JBM / ガリレオ裁判 / 草加事件資料
Posted by guideboard on 2007/10/07/Sun
草加事件(そうかじけん)とは、1985年7月19日に埼玉県草加市の残土置き場で同県八潮市在住の中学3年女子生徒の絞殺体が発見され、その容疑者として草加市在住の13~15歳の少年5人が逮捕、1人が補導された事件の通称である。
逮捕された5人は少年審判で犯行を否認したが、浦和家庭裁判所は同年9月、5人を初等・中等少年院へ送致し、1人を児童相談所に送るという保護処分を出した。少年らは抗告したが東京高等裁判所は抗告を棄却、最高裁判所も1989年7月に再抗告を退け、同処分が確定した。少年らは一般の刑事裁判での再審請求に当たる「保護処分の取消し」を3度申し立てたが、保護処分が既に終了した(訴えの利益がない)ことなどを理由にいずれも退けられた。
被害者が死亡時に着用していたスカート後ろ側の裏部分6か所に付着していた(犯人のものと推定される)体液の血液型がAB型である一方、少年らの血液型はいずれもO型またはB型であり一致しない。しかしながら「被害者の血液型(A型)と加害少年の血液型(B型)が合わさってAB型の血液型になった」との科学的根拠が全く無いオカルト的主張を検察側が展開したこと、さらには後年被害者少女の親が少年らを相手取って起こした損害賠償請求訴訟が「少年らの犯罪を裏付けるに足りる証拠が無い」として棄却(浦和地方裁判所の判決を最高裁判所が支持)されたことから、事実上無罪(冤罪)であると評価して、当時の検察の主張・姿勢を批判する意見もある。
なお、後に検察官を退官し行列のできる法律相談所など多数のテレビ番組に出演して有名となった弁護士住田裕子が、当時本件を担当した検事の1人として名を連ねている。
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法律家ゴマの研究室
http://gomafu.hp.infoseek.co.jp/index.htm
刑事事実認定
http://gomafu.hp.infoseek.co.jp/nin/nintei.htm
草加事件
http://gomafu.hp.infoseek.co.jp/nin/nin01.htm
Ⅰ.はじめに
このコーナーでは、昭和60年に起きた草加事件の概要を紹介したいと思います。草加事件とは、昭和60年7月19日ころ、当時15歳だった女子中学生Vが殺害された事件です。犯人として、Aら6人の少年(当時13ないし15歳)が逮捕されました。Aらは、八潮市内の八潮中央病院前を歩行中のVを発見し、強姦または強制猥褻の目的で車に連れ込み、車中で胸を触るなどした上、北公園で輪姦し、事件の発覚を恐れて東高校裏の道路でVを殺害して、近くの残土置場に死体を投棄した、というのです。少年らは、少年審判の場で否認しましたが、結局少年院に送致されました(当時13歳だったDは教護院に送致されました。)。
ところが、Vの親からAらの親に対する損害賠償請求事件(民事)で、一審ではAらの犯行とは認められないとの理由で、Vの親の請求が棄却されてしまいました(控訴審では逆に、Aらの犯行と認められるとして4500万円前後の損害賠償が命じられました。)。刑事(少年審判)と民事とでは異なる裁判官が判断するわけですから、判断が分かれること自体は仕方のないことです。しかし、少年審判で「殺人を犯した」となったものが、民事で「殺人を犯していない」となるというのは、何とも落ち着きの悪いものです。仮に民事の一審判決が正しいなら、冤罪だったということになります。少年法では再審というものが認められていないので、民事事件が実質的な再審的役割を果たしたことになるのです。
草加事件は果たして冤罪事件であったのか、否か。少年事件では、決定が公刊されることも余り多くないのですが、幸い、草加事件では民事の一審判決と控訴審判決があるので、事件のおおよそのことは知ることができます。もとより、少年審判→民事の審理→民事の判決、と、民事の判決は相当実体的資料から離れたところにあり、本当の証拠関係がどうであったのかという点については隔靴掻痒のうらみはありますが、そうした資料的制約があることを前提として、検討してみたいと思います。
Ⅱ.事件の概要
1.死体の発見
昭和60年7月19日午後1時ころ、埼玉県草加市内の残土置場で、女性の死体が発見された。
現場は、東高校グランドの北東約250メートルのところにある。田圃の一角を残土で高さ0・75メートル程度に埋め立てたもので、残土置場の大きさは約24メートル四方である。3方を1・5メートル前後の雑草の生い茂る田圃に囲まれ、西側だけ砂利道の農道に接している。付近は昼間でも人通りがまばらで、街灯等の設備は全くない。
死体は、残土置場の南東側斜面を下ったところで見つかった。死体周辺の雑草はほとんど踏み荒らされた状態が見られず、その場で被害者が争った形跡は認められず、強姦や殺害が行われたとは考えられない状況だった。残土置場出入口の路上からはタイヤ痕・足跡が22個、残土置場から足跡8個が採取された。
死体は仰向けで、顔をやや右側に曲げた状態だった。スカートは腰まで捲り上げられ、両脚は肩幅程度に開き、パンティは両膝まで引き下ろされていた。上半身は裸だった。首には、被害者が着用していたブラスリップが巻き付けて縛られていた。顔から左肩にかけて、約30センチ四方、厚さ約6センチのコンクリート敷石が乗っており、その上に、被害者が着用していたシャツが丸めて乗せてあった。両脚にはソックスをはいていたが、靴は履いておらず、右の靴は死体の左の残土上に、左の靴は残土置場中央付近に落ちていた。
スカートに血液型Aの精液が付着していたが、他に着衣からは精液は検出されていない。シャツの襟からは、血液型Aの毛髪1本が発見された。パンティとスカートからは人尿の付着が認められた。
膣・直腸・食道・胃・体表のどこからも精子・精液は検出されなかった(もっとも、司法解剖の際、酸性フォスファターゼ反応により精液が存在する可能性があるとされていた。これが捜査を無用に混乱させた可能性はある。)。処女膜は健在し、裂傷等の外傷もなく、被害者が生前性交をしたとは認められない。肛門にも裂傷等の外傷等はなく、陰茎を無理矢理挿入した形跡はない(もっとも、実況見分時に警察官が、閉じていた肛門を不用意に開大してしまい、そのことを検察官に報告していなかった。これも捜査を無用に混乱させた可能性があるものである。)。両乳房から、Aの唾液が検出されている。
死因は、頚部圧迫による窒息死。頚部を圧迫されている状態がやや長く続いたものと考えられる。顔面中央に赤褐色表皮剥奪・坐裂創、鼻骨及び鶏冠部の骨折が認められるが、頭蓋内や脳などに損傷はなく、これが死因とは考えられない。これらはコンクリート敷石による受傷と考えられるが、この受傷の際は被害者はまだ生きていたものと認められる。
死亡時間は、7月19日午後9時20分において、死後1日内外と推定される。
被害者Vは、当時15歳で、八潮中学校に在学中だった。
小学校6年生ころから放浪癖があってたびたび家出し、一時教護院に入園したこともあった。7月18日朝も母親と喧嘩して家出した。同日午後1時ころ、しょぼくれた姿で街を歩いている姿を母親が見掛け、午後9時10分ころ、自宅近くの知人のアパートに行って、泊めて欲しいと頼んだことが判明しているが、その後の足取りは不明である。
2.取調べ・審判
7月23日早朝、草加署に、「Pが、『7月19日午前0時ころ、Vが八潮中央病院付近を歩いているのを見た』とCが言ってるのを聞いた。」との情報が入った。草加署では、C及びCと行動をともにしていたA・B・D・Eが本件事件に関係しているのではないかと見て、Aらを任意で取り調べることにした。
同日、A・B・C・D・Eが任意同行の上取調べを受けた。すると、A・B・Cはその日のうちにVの殺害等を自白した。Dは否認していたようである。Eは、「八潮中央病院の裏でVを見つけて2台の車が止まり、AとBが、自分の運転するクラウンに無理矢理Vを乗せ、田圃道まで連れていった。そこで、A・B・CがVをどこかに連れていったが、その間、自分は車の中にいたので、殺人の事実は分からない」と供述した。同日、A・B・Cは緊急逮捕され、Dは観護措置決定を受けた。Eは、8月4日に逮捕された。
7月25日及び26日、Fが任意に取調べを受けたが、Fは、19日にはVに会っていないと否認した。Fは、8月3日に逮捕された。
その後、A・Bは一貫して自白しており、観護措置決定の際にも自白を維持していたが、8月19日にともに否認に転じた。
Cは第1回審判期日まで自白を維持し、A・Bの審判に証人として出頭してV殺害の事実等を証言したが、9月6日の審判期日において否認に転じた。
Dは、当初否認していたが、8月5日には自白に転じ、8月13日、教護院送致の決定を受けた後も教護院の職員に対して自分が強姦に加わったことや他の者が殺人を犯したと話していた。しかし、9月3日ころ、父と姉と面会した直後から否認に転じた。
Eは、当初否認していたものの、8月15日になって、実はAらが殺害の相談をしていたのを聞いていた旨の上申書を提出した。
Fも、当初否認していたものの、8月12日に自白に転じ、Bの審判に証人として出頭して本件への関与を認める供述をしていたが、9月12日の審判期日において再度否認に転じた。
Aら(教護院送致になったDを除く)は、いずれも審判で非行事実(強姦既遂、殺人等)が認定され、少年院送致処分を受けた。抗告審でも強姦既遂の事実を未遂に変えて認定し、抗告を棄却、最高裁も再抗告を棄却した。
その後、今度はVの親からAらの親に対する損害賠償請求事件(民事)で、一審(浦和地裁判決平成5年3月31日判時1461号17頁)は、少年事件での決定にもかかわらず、強姦・殺人の事実は認められないとして、Vの親の請求を棄却した。しかし、控訴審(東京高裁判決平成6年11月30日判時1516号40頁)は、逆に、強姦等の事実が認められるとして、請求を認容した(総額4500万円余)。
3.少年たち
Aらはいずれも当時13ないし15歳であった。
Aは、小学校5年生ころから窃盗を反復して行い、中学にはいると、シンナー吸入、外泊、無免許運転、窃盗等を繰り返し、昭和59年1月には少年院送致の決定を受けた。少年院を仮退院後、昭和60年7月5日に家出し、自動販売機荒らしをして警察に保護され、7月16日保護者に引き取られたが、7月19日に家出していた。
Bは、小学校3年生ころから窃盗を反復して行い、バイクや自動車の窃盗、車上狙い、シンナー吸入等を繰り返し、10回以上にわたって草加署に補導されている。家出も繰り返していたが、7月12日ころ家出をして、Cらとともに車上狙いや自動車窃盗を繰り返していた。
Cは、小学校4年生ころから窃盗を繰り返すようになり、弟のDとともに非行仲間と交遊し、中学に入ってからは、家出、自動車の窃盗、シンナー吸入、電話機荒らし、自動販売機荒らし、不純異性交遊等を繰り返し、昭和59年7月以降、児童相談所の指導を受けていた。7月10日ころ家出をして、B・Dらと窃盗を繰り返すなどして暮らしていた。
Dも、年少のころから、A・Bらとともに、家出、バイク・自動車の窃盗、車上狙い、シンナー吸入等を行い、6月19日に自動車窃盗で補導されて児童相談所で一時保護され、7月4日に父に引き取られたが、間もなく家出して窃盗などを繰り返していた。
E・Fについては不明である。
Ⅲ.自白の要旨
Aらの自白には変遷があるが、最終的に確定した自白内容は概ね次の通りである。要するに、八潮中央病院付近でVを車に乗せ、北公園でA・B・C・Dが輪姦し、東高校近くでA・B・CがVを絞殺して、死体を残土置場に投棄した、というものである。
Dの運転するブルーバードにA、Bが、Eの運転するクラウンにC、Fが分乗して、走行中、7月19日午前2時ころ、八潮中央病院付近を1人で歩いていたVを発見し、BとCが抵抗するVをブルーバード後部座席に無理矢理押し込み、スーパーマルコーの駐車場まで連れて行った。その間、Bは、車の中でVのシャツ脱がして、無理やり胸を触ったり、掴んだりした。
マルコー駐車場に着くと、Vは、『おしっこをしたい。』などと言って、車を降りて逃げようとしたので、A、B、Cが追いかけて捕まえ、今度は、クラウンの後部座席に押し込んだ。同車内にいたFとCは、抵抗して嫌がるVのスカートを強引に脱がせ取り、胸や陰部を触ったり、揉んだりした。暫くして、AとBは、Fらと交替してクラウンに乗り込み、同じようにVの胸などを触ったり、揉んだりしていた。その後、少年らは、強姦するためにVをクラウンに乗せたまま、北公園へ連れて行き、そこで輪姦することになったが、AとBは、北公園に向かう車中でもVの胸などを触っていた。
少年らは、北公園に着くとブラスリップとパンティ姿のVを車から降ろし、公園内に連れ込み、入口左手にある藤棚の下のベンチ付近へ連れて行った。Fは『やらない。』などと言ってはずれたので、Fを除く5人でVを輪姦する相談を始めた。その時、Aが『おまんこやるのにゴムがねえ。誰かゴム持っているか。』などと行ったところ、CD兄弟が2個ずつコンドームを出したので、4人だけで輪姦することに決まった。DとCは、コンドームを持っていたので優先権が与えられ、残りのA、B、Eの3人でじゃんけんした結果、Eが負けて姦淫できなくなり、EはFとクラウンに戻った。その後、Aらは、コンドームを分け、AとBがVのブラスリップとパンティを脱がせた。その後、AとBは、Vを公園の奥の池の奥の山の斜面のような所に連れて行った。そこでBとAがVを姦淫した。Aが『(B)、一番初めにやれよ。』など声をかけたので、Bが最初に姦淫することになった。Bは、仰向けに倒れているVの上にコンドームをつけずにのしかかったが、陰茎をVの膣に挿入できなかったので、Vを四つんばいの形にさせて後ろ向きにさせ、陰茎を肛門に挿入して射精した。次いで、AがVに『仰向けになれ。』などと命令してコンドームをつけた陰茎をVの膣に挿入し、射精し、使用済のコンドームを池の中に捨てた。その次にCD兄弟が、Vを藤棚の方向へ連れて行き、ベンチの少し手前の草むらの中で押し倒した。そして、Cは、Aと同じ姿勢でコンドームをつけて姦淫しようとしたが、陰茎は1cm位挿入されただけで、射精をしないまま終わり、コンドームをグランドの金網の所へ投げ捨てた。Dは、Vをうつぶせに寝かせ、後ろから陰茎を膣に挿入しようとして、挿入したような気がしたが、射精はしていない(なお、Dがコンドームをつけたのか否かについての供述はない。)。CD兄弟が終わると、Bが再び、Vにのしかかり、Vの陰部を舐めながら、Vの口の中にコンドームをつけていない陰茎を挿入して口の中に射精した。その次に、Aが仰向けに寝ているVの両方の胸を揉んだりした。
Vは、Aらの強姦が終わると、パンティとブラスリップを身に着けた後、『警察に言っちゃうから』となどと言い出した。そのため、少年らは、Vをクラウンに乗せた後、Vの処置について相談した。Aは、『殺しちゃおうか。』などと言い出したが、FとEが『強姦していないから関係ない。』などと言って相談からはずれてクラウンに乗り込んでしまった。残った4人で相談を続けた結果、結局、Dを逃走用の運転手役としてはずし、A、B、Cの3名でVの首を締めて殺害することになった。殺害場所は、暗くて人通りのない八潮三中付近に行って探すことになった。
少年らは、Dの運転するブルーバードにA、Bが乗り、Eが運転するクラウンにシャツとスカートを身に着けていたV、C、Fが乗って北公園を出発したが、途中、殺す3人が一緒の車に乗っていた方がいいという理由から、八潮三中付近の砂利道で一旦、車を停め、AとBがクラウンに、Fがブルーバードにそれぞれ乗り換え、再度、人気のない田圃の方に向かってクラウンを先頭に走り出した。東高校付近まで来ると、周りが田圃ばかりで暗くて人気も全くなかったため、そこを殺害場所と決め、東高校南側付近の路上に車を停めた。Aら3名は、クラウンから降りて、Vの手を引っ張って連れ出した。殺害場所を探しながら行ったり来たりするうち、東高校グランド前で、後方から車のライトが当たったため、Aらは、一瞬びっくりして逃げ出し、CはAらを置き去りにして十字路交差点付近まで逃げた。しかし、それは、DとEの運転するブルーバードとクラウンであることがわかり、BかCが合図をしてライトを消させた。Aらは、さらに、高校のプレハブ小屋付近前まで行き、小屋の陰になり暗くて人にも見られず、殺すのに適当な場所と考え、ここで、Vを殺害することになった。Aらは、Vのシャツとブラスリップを脱がせた後、Aが、そのブラスリップを長く伸ばした状態で両手に持ち、Vの後ろから、頭越しにブラスリップを首にかけ、首の後ろで交差させてからブラスリップを持ち替え、左右反対方向に力一杯引っ張りながら後ろ向きに引っ張った。Vは暴れて両手でかきむしるようにしてブラスリップをはずそうとしたが、Aと共に仰向けに倒れた。その時、Aは、Bに対し『B』と呼んでブラスリップの左端をBに渡し、AとBの2人が両手でブラスリップの両端を左右に引っ張ってVの首を締め続けた。Cは、Vが足をバタバタさせて首を締めつけているブラスリップを掴んではずそうともがいたため、その両膝あたりを両手で押さえつけた。そのような状態で暫くすると、Vの首のところに持っていかれていた両手がいきなりバタンと下に垂れ、それっきり人形のように動かなくなり、体がぐたっとしたので、Aらは、Vが死んだと思い、Aは、ブラスリップの両端をVの首の前に回して1回だけ結んだ。
その後、Aら3名は、殺害場所から2〜300メートル離れた田圃の中に少し土が積まれ小高くなっている所が見えたので、3人で死体を運んで行った。なお、Vのシャツは同女の腹の上に乗せて運んだ。Aらは、残土置場に少し入った所で、一旦、死体を降ろし、Aが、『ここで乱暴されたように見せかけよう。』などと言ったので、パンティを膝あたりまで引き落とし、スカートを腹付近まで捲り上げ、靴を脱がせてVの腹の上に乗せ、それから再び3人でVの死体を残土置場中央付近の小山の方へ運び上げようとした。途中、シャツと片方の靴を落としたのに気づき、AがCに拾いに行かせた。その後、AとBの2人は、残土置場南東隅から少し降りた所で、1、2の3で残土と草むらの境のあたりに死体を投げ捨てた。その時、Cがシャツを拾ってきて、そのシャツを死体の方に投げつけた。また、Bは、その付近にあった四角いコンクリートをVの死体めがけて投げつけた。
Ⅳ.検討に当たって
1.総論
本件が、何者かがVをどこかで絞殺して、死体を残土置場に投棄したという殺人・死体遺棄事件であることは明らかである(強姦を含む性犯罪が絡んでいるかどうかは、スカートに精液が発見されているだけであるから、客観的状況だけでは不明というべきであろう。)。
とすると、本件にAらが関与しているかどうか(犯人性)が問題であるが、本件の場合、Aらと本件を結びつけるべき決定的証拠はないし、第三者的な目撃者というのもない。共犯者たるAら6人の捜査段階での自白(1人の少年に対する関係では、自白+共犯者5人の証言ということになる。)があるのみである。もとより、物証の少ない事件というのはあるものであり、Aらと確実に結びつく物証がないからといって、それだけでAらの犯人性を否定することはできない。要は、Aらの自白が信用できるものであるのかを、慎重に吟味する必要があるということである。
2.一審判決の論理
詳細は追々見ていくことにするが、Aらの自白内容は、客観的事実に反して信用できないし、供述内容にも捜査官の誘導に基づくと思われる不自然な変遷があり、秘密の暴露もない、として、Aらの自白は信用できない、つまりAらの犯人性を認めるに足りる証拠はない、と判断した。
結論的にいうと、私は、一審判決の論理に賛するものである。
3.控訴審判決の要旨
Aらは、任意に強姦・殺人という重大事案を認めているのであって、虚偽供述をする根拠として少年らが挙げる点はいずれも薄弱なものである。しかも、CがA・Bの審判期日に強姦・殺人を認める証言をしたり、Dが教護院でも強姦を認めるような話をしていたり、また、Aらは、否認後も自白内容に沿うような供述を漏らしたりしている。秘密の暴露も認められる。よって、Aらの自白は、大筋のところで信用性が高いというべきである。
他方、客観的事実との矛盾など、一審判決の指摘するような点は、いずれも、必ずしも矛盾とまではいえず、Aらの自白の信用性を疑わしめるものとはいえない。
Ⅴ.客観的事実との整合性
1.姦淫供述との整合性
A.処女膜の健在等
【自白内容】
Aは、「コンドームをつけた後、被害者のおまんこに私のチンポを五・六回入れたり出したりした。」「おまんこの中に私のチンポを入れたり出したりして五、六分するうちに段々気持ちが良くなってチンポが固く太くなり、おまんこに入れた状態で射精しました。」と膣に陰茎を挿入した旨明確に供述している。Cは、「コンドームをつけ膣に陰茎を挿入しようとしたが一センチメートル位入っただけで射精していない」と、Dは、「Vを四つんばいにさせ、後ろからVの尻を抱くようにして姦淫した」と供述している。
【客観的事実】
被害者の死体の処女膜は健存し、陰部には裂傷等の外傷も全くなく、男性の陰茎が挿入された痕跡がなく、性交経験が認められない。
【一審判決】
少なくともAの姦淫状況に関する供述には、自白と客観的事実との明白かつ積極的な矛盾である。
【控訴審判決】
処女膜が健存しているからといってVが生前に性交をした経験がないと断定することはできないから、必ずしも矛盾するとはいえない。
仮に同女が生前に性交をした経験がなかったとしても、Aらは、いずれも13歳ないし15歳であって、Cに3回、Dに1、2回の性経験があるのみでA・Bは今まで性交をした経験がない上、本件事件は深夜暗闇の中で、極度の興奮状態の下で行われたものであるのみならず、A・Cはコンドームを装着して姦淫行為に及んだものであるから、自己の陰茎が膣に挿入されたか否かを正確に判断できたとはいい難い面がある。だから、Aらが強姦既遂の供述をしたからといって、この供述が直ちに信用性を欠くものであるとは言えない。
【コメント】
控訴審判決の言い分も、自分の初体験時の経験に照らしても、分からないではない。しかし、Aらの供述が真実なら、何らかの性交の痕跡というものが発見されてしかるべきであり、やはり矛盾があるという方が自然であろう。
B.肛門性交・口淫
【自白内容】
Bは、「僕は大きくなったキンタマをコンドームをつけないまま被害者のおまんこに押しつけたが、僕のキンタマはおまんこの穴に入らなかったので、僕はキンタマを被害者の肛門に入れてやれと思い、肛門のところにもって行き、右手で被害者の腰を掴んでキンタマを肛門に入れるために思い切り押し込みました。でもなかなか入らないので被害者はお尻を動かして『いたい』などと言っていましたが、それでもかまわず、僕は大きくなったキンタマをVさんの肛門に押し当て力を入れて中へ入れようとしました。結局、キンタマの頭のところだけが、肛門に入ったが、いい気持ちでした。それで力を入れてもっと中へ押し込もうとしたらキンタマから精液が出ましたが、この時はコンドームをつけていませんでした。」「その後、大きくなったキンタマを先程のようにチャックをおろしてズボンから出し、コンドームをかぶせました。そして、そのキンタマを被害者のオマンコに押しつけ穴へ入れてやろうとしたのですが、結局、その穴が見つからず入れる事が出来ませんでした。それでキンタマからコンドームをはずし、前から一度やってみたいと思っていたシックスナインをする事にしました。僕は仰向けになっている被害者の上に逆さまになっておおいかぶさりました。キンタマを被害者の顔の方へもっていき、左手でキンタマを掴んで被害者の口に押し当てたら被害者が口を開けて僕のキンタマをくわえました。同時に僕は被害者のオマンコにキスをしました。被害者は僕のキンタマをくわえて舌を動かしたので、くすぐったいようないい気持ちがしました。被害者の口の中に入れたのはキンタマの頭の方だけでしたがじきに精液が出ました。」と供述している。
【客観的事実】
肛門に裂傷等の肛門性交をうかがわせる事実は存在しない。また、Vの膣、直腸、胃及び気道の各内容、Vが強姦終了後すぐに身に着けたとされるパンティないしブラスリップのいずれにも、精子・精液は付着していない。
【一審判決】
Bの肛門性交及び口淫に関する供述は、客観的事実に明白かつ積極的に矛盾するものというべきである。
【控訴審判決】
Bの肛門性交・口淫供述は、Vの死体解剖時に肛門が開大していたという誤った情報を得ていた捜査官が誤導したことにより作出された可能性が高く、信用できない。右のように供述する以前の、「コンドームをつけ、膣に陰茎を挿入しようとしたが、なかなか入らないのでやめた」とのBの供述の方が信用できるというべきである。しかし、だからといって、他の自白全部が信用できないというものでもないことはいうまでもない。
【コメント】
Bの供述の一部(姦淫という重要部分)が客観的事実に反して信用できないという以上、供述全体が信用できないと考えるのが自然であろう。ことに、その信用できない理由として捜査官の誤導が認められるというのであるから、なおのことである。
C.乳房に付着した唾液
【自白内容】
B及びCは、Vを強姦した際、その乳房を舐めたり吸ったりしたと供述している。
【客観的事実】
Vの乳房から唾液を脱脂綿で拭き取って採取したところ、その血液型はAと判明した。
Vの血液型はA型である。
B及びCの血液型は、(分泌型)である。少年らの中に、Aの血液の者はいない。
【一審判決】
A型物質と物質との差がAの通常の不揃いの範囲内のものであること、左右の乳房ともにAの唾液が検出されていること、シャツに付いていた毛髪及びスカートに付着していた精液がいずれもAであることに照らし、Aの人間の唾液であるとみるのが自然であり、客観的事実に矛盾しているという疑念は払拭できないし、少なくとも、B・Cの供述を裏付けるものとは評価できない。
【控訴審判決】
脱脂綿で拭き取る際、の唾液とともに、A型の垢(細胞片)も付着していたため、唾液がAと判定された可能性が高い。よって、自白と矛盾するものとは認められない。
なお、Vは平素男性に異常に興味を示しており、家出中に男性のアパートに連れ込まれるなどしたことがあり、スカートの精液は本件とは別の機会に付着した可能性もある。また、シャツに付いていた毛髪は、本件とは無関係に付着することも十分考えられる。とすると、これらは、本件がAの第三者によって引き起こされた証拠であるとか、少年らの自白の信用性を疑わしめるものとはいえない。
【コメント】
控訴審の判断も、判決で指摘されている証拠を見る限りは、あながち不合理とはいえないであろう。
しかし、本件にAの血液型の人間が関与している疑いがあるのは事実であり、少なくとも、唾液がB・Cの供述を裏付けるものとはいえないとした一審判決の判断は穏当というべきである。
D.コンドームの未発見
【自白内容】
Aは、射精後、コンドームを北公園の池に捨てたと供述している。
Bら3人は、コンドームをいずれも公園内に捨てたと供述している。
【客観的事実】
草加署は、少年らの自白に基づいて、8月7日、公園内の検索を実施したが、少年らの自白を裏付けるようなコンドームの発見はできなかった。
なお、北公園は、本件事件後である7月16日から19日にかけて、芝刈り、草刈りが行われており、その際、白いちり紙に包まれたコンドーム1個(少年らの自白に沿うものとはいえない。)が発見されている。
【一審判決】
7月19日に北公園の清掃中コンドームが発見された際、清掃人全員で大騒ぎをしたほどであることを考えると、Aが池に投棄したという1個を除く3個のコンドームのすべてが、清掃人が全く気づかないまま、清掃処理されてしまったという可能性は少ないというべきである。池に投棄された分を除くコンドーム等が1つも発見されていないという事実は、少年らの供述の信用性に無視できない影響を与えるものである。
【控訴審判決】
清掃等のためにコンドームが失われてしまった可能性があるから、少年らの自白の信用性に疑いがあるとはいえない。
【コメント】
控訴審判決のいう「可能性」もあり得るが、素直に考えるなら、自白と矛盾していると考えるのが普通であろう。
2.殺害供述との整合性
A.防衛創の不存在
【自白内容】
Aは、「被害者は両手で首に締められているブラスリップをはずそうとしてかきむしりました。」「二、三分引っ張っていると、やがてグッタリしました。」と、Bは、「被害者が暴れて両手でかきむしるような感じでその下着を丸めたものを首からはずそうとしました。」と、Cは、「被害者は苦しいのか両手を首のブラスリップのところにかけ、何とか引っ張ってはずそうとしていた。」と、Dは、「AとBが被害者の頭の方にしやがんで何かをしていた。すると、被害者が『ぎやー』『うー』とか苦しそうに叫びながら、手を首のあたりにやったり、押さえている足をバタバタしてもがくように暴れた。」と供述している。
【客観的事実】
Vの頚部付近には、防御創が見られなかった。
【一審判決】
少年らの供述は、客観的事実の裏付けを欠くものとして、その信用性に疑問が残る。
【控訴審判決】
必ず防衛創が出来るという経験則が存在するともいえないから、自白が虚偽であり信用できないとは認められない。
【コメント】
これ自体は控訴審判決もいうように、必ずしも防衛創がないからといって自白と矛盾しているとまではいえないであろう。
B.ブラスリップの結び方
【自白内容】
Aは、「私が(ブラスリップの)両端を被害者の首の前に回して一回だけ結んだ。」旨供述し、実況見分時の再現においても同様に1回結んだのみである。
【客観的事実】
死体実況見分時に死体前頚部右側にあった頚部索条物であるブラスリップの結節は「ひとえ結びを二回結ぶ、こま結び」であった。
【一審判決】
Aの供述及び再現は、客観的事実に反するものであり、その信用性にも疑問の残る。
【控訴審判決】
無我夢中に結んだであろうAが、後日正確に供述・再現できなかったとしても、その自白全体が信用できないとすることはできない。逆に、捜査官はブラスリップの結び方を知悉していたのであるから、これと反する自白調書が作成されたということは、捜査官による誘導がなかったことの一つの証左ともいい得る。
【コメント】
この点がAの自白の信用性に影響を与えないという点は、控訴審判決のいうとおりであろう。
C.犯行場所
【少年らの主張】
被害者の首に巻かれていたブラスリップの中には、灰白色の泥土様のもの(本件残土置場の土砂)が巻き込まれていた。これは、残土置場で仰向けになったVの首にブラスリップを巻いたことを示している。
被害者の左足裏(特に踵部と親指付近)が土様のものの付着によって右足裏よりも著しく汚れている。また、被害者の左靴が右靴よりも残土置場入口に近い同所中央部から発見されている。これらは、Vが生前に残土置場を歩いていたことを示している。
シャツとスカート後面が土砂により著しく汚れている。Aらの供述ではシャツなどに土砂が付く可能性はなく、Vが残土置場に仰向けになった状態で押しつけられたことを示している。
これらによれば、北公園内でVを強姦して東高校裏の道路で殺したというAらの供述に反して、Vに対する暴行ないし猥褻行為及び殺害行為は残土置場ないしはその付近で実行された可能性が高い。
【一審判決】
1 ブラスリップの土砂の巻き込みについて
ブラスリップの土砂は、コンクリート敷石投棄の際に落下した土砂と見るのが合理的であり、これと異なって残土置場の土砂であるとまでは認められない。
2 左右の足底部等の汚れと靴の発見場所の違いについて
Vが家出後、殺害されるまでの間に左足用の靴を履かないまま歩行したことがあった可能性を否定することはできず、Vが左足用靴の発見場所付近から靴が脱げた状態で残土置場内を歩行したとすることはできない。
3 シャツとスカートの土砂による汚れについて
スカート後面の土砂類の付着の可能性は東高校裏路上しかなく、また、スカート後面にはVの靴跡の印象が見られる。これが何時、どのような機会になされたものかについては、これを解明するに足りる証拠は、Aらの供述調書類を含めてもないのであって、このことは少年らの供述の信用性を判断する際に無視できない事柄の一つといわざるをえない。
なお、シャツの泥土の付着については、死体を残土置場の投棄場所まで運ぶ途中に落とした際に、付着した可能性を否定することができず、客観的証拠ないし事実と必ずしも矛盾するものとはいうことができない。
【控訴審判決】
1 一審判決と同じ。
2 Vが18日朝に家出した後の行動の詳細は断片的にしか判明しておらず、Vの左足踵に靴擦れが出来ていることなどを考慮すると、本件事件に遭遇する前、八潮市を徘徊するうち靴擦れの痛みを感じるなどして靴を脱ぎハイソックスのまま歩行した可能性もある。Vが左靴を脱いだ状態で残土置場内を歩いたと認めることはできない。 また、靴については、A及びCは、Vが死亡したと思い東高校裏の路上から残土置場までVを運んだ際、靴をVの腹の上に載せていたところ、その片方が落ちて見つからなくなった旨供述しており、右自白は、左靴の発見時の状況に良く符合していてこれと矛盾するものではない。
3 2と同様に、Vのシャツとスカート後面の汚れが本件事件以前についていた可能性もある。
なお、Vは、姦淫の実行の際にスカートを脱がされており、その際又はその後に自分でスカートを踏んだ可能性も考えられるのみならず、本件事件前のVの行動からして、これが本件事件以前に印象された可能性も否定できない。少年らが靴跡について十分説明できないからといって、その自白の信用性が否定されるものではない。
【コメント】
少年らの主張を見ても、強姦・殺害が残土置場で行われたとまでいうことはできないであろう。が、これらの点について、捜査段階で十分な注意が払われた形跡が認められないのは不思議である。
D.成傷器
【自白内容】
被害者を締めた索条物はブラスリップである。
【客観的事実】
被害者頚部には幅4〜7センチの陥没が認められない帯状のやや著しく蒼白の部分と、幅0・2〜0・5センチの索溝及び皮膚の変色部が存する。
【一審判決】
幅の狭い変色部は本件ブラスリップによる索条によっても形成される可能性を充分に認めることができ、必ずしも、平紐状の索条体によるものということはできないのであるから、頚部成傷器に関する少年らの供述が客観的証拠ないし事実に反するものとはいうことができない。
【控訴審判決】
一審判決と同じ。
【コメント】
一審判決の判断に特に問題はないと思われる。
3.死体遺棄供述との整合性
【自白内容】
Bは、「死体を捨てた後、俺は、この近くにあった長さ三〇センチメートル位、平べったい石を拾って、被害者の顔の約一メートル五〇センチメートル位の所から、顔めがけて投げつけると、石は被害者の顔にあたったような気がする。」「被害者を投げ捨てた後、たまたまその付近にあった四角いコンクリートを被害者の方に放り投げた。両手で四角いコンクリートを平らに持って上から落とす感じではなく、下からコンクリートを平らにしたまま放り投げるような感じでやった。」旨供述している。
Cは、「死体を捨てた後、私がシャツと靴を取り上げて、死体の方に目掛けて投げ落とした。そして、急いで逃げたが、私がこの現場を離れる時、山の斜面をゴロゴロと転がり落ちる音がした。AかBが拾った何かを落とした音だと思った。」旨供述している。
Aも「死体を投げ捨てた後、Cがシャツを拾ってきて、被害者の死体の方に投げ捨てていた。また、Bが土の塊のような物を死体めがけて投げ捨てていた。」旨供述している。
【客観的事実】
コンクリートは、死体発見時に被害者の顔面付近から左肩を経て左上肢付近にかけて載せられたような状態にあった。一辺の長さが約30センチのほぼ正方形で、厚さ約6センチ、重量が約12・5キロのコンクリート敷石で、その一角付近に被害者の血液型と同じA型の血液が付着している。
被害者の顔面部中央付近には、眉間部下半部から鼻稜部上端部やや右側にかけて、上わずかに左方から下わずかに右方に向かう、上下径2・2センチ、幅1・3センチの赤褐色表皮剥奪があり、その下端部に右内眼角の左方1・5センチを中心として創傷があり、その創底部を中心として鼻骨及び鷄冠部が骨折している。しかし、頭蓋内や脳などには特に損傷を引き起こしていない。右損傷は、コンクリート敷石によって形成されたものである。
コンクリート敷石の上に、シャツが丸めてのっていた。
【一審判決】
重さ12・5キロの敷石が1・5メートルの高さから自然落下ないし投棄された場合には、顔面部損傷が前記の如き程度の損傷で済むことは到底考えられない。Bの供述はエネルギー的な側面で被害者の顔面部の損傷と明らかに矛盾する。被害者の顔面部損傷の内容は、コンクリート敷石が直接衝突した場合のみならず、一旦地面に落下してから顔面に衝突した場合においても、余りに軽微に過ぎるといわねばならず、Bの右供述は到底信用することができないものというべきである。また同様にして、CやAの前記供述にもその信用性に強い疑問が生じることになる。
さらに、コンクリート敷石の上にシャツが載せられていた事実に照らして、これと矛盾するCの供述部分についての信用性には強い疑問があるというべきである。
【控訴審判決】
Bは、残土置場に投棄したVに向かってコンクリート敷石を投げた旨供述しているが、これが直接Vに命中したのか否かについては供述していない。むしろ、「山の斜面をゴロゴロと転がり落ちるような音がした。」旨のCの供述に照らし、コンクリート敷石は一旦地上に落下してからVの鼻付近に衝突したものと認められる。そうとすれば、落下エネルギーは地面により相当程度吸収されたと考えることができ、また、投棄されたコンクリート敷石がVの鼻付近に衝突する態様には種々のものがあり、Vの顔面の損傷が鼻骨及び鶏冠部骨折という程度に止まる態様でVの顔面に衝突するということも考え得るから、Bのこの点に関する自白が虚偽であるとは認められない。
また、シャツの投棄とコンクリート敷石の投棄とは接着して行われたものである上、Cは、Vを殺害しその死体を投棄するという異常な事態の中で右のような音を聞いたものであるから、Vのシャツを投げ捨てる前の出来事をその後の出来事と思い違いしている可能性も存し、右自白が虚偽であるとか、Cの自白全体が信用できないとかいうことはできないというべきである。
【コメント】
控訴審のいうのも一応の理屈である。
しかし、コンクリートを投げた結果Vの顔に当たったのだとすると、やはりもっと大きな損傷が生じるであろうことは常識に属するだろう。積極的に矛盾するとまでいわないにせよ、マイナス方向の大きな要因であることに変わりはない。
シャツについては些事であり、控訴審判決の指摘はもっともである。
4.車両内の痕跡
【客観的事実】
北公園や残土置場付近からは、少年らの足跡痕、使用車両のタイヤ痕が何一つ発見されていない。少年らの着衣、履物などにも本件現場の土壌が付着している証明もない。
少年らの使用した車両からは、Vの指掌紋、足跡痕、毛髪などが何一つ発見されていない。
【一審判決】
少年らが、嫌がる被害者を強いて窃取した乗用車に乗せ、しかも、その車中で足をばたばたさせるなどして抵抗する被害者の着衣を脱がせ、入れ替わり、その乳房を弄ぶなどしていたのであれば、被害者は盗難車両内で抵抗し、また、そのシャツ、スカートを脱がされたり、身につけたりしているのであるから、当然、車内に同女の存在を示す何らかの痕跡が遺留されていて然るべきものと思われる(なお、少年らの指掌紋等が残存していることからすれば、少年らが被害者の遺留物を殊更消去したとも考え難い。)。
にもかかわらず、車内に何の痕跡もないことは、少年らが被害者を犯行使用車両に乗せていないことを示唆しているともいえるのであって、少年らの自白が重要な部分で客観的証拠による裏付けを欠いているものといわざるをえない。
【控訴審判決】
当夜、各自動車に乗車したことを認めているC・F・Gについても同人らが自動車に乗車したことを認めるに足りる痕跡は何ら発見されていない。逆に、本件事件後にクラウンに乗車したPの指紋が同車から発見されている。
これらによれば、本件事件後の自動車の使用によりVが自動車に乗車した痕跡が消失した可能性がある。Vが右各自動車に乗車したことを認めるに足りる痕跡が発見されなかったからといって、Vが右各自動車に乗車しなかった根拠となるものではなく、これが少年らの自白の信用性を疑わせるものであるとは認められない。
【コメント】
V乗車の痕跡がないからといって、直ちにV乗車の事実がなかったとはいえない。この点では控訴審判決の指摘はもっともである。しかし、やはりVは本件自動車に乗らなかったのではないかという疑問も拭い切れない。
Ⅵ.自白の変遷
1.姦淫未遂から既遂へ
【一審判決】
A・B・Cは、逮捕当日の7月23日と24日は、揃って、抵抗されたために姦淫できなかった(姦淫は未遂)旨供述していた。
しかし、8月2日にはCが、8月3日にはAとBが、それぞれ北公園内で姦淫(既遂)したと供述を変更した。
その後、Cが8月2日に、Aが8月4日に、Bが8月7日に、それぞれコンドームを使用した旨の供述をした。
さらに、Aは8月7日に「Dは被害者の後ろからオマンコしていた。Bが被害者のオマンコあたりに顔をつけ、被害者の顔あたりにBのチンボをつけるような格好をしていた。」旨を、Cは(8月2日にはBの姦淫状況については「よく見ていない。」旨供述していたのに)、8月8日に「Bは被害者をうつ伏せに寝せて尻の方から乗っかってやっているのを見た。」旨を、Bは8月10日に「肛門のところへ持っていき、右手で被害者の腰を掴んでキンタマを肛門に入れるため思い切り押し込みました。」「左手でキンタマを掴んで被害者の口に押し当てたら被害者が口を開けて僕のキンタマをくわえました。」旨を供述し、Bの肛門性交ないしそれを窺わせるような供述をするようになり、殊に肛門性交、口淫の供述は検察官に対するBの8月10日の取調べで初めて明確に供述されたものである。
なお、Dは7月23日に否認のまま、少年鑑別所に送致されたため、8月5日の員面が最初の供述調書とされているが、そこで北公園内での強姦を認める旨の供述をしている。
他方、検察官は、死体解剖時の肛門開大が本件事件によるものではなく、解剖前に行われた草加署による死体実況見分時に引き起こされたものであることについては全く知らされず、あるいは知らず、また、スカートにAの精液斑が付着していたことについては9月27日以前には、知らされていなかったことが窺える。
このように、A、B、C3名の供述が、姦淫未遂から既遂に変更した時期、コンドームの使用を供述し始めた時期、肛門性交等の供述をし始めた時期は3名ともほぼ同一時期といえ、しかも、それらがいずれも、肛門開大の真の理由を知らされていなかった検察官が鑑定人から精液の存在の可能性を示唆された7月末ころの後であることに照らせば、これらのAらの供述が捜査官が取得した情報に基づく捜査方針の変更(姦淫未遂から姦淫既遂への変更)に基づく誘導よるものではないかとの疑問が生じる。この点に関する、捜査官による誘導に乗って適当に供述した旨の否認後の少年らの供述にこそ信憑性があるのではないかとも思える。
【控訴審判決】
Vの膣内、気道内、胃内、直腸内の4か所に精液が存在するとする情報に基づいて少年らを誘導し、供述させるとすれば、膣、口腔及び肛門に射精がされたことを供述させるのが自然である。ところが、Aら全員がコンドーム着用による姦淫の供述をしているのであって(なお、Dのコンドーム着用の有無は不明であるが、射精はしていないという。また、Bは、その後肛門性交や口淫の事実を供述しているが、これは誤導に基くものであったと考えられる。)、右情報に従って誘導がされたとは到底認め難い。
また、Aらがコンドームを使用したことは、捜査官には知り得なかった事実であり、Cの自白をきっかけとしてその裏付けを取ったものであるから、これを捜査官が誘導したと見ることは困難である。
【コメント】
控訴審判決の指摘は一応もっともである。
しかし、それなら、Aらの自白が、揃いも揃って、当初姦淫未遂だったものが姦淫既遂に変わり、Bの肛門性交や口淫等を示唆ないし認める供述に変遷していったのか(しかも、いずれも客観的事実に反するものへの変遷である。)、説明が付かない。これと、控訴審判決も認めるBの肛門性交等に関する誤導とを結びあわせれば、供述の変遷が全くのAらの自発的意思に基いて行われたことへの疑いにつながらないだろうか。
2.犯行場所
【一審判決】
A・B・Cは、逮捕当日の7月23日から24日までは、強姦、殺人いずれも残土置場付近で実行したと供述していた。
ところが、Aは、8月3日になって、強姦と殺害場所を「北公園」、死体投棄場所を「残土置場」とそれぞれ変更し、8月4日には再度、殺害場所を「三中方面の方に行き場所はどこかわからないけど一度どこかで止まり、そこで被害者の首を締めた。」と変更したものの、その場所を特定することができず、8月7日になって初めて「東高校グランド内にあるプレハブ小屋の裏の路上」と特定するに至っている。
Bも、8月3日になって、強姦場所を「北公園内」、殺害場所を「北公園に停車中の車中」、死体投棄場所を「残土置場」とそれぞれ変更した後、再度、8月6日になって、殺害場所を「東高校付近」と変更したものの、その場所を特定することができず、8月7日になって初めて「東高校グランドのバックネット裏あたりの小さな建物の裏の道路上」特定するに至っている。
Cも、8月2日になると、強姦場所を「北公園内」、殺害場所を「北公園に停車中の車中」、死体投棄場所を「残土置場」とそれぞれ変更した後、再度、8月7日になって、「被害者を殺した場所は死体を捨てた残土置場の近くの学校のグランド脇の道路上」である旨供述を変更するに至っている。
なお、このような殺害場所に関する供述の変遷に対応して、死体の運搬方法についても、A、B、Cの供述は、概ねA及びBの2名ないしA、B及びCの3名が運んで捨てた、クラウンないし車のトランクの中に入れて運び残土置場に捨てた、東高校北側路上から残土置場までの約200メートル程の距離を3人で運んで捨てたと供述を変更するに至っている。
ところで、草加署は、遅くとも7月末には残土置場付近と少年ら使用車両とを結びつける痕跡がないことや、残土置場付近が強姦、殺人現場ではないことを把握していたこと、また、同様にして遅くとも8月初めころには少年ら使用車両内に失禁による尿反応などのないことの情報を得ていたものと推認できる。これらの捜査官側が客観的な情報を入手した時期とAらの犯行場所に関する供述の変遷時期は、ほぼ一致する。
以上によれば、真実犯人であればおよそ思い違いをするはずのない犯行場所というような極めて印象的かつ重要な事実についてのAらの供述の変遷は、思い違いや記憶違いにもとづくなどということは到底ありえない。しかも、その変更の理由については「恐ろしい事とこんな大きな罪を起こしてしまい、話すのがいやだったからです。」(B)などと供述しているのみで理由らしい理由は述べていない。そのうえ、A、B、Cがいずれもほぼ同時期に同一内容の変更をしている。これらは、捜査官による誘導によってAらの供述が変遷したのではないかという強い疑念を生じさせるのであって、A、B、Cがその経験に基づく記憶により供述したものであるとは到底考えられない。
【控訴審判決】
Aが、当初、Vを残土置場において強姦した上殺害した旨供述したのは、Aらが、残土置場において他の何者かによって強姦された上殺害されたように見せようと相談したことに基づいたものであって、捜査官の誘導等によったものとは認められない。
また、その後の供述の変遷は、残土置場においては強姦や殺人が行われたことを窺わせる争った跡等の痕跡がなかったことから、捜査官から犯行現場は別の場所ではないかと追及されたため、供述を変更せざるを得なくなったAらが、真実の殺害現場を自白することは、殺害の状況を生々しく思い出させるものであって年少の少年にとっては恐ろしいものと感じられたことや、強姦・殺人という大罪を犯してしまい、どうせ少年院に行くならでたらめの供述をしておいた方が良いと考えたことなどの少年ら各自の感情・思惑から虚偽の供述をしていたためである。捜査官の誘導があったとまでは認められない。
Aらは、詳細な自供をして北公園における強姦及び東高校裏の路上における殺人を自白してからは、一貫してその供述を維持していたものであるから、右自白が信用性に欠けるものとは認められない。
【コメント】
共犯事件に口裏合わせというのは付き物である。しかも、少年というものは、概して浅薄な口裏合わせをすることが多いように見受けられる。その意味で、控訴審判決の説示も一般的には理解できなくはない。
しかし、「残土置場で強姦して殺害した」という供述が崩れた後の供述の変遷を見るとき、「なぜその後も真実の強姦・殺害現場を隠したのか」に関する控訴審判決の説示は理由になっているようでいて理由になっていないし、Aらの供述が一斉に変遷している理由の説明は全くない。
その意味で、一審判決の説示に説得力があるように思われる。
3.姦淫時の状況等
【一審判決】
Aの供述は、姦淫場所と姦淫順についてはほぼ一貫している。しかし、被害者が抵抗したため、その手足を押さえていた旨の供述は、当初から他の3人の供述と抵触していたのに維持されていたにもかかわらず、Bが8月10日に肛門性交、口淫供述をした後の8月12日に突然、理由も述べずに、Bの肛門性交に関する供述を新たに加えたうえで、被害者の抵抗はなく、その手足も押さえていなかった旨供述を変更している。これは、Bの肛門性交、口淫供述に対応させるべく捜査官の誘導によって供述が変更されたのではないかとの疑念を払拭することができない。
Bは、姦淫順についてはほぼ一貫しているが、姦淫場所については、自己の最初の姦淫場所を、藤棚手前の芝生の上から山の上り斜面に何ら理由も述べずに変更している。最初に姦淫した場所についての記憶について思い違いや記憶違いをするということは考えられず、当初から一貫した供述をしていたAの供述に合わせるべく誘導がなされた結果、供述を変更したのではないかとの疑問も生じる。
Cも、Aらの最初の姦淫場所をAの供述に一致する形で供述を変更している。また、自己の姦淫順について、当初、Dの次である旨供述したいたのが、順番をはっきり覚えていない旨変更し、さらに、Bの次である旨供述を変更している。記憶違いや思い違いといったことがありえるとしても、目前で行われている輪姦という異常な事態において自分が誰の次に姦淫したのかを忘れたり、記憶違いをするということは考えられず、その供述の変遷には不自然さを感じる。
Dの自己の姦淫場所を「藤棚の下のベンチ」とする供述は、Aらの供述とは全く異なる。しかも、クラウンの中から藤棚の様子が見えた旨の供述をしているE・Fも、Dが藤棚の下のベンチ付近で姦淫していたとの供述は全くしていない。1人Dだけが右のような供述をしていることは極めて不可解である。
4.車のライト
【一審判決】
1 Aの供述
「後ろから車にライトが当たったので、びっくりして一瞬逃げ出した。」旨、一貫してAらの背後からDらの車のライトがあたった旨供述している。
2 Bの供述
8月7日には「ライトをつけた車が走ってきたので、三人はびっくりした。」旨供述し、その方向については明確に述べていなかったのが、8月8日には「俺達が歩いている道路を対向でライトをつけた車が走ってきたので、これはヤバイと思って、Cは、被害者から離れて逃げた。」と正面から車のライトが当たった旨供述したのに、8月10日には「後ろから車にライトがあたった。」旨供述を変更している。
3 Cの供述
「反対方向から二台の車がライトを付けて走ってきたので、俺はA達を残して一人で十字路まで逃げ振り返った。」旨、一貫してCらの前方からDらの車のライトがあたった旨供述している。
4 D、E、Fの供述
Dは、「車の前方でA達三人で被害者を抱えるようにして歩いていた。」旨供述し、Eは、「Aらは僕たちと同じ進行方向に向けて歩いていた。」旨供述し、Fは「進行方向前方にB達が被害者の回りを囲むようにしているのに出会った。」旨供述している。
5 夜明け前に周囲に明かりもなく、被害者を引き連れて、人に見つからないように被害者の殺害場所を探しているといった緊迫した状況の中で、車のライトに急に照らされたという事は極めて印象的な出来事のはずである。しかも、田圃の中の直線道路を歩行中の出来事である。ライトが前からあたったのか、後ろからあたったのかについて、記憶違いや思い違いをするとは考えにくいのであり、そのことは、A、B、Cの3人ともが驚き、Cはかなりの距離を走って逃げたとされていることからも明らかである。しかし、前記のとおりBは、その供述を変遷し、A及びBの供述とCの供述は全く正反対の内容となっているのであり、そのこと自体が自ら経験しない事柄を述べているのではないかとの疑問を生じさせる。また、D、E、Fの各供述にCが走って逃げたという極めて印象的な出来事について述べられていないこともまた不可解である。
【コメント】
些事であり、少年らの自白の信用性に影響を与えるものとはいえないであろう。
5.殺害状況
【一審判決】
1 Aの供述
8月9日までは、「俺が被害者に足をかけ両膝を路上につくように四つんばいにさせ、Bが被害者に正対し、路上に両膝をついたまま膝立ちをしたような姿勢の被害者のシャツを脱がせ、俺が同様に姿勢の被害者に正対し、おおいかぶさるようにして両手を背中に回してブラスリップを脱がせ、同様の姿勢の被害者の後ろからブラスリップを首に巻いた。」旨供述していたが、8月12日になって、「私が被害者の右足に自分の左足を引っかけて、前に押し倒そうとし、Bと二人で被害者の背中を押して前に倒したら、被害者は両膝をついて倒れた。Bは両膝をついている被害者の前にまわり両手でシャツとブラスリップを一緒につかんで引っ張りあげようとした。Cは被害者の服を脱がす際に、両腕の肘の下あたりを後ろから両手で押さえ、シャツとブラスリップを脱がしやすいようにしていたが、私は側でそれを見ていた。Bがブラスリップを私に渡したので、私が被害者の後ろからブラスリップを首に巻いた。」旨供述を変更している。
2 Bの供述
8月9日までは、「Cは無言のまま止まると、被害者が着ているシャツとブラジャー付の下着を脱がせた。」「Cはブラジャー付の下着をAに渡し、Aは立っている被害者の前に行って、いきなり被害者の下着を巻きつけた。」旨供述していたが、8月10日になって、「僕は、被害者の前に立って上着と下着を一緒に掴んで一気に上へ引き上げて脱がせてしまった。被害者は、その時はまだ倒れていなかった。Aは下着を受け取るとそれを後ろから被害者の頭の上からその首にかけた。」「服を脱がせたのがCであると供述していたのは、Cが軽い役ばかりしているので不公平だと思い嘘を言っていた。」旨供述している。
3 Cの供述
8月9日までは、「Aが突然、被害者の服を上に引上げ脱がせようとした。そこで俺とBは被害者の腕を上げて服を脱がせやすいようにして脱がせ、さらに下着も同じ様にして脱がした。Aは脱がした下着を被害者の背中から首をひっかけた。」旨供述していたが、8月12日になって、突然「服を脱がせたのは、Bで、シャツとブラスリップを一辺に脱がせようとし、私がそれを手伝ったが、Aが、ポケーっとしていた」「Aが最初にブラスリップで首を締めたので、Aが脱がせたと話したが、思い違いであった。」旨述べている。
4 このように、Aらの供述は、殺害行為に着手した時の状況について多くの変遷が見られ、しかも、その最終的な供述によっても、3人の供述には被害者の姿勢等多くの食い違いが存在する。被害者の首を締めるという極めて異常事態を体験しているのであるから、その時に被害者に足をかけて倒したことや被害者の姿勢、誰が服を脱がしたのかは極めて強く印象に残っているはずであり、そのような事項に変遷や供述の間矛盾が生じることは極めて不可解である。
【控訴審判決】
本件事件は、多少の明かりはあるとはいえ、深夜暗闇の中で敢行された事件であり、少年らはいずれも13歳ないし15歳の年少者であるのみならず、これが強姦及び殺人という重大事件であることを考慮すると、少年らは、当時、緊張と興奮の極みにあったと推認される。そうすると、少年らが犯行の一部始終を冷静に記憶していたとは考え難く、少年らの見誤り、記憶違いなどから、供述に矛盾が生じたり変遷したりすることは十分にあり得るところであって、一部に曖昧な供述部分があったり、供述が変遷していたからといって、直ちにその供述が捜査官の誘導による信用性のないものであるとすることはできない。
かえって、A、B及びCは、取調べを受けた当初はV殺害の実行の共犯者として当夜行動を共にしていたE・F・Gを挙げるなどの供述をしていたが、A、B及びCが共犯者に含まれることは一貫して認め、また、八潮市内を自動車2台に分乗して走行するうち、Vを見つけて自動車に乗せ、他の場所に連行して強姦した上、ブラスリップを用いて絞殺したという大筋の事実は取調べの当初から終始一貫して認めていたことを考慮すると、その自白は信用性が高いと認められる。
【コメント】
一審判決が「供述の変遷」として取り上げているものは、いずれも些事であり、この点では、供述の信用性に影響を与えないという控訴審判決の指摘は正当であろう。
Ⅶ.秘密の暴露
【一審判決】
1 Cは、強姦時に使用したとされるコンドームを、本件事件発生前の7月14日ころ、同人が車上荒らしをした際に窃取したものである旨を、8月8日ころ供述し、その後の捜査の結果、それが客観的事実であると確認されている。これは、一見、秘密の暴露に該たるとも言えなくもない。しかし、窃取されたコンドームと本件事件で使用されたとされるコンドームの同一性の証明はないし、被害者が真実姦淫されたのか否かについても疑問があるうえ、強姦時にコンドームを使用したとする少年らの自白の真実性についても極めて強い疑問がある。
これらによれば、Cの供述をいわゆる秘密の暴露ということはできない。
2 コンドームの窃取以外に少年らの供述には、秘密の暴露に相当するものは存在しない。
【控訴審判決】
1 コンドームに関する少年らの自白はいわゆる秘密の暴露に当たるものである。
2 Fは、8月12日に自白をした後、19日、捜査官に対し、事件を報道した番組を録画したビデオテープを所持している旨告げ、これにより、右ビデオテープが領置されている。Fは、自分の自白を信用してもらうために右ビデオテープの存在を供述したものであり、右供述はいわゆる秘密の暴露に匹敵する供述といえる。
【コメント】
1については、控訴審判決のいうとおりであろう。一審判決が秘密の暴露ではないとしたのは、結局のところ、一審判決がAらの姦淫供述を信用できないとしたことの裏返しに過ぎない。
2についての控訴審判決の言い分は、よく分からない。「匹敵する」という以上、通常の秘密の暴露とは異なるものと見ているようではあるが。
Ⅷ.供述内容の自然さ
【一審判決】
強姦に際してコンドームを使用することや、コンドームの数が不足した結果Eが強姦を断念すること自体、不自然である。
それを措いたとしても、少年らは、コンドームを使用するようになつた理由として、「被害者が汚いという気持ちと、万一子供ができると困る。」などと供述していいるが、前記のとおり、Bは、Vの陰部を舐めたり、コンドームを使用せずに膣に陰茎を挿入しようとしたばかりか、肛門内にもコンドームなしで陰茎を挿入したというのであり、また、Cも、「若し、その時、俺とDがコンドームを持っていなかったら、おまんこをやらないということはなかったと思う。また、俺やAがジャンケンで負けておまんこがやれないとなったらコンドームなしでも加わっていたと思う。」旨供述しているのであって、コンドーム使用の理由及び行動について、首尾一貫しない供述というべきである。このことは、ひいては強姦に際してコンドームを使用したとする供述自体の不自然さを増幅させるものといえる。右各供述は、Vの体内に弱いながらも精液が存在する可能性があるとの情報を得た捜査官による誘導による供述ではないとかの疑念を払拭することができない。
また、Eは、本件事件以前の7月中旬ころ、Cからコンドームを1つもらい、本件事件当時も財布の中に入れて車のダッシュボードに入れていた。そのEが、コンドームがないために姦淫を断念したというのは不自然である。また、Eは、「僕は、どんな女の子でもいいからセックスがしたかったので、絶対に勝とうと思った。」などと供述したうえ、じやんけんに負けた悔しさについても供述しているが、コンドームを持っていることを失念したまま、思い出さないということ自体の不自然さも払拭することができない。
【控訴審判決】
Aの、Bに最初に強姦させた理由に関する、「私はVとおまんこできるわくわくした気持ちと失敗したらどうしようという気持ちもあり初めにBに一発やらせてから自分がやる方がいいと思った。」旨の供述、V殺害後、東高校裏の路上から残土置場までVを運んだことに関する、「運ぶのは大変だと思ったが、Vを(車)に乗せたり降ろしたりするよりそのまま三人で運んだ方が早いと思った。」旨の供述、Bの、「下着の上からVのオッパイを両手で触ったところ、オッパイはコンニャクのようなプルンプルンと言うような感触でこの時俺は少し興奮した。」旨の供述、Cの、「V殺害現場付近において自動車のライトに驚いて逃げ出した」「V殺害時にその大腿部を押さえていると、全身痙攣が起こり、そのまま押さえつけていると痙攣がおさまり、今度はピクッピクッと二、三回動いた」旨の各供述並びにEの、「強姦をする者を決めるのにじやんけんをすると言われた際、俺がじやんけんに弱いのを知っていて他の者がじやんけんをしようと言ってきたと思った」旨の供述などは、いずれも犯行中に実感したとしか思えない事実についての供述と見ることができる。
【コメント】
コンドームの使用に関する一審判決の指摘は、もっともである(なお、控訴審判決は、この点を捉えて、コンドームを使用せずに肛門性交や口淫させたというBの供述には、その限りで信用性がないとしている。)。
控訴審判決の指摘は、公平に見て、決め手としては弱いのではないか。実感がこもった供述とも見れるし、頭で考えても思いつく程度の供述とも見ることができるように思う。
Ⅸ.自白の動機・任意性
【控訴審判決】
1 Aらは、否認したところ、捜査官から怒鳴られ、更に、他の仲間はみんなは正直に言っている、お前達はやったんだなどと言われた、などと供述しているが、E・Fを除き捜査官による暴行を受けたとの供述はなく、供述の任意性を失わせるほど厳しい追及がなされたとは到底認められない。
Eは、7月23日の任意取調べの際、捜査官に怒鳴られ、髪の毛を掴まれておでこを
机に2、3回叩きつけられ、平手で頬を殴られるなどの暴行を加えられて自白させられた、同月24日、25日にも取調べを受けたがこの時は素直に自白をしたので殴られなかった、その後も否認すると殴られると思い否認できなかった、と供述する。しかし、Eは、7月23日から25日までの間には、Aらの犯行を匂わせる供述はしたものの、自身は強姦にも殺人にも関係していない旨の否認の供述をしており、7月24日、25日には素直に自白をしたので暴行を加えられなかった旨供述は信用できない。Fは、捜査官から後頭部を手拳で叩かれたり、正座をさせられるなどするため取調べが嫌で、自分がやったと供述したと述べている。しかし、Fの逮捕事実は強制猥褻にすぎず、Aらの強姦、殺人については参考人的立場にあったということができるから、このような者に暴行が加えられる蓋然性は乏しい。これらに加えて、E・Fともに、暴行を裏付ける客観的証拠は存在しないし、取調べに当たった捜査官も暴行の事実を否定していることからすると、取調べに当たって暴行が加えられたものと認めることはできず、E・Fの自白についても、その任意性を失わせる事情があるとは認められない。
以上のとおり、少年らの自白には任意性が認められる。
2 A・B・Cは、7月23日に草加署において任意の取調べを受けたその日のうちにV殺害という重大な犯罪事実を任意に自白している。
Eも、既に7月23日の取調べの時からAらの犯行を匂わせる供述をしている。
Cは、8月13日に観護措置決定のため浦和家庭裁判所に連行された際、たまたまA・Bと同室となり、互いに3人だけで本件事件について話し合う機会を持ち、その際、Aから今後否認する旨伝えられたが、その後、少年鑑別所に入所して警察等での取調べを受ける可能性がなくなった後の8月26日、A・Bの少年審判においてVの殺害等を認める証言をしている。ことにBの少年審判においては、Bの父親のみならずCの父親及び姉が同席している場で右のような証言をしている。
E・Fも、Bの少年審判の際、BがVを強姦し殺害した旨の証言をしている。
Dは、教護院送致の決定を受けて武蔵野学院に入院したが、入院直後の調査の段階でVを強姦した事実を認め、殺害については他の者がやった旨供述した外、その後の8月28日、草刈り中の雑談という虚偽の事実をいう必要性の全くない状況の中で、同学院の寮長に対し、自分は強姦はしたが殺人はしていない、殺人は他の者がした旨述べた。
このように、少年らが、V殺害という重大な犯罪事実について、6人も揃って任意に虚偽の自白をするとは考え難いから、特段の事情がない限り、Aらの自白は真実を述べたものと認めるのが相当である。
3 Aらが自白をした理由としてあげているのは、「自分がやっていないと否認したところ、捜査官から怒鳴られ、更に他の仲間はみんな正直に言っている、お前たちはやったんだなどと言われた」などということであって、Vの強姦及び殺害という重大な犯罪事実につき虚偽の自白をする理由としては薄弱である。
のみならず、Aは、前記のとおり、8月13日に観護措置決定のため浦和家庭裁判所に連行された際、B・Cに今後否認する旨伝えている。右事実からすると、その際、3人の間で本件事件を否認することについて何らかの話合いがされたものと推認することができる。
また、Dは、8月27日か28日頃、武蔵野学院において、寮長に対し「先生いま人を殺したら弁償はいくらぐらい支払うんだろう。」と尋ねたところ、寮長から「交通事故で3000万円位だよ。相手がいくら要求するかわからんぞ。」と言われ、「父ちゃん大変だな。」と真剣な顔で話し、9月3日ころに父及び姉と面会した直後から否認に転じている。Cだけでなく、Aらも、親との面接等を通じて、単に自分らが少年院に送致されるだけでなく、親がVの遺族から多額の損害賠償請求を受け、又は社会的に非難される可能性があることに思い至ったものと推認することができる。
これらの諸点を考慮すると、自白が虚偽であるとのAらの供述は直ちに信用することはできない。
【コメント】
1の、暴力を振るった事実が認められないから任意性は否定できないという説示は、文字どおりに読めば到底妥当な判断とはいえないであろう。しかしながら、捜査官の威圧等に弱いという少年の特質を考えたとしても、任意同行の当日に(Aは取調べ開始から30分後に)、A・B・Cが自白をはじめ、EもAらの犯行であることをうかがわせるような供述をはじめているという本件においては、自白の任意性は否定できないであろう(なお、一審判決は、民事事件であるから任意性については判断しない、と明言している。)。
そして、そのように早期に任意の自白をはじめている以上、それが信用できるであろうという判断は、自然なものというべきであって、2の説示も納得できないではない(もっとも、6人が揃って自白しているからといって、それだけで信用性が高いといえるかどうかは疑問である。)。
3については、疑問である。薄弱な根拠に基づいて重大犯罪を自白する例を、われわれは多数の冤罪事件で経験してきたからである。また、Aら3人の口裏合わせ(このような疑いを生じせしめたのは、観護措置決定の際の不手際と指摘されても仕方あるまい。)、否認の理由については、推測の域を出るものではない。
Ⅹ.否認後の言動
【控訴審判決】
1 Aは、浦和家庭裁判所における9月6日の少年審判期日において、付添人の「ブラスリップというのは分かりますか。」という質問に対し、「初めなんか紐を探したけどなくて、Bがシャツとブラスリップを自分に渡したからです。」、「車のトランクの中に紐を見たことがあって、それでトランクの中に紐があると思っていた。」と、思わず自己が実際に体験したとしか思えない供述をした。
2 C及びBは、本件事件のあった7月19日は、午前3時頃から大曽根の空地に自動車2台を止めて休んでいたとアリバイを主張する。ところが、C及びBは、東京高等裁判所における抗告審の審理において、大曽根の空地に到着した頃はもうすぐ夜が明ける感じであった旨供述しており、これは、当日の日の出が午前4時39分であり、通常空が明るくなり始めるのは日の出の30分ないし50分位前であるから、右供述に従えば、少年らが空地に到着した時刻は午前4時頃ということになる。右供述は少年らの自白に沿うものであり、思わずC及びBが自己の実際に体験した事実を述べたものと認めることができる。
【コメント】
いずれも控訴審判決の指摘するとおり、「語るに落ちた」と評価できる供述である。
ⅩⅠ.アリバイ
【少年らのアリバイ主張】
少年ら及びGは、7月18日夜、八潮市内をブルーバードで乗り回しているうち、Aの姉と遭遇し、同女に追跡されたが、19日午前1時頃、同女の追跡を振り切って八潮市大瀬に至り、同所でクラウンを窃取した。
少年らは、午前1時40分頃、自動車2台に分乗して足立区花畑に赴き、同所で車上狙いやポリタンクの窃取をした。
A・Dは、午前2時頃、Gを足立区の同人方に送って行き、その後花畑に戻って他の少年らと合流した。少年らは、同所でガソリン窃盗、電話機荒し等をした。
少年らは、午前2時40分頃、自動車2台に分乗して、G方へ行き、同人の母と話をした。
少年らは、G方を出て大曽根の空地に向かい、午前3時ころ同所に到着し、同所で朝まで過ごした。
【控訴審判決の判断】
以下に述べるとおり、少年らのアリバイ供述は信用できない。
1 本件事件当時、新聞配達をしていたQは、19日午前3時30分頃、オートバイで大曽根の空地を通過したが、その際自動車2台が右空地に駐車しているのを見ていない。Qは、午前3時頃、窃盗事件があってパトカーで捜索していることを警察官から聞いて、付近を注意しながら走行していたものであり、少年らが自動車2台を駐車していたという場所はQにとって極めて目に付きやすい場所であって、右空地に自動車2台が駐車していれば、当然気付いたはずである。そうすると、午前3時頃には空地に到着し、同所に自動車2台を駐車していた旨のアリバイ供述は信用できない。
2 少年らが2回目にG方を出た時刻について、Gの母は、午前2時10分ころであったと供述している。少年らの、午前2時40分ころG方に行ったという供述は信用できない。
また、B・Cは、空地に到着した頃はもうすぐ夜が明ける感じであった旨供述している。7月19日の日の出は午前4時39分であり、通常空が明るくなり始めるのは日の出の30分ないし50分位前であるから、B・Cの供述に従う限り、少年らが午前2時30分前に右空地に到着したということはあり得ない。
他方、Aは、G方から大曽根の空地に行く前に公衆電話から金を盗むなどしていたために、空地には午前3時頃到着した旨供述している。しかし、G方から大曽根の空地へ行くまでの経路という単純な事実について何故Aのみ他の少年らと異なる供述をするのか疑問が残るところであり、この点を暫く措くとしても、Aの供述は、右空地に到着した頃はもうすぐ夜が明ける感じであった旨のB・Cの前記供述と矛盾していてたやすく信用できない。
3 Pは、7月22日、Cから、「あの日お前の家から帰った後、八潮中央病院の近くで俺は、Vを見たよ」という話を聞いている。「あの日お前の家から帰った後」とは、CがP方を出たのが同月19日午前0時25分頃であるから、本件事件までの少なくとも2時間位の間であると特定できる。Cはこれを否定するが、Pが虚偽の事実を言う必要はないから、Cの否認供述は虚偽であるといわざるを得ない。
【コメント】
控訴審判決の論述には説得力があるように思われる。
なお、一審判決ではこの点についての言及はない。
ⅩⅡ.一応のまとめ
客観的事実との関連性を一旦離れて自白の信用性を検討したとき、私は、控訴審判決の説示には説得力があるように思う。なるほど供述に変遷は認められるが、任意同行の当日に自白をはじめている点や、否認後にも自分の罪を認めるような言動が見られること、秘密の暴露など、捜査官が強引に少年らに自白させて供述をねじ曲げていったとのみ見ることはできない。
しかし、控訴審判決も認めるように、少なくともBの肛門性交・口淫供述には捜査官(検察官)の誤導の跡がありありと認められ、その部分については信用性を認めることができないのである。ここをとっかかりにして、客観的事実との整合性を見ていったとき、控訴審判決の論理は砂上の楼閣に等しいような感じがする。
なるほど、客観的事実との不整合を一つ一つ取り出して検討した場合、必ずしも自白と矛盾しないという説明は可能であるし、その一つ一つの論証については控訴審判決の論理は説得力がないではない。しかし、膣にも肛門にも性交の跡が見られないこと、口腔内等のどこにも精子・精液が検出されていないこと、コンドームが発見されていないこと、車内からVの痕跡が全く見当たらないことなど、客観的証拠の全体が少年らの無罪方向に傾いている。
しかも、スカートの精液、乳房の唾液、シャツの毛髪は、いずれも、A(分泌型)の第三者の介在を示しているのである。
結論的にいうと、私は、一審判決の論理は基本的に妥当であり、少年らが本件強姦・殺人を行ったというには合理的な疑いが拭いきれず、冤罪であると考えるものである。なお、2点補足しておく。
第一に、少年法には、保護処分(少年院送致)の執行が終わった後の再審ないしこれに準ずるような手続は一切ないということである。一審判決が「被告らが、いわば少年保護事件において認められなかった再審請求をするような形で」原告の主張を争っていると書いている所以である。この点は、早急に少年法改正の必要があるように思われる。
第二に、本件控訴審においては、少年らの親の注意義務(少年らの日常の行動に十分な注意を払い、夜遊び、家出等を行う都度生活指導をしてその行動がエスカレートしないように規制することにより、本件事件を未然に防止すべき義務)を根拠にして、総額4500万円以上の損害賠償義務を認めたことである。これは、あるいは親に酷な判断かもしれない。ことに、現に非行少年を抱えている親はそう思うことだろう。しかし、やはり親には子育てに関して相応の社会的責任があるのであり、この点では控訴審判決の判断は当然のことである。
—–
平成12年2月12日発表
続・草加事件
http://gomafu.hp.infoseek.co.jp/nin/nin01-2.htm
一 はじめに
草加事件とは、昭和60年7月19日、Aら4人(いずれも当時13ないし15歳)が、被害者(当時15歳)を強姦または強制猥褻の目的で車に連れ込み、車中で胸を触るなどした上、北公園で輪姦し、事件の発覚を恐れて東高校裏の道路で殺害して、近くの残土置場に死体を投棄した、とされる事件である。
この事件に関しては、前に、草加事件で、相当詳細に検討して、「結論的にいうと、私は、一審判決の論理は基本的に妥当であり、少年らが本件強姦・殺人 を行ったというには合理的な疑いが拭いきれず、冤罪であると考えるものである。」との結論に至った。
この度、最高裁は、「少年らの自白・・・(について)漫然とその信用性を肯定した原審の判断過程には経験則に反する違法があるといわざるを得」ないと判示して、少年らが少女を強姦した上殺したと認定し、遺族の損害賠償を認めた高裁判決を破棄して、原審に差し戻す判決を下した。
最高裁判決平成12年2月7日がそれである。
最高裁判決も踏まえて、若干の感想などを書いてみたい。
二 事案の概要
Aら4人は、いずれも、シンナー吸引や深夜徘徊、窃盗などの常習犯であった。そうしたところ、「Cが被害者を見た」と友人に話しているとの情報を得た警察が、Aら及び当日行動をともにしていた2人(ただし、強姦・殺人には直接関わっていない)から任意同行の上事情を聞いたところ、3人がその日のうちに犯行を自白した。残りの3人は当初否認していたが、後に自白に転じた。
その後、最終的には6人全員が否認するに至ったが、家庭裁判所は4人全員について犯行を認めて、13歳の少年を教護院送致、その余の3人を少年院送致とした。少年らは抗告(成人事件の控訴に当たるもの)したが、抗告は棄却されている。
被害者の親は、Aら4人の親に対して、監督義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟を提起した。親には、非行を繰り返している子供らを十分に監督して、犯罪を犯さないように注意すべき法律上の義務があるので、にもかかわらず子供が犯罪を犯した場合には、その損害を賠償する義務があるのである。
少年らは、冤罪であると強く主張して争った。少年事件には成人事件での再審に相当する制度がないため、民事事件であるにも関わらず、実質は先の少年審判の当否が再度審理が行われることになった。
一審は、Aらの自白には虚偽・変遷のあとが見られること、自白と客観的な事実と矛盾があることなどを理由に、4人が本件犯行を犯したと認めることはできないとして、損害賠償請求を棄却した。
二審は、逆に、Aらの自白は信用性が高いこと(特に、任意同行後30分程度で犯行を認めたり、少年院送致後も犯行を認めるかのような言動をしている少年がいることを重視)、客観的事実との矛盾もそれなりの説明が付くことなどを理由に、4人が本件犯行を犯したことを人天使、損害賠償請求を認容した(約4500万円)。
これに対し、最高裁判決平成12年2月7日は、二審判決を破棄して、事件を東京高裁に差し戻した。
自白の信用性については、「少年らの最終的自白は、極めて詳細かつ具体的であるばかりでなく、その自白内容は各少年とも大筋において一致し、互いに補強し、補完し合うものである。」と評価する。しかし、反面、「少年らの自白は客観的証拠の裏付けに乏しく、自白内容には変遷が見られ、一部とはいえ虚偽供述が含まれていることは原審の認定判断するところでもあって、その信用性には疑いを入れる余地があ」る。
したがって、「自白を裏付ける客観的証拠があるかどうか、自白と客観的証拠との間に整合性があるかどうかを精査し、さらには、自白がどのような経過でされたか、その過程に捜査官による誤導の介在やその他虚偽供述が混入する事情がないかどうか、自白の内容自体に不自然、不合理とすべき点はないかどうかなどを吟味し、これらを総合考慮」する必要がある。よって、再度、上記の点を審理するために、東京高裁に事件を差し戻す、というわけである。
三 事実認定について
最高裁の判示自体は、前に私が草加事件で検討した内容からして、概ね正当というべきである。
事実認定に関しては、2点だけ補足する。
まず、「Cが犯行に使用したコンドームは、本件犯行前にCが車上狙いで盗んだものであるとの自白があり、調べてみると、確かにCの自白に合致するような窃盗事件があったことが判明した」という点について。
私は、これを秘密の暴露と評価する二審判決を正当と考えていた。しかし、最高裁は、そもそもCが犯行にコンドームを使用したということ自体が証明されていない以上は、秘密の暴露とはなり得ない、と判断している。
これは、最高裁のいうとおりであろう。Cがコンドームを盗んだことは間違いないことであろうが、そうすると、(A)真実そのコンドームを用いて本件犯行に及んだという可能性も、(B)たまたま事件前にコンドームを盗んだことがあったCが、性犯罪の嫌疑を受けて、それを使って性犯罪を犯したと虚偽の自白をしてしまう可能性も、両方あり得るところである。私は、(B)の可能性を見落としていたようであり、ここは自説を撤回したいと思う。
次いで、被害者の乳房から発見されたAB型の唾液について。
被害者はA型で、少年らはB型などであり、関係者にAB型の人間はいない。
二審判決は、A型の被害者の体垢とB型の少年らの唾液(B型の少年B・Cは、被害者の乳房を舐めた旨自白している)とが混じり合ってAB型を呈したのではないかとしていた。
これに対して、最高裁は、理論的にはそのような可能性はありうるが、その可能性は極めて低く、唾液はAB型の人間のものと見るべきである、という常識的な判断を示している。その上で、被害者のスカートに付着した精液、シャツに付着した毛髪がいずれもAB型であることから、AB型の男(=少年ら以外の第三者)が犯行に関与していたとの疑念もある、というところまで踏み込んでいる。
私は、一審・二審判決だけを読んで、A型の体垢とB型の唾液が混じってAB型を呈することもあると思っていたため、「控訴審の判断も、判決で指摘されている証拠を見る限りは、あながち不合理とはいえないであろう。しかし、本件にAB型の血液型の人間が関与している疑いがあるのは事実であり、少なくとも、唾液がB・Cの供述を裏付けるものとはいえないとした一審判決の判断は穏当というべきである。」というレベルに止めておいた。やはり、この点も、二審判決は判断を誤っていると見るべきであろう。
四 裁判官井嶋一友の意見について
私は、井嶋裁判官の少数意見を読んで、結構考えさせられた。
井嶋裁判官は、少年審判事件を通じて提出された証拠関係を元に、一から事実認定をやり直すという一審・二審・最高裁の手法自体が問題であるとする。つまり、民事事件において犯人性を再度審理するにしても、それは、刑事事件の再審事件に準じるような審理に限られ(つまり、少年審判では現われてこなかった新規性・明白性のある証拠があるかどうか)、そうした新規性・明白性のある証拠がない限りは、民事事件においても、少年審判事件での事実認定を前提として判断すべきである、とする。
少年事件については少年事件の手続内において争われるべきで(現に、本件でも抗告審で審理されている)、そこで一定の決着を見た以上は、別手続において軽々にその結果の当否を争わせるべきではない、というわけである。
また、これも井嶋裁判官が論究しているところであるが、刑事事件(少年事件を含む)と民事事件の証明度の違いからして、「刑事事件では有罪なのに、民事事件では無罪」というのは、やはりおかしなことである。
もともと、民事事件では「高度の蓋然性」(=80%の心証)で足り、刑事事件では「合理的な疑いを入れない程度の蓋然性」(=90%の心証)が要求されている。
したがって、刑事事件で無罪となった被告人に対する損害賠償請求事件で、被告人が犯行を行ったと認定することは、別に矛盾ではない。85%の心証しか得られなかったから刑事事件では無罪となったが、85%の心証が得られれば民事事件では真実と認めていいからである。「無罪」とは、別に「真実その被告人が犯罪を犯していない」という意味ではなく、単に「その被告人について合理的な疑いを入れない程度の証明がされなかった」というに過ぎない。
これに対して、刑事事件で90%の心証が得られたのであれば、民事事件でも当然真実と認めていい「高度の蓋然性」が認められなければならない。もちろん、刑事事件と民事事件とでは裁判官が異なるから、異なる判断がされること自体は問題がない。しかし、同一の証拠関係を前提とすると、民事事件で真実と認められないというのは、要は80%未満の心証しかとれなかったというわけであるから、80%未満の心証しかとれない証拠関係で刑事事件では有罪認定をしてしまったことになる。つまり、刑事事件での判決が誤りだったといわざるを得ないのである。そうすると、刑事事件での裁判の誤りを、これとは別手続の民事事件で扱っていいものか、という疑問も生じる。
再審に準じた新規性・明白性のある証拠がない限りは、民事事件においては刑事事件での有罪認定を前提として判断すべきであるという井嶋裁判官の意見は、非常に説得力があるように思われる。
この点、多数意見(刑事事件と同一の証拠関係で再度審理をやり直すことを前提としている)の側から反論がなかったのは、どうしてだろうか?
五 結論
私も、少年事件での事実認定としては、草加事件で論じたとおり、少年たちは無罪(非行なし不処分)であると考えている。
しかし、今回、井嶋裁判官の意見に接して考え直してみると、民事事件としての事実認定においても同様に考えていいかどうかという問題がある。一つには少年事件での事実認定を(新証拠がない限りは)前提とすべきではないかという問題と、もう一つは、一般論としては低い証明度で事実認定をすることが許されている民事事件では少年事件での(あるべき)事実認定とは異なる認定がされていいのではないかという問題である。
さて、今回の最高裁判決の「破棄・差戻」については、ある程度批判的な論調が強かったように思われる。少年たちの犯行を認める主要な証拠に疑問がある以上は、最高裁において請求棄却をして、冤罪に苦しむ少年たちを裁判から解放すべきである、というのである。
これは、全くナンセンスであろう。
本件で争われているのは、直接には少年たちが有罪か無罪かではない。被害者の親に損害賠償請求権があるか否かである。最高裁において破棄自判(=請求棄却)すべきだというのは、一方では少年たちの「人権」を保護する見解ではあるが、他方では被害者の親の「人権」(財産権)を不当に害することになる。
いわゆる冤罪事件の少なからぬものについて常々思うのであるが、少年たちは確かに本件犯行は犯していないかもしれないが、もともとシンナー吸入や窃盗の常習犯だったのであり、本件犯行では無罪でも少年院送致が相当だっただろうと思われるのである。「無垢な少年たちが、警察の不当捜査によって苦しめられた」というイメージとは、全く異なる。確かに少年審判で有罪認定されたというのは、私も冤罪であるとは思うが、それもこれも、元はといえば自分たちの平素の行いが悪かったためにあらぬ疑いをかけられたという意味で、ある種自業自得であろう。
最高裁も指摘するとおり、「少年らの自白は極めて詳細かつ具体的である上、大筋において一致している。そして、本件事件のころC男らがコンドームを所持していたとの点については客観的証拠によって裏付けられていること(これが秘密の暴露に当たらないことは前記四2(一)のとおりである。)、前記三4のとおり、自白中に、いかにも犯行中に実感したと思わせるような供述(もっとも、必ずしも実際に体験した者でなければ供述できないほどの特異な行動や気持ちを示したものとまではいえない。)が見られ、否認に転じた後の供述にも、思わず真実を述べたと思わせるような供述等が存在すること、少年らの主張するアリバイの成立について疑問があることなどは、原審の指摘するとおりであり、そのほかにも、少年らの自白の信用性の肯定につながる事情も存在する。」のである。
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立教大学大学院法務研究科
荒木伸怡教授
荒木のホームページ
草加事件について
AB型三物証の意義 弁護士神山啓史
http://www.rikkyo.ac.jp/univ/araki/naraki/shirase/houdai/kbkamiyama.htm
少年たちは、被害者に暴行し、殺害した犯人ではありません。
そのことは、遺体等に残された客観的証拠が何よりも明らかにしています。
一、本件には、少年たちの自白調書が存在しますが、過去の最高裁判例は、事実認定をする際、まず自白を除く客観的証拠で犯行と被告人とを結びつけることができる かどうかを検討せよ、と説いています。
本件では、遺体にも遺体発見現場にも、多くの客観的証拠が残されていました。
本件は、客観的証拠の豊富な事件だったのです。にもかかわらず、少年たちとの結 びつきを示すものは何一つありませんでした。自白の信用性については別に述べますが、まずこのことを前提として、自白の信用性を慎重に評価することが不可欠になります。
無実を主張し、自白の信用性が争われている事件は多くありますが、それらは、客観的証拠では犯行と被告人とを結びつけるものがない、あるいは被告人が犯人であることと矛盾しない、そして自白が存在するという証拠構造になっています。
ところが本件は、そのような事件とは全く異なる証拠構造を持っているのです。
本件では、遺体に残された客観的証拠が、そもそも少年たちのものとは矛盾しているのです。
被害者は非分泌型A型です。
被害者のスカートにはAB型の精液が付着し、両乳房にはAB型の唾液が付着し、シャツにはAB型の毛髪が付着していました。
常識的に考えて、AB型の人物が犯行に関与している、と考えない人はいないと思います。少年たちは逮捕直後に血液型を調べられています。このことは捜査機関もまた血液型を重要視していたことを示しています。
しかるに、少年たちはB型とO型だけです。これだけでも、少年たちが犯人でないことは明白だと思います。
二、ところが、原判決は、
精液と毛髪は、犯行時に付着したものとは限らない
唾液のAB型は、被害者の体垢(A型)と少年の唾液(B型)が混合した可能性がある
と判断をし、少年たちを犯人であると認定しました。
まず、スカートに付着している精液が犯行時に付着したものとは限らない、という認定は全く不合理です。
第一に、犯行に出会うまで被害者がスカートに精液を付着させたまま生活していたとは常識的に考えられません。
第二に、犯行時以前にスカートに精液が付着したことをうかがわせる具体的事実を、原判決は全く摘示していません。原判決は抽象的可能性を言っているにすぎません。
原判決の認定のおかしさは、逆を考えればよくわかります。
仮に、精液がB型で少年たちと一致していたとした場合、弁護人が、「犯行時とは別の機会に付着した可能性もある」と主張して、裁判官がとりあげてくれるでしょうか。少なくとも、原判決のような杜撰な主張では、一顧だにされないと思います。
三、唾液のAB型について、A型とB型の混合だという認定も、明らかに法医学に反したものです。
田嶋技官の血液型鑑定は、
吸収試験 AB型
解離試験 AB型
というものです。
採取された唾液斑の中に、被害者の体垢と唾液が混合することがあったとしても、体垢に含まれている血液型物質の量は、唾液に含まれている血液型物質の量に比べて圧倒的に少なく、吸収試験で、体垢に含まれている血液型が反応することはあり得ません。
そのことは、一審における、田嶋技官及び内藤教授の証言によって十分に明らかになったところです。それにもかかわらず、原判決は、科学を無視し誤った認定をしました。
私たちは、裁判官の目を覚まさせるには実証するしかないと考えました。
実際に、非分泌型A型の人物の皮膚を、分泌型B型の人物が舐め、付着した唾液を採取して血液型を調べる実験を行いました。
その結果は、前田鑑定として提出したとおりです。
合計六一検体、一つとして、吸収試験の結果AB型を示したものはありませ
んでした。
この結果は、できるだけ垢を混在させるように、唾液斑を綿棒でごしごしこするように採取しても変わりませんでした。
吸収試験でAB型を示していることは、唾液そのものの血液型がAB型であることを示しているのです。原判決の認定は法医学上客観的に誤りです。
四、唾液がAB型であるということは、精液・唾液・毛髪の三つが同じAB型を示しているという事実をあらためて呈示します。もはや裁判官もこの事実から目をそらすことはできないはずです。遺体に残された三つのAB型の客観的証拠は、真犯人がAB型の人物であることをはっきりと示しています。そしてそれは少年たちではあり得ないのです。
被害者は、無惨な遺体をさらし、真犯人を告発していたのだと思います。
「真犯人はAB型の人です。少年たちではありません」と。
原判決は、被害者の文字どおり命とひきかえの訴えを踏みにじったのです。
最高裁判所は、この被害者の訴えを素直に聞いていただきたいと思います。
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自白内容と客観的証拠のいずれを重視すべきか
こみち183号1995年2月
http://www.rikkyo.ac.jp/univ/araki/naraki/gyouseki/mini/souka.htm
「『原判決を取り消す』という裁判長の言葉に一瞬頭の中が真っ白になり、あとは裁判官達をにらみつけていた」。昨年の11月30日午後、草加事件の民事控訴審判決が言い渡された東京高裁の809号法廷から退出してきた主任弁護人は私に、怒りを押し殺しつつこのように語っていた。
草加事件とは、85年7月に中学3年女子の死体が残土置場で発見された事件である。後に逮捕された少年5名は、捜査過程では自白させられたものの、審判廷では犯行を否認していた。しかし、浦和家裁は少年達を強姦致死などで初等・中等少年院送致の保護処分とし、この処分が東京高裁の抗告審・最高裁の再抗告審でも是認されてしまっている。
少年達は再審を3回請求したものの、事実上の再審を認めた柏の少女殺し事件の最高裁判例に従い、少年審判にこの再審が許されるのは保護処分の継続中のみであるとして、3回とも棄却されてしまった。
その間に被害者の親が、少年達の親を相手に、損害賠償請求訴訟を起こした。しかし、浦和地裁は93年3月に、犯人は少年達ではないと認定して、その請求を棄却した。後述のように事実認定をきちんと行っているこの判例に接して、当時私はこのように考えていた。すなわち、「いわゆる刑事裁判と民事裁判とで異なる事実認定が併存する事態を解消するには、少年審判にも再審制度を創設するしかない。高裁または最高裁が判決の傍論中で再審制度創設の必要性を述べ、いわゆる少年保障法の場合と同様に立法の機運が盛り上がるに違いない。草加事件は、再審が認められなかった最後の著名事件となるであろう」と。ところが、最高裁を窮地に立たせないという意図があったのであろうか、私の予測に反して浦和地裁の判決を覆し、少年達が犯人であると認定して、少年達の親に損害賠償を命じたのが、今回の判決なのである。
冤罪であると争っている少年達の親に対して、東京高裁が支払いを命じた金額は、損害賠償と遅延利息を合わせて約7000万円。しかも、仮執行宣言付きなので、少なくとも数千万円を即時に用意しないとその執行を止められない。また、この逆転判決を出したのは高裁なので、少年達の親に残された道は、もう最高裁への上告のみしかない。冤罪であったと今では確認されている八海事件を描いた「真昼の暗黒」という映画の中で、広島高裁でも死刑判決を是認された阿藤周平被告人が「まだ最高裁がある」と叫ぶシーンを、私は思い出してしまうのである。
草加事件は、客観的証拠の豊富な事件である。例えば、被害者のスカートから6カ所、AB型の精液が検出されている。被害者の乳房から脱脂綿で拭き取って採取した唾液も、AB型である。更に、被害者のシャツ後面に付着していた毛髪も、AB型である(いわゆるAB型3点セット)。他方、被害者はA型であり、少年達はB型とO型のみ。常識的に考えれば、加害者すなわち真犯人はAB型の第三者であり、自白をさせられた少年達は無関係である。
少年達を犯人とする証拠は、捜査過程における自白以外にはない。すなわち、被害者を乗せていたとされる自動車内からも、被害者の痕跡は全く発見されていない。しかも、例えば犯行現場や殺害態様等々につき自白の変遷が著しい。更に、例えばコンクリートの敷石の投棄と被害者の傷の程度やシャツの置かれていた位置等々についても、自白の内容は客観的事実と矛盾・抵触している。
共通なこれらの証拠に基づいて行われたにもかかわらず、裁判所により認定された事実は正反対であった。すなわち、損害賠償請求を棄却した浦和地裁は、客観的証拠を捜査過程における自白よりも尊重し、それらの証拠により認定できる事実をまず確定した上で、自白の証明力の評価を行った。その結果、自白のほとんどには信用性がなく(司法研修所編『自白の信用性ー被告人と犯行との結び付きが争われた事例を中心としてー』(91年)法曹会参照)、少年達は犯人ではないと認定した。
これに対して、少年審判、抗告審、再抗告審、および、今回の判決は、このような自白を原則として信用し、自白に基づいて少年達を犯人と認定した。例えば今回の判決は、客観的証拠について次のように扱っている。すなわち、自白内容と客観的証拠との矛盾が100%明白であり、自白内容の虚偽性を否定し難い事項についてのみは、取調べ官による「誤導」があったとして信用性を否定した。ところが、精液については「別の機会に付着したものと推認することも可能である」として、毛髪については「関係ない機会に付着することも考え得る」として、唾液については「体垢と混合してAB型を示した可能性が否定できない」として、自白内容と矛盾しないとしているのである。
このように、自白内容との矛盾が100%ではないという論理により客観的証拠の証明力を否定し、自白内容に信用性ありとするのでは、捜査過程において客観的証拠から犯人像を絞り込む必要は全くなくなる。前科・前歴があるなどあやしげな者を取り調べて自白させさえすれば、その者が犯人であることになってしまう。
多くの冤罪事件から明らかなように、十分な判断力を備えている筈の大人であっても、厳しい取り調べを受けると身に覚えのない犯罪の自白をしてしまう。まして防禦力の弱い少年であれば、容易に自白をさせることができる。それ故に憲法38条3項は、誤判の発生を予防すべく自白の証明力に制限を加えているのである。
今回の判決が採っているのは、誤判を最も生み出しやすい事実認定方法であり、憲法のこの条文や同31条の保障する適正手続に違反している。また、草加事件のこのような判決を見逃してしまうと、もしも私達自身が警察に目を付けられ、取り調べに耐えられず身に覚えのない犯罪を自白させられたが最後、たとえ後に自白を覆しても、刑罰や保護処分を受けさせられ、かつ、損害賠償をも支払わされることとなるのである。なお、はしくれにすぎないとはいえ刑事法学の専門家である私にも、取り調べに耐え抜く自信はない。
今回の判決を契機に、山形の明倫中事件で冤罪であると争い続けているD・E・F・G少年の親に対しても、被害者Kの親から民事裁判が起こされそうに思われ(冷静な記述に徹しようとしている、朝日新聞山形支局著『マット死事件ー見えない”いじめ”の構図』(94年)太郎次郎社参照)、草加事件の二の舞となってしまいそうな予感もある。
草加事件も山形の明倫中事件も、被害者とその親には誠にお気の毒である。
しかし、恨みに思うべき相手は少年達やその親なのではなく、憲法・刑事訴訟法・犯罪捜査規範・少年警察活動要綱などを遵守せずに、真犯人を逃してしまった警察および検察官であり、また、そのような捜査の結果を是認してしまうこともある裁判所なのである。
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証明力評価に関する一考察
http://www.rikkyo.ne.jp/~araki/chikanenzai/shiryou/takakubo.htm
一 はじめに
二 従前の議論
三 論理法則と経験則
四 証拠の証明力評価
五 おわりに
一.はじめに
冤罪・誤判を防止するために、刑事手続に関わる多種多様な項目について、解釈論・制度論・運用論などにわたり、実務家および研究者から、さまざまな提言がなされてきている。研究者の一人として私も、さまざまな提言を行ってきた(1) 。他の提言と比較して私の提言に特色があるとすれば、それは私が経験法学の方法論を、刑事法学の分野においても採り入れようと努め続けていることに由来するであろう。
冤罪・誤判の防止と並んで、刑事手続を迅速かつ適正に進行させることも大切であり、私は当然にこれらをも視野に入れつつ、調査研究を進めてきている。しかし、この点が視野から外れているのではないかと思われる提言も少なくないようであり、裁判官・検察官による提言内容と正面から衝突している場合もあるように見受けられる。このような場合に裁判官・検察官は、冤罪・誤判の防止に関わるその提言内容を全面的に否定してしまいがちである。だが、冤罪・誤判の発生を望ましいものと考えているのでない限り、わが国の刑事司法制度の改革・改善のために、採り入れうる点は採り入れつつ、否定すべき点のみを否定することが必要であろう。
冤罪・誤判を生み出さないためには、例えば強制拷問による虚偽自白の内容に引きずられなくて済むとの意味で、自白の任意性など証拠能力の制限も有効な筈である。しかし、判例は原則として虚偽排除説を採っていて、証拠能力の制限を緩やかに運用して証明力の判断に進んでおり、当該自白内容を信用できないと判断したときに初めて、ひるがえって証拠能力が無いと判断していることが少なくない。
このような法運用を生んでいる要因や運用の是非などは、それ自体が要検討・解明課題の一つである(2) 。だが、事実認定の問題である冤罪・誤判の防止との関わりは、いわば規範の問題である証拠能力の有無とよりも、事実の問題である証明力の有無・大小との方が、より直接的である。それ故本稿では、証拠能力についてはさておき、証明力についてのみ検討することとする。
二.従前の議論
刑事訴訟法三一八条は「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」と規定して、自由心証主義を採ることを明言している。自由心証主義と法定証拠主義とを対比すれば、証拠の証明力の判断を裁判官に委ねる自由心証主義の方が、人格権の尊重・契約の自由・所有権の絶対性・過失責任の原則など、理性的な判断者を想定している近代法の基本原理に合致する。しかし、証拠の証明力の判断を全面的に判断者に委ねてしまうのでは、恣意的な判断がなされて冤罪・誤判を生じてしまう恐れがある。それ故、自由心証主義の例外および心証形成への制約について、論じられてきているのである。
自由心証主義に対する明文上の例外は、憲法三八条三項の「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」という規定、および、刑事訴訟法三一九条二項の「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない」という規定である。
これらの規定が設けられている理由は、自白を偏重することによる冤罪・誤判の発生を防止することであり、この理由に関する限り、その表面上は、判例上も学説上も異論はない。しかし、これらの規定の解釈や運用においては、冤罪・誤判の発生防止に役立たないばかりでなく、かえってその発生を促してしまいかねないのが、判例や学説の現状であると私は考えている。幾つか例を挙げよう。
憲法の公布・施行より後に制定・施行された刑事訴訟法に「公判廷における自白であると否とを問わず」という文言が入っている理由は、憲法規定の解釈として最高裁判所が、公判廷における自白には補強証拠を要しないという判断を示したため(3) 、この点を否定すべく付け加えられたことのようである(4)。公判廷における自白には補強証拠を要しないとする最高裁の判断は、裁判官の面前における供述についてであれば、裁判官はその供述内容の真偽を見抜きうることを前提としている。しかし、この前提は、神である天皇陛下の代理人である裁判官の判断には誤りはありえないという「神話」でしかない。公判廷における自白は、捜査過程で自白を強いられ、それに抗しきれずに自白して犯人の役柄を担い始め、その役柄を果たし続けて来た被告人が、公判廷においてもその役柄を果たし続けているにすぎないのかも知れないのである。
自白に補強証拠を要する範囲について、罪体の重要部分であり、かつ、罪体には被告人と犯人との同一性を含まないとするのが、判例・多数説である。すなわち、被告人を有罪と認定するためには最低限、捜査過程において作成された被疑者の供述録取書(自白調書)の他に、窃盗罪であれば何者かに盗まれたという被害届けがあれば良く、殺人罪であれば、故意の証明を自白調書に譲りうる場合には、被害者の死亡およびその死因が他殺である証拠があれば良いのであって、後は事実認定者がそれらによって確信の心証を形成したか否かによることとなる。しかし、録取されている供述内容がたとえ迫真性に富んでいるとしても、所詮は取調官が書き取った供述録取書でしかない自白調書の存在のみから被告人が真犯人であると断定するのでは、冤罪・誤判を発生させる恐れが大きい。
そこで、供述の時点では捜査機関にとり未知であり、かつ、真犯人でなければ知りえない事項が録取された供述内容中に含まれている「秘密の暴露」があれば、被告人が犯人であることに間違いなく、また、その供述内容に信用性ありと扱われている。しかし、例えば「幸浦事件」のように、たとえ自白調書に記された場所から死体が発見されたとしても、捜査機関にとり未知であったとは限らず、真犯人でなければ知りえない事項ではないこともある。供述録取書には、取調べの日付と場所が記されているものの、時刻の記載はないので、その供述がなされた時刻は不明である。また、検察官が弁護人に開示して法廷に提出する証拠は、効率良く有罪を立証するために取捨選択した後の証拠でしかないので、たとえそれらを日付順に並べ替えてみても、捜査の進行状況の詳細までは判明しない。しかも、たとえ真犯人でなくとも、捜査の進行状況の大筋などをマスコミや口コミを通じて知りうることが少なくない。したがって、よほど典型的な例を除いて、被疑者の取調べ状況の可視性が極めて低い現状を改善しない限り、「秘密の暴露」に該当すると判断可能な供述はほぼありえないと考えるべきであり、「秘密の暴露」という用語が一人歩きして安直に使われてしまっている現状(5) を改めるべきであろう。
自白偏重による冤罪・誤判の発生を防止すべく刑事訴訟法三〇一条は、「第三百二十二条[被告人の供述書または供述録取書]及び第三百二十四条第一項[被告人の供述を内容とする他人の公判準備または公判廷における供述]の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない」と規定している。ところがこの規定について、証拠調べの順序を規定しているにすぎないとしか解していない学説が少なくない。しかし、自白調書でない証拠を先ず取り調べよという規定は、先ずそれらにより心証を形成してから自白調書を取り調べよという規定である。したがって、自白調書でない証拠から先ず形成すべき心証の程度が問題とならざるをえないのであり、冤罪・誤判の防止のために、何人かの犯罪により結果が発生したことについては証拠の優越程度、被告人と犯人との同一性については一応の証明程度の心証が、補強証拠のみによりまず形成されなければならないと、私は考えている(6)。
共犯者の供述を「共犯者の自白」と呼び、補強証拠を要する自白には共犯者の自白を含むと解する学説がある(7) 。しかし、共犯者の供述の有する冤罪・誤判の危険性は、犯人でない者を犯人とし、かつ、中心人物に仕立てる「ひっぱり込みの危険」であるから、被告人と犯人との同一性につき補強証拠を不要としたままにこのように解しても、冤罪・誤判防止の効果がありうるかは疑わしい。これに対して判例は、共犯者の供述を証拠能力の有無のみが問題となり、証明力の判断には制約の無い独立の証拠と扱っており、論理的には筋が通っている。とは言え、ひっぱり込みの危険にも対処せざるをえない。そこで、八海事件の第三次上告審判決は全員一致で、共犯者の供述にはひっぱり込みの危険があることを明示し、吉岡供述を除いては、阿藤らが犯人であることについての証拠が存在しないことを指摘した(8) 。すなわち、小法廷判決であるものの最高裁判所は、「ひっぱり込みの危険」に対処するための事実認定の法則を正面から判示したのであり、冤罪・誤判の防止のために画期的な判示内容であった。
ところが、その後の判例は、共犯者の供述の有する「ひっぱり込みの危険」に、正面から対処することを止めてしまっているように思われる。また、学説においても、八海事件の第三次上告審判決の意義を正面から認めて補強証拠に関する理論を発展させようとしている者は、未だ少数のままでしかない。ただし、司法研修所は「共犯者の供述の信用性」に関する司法研究員報告を編集・出版しており(9) 、この点に関する裁判官教育の必要性・重要性を認識していると思われる。
自白の証明力の評価については、「任意性のある自白の信用性がたやすく否定されるものではない」としている「直観的主観的手法」と、「自白の内容を客観的証拠を重視して吟味する」「分析的客観的手法」とが対比されており、「自白の信用性の評価という点では、冤罪を防ぐという実践的な法技術の意味で、分析的客観的手法が、直観的主観的手法よりも優れた方法であることは明らかである」と主張されている(10)。また、司法研修所は「自白の信用性」に関する事実認定教材をも編集・出版している(11)。私は、自白を信用してしまいがちな裁判官を対象として、その心証形成を制約しようとするこのような学説内容や裁判所による努力の必要性・重要性を、否定するものではない。しかし、裁判官が自白を安易に信用してしまいがちであること自体を制約する必要もあると、私は考えている。
自由心証主義の下で裁判官が形成すべき心証の程度について、刑事裁判においては「疑わしきは被告人の利益に」の原則ないし「無罪の推定」の原則があり、合理的な疑いを容れない程度の高度な心証ないし確信の心証が形成されない限り、被告人を有罪と認定してはならないとされている。しかし、このような制約の付し方には、事実認定者である裁判官の心構え論として以上の効果を期待し難い。何故なら、被疑者段階において作成された自白調書である供述録取書と現場遺留物証が指し示す犯人像とが矛盾する事案において裁判官が、現場遺留物証よりも自白調書を信用し、それにより確信の心証を形成しえたとして有罪判決を下した場合にすら、そのような事実認定を制約不可能だからである。
しかも、現場遺留三物証の血液型がAB型であるにもかかわらず、B型およびO型のみである元少年達が犯人ではありえないと認定して破棄差戻しとした草加事件最高裁判決について、それが民事事件の判決であることを捉えて、「非行(犯罪)事実を認定する少年審判においては『合理的な疑いを超える証明』(確信、九〇%以上の確かさ)が充足された筈であるのに、『証拠の優越』(五一%の証明)で足りる民事裁判において少年審判の結論が覆される事態が生じた」(12)、「草加事件の少年審判は適法に確定し、終了した。民事裁判で別の結論が出されても、現行法制度上は、民事訴訟で原告が敗訴したことを意味するだけであろう」(13)と述べることにより、自白を偏重した恣意的な心証形成を制約しようとするのではなく、かえってそれを推奨しようとする刑事訴訟法研究者まで存在しているのが、わが国の現状である。
しかし、「合理的な疑いを超える証明」ないし「確信の心証」という用語は、実務および学説において、被告人を有罪と認定するには限りなく一〇〇%に近い心証が必要だという意味で用いられている。また、たとえ民事訴訟であっても、請求原因の有無自体が正面から争われている事案において裁判所は、「証拠の優越」ではなく「確信の心証」ないしそれに極めて近い心証により、判断している。そして、これらも同時に、わが国の現状なのである。
自由心証主義が恣意的な事実認定を許すことになってしまわぬよう、「論理法則」や「経験則」に反する事実認定は許されず、合理的心証形成でなければならないと述べる教科書が少なくない(14)。事実認定に際して従うべき規範の一つとして「論理法則」や「経験則」を想定しうるとすれば、それに反する事実認定が行われた場合には刑事訴訟法三七九条に規定されている「訴訟手続の法令違反」となるので、相対的控訴理由の一つとなることとなる。それ故、恣意的な事実認定を制約するためには、自由心証主義に対する制約は補強法則のみであると主張するよりも、「論理法則」や「経験則」という制約も存在すると主張することの方が望ましい。しかし、これらの内容に具体性を持たせているのでなければ、単なる建前論や心構え論にすぎない効果しか有しえないであろう。
三.論理法則と経験則
まず、「論理法則」を裁判規範と扱うことについて。私自身は大学における一般教育科目の一つとして「論理学」を履修し、記号論理学の入門程度までは学んだ経験がある。しかし、司法研修所を含む教室でまたは自習により、論理学を学んだ法曹、とりわけ裁判官が、多くいるとは思われない。その結果、たとえ論理法則を制約の一つと解しても、大前提である要件・効果、小前提である本件事実、結論である当該判決という、いわゆる法律三段論法に従うという論理法則のみを、裁判官に要求することにしかならない。しかし、証明力評価との関連で関わりがあるのは、要件・効果をそのように解するに至る論理や、本件事実をそのように捉える論理である。すなわち、法律三段論法に従っていることは、冤罪・誤判を生み出しにくい判決の必要条件の一つではあるものの、その十分条件ではないのである。
次に、「経験則」を裁判規範と扱うことについて。「経験則」に反する事実認定は許されず「訴訟手続の法令違反」となるという、主張の意図は理解できるし共感もできる。しかし、それと同時に、「経験則」という用語の意味内容やそれが実際に果たしている機能をも、問い直して見る必要があると思われる。
まず例をあげよう。1)死刑になるかも知れない事件であるのに短時間の取り調べで自白してしまっているのだから、被告人は真犯人であるに違いないという判断は、短時間の自白という事実に対して、冤罪者は自白せず否認を貫くものであるという「経験則」を適用して導き出されている。また、2)たとえ捜査段階における自白を重視していても、それは自白内容の真実性を確認済だからなのであって、検察官の主張・立証の内容は正しいという「経験則」があり、それと矛盾する物証などには偽造の疑いなどがあるし、それと矛盾する公判廷での被告人の否認供述は虚偽である可能性が高い。更に、既に前述したが、3)自白調書の証明力評価は、その「経験則」上、主観的・直観的に行うべきでなく、客観的・分析的に行うべきである。
これら三例に示した内容は、「経験則」であるのか否か。もしも「経験則」という用語を、経験諸科学の調査研究により見出された法則という意味で使うのであれば、3)の使い方をも含めて、いずれの例も経験則を適用しての判断であるとは言い難いと、私は考えている。1)の使い方では、客観的な調査結果による裏付けを欠いており、判断者の単なる思い込みにすぎない法則を、「経験則」と呼んでいる。自白することにより生じる利害得失を判断して行動を選択する筈である「市民」を想定するのであれば、このような法則が成り立ちうるのかも知れない。そして、例えばベッカリーアが「犯罪と刑罰」において展開した立論内容は、それを前提としている。しかし、無実の者でも自白させられ、いわゆる自白調書を作成されることがあり、死刑判決が予測される事案においても同様であることが、冤罪・誤判事例の検討から明らかになってきている。しかも、無実の者が取調べにより自白に至り、かつ、それを維持しその内容を詳細にして行くメカニズムも解明されているのが現状である(15)。すなわち、1)のような判断を「経験則」による判断と考えることは、判断者の無知をさらけ出す以外のなにものでもなく、しかもその効果は、冤罪による死刑執行にも至りうるのである。
2)の使い方について、自白事件をも公判廷の審理により扱っているわが国の裁判官は、九九・九%以上の事件において、法廷において検察官が行う自白を重視した主張・立証内容は正しいという経験を積んでいる。しかし、否認事件、それも裁定合議の否認事件に限定すれば、検察官がそれを信用している捜査段階における自白が虚偽である比率はかなり高くなる。すなわち、捜査段階における自白を重視した検察官の主張・立証は信用できるという「経験則」があると考えるのは間違いであり、自白事件と否認事件とを区別せず、かつ、当該裁判官個人の経験のみを前提としているが故に、裁判官に生じている錯覚にすぎないのである。捜査段階で録取された自白内容と矛盾する物証の方が偽造である事案も、ありえない訳ではない。だが、わが国における被疑者の取調べ過程はその可視性が極端に低いのであるから、物証と矛盾する自白内容の方が虚偽であることが多いであろう。
3)の使い方は、自白偏重による冤罪・誤判事例の経験を踏まえて、その発生を防止すべく裁判官の間で伝承されてきたという自白内容の証明力評価方法を、「経験則」と呼んでいる。しかし、自白内容の証明力評価方法を重視するのは、直接証拠と呼ばれる自白を、間接証拠と呼ばれる物証などより重視しているからではなかろうか。すなわち、科学的な思考方法を採るのであれば、分析的客観的手法と呼ばれている内容のうち、たとえ間接証拠と呼ばれていようと客観的な証拠である現場遺留物証などと矛盾する内容の自白調書に証明力のありよう筈はなく、自白調書の分析を更に行う必要はないのである。なお、この意味で証明力のありよう筈のない自白調書について、直観的主観的に証明力ありと判断することは、科学的な思考方法と明白に矛盾するのである。
犯行状況などについて、客観的な証拠により再現可能な範囲は自ずと限定されざるをえない。捜査段階で録取された自白調書や公判廷における否認供述の証明力評価が問題になりうるのは、その範囲内で、すなわち、自白調書の他に証拠がない部分についてである。この点に関連して、被告人と犯人との同一性について、たとえこのような事案であっても、何の補強証拠もないままの積極的な認定が許されるべきでないと前述した。しかし、冤罪・誤判の防止をと述べる研究者が多いにもかかわらず、残念なことに私見は少数説でしかない。それ故、私見によれば起こりえない事態である、捜査段階で録取された多数の自白調書のみから、被告人と犯人との同一性を認定する方法についても、本稿で論及しておかざるをえないと思われる。
このように考えてくると、自由心証主義の下ではあっても恣意的な事実認定を許さぬことを目的として用いられている「論理法則」や「経験則」という用語が、その目的に叶う機能を十分に果たしているとは思われない。とりわけ、「経験則」という用語は、それを裁判官が用いることにより、恣意的な事実認定を隠蔽したり正当化したりすることすらありうる用語である。そして、もしもこのような事態を生じた際に、たとえそれを「訴訟手続の法令違反」として控訴しえるとしても控訴審において、法令としての効力を有するのは裁判官が適用した「経験則」と控訴人が主張する「経験則」とのいずれであるのか、いや第三の「経験則」があるのかという論争が起きてしまうであろう。
経験諸科学の調査研究により見出された法則という意味で「経験則」という用語を用いるという共通理解が法律家の間に存在せず、各人がそれぞれの思いを込めてこの用語を用いているのが現状であるから、法解釈の場合と同様にその決着は、控訴審の裁判官の有する価値観により付けられることになる。すなわち、もしも弁護人が経験諸科学の調査研究により見出された法則という意味での「経験則」を示したとしても、控訴審の裁判官がそれに全く理解を示さず、自分の価値観に基づいて選択した「経験則」により結論を出すこともありうるのである。その結果、恣意的な事実認定を制約すべく研究者が教科書等に「経験則に反してはならない」旨を記述しても、ほとんど実効性が無いのである。
私は、このような状態に至ってしまっている理由の一つは、「経験則」という用語が経験諸科学の発生・発達前から、法律家の間で用いられてきた用語であり、いわゆる手垢にまみれた用語となってしまっていることだと考えている。それ故、現状に対して、新たな造語により対応することも考えられない訳ではない。しかし、経験諸科学の発達やその調査研究成果の蓄積を横目でにらむとき、証拠の証明力評価なり心証形成なりについて、従前の発想を転換すべき時期に、そろそろ差しかかっているのではないかと思われる。
四.証拠の証明力評価
証拠の証明力評価についてはこれまで、挙証責任の問題と絡めつつ、確信の心証・蓋然的心証・証拠の優越・一応の証明などの用語を用いて説明されてきた。すなわち、事実認定の役割を担う者が両当事者の攻撃・防御を観察して抱いた心証の程度が、例えば、確信の心証に至れば有罪・そうでなければ無罪という論理と共に、論じられて来た。また、陪審制度の下で、有罪評決には全員一致が必要か、多数決で良いのかの論議も、その論じられ方としては、抱くべき心証の程度に関する論議とほぼ同一である。
証拠の証明力の有無・程度を、事実認定の役割を担う者が抱いた心証の程度により決めることは、合理的でありかつ説得力を有するであろうか。「少年達の自白調書があり、その内容により確信の心証を抱いたので、犯人は少年達である。少年達の血液型がB型およびO型であり、他方、現場遺留三物証が血液型AB型で分泌型を示していることは、少年達が犯人であることと矛盾しない。精液と毛髪は別の機会に着いた可能性がある。唾液は被害者の体垢と混合してAB型を呈している。」草加事件の抗告審および民事控訴審が採るこのような論理に、合理性および説得力があると思えないのは決して私のみではあるまい。では何故、合理性および説得力が無いのであろうか。
思うに、供述証拠であれ非供述証拠であれ、直接証拠であれ間接証拠であれ、それぞれの証拠は証明力の有無・大小を具有しているのである。それ故、事実認定の役割を担っている裁判官がそれを無視して証明力の有無・大小を恣意的に決めることを許しては、過去に起きた一回的犯罪事実の解明を妨げ、冤罪・誤判を生み出すであろう。また、経験諸科学により既に解明されている法則を無視しつつ恣意的な法則を創出して判断することについても、同様である。
草加事件における現場遺留AB型三物証は、血液型AB型で分泌型の犯人像を示している。精液と毛髪が別の機会に着いた可能性があるとは、これらは証拠として自然的関連性を有しない、すなわち、精液と毛髪にはそもそも証拠能力が無いという判断である。しかし、処女膜が現存している中学三年生の被害者が、スカートの内側に血液型AB型で分泌型の精液を付着させるような関係を持ち、その後そのスカートを身に付け続けたままに行動して、更に血液型がB型およびO型の少年達から強姦未遂および殺人の被害を受けたという事実を裁判所が認定している根拠は、捜査段階における少年達の自白は信用出来るという判断のみである。
形式論上は、裁判所が行ったのは捜査段階における少年達の自白に基づく判断なのであるから、刑事訴訟法三一七条の証拠裁判主義には反しない。しかし、スカートの内側の精液が別の機会に付いた可能性があるという部分の事実認定は、証拠裁判主義に反して何の証拠も無いままに行われており、かつ、そのような事態が生じる確率が低過ぎて、内容的にもあまりにも非常識な事実認定である。血液型がAB型の毛髪については、別の機会についた可能性もありえない訳ではないものの、犯人の毛髪が抜けて被害者のブラウスの上に落ちていたと考える方が自然である。
被害者の乳房から唾液を採取する際に、被害者の体垢が唾液に混じることはありうる。しかし、採取した唾液の分析に際して、そのような事態をも前提にした法医学上の法則をあてはめ、唾液自体がAB型を示しているというのが検査技師の判定であり、その後に行われた法医学者による鑑定結果である。少年達の無実を明らかに示しているこの事実について、体垢中のA型の血液型物質がB型で分泌型の唾液と混合するとAB型を呈するという恣意的な法則を勝手に創出してそれを適用し(16)、少年達が犯人であることと矛盾しないと認定することは、あまりにも非科学的な事実認定である。
草加事件において、恣意的な法則を勝手に創出したのは、公益の代表者であるべき検察官である。すなわち、検察官は先ず、被害者の体液(汗)と唾液とが混合してAB型を呈したという報告書を作成して裁判所へ提出した。ところが、被害者が非分泌型であることに気付き五日後に、被害者の体垢と唾液とが混合してAB型を呈したという報告書を作成し直して、裁判所へ提出している。裁判所が、このようなものでしかない検察官作成の報告書に依存して、恣意的な法則を適用した理由はおそらく、検察官の主張・立証への全幅の信頼であろう。 草加事件には、現場遺留AB型三物証の他にも、死体が発見された残土置場におけるタイヤ痕・足跡痕の存在と少年達との不一致、自白によれば被害者を乗せていた筈の車両の車内およびトランク内から被害者の痕跡が一切発見されないなど、豊富な物証が残されている。タイヤ痕について捜査機関は、取調べの過程で殺害場所を、アスファルト舗装された道路上とし、そこから死体を発見場所まで運んだという、現場での再現実験によれば運搬がかなり困難であると判明している内容の自白調書を作成している。しかし、足跡痕の不一致については、車内に被害者の痕跡が無いことについてと同様、何の説明もなされていない。
裁判所は、捜査段階で作成された自白調書の内容と矛盾する物証については、その有する客観的な証明力を排斥すべく、その存在を無視してしまう。他方、密室で作成された供述録取書でしかない自白調書の内容については、容易にそれを信じた事実認定を行う。このような事実認定を裁判所が行いうる現状を放置するのでは、草加事件と同様に明白な冤罪・誤判を必然的に生じ続けるであろう。
刑事訴訟法学研究者は、証拠の証明力評価の問題に対しても正面から取り組むべきであると、私は考えている。再審問題についてかつて盛んに論じられた、独立評価説か総合評価説か、総合評価説において評価変えが許されるか否かなどは、正に証明力評価の問題であった。生じてしまった冤罪・誤判を救済することは大切である。しかし、冤罪・誤判を生じさせないことの方がより望ましい筈である。証拠の証明力評価を規制する法的枠組としては、「経験則」という用語を用いて控訴理由を「訴訟手続の法令違反」と構成することに代えて、控訴に際しては端的に「事実誤認」と構成すべきである。何故なら、大切なのはまず第一審において、裁判官による恣意的な証明力評価に由来する誤判を生じさせないことであり、それでも誤判を生じてしまった場合に控訴審において、その「事実誤認」を正させることだからである。
刑事訴訟法学研究者は、経験諸科学研究者との共同研究により、証拠の証明力の有無・大小に関する法則の解明・収集・蓄積に努めるべきである(17)。既に解明されている法則を、幾つか挙げておこう。
間接証拠と呼ばれる現場遺留物証と、直接証拠と呼ばれる自白調書の内容とを比較すれば、現場遺留物証の証明力の方が明らかに大きい。それ故、両者が矛盾するときに自白調書の内容を優先することは、明白な誤りである。
現場遺留物証と自白調書の内容とが矛盾しないことは、とりわけ否認事件において、自白調書の内容の証明力が大きいことを意味しない。取調べの結果を踏まえて取調官により作成されたものである自白調書の内容の証明力の有無・大小の判断は、自白調書自体について行われるべきである(18)。
直接証拠と呼ばれる目撃証言についても、研究成果が蓄積されてきている(19)。この点について、法と心理学会の有志がその設立準備段階以来一貫して、「目撃証言に関するガイドライン」作成に務めて続けて来ていることが、重要である。また、法と心理学会第二回大会の個別報告において、目撃者の視力と識別可能距離について、実験の結果Y(距離m)=8.75X(視力)+3.32という法則が明らかになったと報告されている。警察および検察官はこれまで、被告人の顔を識別できたという内容である目撃者の供述録取書を作成し、それにより被告人と犯人との同一性などが目撃証言により証明できたとしてきたのであり、裁判所もまた、検察官によるそのような立証内容を信じた事実認定を行ってきた。しかし、経験諸科学による調査研究の成果により、検察官や裁判官による、その距離を超えていたにもかかわらず識別できたという事実認定の誤りないし虚偽性が、白日の下にさらされたのである(20)。
間接証拠についてばかりでなく直接証拠についても、経験諸科学による調査研究の成果が蓄積され始めたことは、冤罪・誤判の防止にとり重要である。何故なら、証明力の大きい間接証拠を無視や排除し、証明力の小さい供述証拠でしかない直接証拠に依存した事実認定をもしも裁判所が行った場合、その誤りは非法律家には明々白々なので、裁判所の行う事実認定への信頼は地に落ちるであろうからである。換言すれば、実は自己の価値観を振りかざしていただけであった事実認定者の独善性が、証拠の証明力自体へ注目が集まることによって、見破られてしまいつつあるのが現状なのである。
五.おわりに
証拠能力があるとされた証拠の証明力評価を裁判官の自由な判断に委ねるのが自由心証主義であり、理性に従った判断を行いうる裁判官像を前提としていた。しかし、この前提が成り立ちえない場合がありうることが徐々に気付かれて、事実認定に際しては論理法則や経験則に従うべしという規範が形成されているのが現状である。だが、このような規範を示すことは、事実認定者である裁判官に対して、事実認定に際しての心構えを説くという効果しか有しないであろう。しかも、既に手垢にまみれてしまっている経験則という用語を用いることは、適用すべき経験則の内容をも裁判官が勝手に決めるという事態が起きた際にそれを否定し難いとの意味で、有効でないばかりか弊害をも生じかねない。
証明力の有無・大小についての従前の考え方は、事実認定者による評価に依存していた。しかし、それぞれの証拠がそれぞれの証明力を具有していることを認識すべきであり、それを無視・軽視することは許されない。すなわち、それぞれの証拠が具有する証明力の有無・大小について、事実認定者に恣意的な判断は許されないのである。
証明力の有無・大小について、経験諸科学による調査研究の成果の蓄積は、未だ十分ではないかも知れない。しかし、冤罪・誤判の防止は、調査研究を進めてその成果を蓄積して行くことによってこそ、その効果を上げうる。また、このような方策は、第一審の充実強化と矛盾せず、かえってそれを強化し補充するものなのである。
(1) 荒木伸怡著『刑事訴訟法読本ー冤罪・誤判の防止のために』(一九九六年)弘文堂は、私がこれまでに行ってきた諸提言の簡潔な要約でもある。
(2) 例えば、同前一五九〜一六五頁に記した内容は、この点に関する私なりの仮説であると共に法解釈である。
(3) 最(大)判一九四八年七月二九日刑集二巻一〇一二頁。
(4) 刑事訴訟法の施行後にも、最(大)判一九四九年四月二〇日刑集三巻五八一頁、最(大)判一九五二年六月二五日刑集六巻八〇六頁があるので、公判廷における自白には補強証拠を要しないことが、判例上確立している。とは言え、刑事訴訟法に明文が設けられた以上このような扱いは違法であり、その効果は、憲法違反ではないので上告理由とならないことにとどまる。
(5) 例えば草加事件の民事控訴審は、1)車上荒らしの際にコンドームを入手したという少年達の供述に基づき、車上荒らしの被害者に事情聴取したところ車内からコンドームを盗まれたという供述と被害届けをえられたことを「秘密の暴露」と捉えており、また、2)事件を報道した番組を録画したという少年の供述に基づき、自宅からそのビデオテープが発見されたことを「秘密の暴露」と捉えている。しかし、供述に基づいてその後に作成された被害届けは、被害者が警察に迎合しただけかも知れず、それによりコンドームの盗難のあったことが事実であると証明される訳ではない。しかも、仮にその盗難が事実であったとしても、(処女膜現存なので当然に)被害者の膣内から精液を採取出来なかったことを説明すべく作成された供述録取書中のコンドームを用いたという記述について、その入手先を明らかにしえたにすぎないのであって、他の者ではなく少年達が殺人事件の犯人であるか否かとは、全く無関係である。2)番組のビデオ録画は、既にマスコミが報道している事件内容について、その少年が関心を持っていたことを示すだけでしかなく、「秘密の暴露」ではない。これを「秘密の暴露」と捉えることは、もしも捜査機関もビデオ録画していたとすれば捜査機関が犯人だと捉えることであり、少年の供述によりビデオ録画をしていたと判明しても、録画をした少年が殺人事件の犯人であるか否かとは無関係である。常識を備えた市民にとってはあまりにも馬鹿らしいこの注の内容をわざわざ記さなければならない程に非常識である者が少なからずいるのが、わが国の裁判官・検察官・警察の現状なのである。
(6) 荒木伸怡「冤罪防止と裁判官の役割」警察研究五五巻七号(一九八四年)三三頁、四一頁参照。
(7) 団藤重光『新刑事訴訟法綱要七訂版』(一九六七年)創文社二八五頁参照。
(8) 最(二小)判一九六八年一〇月二五日刑集二二巻一一号九六一頁、九七八〜九七九頁参照。
(9) 司法研修所編『共犯者の供述の信用性』(一九九六年)法曹会
(10)守屋克彦「草加事件の事実認定についてー裁判所による手法の異なり」法学セミナー五四七号(二〇〇〇年)四二頁、四四頁。
(11)司法研修所編『自白の信用性ー被告人と犯行との結び付きが争われた事例を中心として』(一九九一年)法曹会。
(12)椎橋隆幸「草加事件民事最高裁判決を契機に考える」法学教室二四一号(二〇〇〇年一〇月号)五七頁。
(13)同前五八頁。
(14)例えば、田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(一九九六年)有斐閣二九五頁参照。
(15)浜田寿美男著『自白の研究』(一九九二年)三一書房、同著『自白の心理学』(二〇〇一年)岩波新書、大橋他著『心理学者、裁判と出会う』(二〇〇二年)北大路書房など参照。
(16)草加事件の抗告審および民事控訴審は、この恣意的な法則を「経験則」とまでは明言していない。しかし、決定文・判決文の文脈上その必要があれば、「経験則」という用語を用いたのではなかろうか。この意味で「経験則」という用語は、かえって冤罪・誤判を生み出しかねない程に手垢にまみれているのである。
(17)荒木伸怡「刑事・少年司法と心理学の可能性」法と心理一巻一号(二〇〇一年)九三頁参照。私は、二〇〇〇年に創設された「法と心理学会」における共同研究の進展とその成果に、大いに期待している。
(18)前出・注(15)参照。
(19)E・ロフタス、K・ケッチャム著厳島行雄訳『目撃証言』(二〇〇〇年)岩波書店、渡部保夫監修『目撃証言の研究』(二〇〇一年)北大路書房、厳島他著『目撃証言の心理学』(二〇〇三年)北大路書房など。
(20)警察なり検察官なりがもしも反論しようと考えた場合、彼らなりの実験を行ってその結果を反証とすることになる。もしも両者の結果が対立した場合にその決着は、法律学的にではなく、経験諸科学の通常の方法により付けられることとなる。
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田村譲松山大学法学部教授
少年「有罪」見直しも・草加事件の民事訴訟
事件の経過
<1985年>
7月19日 —— 草加市の残土置き場で、少女の絞殺体を発見
7月23日〜8月4日 —— 13〜15歳の少年6人を殺人容疑などで逮捕・補導
8月26日 —— 浦和家裁で少年審判開始。少年らが自白を撤回し、無罪主張
9月 6日〜18日 —— 浦和家裁が「殺人犯」(実行犯は3人)と認定して少年らの少年院送致の保護処分を決定
19日 —— 少年側が東京高裁に抗告
<1986年>
6月16日 —— 東京高裁が少年側の抗告棄却を決定。婦女暴行既遂を未遂に変更。少年側は最高裁に再抗告
<1989年>
1月19日 —— 少女の両親が少年の親に損害賠償訴訟を浦和地裁に起こす
7月20日 —— 最高裁が少年側の再抗告棄却。保護処分(「有罪」)が確定
10月19日 —— 少年側が無実を訴え、(成人の再審請求に当たる)保護処分取り消しを浦和家裁に申し立てる。93年4月までに3回申し立て最高裁まで争ったが、「少年達が成人なり、保護処分が終わっているので、取り消しの請求は認められない」として、いずれも却下。少年側は、えん罪でも名誉回復を回復できない」と少年再審の制度化を求め議論を呼ぶ
<1993年>
3月31日 —— 損害賠償訴訟で浦和地裁が少年らを「無罪」と認定し、遺族の請求を棄却
4月 6日 —— 遺族側が東京高裁に控訴
<1994年>
11月30日 —— 損害賠償訴訟の控訴審で少年らの関与を認め、東京高裁が逆転判決
12月13日 —— 少年側が最高裁に上告
<1999年>
12月 9日 —— 損害賠償訴訟の上告審(最高裁)で口頭弁論
<2000年>
2月 7日 —— 最高裁破棄差し戻し判決
<2002年>
10月29日—— 差し戻し控訴審判決
草加事件損害賠償請求訴訟・浦和地裁判決理由要旨
☆衣服の体液と一致せず 自白、事実と矛盾
1 少年ら及び被害者の血液型
少年らは、O型、B型であり、被害者は、A型である。
2 スカート付着体液の血液型
被害者が死亡時に着用していたスカート後ろ側の裏面部分の6カ所に付着していた 体液の血液型は、AB型で、少年らの血液型とは一致しない。
3 被害者のシャツに付着していた毛髪の血液型と性別
被害者のシャツ襟部分に付着していた毛髪1本は、人の頭毛であり、その血液型はAB型(その性別は確定しえない)であって、少年らの頭髪ではない。
4 被害者の両胸付着のだ液班の血液型
被害者の左右両胸付着のだ液班が示したAB型反応がB型分泌型の犯人のだ液とA型の被害者の細胞片との混在によって示したAB型の反応であるとする理論的可能性はあるが、AB型の分泌型のだ液そのものの血液型反応(すなわち胸部に付着していただ液の血液型がAB型)であったと認めるのが相当である。
5 (略)
6 被害者の体内・外の体液の存否と自白
少年らの自白内容による事件の時間的経過、被害者の死亡推定時刻が解剖時から1日内外であることを総合して判断すれば、被害者の死体の検査結果自体からは、体液の存在は証明されなかったものと考えるのが合理的である。
したがって婦女暴行などに関する少年らの自白内容は、これを裏付ける客観的事実が存在しないだけでなく、客観的事実に明白かつ積極的に矛盾する。
7 コンクリート敷石の投棄と顔面の損傷等と自白
コンクリート敷石を被害者の顔面に投棄したとする自白内容は、表皮はく奪などの損傷(擦過打撲傷)が存在しないだけでなく、被害者の顔面の損傷が余りに軽微に過ぎ、被害者の顔面部損傷の内容にも明らかに矛盾する。
8 自白の変遷
自白内容は、最終内容に到達するまでに変遷があるうえ、自白の変更、付加訂正の経過及びその内容自体が捜査官が取得した情報に基づく捜査方針の変更(婦女暴行未遂から既遂への変更)に基づく誘導を疑わせる。
9 犯行場所の自白の変遷
真実犯人であれば、およそ思い違いをするはずのない犯行場所というような極めて印象的かつ重要な事実について、理由らしい理由もなしに変更し、3人がほぼ同時期に同一内容の変更をしている。このような変遷の状況、内容自体が捜査官の誘導によってなされたことを強く推認させるばかりか、変遷時期が捜査官側がその都度の各自白にかかる犯行場所について物的な裏付け証拠がないとの鑑定結果などの客観的情報を入手した時期に符合していることは、捜査官による誘導を疑わせる。
結局、少年らと本件事件の犯人とを結びつける証拠は、少年らの自白のほかにはなく、自白は、客観的証拠ないし事実に矛盾し、かつ著しい変遷、食い違いなどが以上のほかにも多数存在し、各自白を補強するに足りる物的証拠はなく、いずれも信用できないものである。
したがって、少年らが被害者を暴行して殺害したとする原告らの請求原因事実を基礎づけるに足りる証拠がなく認めることができない。
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古賀克重法律事務所
http://www.lawyer-koga.jp/
少年法改正
http://www.lawyer-koga.jp/shonen3-kaisei.htm
草加事件と少年法改正
草加事件とは、1985年(昭和60)年、草加市の残土置き場で、女子中学生3年生の絞殺死体が発見されました。その犯人として5人の中学生が逮捕されました。当時の新聞には、「暴発した青い性」、「学校・父兄に衝撃」、「聞けぬ反省の言葉」、「少年非行の低年齢化」などと、ショッキングさをかき立てるような扇情的な言葉が踊っています(85・7・25読売)。
さらに、新聞には、刑事の言葉として「それぞれの言うことが違いすぎる。肝心なことはしゃべらない。」とし、記事も「草加署の捜査本部は少年たちが犯行後に口裏を合わせている、と見て追求している。」と結びました(85・7・27朝日)。ところが、ここにこそ、本件の問題点が潜んでいました。5人の少年達が犯人でないからこそ、無理な自白を強要され、言い分に違いが出てきていたのです。
少年審判の推移
捜査段階で一度は、犯行を認めた少年達は、付添人弁護士が付いてからは、否認に転じました。しかし、浦和家裁は5人を少年院送致としました。少年らは、決定を不服として抗告しましたが、東京高裁は棄却し、最高裁も再抗告を退けました。つまり、少年審判段階では、少年の自白が重視されて、犯行関与が認定されたのでした。
民事裁判の推移
被害者の親が少年らの親に対して賠償を請求する民事訴訟が提起され、この民事裁判の中で、再び少年らの関与について審理されることになったのです。
浦和地裁は、少年らの自白に客観的証拠と矛盾する著しい変遷があるとして、少年らの自白は信用できないとしました。つまり、少年らの犯行を否定したのです。その控訴審である、東京高裁では、逆に少年らの自白には、秘密の暴露が含まれ、客観的事実と矛盾するとは言えず、少年らの犯行を認定しました。
最高裁判決の意味
2000年(平成12年)2月7日、最高裁は、再度自白の信用性に疑問を投げかけて、高裁に差し戻しました。
警察ないし検察による証拠隠し
このように15年にも渡り、草加事件が複雑な軌跡をたどったのは、警察から家裁に重要な資料が送付されてなかったからでした。
「書類、証拠物その他参考となる資料があるときは、あわせて送付しなければならない。」(少年審判規則8条)とされています。つまり、捜査記録はすべて、家庭裁判所に送付しなければなりません。
家裁に送られた記録の中には、「遺体に付着していた唾液の血液型はAB型」という報告書がある一方、少年らの血液型に関する資料が家裁に送られていませんでした。そして少年らの血液型は、B型とO型であることは、捜査本部に判明していたにもかかわらず、家裁には送致していなかったのです。さらに、被害者の体やスカートに付着していた体液がAB型であるという「死体解剖鑑定書」が家裁に送付されたのは、少年らが少年院送致になった後、弁護側の求めでようやく出てきたのでした(2000・2・9東京新聞)。
少年法改正と検察
本件事件に果たした検察の役割は少なくありません。審判において、付添人側から、血液型の齟齬を指摘されるや、審判はいきなり休廷となり、午後再開されるや、検察官は慌てたように「B型のだ液とA型の汗が混じったため」との手書きの報告書が提出されました。
そして、裁判官は審判を続行することもなく、漫然とその日の内に、少年院送致の決定を出したのです。この手書きの報告書が、最後までこの事件を複雑にしました。
しかし、民事二審後に、弁護団は独自に実証を行いました。A型の女性の腕をB型の男性がなめ、付着した唾液を採取して血液型を調べるというものだ。大学教授の鑑定結果は、AB型の血液型は検出されませんでした。この鑑定書が、最高裁を動かしたのは間違いないでしょう。
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日本弁護士連合会
http://www.nichibenren.or.jp/
会長声明集 Subject:2000-02-07
草加事件最高裁判決に対する会長声明
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/2000_1.html
最高裁判所は、本日、草加事件損害賠償請求訴訟事件に対し、少年らの自白の信用性を肯定した控訴審の判断過程には経験則に反する違法があるとして原判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した。
本件は少年審判手続で強姦および殺人の非行事実を認定された元少年らがえん罪を訴えていた事件であり、本日の最高裁判所判決は、元少年らの無実を事実上認めたものと言えよう。事件発生以来15年、この間の元少年らの労苦、そして事件未解決の状態におかれた被害者御遺族の心情は、察するにあまりある。
本件の控訴審判決およびそれに先行した本件の少年事件手続を検討すると、主要な問題点は次の点にあった。第1に、警察が自白を強要し、加えて検察官が警察の捜査を点検することなく家庭裁判所に事件を送致したこと、第2に、自白と物的証拠の矛盾が明白になった後においても検察官が警察の捜査の誤りを取り繕うとしたこと、第3に、裁判官が予断と自白調書に引きずられて判断したこと、第4に、少年審判において適正手続の保障・厳格な証拠法則がなく、警察・検察が作成した捜査報告書がそのまま証拠として裁判官の判断に影響を与えたこと、第5に、捜査段階のみならず家庭裁判所の第1回審判期日においてさえ、少年らに弁護士が付いていなかったことである。
現在、国会に少年法「改正」法案が上程されているが、当連合会は、かねてから捜査・少年審判での適正手続の保障を求め、現行職権主義構造での検察官関与に強く反対してきた。前述した本件の主要な問題点及び最高裁判所判決をみれば、同法案では本件のようなケ−スの発生を防止することにはならず、かえって少年えん罪事件を増加させるおそれを裏付けている。
よって、当連合会は、重ねて少年法「改正」法案に対し、強く反対するものである。
あわせて、当連合会は、捜査および審判の各段階における国費による弁護士援助制度の実現を求めるとともに、当連合会の1998年7月の「少年司法改革に関する意見書」と1999年10月の「犯罪被害者に対する総合的支援に関する提言」に基づき、あるべき少年司法制度の改革にむけて全力を尽くす決意である。
2000年(平成12年)2月7日
日本弁護士連合会
会長 小堀 樹
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毎日新聞 2002年10月29日 東京夕刊
草加事件
埼玉県草加市で85年7月、中学3年の女子生徒が殺害され、14〜15歳の少年5人が逮捕され、13歳の1人も補導された。少年審判で浦和家裁は逮捕の5人を少年院送致の保護処分にした。少年側は抗告したが、東京高裁、最高裁ともに退け、89年に「有罪」が確定した。一方、民事訴訟では、1審「無罪」、2審「有罪」、上告審「無罪の可能性」と、異なる判断が出ていた。