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JBM / 期待権裁判

Posted by guideboard on 2007/09/26/Wed

過失がなかったにもかかわらず、治るという期待に応えられなかったという理由で、賠償を求める裁判があった。

期待権という理論は、過失行為と患者の死亡や後遺症との間に因果関係が立証されなくとも、過失行為の存在そのものによって適切な医療を受ける権利が侵害されたとして賠償を認めるというものである。

この期待権という考え方を認めたとしても、無過失の医療行為に損害賠償を認めるという理論ではないそうだ。医療機関の過失が立証されなければ、賠償請求は認められない。

最高裁判決では、賠償責任を認めるためには「適切な治療を受けていれば生命身体の侵害はなかったということが、『相当程度の可能性』として証明されることが必要」ということである。

asahi.com 2005.12.8
患者が適切な医療受ける「期待権」、最高裁の意見割れる
患者が医療水準にかなった適切な治療を受ける「期待権」を侵害されたとして医師に賠償を求めることはできるのかをめぐり、最高裁第一小法廷(泉徳治裁判長)の5裁判官が激論を交わし、意見は割れた。結局「今回のケースでは認められない」という考えが3対2で多数派を占め、8日の判決は患者側の上告を棄却。二審の患者側逆転敗訴が確定したが、医療過誤訴訟で患者の権利をどこまで認めるかの難しさが浮かび上がった形だ。

医療が適切だったか、過失が無かったかは事後の検証による。そのときには、一般的に求められるべき医療の水準、個々の医療で求められる水準、両方で過失があったかどうかが判断される。

一般的に求められるべき医療の水準とは、その当時広くあまねく行われていたかではなく、学会などで報告され、多くの医師が知りうる程度のものであれば、求められるべき医療の水準となるらしい。

個々の事例で求められる医療の水準とは、救命例が報告されていた、この事例なら救命できたはずだという鑑定が採用されたら、その事例で求められる医療の水準ということになるようだ。

まとめていえば、学会で治療法が報告されていた治療法を採らなかった、そしてある医師が私なら助けることができたはずだと鑑定し、それらを裁判所が判断に採用したら、過失、あるいは適切な治療を受けられなかったと判断される可能性が高いということらしい。

参考資料

JBM / 期待権裁判資料

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