JBM / 医療事故について荒木駿二先生の論説
Posted by guideboard on 2007/12/15/Sat
科学の進歩に、人の意識も、法制度も、遅れつつあるのだろう。科学者が社会をリードする一翼を担えるように、科学者を重用し、科学者の発言に耳を傾けるべきだ。特に、自然科学の中で医学は最も人の身近にある。
日本は主に文系の人材によって、科学までも含め、コントロールされている。
医学、医療行政には、医師がもっとリーダーシップをとるべく、活動し、行政にも入り込み、医学と法制度を繋ぐべきなのだ。
以下、大変参考になる論説であるので、参照する。
全国自治体病院協議会雑誌
協議会雑誌(平成14年6月号)
窓 MEDICINE
医療事故について思うこと
公立昭和病院院長
全自病協常務理事 荒 木 駿 二
1999年1月の横浜市立大学医学部附属病院における患者取り違え事故と,同年2月に起きた東京都立広尾病院での消毒薬静脈内誤注入による患者死亡事故という2つの大きな医療事故をきっかけとして,医療事故は連日大きく報道されるようになった。この2つの事故は,地域における高度先進医療を担うべき基幹病院で発生したことで,世の中に一層大きな波紋を投げ掛けたと言える。すべての医療関係者はこれらの報道に心を痛め,大きな危機感を抱いている。しかし,一方で医師・ナースをはじめとしたほとんどの医療従事者は,日夜患者さんの診療に全力を傾注し,献身的な努力を重ね,患者さん達の信頼も得ていると自負している。
医療事故報道は以前から数多くなされてきたが,最近の取り上げ方はきわめて興味本位でセンセーショナルであり,医療に対する不信感の増大を煽る傾向にあるのは残念である。医療事故には明らかな医療過誤を含め,医療の全過程で発生したすべての人身事故が含まれるとされるが,過失が存在しなくても多発する医療上のクレームを含めた医事紛争や,アクシデント/インシデント・レポートまで包括して「医療ミス」という言葉で報道されることもある。もう少し冷静で客観的な報道のスタイルが望ましいと思うのである。しかし,こうした報道は私達医療関係者の事故防止へ向けた努力を,従来にも増して喚起してくれた効果も認めなければならないであろう。
米国では,すでに1970〜80年代に,医療事故による損害賠償訴訟の急増から,医療の危機が大きな関心を集め,保険料の高騰や民間保険会社の撤退,保身的医療の広がりなど,深刻な問題に直面していた。当初,医療事故防止対策は民事上の損害賠償対策の色彩が濃厚であった。しかし,1990年代に入ってから,そうした損害賠償の視点だけでなく,医療事故の発生そのものを減少させるための科学的検討が行われるようになったことは注目に値する。1999年11月に公表された米国のIOM(Institute of Medicine)報告は衝撃的であった。この報告では,入院患者の2.9〜3.7%に医療事故が発生し,そのうちの6.6〜13.6 %が死亡し,米国全体では年間44,000〜98,000人が医療事故で死亡していると報告されたのである。この数字には米国でも種々批判があるようであるが,他の先進諸国でもこれに近い数字が報告されており,わが国における研究が待たれるところである。
このように,1999年はまさに医療事故防止対策元年と言ってもよい年となった。それは過去の民事訴訟・損害賠償対策とは違って,私達医療人が医療事故に正面から科学的に立ち向かう決意を新たにした年であった。わが国でも,その前年の1998年には,日本医師会医療安全対策委員会で,「医療におけるリスクマネジメントについて」という答申が出されている。ここでは,いくつかの過程が関与して医療事故が起こることを指摘し,そのシステムや組織の欠陥を是正することの重要性が強調されている。このことは,IOM報告の表題が『To Err is Human』とされ,「人は過ちを犯すもの」という前提のもとに,システム上の組織的な事故防止策を主張している内容と合致する。
厚生労働省でも,2001年9月には医療安全対策検討会議で「医療安全に関する10の要点」という標語を作成したり,2001年度を「患者安全推進年」と位置付けるなど,その対策に懸命である。現在ではほとんどの病院に医療安全対策委員会が設置され,インシデント/アクシデントの集積が行われている。今後はこれらのデータの科学的分析により,原因を究明し,対策を講じ,現場にフィードバックする作業が重要である。しかし,これらの事例をSHELモデルや4M−4E方式を用いて分析するなどの作業はようやく緒に就いたばかりで,今後の成果が期待されるところである。航空機事故や労災事故の分析から導かれたハインリッヒの法則によれば,重大事故1件に対して軽い事故が約30あり,その背後には約300のインシデントがあるという。1990年代以降は,他産業における対策を参考にしながら,TQM(Total Quality Management)の手法で対策が立てられようとしている。しかし,医療は本質的に大きなリスクを伴ったものであり,医学が進歩すればする程リスクも増大する現実がある。しかも,医療は心理面も含めて個々に異なった病状と経過を示す患者を対象としていることから,他産業のTQMを単純に導入することは困難であろう。複雑高度で不確定要素の多い医療の分野では,これをひとつの学問分野として発展させる必要があり,医療安全学の確立が急務と考えられる。
事故防止のためには,個人の責任追及よりもシステム上の欠陥を正すことの方が重要であることについては,一般のコンセンサスも得られてきたようである。しかし,ヒューマンエラーを減少させるためには,医療従事者(とくに医師)の資質を向上させることも大切である。2004年度より新卒医師に対して2年間の臨床研修が必修化されることになった。学部教育でもクリニカルクラークシップの導入が図られるなど改善の兆しも見られる。しかし,それだけでは不十分で,大学入学・卒前教育・卒後教育・生涯教育などを含めて,医師養成のための抜本的改革が必要である。現在進められている国立大学医学部の大学院大学化は,研究者の養成を目指すもので,必ずしも優れた臨床医の養成に役立つものではない。米国式のメディカルスクール構想などへの転換が必要なのではなかろうか。医療の質を高めるための専門医の養成は非常に重要であるが,現在各学会で行っている専門医・認定医制度については,その実効性に疑問がある。むしろ医師免許更新制も念頭においた生涯教育の確立の方が優先されるべきと考える。
医療安全対策を考える場合,常に気になることは,現在の急性期病院における医療従事者数の少なさである。欧米に比し数分の1の医師やナースで,安全で良質な医療が提供できるのであろうか。現状のあまりに苛酷な労働条件では医療従事者に対する厳しい注文も控え目にならざるを得ない。安全にはコストがかかることをもっと強調すべきである。最近,この「安全のためのコスト」に関して,これを「病院管理者や医療従事者が負うべき構造的,精神的,労力的な負担」にすり替えようとする意見があり,警戒を要する。最も安全であるべき病院が,実は最も危険の多い施設であることを認識し,ここにもっと人や資金を投入すべきであると思う。
最近気になることがもうひとつある。それは医療事故における「警察の介入」である。医療は18世紀に欧州で医師に対する裁量権が与えられてから発達普及してきたものである。欧米では故意によるものなど特殊な事例を除いて,刑事罰を念頭においた警察の介入はないとされている。これに対してわが国では,医師法21条でいう異状死体の届出と刑法211条の業務上過失に対する刑事罰のための届出とが渾然一体となって,医療事故による死亡や重大な障害が生じた事例では,警察への届出が義務付けられようとしている。異型輸血や消毒薬の静脈内注入など,現実に警察の捜査に委ねざるをえない事例も存在し,これらが大きく報道されるために,医療事故全般について警察の捜査を優先させようという考え方が広まっている。こうした流れは,報復的な感情を満足させることにはなっても,「起こりうる」医療事故をできるだけ減少させ,高度で複雑な医療行為に内在するリスクを科学的に検証して,安全な医療の発展に役立たせようとする考え方とは相容れない。刑事罰に相当する事件を警察が捜査することは当然であるが,医師法21条の活用と刑法211条の業務上過失致死傷罪のみで現在の医療事故の刑事責任を追及することは現実的でないと思う。このような風潮は,医療従事者を保身的な萎縮診療に向かわせるのではないかと危惧されるのである。20世紀の医療は長足の進歩を遂げ,人類に大きな福音をもたらした。一方で,医療に対する社会の見方も大きく変化し,医師のパターナリズムに任せることなく,情報開示と自己責任のもとにインフォームドコンセントが重視される時代となっている。医療の提供側とこれを受ける側との関係は大きく変化しており,これは医療の社会化と表現できるものであろう。このような時代の変化に対して,医療をめぐる法律は旧態依然としており,甚だ不備である。十分なインフォームドコンセントのもとに,医師も患者側も一定の危険性を認識した上で行われた医療行為の過程で,何らかの被害が患者側に生じた場合,これが警察に報告すべき医療過誤にあたるかどうかを直ちに判断することは困難な場合が多いのではないか。既存の刑事・民事の一般法規の適用のみでは処理不可能な時代が到来したように思う。他方,「医療だけは特別である」として,医療を法規制の枠外に置くことも不可能である。従来の一般法規の直接適用ではなく,特別法の制定も視野に入れるべき時代を迎えたのではなかろうか。
以上,さまざまな視点から医療事故について思うところを述べてきた。わが国の安全神話は,社会の各方面で崩壊していると言われている。医療においても,その信頼が大きく揺らいでいることが残念でならない。事故の原因を科学的に検証し,その発生率をできるだけ減少させるための医療安全学を確立し,医師の資質を高め,医療現場に必要なコストについては,これを惜しむべきではないと思う。医師をはじめとした医療従事者が,安心して良質で最新の医療を提供し,受療する患者側も,それを信頼できるような社会的基盤の確立も必要である。そのような,信頼関係に基づく医療を構築することは,私達医療関係者だけでなく,国や社会をリードする指導者層にも課せられた大きな責務であると思う。
公立昭和病院院長
全自病協常務理事
あらきしゅんじ
■参考文献
1)安達秀雄:医療危機管理.東京,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2001
2)小島恭子ほか:リスクマネジメントとリーダーシップNo3.東京,テクノコミュニケーションズ,2002
3)竹中郁夫:医療事故訴訟の判決からみた医療事故の傾向 病院 60(2):112−116,2001
4)長谷川敏彦:「医療事故」と「医療の質」をめぐる新たな国際的潮流−米国医学院報告書の衝撃− 病院 60(2):117−123,2001
5)村上陽一郎:「安全学の薦め」.新医療 2000年11月号:38−40
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