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国民皆保険 15 / 老人定額資料

Posted by guideboard on 2007/10/08/Mon

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北國新聞 ( 共同通信 FLASH 24 ) 2006.9.10

病状に応じて定額に 75歳以上の患者負担

2008年4月導入の75歳以上を対象とした新高齢者医療制度で厚生労働省は9日、医師らに支払う診療報酬について、病気の種類や治療方法ごとに額を定める「包括払い」制度を導入する方針を固めた。これに伴い、患者の医療費の自己負担も各自の病状に応じて定額となる。

検査や診療を重ねるたびに報酬が増える現行の出来高払い制度は、医療費の無駄遣いを招きやすいとされており、高齢化が一段と進む中、包括払い導入で増え続ける高齢者医療費を抑制し、併せて患者負担の軽減を図る狙い。

早ければ来月にも社会保障審議会に特別部会を設け、専門家らによる議論を始めたい考え。ただ医師の収入も抑制されることになるため、日本医師会などの反対が予想され、結論が出るまでには曲折も予想される。

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毎日新聞 2006.10.5

診療報酬:75歳以上に「定額制」厚労省が検討へ

厚生労働省は75歳以上の人の診療報酬(治療費)について、08年4月から病気の種類や病状に応じた「定額制」とする検討に入った。社会保障審議会に5日、「後期高齢者医療のあり方に関する特別部会」を発足させ、具体案の検討を始める。現行の「出来高制」は医療費増大の要因とされ、定額制が導入されれば医療費の抑制につながるだけでなく、お年寄りの自己負担も減る。ただ、医療機関を適切に評価する制度がない現状では、高齢者医療の切り捨てにつながりかねない危険性もはらんでいる。

出来高制の下では、医師が患者を「薬漬け」にし、収益を上げることも可能。定額制なら過剰診療分は医療機関の出費となり、ムダな治療に歯止めをかける効果はある。同省は「医療費のかかる75歳以上を対象にすれば抑制効果が大きい」と判断した。

具体案は部会で今年度中に詰めるが、厚労省は入院治療について、脳腫瘍(しゅよう)や白内障など個別の病気それぞれに薬剤、検査費まで含めたワンパッケージで価格を設定する考えだ。同じ病気でも投薬量、検査回数など治療の必要度に応じ、複数の定価を設ける。

厚労省は外来や終末期医療への導入も検討しているが、日本医師会は「必要十分な治療ができず、過小診療を招く」と強く反発。小規模診療所まで対象にすれば収入減となる可能性が高く、議論の混乱も予想される。

今年成立した医療制度改革関連法は、75歳以上を対象とした新健康保険創設(08年4月)を盛り込んでいる。同省は、75歳以上の診療報酬も高齢者の特性に応じた独自の体系に再編する必要性を主張していた。

【吉田啓志】

◆出来高制と定額制

現行の診療報酬は、手術、検査など診療行為ごとに点数が決められ、その合計を治療費とする出来高制が基本。医療機関は点数を積み上げるほど収入が増え、過剰診療を誘発すると指摘されている。一方、過剰診療にも決められた価格しか払わないのが定額制で、医療費抑制策の切り札とされる。その半面、差額を浮かすことを狙った過小診療の呼び水となる危険もある。厚労省は06年度、360病院で定額制を試行している。

毎日新聞 2006年10月5日 3時00分

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Sankei Web 2006.10.3

【正論】医事評論家・水野肇 間違いだらけの老人医療と介護

■健康寿命を延ばす施策こそ必要

≪現実的には酷な在宅療養≫

「ニコリ・グット」という造語がある。あるシンク・タンクが考案した言葉だそうだが、その意味は「これからの社会はお年寄りが、ニッコリと微笑(ほほえ)んだり、胸にグッときて感動するようなことを展開しなければならない」ということだそうな。

この話を聞いて、私の脳裏をよぎったのは、江戸時代に幕府の圧政に対して、江戸のあちこちに落書された政治批判の川柳、あるいはソ連治下のもとで隆盛をきわめたアネクドートの類だった。この造語の中に、小泉さんの老人への医療対策の不満や、弱い者へのいたわりのなさを表現しているように感じた。

6年近くにわたる小泉前内閣は経済の立て直し、規制緩和を実施するなど、刮目(かつもく)させる業績も残したが、弱肉強食の時代に導入したことも事実である。

とくに弱者といわれる階層への配慮は少なかったといえ、お年寄りは行政的に取り残された感さえある。とくに医療政策の中での老人の扱いは、かなり厳しいもので、高額の自己負担を課されたほか、老人医療そのものへの医療行政的な切り込みも激しく、途方に暮れている人たちも多い。

とくに、事実上の老人の末期医療に近い療養型病床群と呼ばれている医療に厳しい削減の数値が示され、その代替は在宅療養という形にしようとしているが、これは現実的に酷である。というのは、在宅療養は、どうしても家内労働を必要とする。

理屈の上では訪問看護や訪問介護を派遣すればいいということになるのかもしれないが、実際には、そうはいかない。そういった人たちを受け入れるために家内労働を必要とする。かつてのスウェーデンのように、家内労働の部分も、介護を公的にするようにすれば、かえって金がかかる。これは事実上、大変なことである。

≪寿命延びても病気は存在≫

やはり、入院のような形で入る所を確保しなければうまくいかないと思う。とくに、現代のように家庭内の介護力に余裕のない時代であれば、“在宅は安くつく”といった安易な考え方をしてはいけない。

脳血管障害の後遺症のリハビリも配慮が十分でない。多田富雄東大名誉教授が、自身の体験から発表した手記(文芸春秋2001年2月号)のとおりであり、あまりにもお年寄りへのいたわりがない。

それに考えねばならないことは、平均寿命が延びたこと自体は福音だが、よく見てみると、寿命は延びたが、高齢に伴って出てくる多くの疾病は、平均寿命の延びた分だけ遅れて現れるのではなく、個人差はあるにしても、寿命が延びても老化に伴う病気は今までどおりに出てくる。このことは極論すれば、平均寿命が延びることは“病人が死なない”だけのことに過ぎないという見方もできる。

≪生活の質に配慮した策を≫

本当のことを言えば、健康寿命を延ばす施策の推進こそ必要なのである。健康寿命というのは(1)認知症でなく(2)自分のことは自分で処理できる−という条件を何歳まで保つことができるかということで、これは平均寿命の延長より、はるかに有意義である。これを新しい施策として考えるべきである。

75歳以上の老人を別枠にした新しい「老人保険」が誕生することになっている。まだその仕組みは決まっていないが、今までのような小泉流で「老人は応分の負担を」ということが前に出ては、どうにもならないことになる。老人は数字の上では若い人の5倍の医療費を必要とする。だからそれは老人自身で持てというような乱暴なことになれば、老人のクーデターが起きるだろう。

この点は十分に考えないと悔いを千載に残すことになる。それでなくても老人の介護保険の徴収料は鰻登りに上がっている。個人の意見を言わせてもらうと、75歳以上の老人医療は、日本の特徴と言われる出来高払いでない方式を導入せざるを得ないのかもしれない。一考を要する点である。

ここで一言、安倍新内閣に是非言いたいことは、前内閣の考えてきた「政府予算に医療費を多く計上するのは反対だが、患者の自己負担が増えるのは経済の増大になる」という考え方が正しいのかどうかということである。

この考え方が貧富の差を増大させることに基本的につながっているのではないか。そして、老人の医療には、老人のQOL(生活の質)を配慮した施策を展開すべきなのであって、検査結果に一喜一憂するものではない。

(みずの はじめ)

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