能性も極めて低かった」と判断。過失と死亡の因果関係を否定した。

一方、判決は、根本被告が隼三ちゃんの死後、診断ミスに気付き、カルテに適切な診断をしていたかのように取り繕う記述を加えたと認定。「患者の病態を慎重に観察する初歩的な作業を怠った」と指摘した。

「どう報告すれば」声震わせ両親会見

「隼三にどう報告すればいいのか」——。隼三ちゃんの両親は判決後、東京・霞が関で記者会見し、声を震わせた。傍聴席の最前列で無罪判決を聞いた母親の文栄さん(49)は、「体が凍り付く思いだった。無罪ではないと信じていたからこれまで頑張ってこられたのに……」と、無念の表情。父親の正雄さん(54)も、「過失を認定しながら、無罪となったのは理解できない。検察側には控訴してもらいたい」と怒りをにじませた。

一方、根本被告は弁護人を通じ、「幼い命が失われたことには深く哀悼の意を表します。しかし、結果に対する責任は別で、無罪には納得している」とコメント。石井良章・杏林大学付属病院長は、「判決は私たちの主張を正しく評価した。引き続き全力で医療の安全に取り組む」とのコメントを出した。

[解説]専門家の証言検察側覆せず

医師の過失を認めながらも、医師の罪は問えないとした東京地裁判決は、高度な専門知識が必要となる医療過誤事件の公判立証の困難さを示している。

判決は、根本被告が頭蓋内損傷の可能性に気付かなかった過失を認定した。しかし、診断ミスがあっても、救命の可能性がなければ、「致死」の責任は問えない。

弁護側証人として証言した複数の医師は、「割りばしが刺さったことで血管が閉塞(へいそく)しており、割りばしを除去しても、死亡は避けられなかった」と、救命可能性を否定。検察側は、こうした専門家の証言を覆すことができなかった。

一方で判決は、耳鼻咽喉科の根本被告が、早期に脳神経外科医の判断を仰いでいれば、割りばし片は見つけられた可能性が高いとして、総合病院での医師同士の連携の在り方にも課題を投げかけた。医療関係者には、事故の教訓を真摯(しんし)に受け止めることが求められる。(木下吏)

(2006年3月29日 読売新聞)

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読売新聞 2006.3.30

[解説]「割りばし死」医師無罪

不作為の追及困難、第三者機関設置を

保育園児が綿あめの割りばしをのどに突き刺し死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた医師に対し、東京地裁は無罪を言い渡した。(医療情報部 田中秀一)

「医師に過失があり、カルテの改ざんも認められたのに『無罪』では納得できない」。亡くなった東京都杉並区の保育園児杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん(当時4歳)の両親は判決の後、こう言って無念さをにじませた。

隼三ちゃんは1999年7月、綿あめを食べながら転倒、杏林大病院で診察を受けたが、翌朝、脳の損傷で死亡した。解剖で、脳に割りばし片が刺さっているのが見つかったが、診察した医師はこれに気づかず、傷口に消毒薬を塗るなどしただけで帰宅させていた。

判決は、医師は割りばしが脳に刺さったことを想定すべきだったとして、必要な検査などを怠った過失を認めたうえ、適切な診断をしたかのように取り繕う記述をカルテに加えていた事実も認定した。しかし、たとえ治療していても救命の可能性は低かったとして、結論は無罪となった。

「過失があるのに……」という両親の嘆きは、患者・家族の心情としてもっともであり、「医師に甘い判決ではないか」と感じた人も多いかもしれない。

だが、手術や投薬のミスなど誤った処置で患者を傷つけた場合は罪になっても、今回のように必要な診療をしなかった「不作為」は、それが原因で患者が死傷したことが立証されない限り、罪には問えない。ここに、医療事故の責任を刑事訴訟で追及することの困難さと限界がある。

必要な検査が行われ、最善の治療が施されたのであれば、仮に救命できなかったとしても、患者は納得もできよう。だが、母文栄さん(49)によると、隼三ちゃんがぐったりしているため、「こんな状態で家に連れ帰っていいんでしょうか」と尋ねたのに対し、医師は「疲れて眠っているんでしょう」と答えたという。判決も「患者の状態を把握する基本的な作業を怠ったことについて、批判に謙虚に耳を傾けるべきだ」と指摘した。

一方、杏林大病院は現在も「診察した医師に過失はなかった」との見解を表明しており、両親は「病院から謝罪はない」という。これでは「医療事故の原因究明は病院には任せられない」という医療不信を助長するばかりだ。

患者側に重い立証責任が課せられる訴訟では、医療側の責任を明らかにするためのハードルが高い。米国では、捜査機関とは別に、医療事故を監視する公的機関があり、専門医らが調査したうえ、事故を起こした医師に対し、医師免許取り消しなど厳しい処分を行う。日本でも、弁護士らの「患者の権利法をつくる会」などが、こうした医療事故の調査を行う第三者機関の創設を提唱しており、設置の検討が必要ではないか。

(2006年3月30日 読売新聞)

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東京新聞 2006.3.29

担当医に無罪判決 東京地裁

割りばし死亡事故

東京都杉並区で一九九九年、割りばしがのどに刺さった保育園児杉野隼三ちゃん=当時(4つ)=が、杏林大学付属病院(東京都三鷹市)で診察後に死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた当時の担当医根本英樹被告(37)に対する判決が二十八日、東京地裁であった。川口政明裁判長は、割りばしがのどを突き抜けていたことに気づかなかった根本被告の過失を認めた上で、「仮に適切な措置を取っても命を救える可能性は極めて低かった」と述べ、根本被告に無罪(求刑禁固一年)を言い渡した。

裁判では、当直医として園児の治療にあたった根本医師が(1)割りばしが刺さったことによる頭蓋(ずがい)内損傷を予見できたか(予見可能性)(2)適切な治療をすれば園児の命を救うことができたか(回避可能性)−が大きな争点となった。

川口裁判長は「被告は割りばしが刺さって脳に損傷が生じた可能性を想定すべきだったが、軽傷と思い込み、小型カメラやCT検査を行い、脳神経外科医に引き継ぐ義務を怠った」と述べ、根本医師の過失を認めた。

その上で園児の死因を「致死的な静脈還流障害」と認定。

「被告が直ちに脳神経外科医に引き継いだとしても治療は困難で、救命はもとより延命可能性も極めて低かった」として、過失と死亡との因果関係を否定、罪には問えないとした。また判決では、園児のカルテにあった「髄膜炎の可能性もある」などの記載について「園児の急死に動転した根本被告が、落ち度を自覚し、取り繕おうとして書き加えた」と指摘した。

■医師の反省強く促す

【解説】

割りばし死亡事故に対する判決は、治療内容にかかわらず園児に救命・延命の余地はほぼなかったと判断。診察医の過失を認めながらも死亡の原因ではないとして、刑事責任を科すことはできないと結論づけた。

判決は医師の過失についても踏み込んだ。「患者が発するサインを見逃さず、患者に適切な治療を受ける機会を提供することこそが、園児の残した教訓だ」と異例の付言をした。

判決はまた、医師が後でカルテに症状を書き加えたことについて「自分の落ち度を取り繕おうとした」と指摘。「医師として基本的な作業を怠ったという批判に謙虚に耳を傾けるべきだ」と反省を強く促した。

医療現場では、今回のケースについて救急だったことを考慮すべきだという意見がある。だが、患者の側からすれば「救急だから仕方がない」ということにはならない。

手術など積極的な医療行為に対し、問診などによる診察は「受け身の行為」とされる。その診察行為で医師の過失を認めた今回の判決は、医療側に警鐘を鳴らすものといえる。 (北島忠輔)

<メモ>園児割りばし死亡事故

1999年7月10日、高校教諭杉野正雄さんの三男の保育園児隼三ちゃんが、東京都杉並区内での盆踊り会場で転倒し綿菓子の割りばしがのどに突き刺さった。杏林大病院で根本英樹医師から消毒薬の塗布などの治療を受けたが、帰宅後に容体が変わり、翌日死亡。司法解剖で頭蓋(ずがい)内に残った7・6センチの割りばしが見つかった。警視庁は2000年7月、不十分な診察だったとして業務上過失致死容疑で根本医師を書類送検、東京地検は02年8月に在宅起訴した。公判で根本医師は、無罪を主張。両親は根本医師ら病院側に民事訴訟も起こしたが、病院側は責任を否定し争っている。

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