国民皆保険
Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon
本記事の原典は、2006 年 4 月 23 日、http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/04/post_0ba0.html にアップされた。原典は削除された。
キーワード
医療、保険、公的医療保険、健康保険、国民皆保険、皆保険、社会保障、サービス、ビジネス、産業、コスト、アクセス、クオリティ、費用、質、費用対効果
医療は、社会保障、産業、両方の顔を持つ。
米国で、早産の妊婦が大学病院に 1 ヶ月入院した。退院後に届けられた請求書には 100 万ドル ( 1 億 1700 万円 ) と書かれていた。
…..
コスト、アクセス、クォリティ
米国オレゴン州の公的医療保険機関である Oregon Health Plan の事務所には次のような文句が書かれたポスターが貼ってあるそうだ。
「コスト、アクセス、クォリティ。これらの内、二つまでを求めることができる。」
Ann Emerg Med. 1997 Dec; 30(6):779-81.
Access, quality, and cost control in emergency medicine: can we have all three? A resident’s perspective on the future of emergency medicine.
Asplin BR.
University of Pittsburgh, PA, USA.
The triad of access, quality, and cost provides a useful framework for the discussion of health care reform. A quote from a recent review of the Oregon Health Plan illustrates the conflict between these three factors very well. “The administrators of the plan are realistic people; they once placed a sign on the wall: ‘Cost, access, quality – pick any two.”
上記の三つ全てを求めようとする希望は、果たしてかなうだろうか。
米国は、かけるコストによってアクセスとクォリティが大きく変わる国だ。金持ちは、世界最高の医療を快適に受けることができる。反対に約 4,200 万人の米国人は、医療保険に加入できないでいる。医療に支出する米国連邦政府予算は日本政府の場合の数倍、ゼネラルモーターズ社が社員の医療保険に支出する保険料はトヨタ自動車の場合の、これまた数倍。これだけ公的なお金をかけていても、米国の医療は、米国民の社会保障とはなっていない。一部の金持ちのための、サービス産業、医療が商品なのだ。
北欧型高福祉国家では、アクセス、クォリティは最高ではないまでもまあまあで、コストは患者の負担は少なく見えるが、国家全体で大きなコストをかけている。かつての英国は、「揺りかごから墓場まで」の高福祉、世界一の社会保障制度を税金でまかなっていた。それが英国政府と経済を圧迫したため、サッチャー政権では、医療、福祉をとことん切り捨てた。その結果、ブレア政権発足後の 2003 年まで、アクセスが犠牲になって、英国民にとって、コストのみしか取り柄がなかった。
英国は極端に両側にぶれた例だが、ドイツでも、北欧でも、欧州先進諸国での医療は社会保障であり、コストをかけ、アクセスは少々犠牲にし、クオリティがまあまあの医療となっている。どこかで線をひいて何かを犠牲にして、国民はなにがしかを我慢することによって成り立つ、基本的には社会主義的な医療、すなわち国家による社会保障制度となっている。
日本はどうだろうか。
日本は、国民皆保険制度を基盤に社会保障としての医療制度をとっている。国が医療の供給を保証する代わりに、なにがしかの制限がある、統制経済としての医療である。日本では医療は商品ではない。医療はサービス業、などといって、ホテルのような待遇を病院に求める人がいるが、勘違いである。産業の分類で、農漁業、鉱工業、サービス流通業などと分けたときに、医療はサービス産業に分類されるだけである。
「3 時間待ちの 3 分診療」は、マスコミが作り出した妄言である。日本の公的病院での調査では、待ち時間は平均して約 40 – 50 分、診察時間は 7 – 8 分という所だそうだ。しかも日本では、病院に行きたいときに行ってそれだけ待てば、各診療科の専門医の診察を 10 分足らず受けることができるのだ。日本以外の先進諸国で、専門医の診察を受けようと思ったら、何日か何週間か待たなければならない。
もし、道で転んで手をついて、前腕遠位端部骨折を負ったとしよう。日本の都市部では、市街地に何件も整形外科の診療所や整形外科医がいる病院がある。農村部僻地でも、離島や冬の豪雪地帯以外では、自動車を 1 時間でも走らせれば、整形外科専門医がいる所へたどり着けるだろう。そこで 30 分でも 1 時間でも待てば整形外科専門医が診療してくれ、その場で X 線写真を撮って、整復固定などの処置をしてくれるだろう。
これが欧米の町中ではどうなるか。
整形外科専門医のオフィスに行っても診療してくれない。予約が要る。数日から数週間待ちだ。よしんば診てもらえても、そのオフィスでは X 線写真を撮ってもらえることはまずないし、整復、ギプスなどの手当てはしてもらえない。
では救急医療センターへ駆け込んだらどうしてもらえるだろうか。受付のあと、重症度に応じた選別を受け、早くて数時間、長ければ半日以上、夜なら一晩待たされる。英国では、一昨年からのブレア政権の医療充実政策の目標の一つとして、救急医療センターの待ち時間を最大 16 時間未満にする、というのがある。
日本以外では、コスト、アクセス、クオリティ、どれか二つまでしか選べない、というわけだ。
日本の医療、国民皆保険 ( 公的医療保険 ) 制度の、世界での評価は高い。WHO の健康達成度の評価は世界一、平均寿命も健康寿命も世界一だ。乳児死亡率もスウェーデンに次いで世界第二位である。医療と健康保険制度において、日本は世界の中ではトップに評価されているのだ。
では、日本の、広くあまねく、いつでも、まあまあの質の医療が受けられるコストはいかばかりなのか。対 GDP 比で G7 諸国中、多分今年あたりには英国に抜かれて最低の医療費。OECD 参加 23 カ国中 17 位の医療費。
日本は、コスト、アクセス、クォリティの三つを ( まあまあのレベルで ) 実現している、世界で唯一の国と言ってよい。だがそれは、医療にかける人件費でコストを削ってきた結果である。小泉政権になってから、日本は 2 年毎に医療費削減政策をとっている。
医師の技術は、世間でいわれるほど、世界各国の医師と較べて劣っているわけではない。手術の器用さ、正確さ、内視鏡医療の技術、関節鏡手術は日本で開発されたし、日本の医師を他国に自慢できる要素はいくらでもある。しかしコスト削減が行き過ぎ、患者側の権利意識、医療に対する関心が高まってくると、医療スタッフの献身だけではアクセスもクォリティも維持できなくなってきたのだ。
クリントン政権時代の米国では、ヒラリー大統領夫人を先頭に、日本の国民皆保険制度を米国に導入しようとして、調査に着手はしてみたが、早々に断念した。
商品である医療を社会主義的統制経済に組み込むのは、自由主義経済の雄、米国では、社会制度の根本から無理があった上に、日本のあまりの低コスト医療は、米国に導入できなかったのだ。
しかし、ついに米国で皆保険制度を導入する動きが現実化した。マサチューセッツ州で全州民に医療保険の加入を義務づける州法が成立した ( 米国は州ごとに法律が異なるから、全米でというわけにはいかないが )。
日本の公的医療保険とは異なり、現在医療保険商品を購入している人以外、無保険者に補助金を出して保険に加入 ( 保険商品を購入 ) させる、というもののようだ。ただし、それでも無保険者が出ることは想定しているようだ。
参考資料
OECD Health data 2004, 2005
WHO Health report 2000, 2004
OECD National accounts 2004
国民皆保険資料 1
国民皆保険資料 2
国民皆保険資料 3
国民皆保険資料 4