医療崩壊 / 逃散 2 / 検証医師不足第 1 部 (6)
Posted by guideboard on 2007/10/09/Tue
デーリー東北新聞
(6) 努力の代償 死亡率改善に心血注ぐ 2006.1.7
これまで全国最悪レベルだった青森県の“赤ちゃん死亡率”。だが、二〇〇四年の県人口動態統計では「乳児」「新生児」「周産期」のすべてで軒並み改善の兆しがみられ、関係者を喜ばせた。
記者発表の席上で、難波吉雄県健康福祉部次長は、改善理由を「産婦人科医の長年の努力や、県内の周産期医療体制の充実」と説明した。
■過酷なスケジュール
昨年七月二十三日、弘前市。三村申吾知事は弘前大医学部産婦人科講座の大学院生と意見交換会を開いた。県内の産科医不足の原因究明に向けて、現場の生の声を聞くためだった。この日集まった四人の院生は、研究や実験の傍ら県内の自治体病院などで非常勤医として従事する。意見交換の中で院生は、びっしりと埋まった一週間のスケジュール表を示した。
厚生労働省の調査によると、若手産婦人科医の約27%が「産科診療はしたくない」と答えている。それは過酷な勤務状況と訴訟の多さが起因している。院生は「労働に見合った対価が得られていない」「県が強力にリーダーシップを取り、各地域をまとめてほしい」などと提言した上で、「県民が安心して出産できるように手伝いたい」と意気込みを語った。
■安全神話
「昔は妊婦や家族は命懸けで出産に臨んだものだ」と話すのは、八戸レディスクリニックの小坂康美医師。医師になりたてだった一九五〇年代は、今の助産師に当たるいわゆる“産婆”が手伝い、出産の約七割が家庭で行われていたという。
今と比べて乳児や母体の死亡率も高かった時代だ。それゆえ、医師や助産師らは赤ちゃんの死亡率改善に心血を注いだ。県内の医療体制は次第に整備され、結果として死亡率は改善に向かった。一方で、医療訴訟の多さに小坂医師は「世間は訴訟という形で評価した」と、努力の代償として得た皮肉な現実を嘆く。
産婦人科医でもあるむつ総合病院の小川克弘院長は「今は出産の“安全神話”が築かれた」と住民意識の変化を指摘する。「安全で安心なお産が一番だが、何が起こるか分からないのもお産だ」と強調。その上で「妊婦や家族への正しい妊娠や分娩(ぶんべん)などの知識の啓発が必要だ」とも話す。
だが、産婦人科医を志した理由を二人ともこう話す。
「やっぱり生命誕生の瞬間の感動ですよ」