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医療崩壊 / 病院を壊すのは誰だ

Posted by guideboard on 2007/09/12/Wed

ルポ 医療崩壊 病院を壊すのは誰だ

医師が逃げ、診療科は閉鎖。再生への処方箋は

奥野修司
文藝春秋 2007 年 10 月号 p.174 – 183

大阪府の南部に位置する阪南市は、人口六万人弱の、これといって特色のない町である。行政区分では大阪でも、文化的には和歌山に近い。
この町に阪南市立病院がある。患者が少ないのは、七月から内科の入院と外来診療を休止しているせいだろう。この病院を襲った最初の危機は今年の一月だった。それまで内科の常勤医は六人いたが、医師を派遣している和歌山県立医大から一人を引き揚げたいといってきたのだ。五人体制に変えたが、三月にまた一人が開業のために辞意を表明。残された四人は、これでは仕事が過重になるといって、六月末で全員辞めてしまった。三島秀雄院長は言う。
「内科は病院の核ですから、これがないとどうしようもありません。病院の収入の約四割が内科でした。内科の休止で収入は五割がた落ち込んでいます。内科休止の影響がこれほど大きいとは ……。現在は、外科や整形外科、小児科など、常勤医師十二人で診療を続けています。交代で一人ずつ当直に当たっていますが、夜間に来る患者はあまりいません。消防もこの病院には内科がないことを知っていますので、内科系の患者が運び込まれることはまれです」
こうした医師不足による「医療崩壊」は各地で起こっている。とくに不足しているのは東日本で、なかでも北海道や東北は危機的な状況だ。

この六月、とりわけ深刻な六つの病院に、国は臨時的に医師を派遣することを発表した。その一つである岩手県宮古市にある県立宮古病院を訪ねた。
人口六万人弱の宮古市は、空港へも、新幹線の駅へも、高速道路のインターチェンジヘも二時間以上かかる、典型的なへき地である。
病院の玄関を入ると、掲示板に
「九月から内科医師一名が常勤体制から非常勤になります」
「眼科は四月から休診しています」
「七月から循環器科医師不在となるため当分の間救急のみとします」
と書かれた紙がところ狭しと張られ、医師不足の深刻さがリアルに伝わってくる。
「三年前まで、一般内科の先生は四人いたのですが、いま常勤医は一人です。消化器系など内科全体で一日の患者は二百五十人。このうち一般内科は百人で、これを一人で診ているんです」
菅野千治院長は言う。この四月まで、やはり医師不足が深刻で、緊急医師派遣システムの対象となった県立大船渡病院の院長をしていたという。

辞めた医師の中には、大学の医局が引き揚げた医師もいれば開業した医師もいる。辞める理由は、「仕事がきつい」「自分の時間が持てない」からだという。
「病院の敷地に医師たちの官舎がありますが、毎日、官舎と病院の往復で終わりです。科長になると、土日も病院に出ますから休みはなし。休ませてあげたいけど、そんな贅沢は言ってられません。当直した日は、朝そのまま診察にはいりますし、診察がないときでも、呼び出されたらすぐ駆けつけられるよう、一時間以内のところで待機しています。そうすると、山と海に囲まれている宮古から出られない。家族サービスといっても、近くの海岸をドライブして終わりです。まるで囚人ですよ。学会にもなかなか出られません。出ても年にせいぜい一、二回でしょうか。先日、名古屋の学会に出るのに飛行機に乗ったのですが、もう呼ぱれても戻れないな、と思うとやっと落ち着くんです」
医師不足から、地方の病院で次々と診療科目が廃止されている。急性期医療ができなくなれば、その地域のセーフティネットが破綻する。これが「医療崩壊」の実態である。それほど深刻さがないのは、都市化率六五.七 % と人口の三分の二が都市に住んでいるため、鈍感になっているからだろう。しかし、いまや「医療崩壊」は埼玉や千葉など首都圏でも起こりつつある。さらには都立星東墨東病院や都立豊島病院から産科が消えたように、都心部をも直撃しているのだ。
それにしても、なぜ突如として医師が不足し、地域医療が崩壊しはじめたのだろうか。

国の政策が医師不足を生んだ

全国自治体病院協議会の小山田恵会長は、医師不足が、どれほど医師の過童労働を招いているかを、バスの運転手にたとえた。
「夜通し長距離バスを違転した上で、朝の通勤・通学バスを運転していたら、みんな何と言いますか。乗客の命と安全を軽視するのか。同じことが医師に起きているんです。厚労省の調査では、勤務医の勤務時間は週平均六十三.三時間。超過勤務は月九十三.二時間。労災に認定される超過勤務は月八十時間が基準ですから、動務医のほとんどは死ねば全員過労死に認定されるような状況で働いているのです。ではどれくらい足りないのか。勤務医の総数が十六万七千人で、これが週六十三.三時間働いている。これを週四十八時間、つまり週休一日で八時間勤務にするには、現状では五万五千人が足りないことがわかります」
OECD ( 経済協力開発機構 )、によれば、人口千人あたりの医師数は、0ECD 加盟国の平均は三人だが、日本は二人で三十カ国中二十七位である。
医療経済や公共経済が専門の日野秀逸東北大学教授によれば、この医師不足は「明らかに政策によって引き起こされた」という。
七〇年代、日本の医師の数は世界的水準の半分だった。そこで田中内閣は「一県一医大構想」を打ち上げる。これで順調に医師が増えていくのだが、八○年代の第二臨調、いわゆる土光臨調で大きく変わる。大槻文平日経連会長 ( 三菱鉱業セメント会長 ) の主導で、社会保険を引き締める答申を出したのだ。「医師が増えれば医療費も増える」と、八七年から十年で七.七%、医学部の定員を減らした。」それから十年後、さらなる医師抑制の閣議決定がなされる。このときの厚生大臣が小泉純一郎だった。
「経済界の意向が強く反映されてきたのが、現在の医師不足につながってきているのです」( 日野氏 )
しかし毎年、新しく医師になる人は七千五百人ほど。ここからリタイアした医師を差し引くと年に三千五百人程度の医師が増えている。それなのになぜ医師不足なのか。前出の小山田氏は言う。
「現在、患者の多くは高齢者です。高齢患者の特徴は、一人で多くの疾患を抱えていること。たとえば心臓と肝臓が悪ければ、それぞれに専門医の診療が必要になります。また医学も専門化が進み、検査や治療法が進歩しました。言い換えれば、医師の仕事が格段に増えたのです」
そのほかにも、インフォームドコンセントの普及で、医師が患者に説明する時間が増えたことなどもあげられる。
ちなみに、国民一人あたり一年間に受ける診察回数は、日本は突出して高く、十三.八回 (『OECD Health Data 2007』) と一位。つまり、医師が少ないうえに、患者数が極端に多いのだ。日野氏によれば、OECD はこのデータに、「日本で人口比で医師が非常に少ないのは、医学部の入学定員の上限を固定した政府の政策が原因である」という異例のコメントをつけたという。
医師が不足する中で、かろうじて維持してきたバランスを一気に崩壊させたのが〇四年の臨床研修制度だと、小川彰岩手医科大学医学部長はいう。
「臨床研修制度は、二年間、研修に専念しなさいということですから、この期間、戦力になりません。これは二年間分の医師一万五千人が消えたのと同じことなのです。さらに、これまでは大学病院で研修していたのを、この制度で研修先を自由に選べるようになり、多くの研修医が都会の病院に集中するようになった。この影響をもろにかぶったのが、自治体病院や大学病院です」
それでも大学は、二年経てば医局に戻ると期待したという。しかし、都会に行った研修医は戻ってこなかった。医局はヤクザの組織に似ている。ヤクザの世界では力が支配するが、医局では権力と権威がそれにかわる。この権カと権威によって、医師がへき地にも配置された。その意味では地域医療に貢献してきたのだが、選択が自由になると、そっぽを向かれる。あわてた医局は、大学病院の医師を確保するために、すでに派遣していた医師を引き揚げた。もちろん、代わりの医師は出せないから、その影讐をもろに受けたのが、医師の確保を大学の医局に頼っていた自治体病院だった。

もともと医師が不足していたところに、一人でも欠ければ、残りの医師たちに負担がかかる。その結果、「三十時間勤務は当たり前」の過重労働になり、疲れて勤務医を辞め、開業するのだという。北海道小樽市から南西へ約六十キロ離れた岩内協会病院がその一例だろう。〇二年に四十億円以上かけて建てかえられたという待合室はホテルのロビーのように豪華だった。
発端は昨年十月、常勤の内科医四人のうち二人が辞めたことだった。医局からは補充できないと言われ、残された二人で対応することになった。内科医の一人は当時の院長だったが、「これでは途中で倒れるのは目に見えている」とこぼし、今年の四月にもう一人の内科医と一緒に退職した。内科医がゼロに変り、今は国の緊急医師派遣システムによる一週間交代の内科医一人と、外科の応援診療を続けている。院長は約四十キロ離れた余市協会病院の吉田秀明院長が兼任しているという。
「内科医が四人いたときの当直は週に一回でしたが、二人になっても一・五回に増える程度です。問題はオン・コール ( 呼び出し待機 ) です。たとえぱ他科の医師が当直のときは、内科の患者が来た場合、オン・コールの内科医を呼び出す。これが医師にとってかなりの負担なのです。オン・コールの医師は原則三十分以内に駆けつけられるようにということですから、二人ではまず町から出られません。緊張感も抜けませんし、これがポディブローのようになって少しずつ疲労がたまっていくのです」
院長に同席した坂本修二事務部長は、何度も「医師を募集してると書いてくださいよ」と懇願した。その必死の形相から、はからずも医師不足の深刻さが伝わってきた。現在、岩内協会病院では、外科と小児科および神経精神科以外は他の病院からの応援で維持しているが、応援する側の病院も余裕があるわけでなく、いまや岩内町は地域医療崩壊の瀬戸際に立たされている。医師の大半は、医療崩壊の背景にあるのは医師の不足だという。しかし厚労省は、「医師が偏在しているだけ」と説明する。たしかに勤務医が減り、開業医が増えていることを考えると、偏在といえなくもない。しかし、それはあくまでも医師不足の中の偏在にすぎない。

コンビニ医療の蔓延

医療崩壊の引き金を引いたのは、たしかに臨床研修制度だったが、千葉県立東金病院の平井愛山院長によれば、医療崩壊は突然起こったのではなく、崩壊に至る下地があったという。
「よく効く薬に副作用があるように、医療は必ずしも安全ではないのです。しかし、患者は安全で確実に治ると思っている。このギャップから、平成十一年に横浜市立大医学部附属病院で起こった患者取り違え事故の報道をきっかけに、医師に対する患者の不信や不満が高まったのです。激務の上、患者から暴言を吐かれた医師は、やる気を失って病院から去っていきました」
城西大学で行政マネジメントを教える伊関友伸准教授によれば、医療が崩壌するには法則があり、その最たるものがコンビニ医療だという。ちなみにコンビニ医療とは、 で、モラルハザードの典型例だ。
「教育現場では『モンスター・ペアレント』の問題が深刻ですが、あれと同じことが医療現場でも起きています。患者は、おれは客だから、なにやってもいいという意識なんですね。その一例がコンビニ医療です。水虫で夜中に医師を起こし、ついでだから CT をとれ、MRI をとれ、なんていうケースもあります」
もっとも、こうした悪質な患者より、無意識にコンビニ医療に走る患者のほうが圧倒的に多い。たとえば、ある医師のこんな証言がある。
「夜間の診療に一日平均五十人やってきます。六割は小児科です。そのうち八割は開業医でも十分対応できる病状で、仕事から帰ったら子供が熱をだしていたといったケースがほとんどです。なかには明日用事があるのでという人もいますが、ただ一割か二割はほんとに救急の患者もいるので断れないのです」
コンビニ医療を当然と思っている患者は、医師がどんなに忙しくとも付与しない。自ら地域医療を壊していることにも、もちろん気がつかない。前出の吉田秀明院長の記憶によれば、「小児科でコンビニ化がすすんだのは、小泉さんが首相になった頃から」だという。

教育同様、「医はサービス」といわれるようになると、「金を払えば客だ」という患者が増えた。それを煽ったのが、カネ中心の市場原理主義だろう。最近ではコンビニ医療どころか、先鋭化した患者が暴力をふるうことも少なくないという。指摘するのは、『医療崩壊』( 朝日新聞社 ) の著者で、虎の門病院泌尿器科部長の小松秀樹医師である。
「無茶苦茶な要求をする患者が増えています。〇一年にイギリスで十万人弱の医療従事者が患者に暴行されましたが、日本だって医師や看護師がずいぶん殴られているんです。酸素配管の近くで煙草に火をつけている患者に注意した看護師が脅されたりすることもありました。大きな病院では、患者とのトラブル対策に警察 OB を雇うところが増えています。患者がこの意識を変えなければ、制度をいじっても崩壊は食い止められません」

変わったのは医師も同じである。たとえば、若い医師は「精神科、眼科、皮膚科といった、どちらかといえば生命に直接かかわりのない分野を志願する」( 小川氏 ) といわれ、同じように菅野千治宮古病院院長もこう語っている。
「外科や内科、産科、小児科などの成り手が減ったのは 3K の仕事だからで、自分の生活が脅かされると思うのでしょう。若い人は公より、自分の時間や体調、生き方のほうを大事にするようです」
研修医をきつく叱ると、不平をブログに書かれて、次から来てくれなくなるとこぽす医師も少なくなかった。サラリーマン的な医師が増えていることは、いまや医療関係者の間では常識になっている。一定期間、へき地医療を義務化しろという声もあるが、やる気のない医師に来られて迷惑するのは住民である。サラリーマン的な医師が増える理由として、菅野氏は教育の不在をあげる。
「大学のカリキュラムでは、最初の二年間で医療倫理を勉強するが、今は数時間です。二年目からは国家試験の準備でそんな余裕はない。海外では四年間、大学で勉強したあと、ドクタースクールを選択するが、入学してからも倫理教育を受けます。日本は大学の入試のときの偏差値だけで決めるから、医師はサラリーマンになってしまうのでしょう」
理念を失った医師は、はなから地域医療など眼中になく、ただ生活が楽という理由で都会を選ぶのだろう。患者は患者で、医師を健康マシーンのように酷使し、尊敬や感謝の気持ちをいだかない。
「限界ぎりぎりまで荷物を乗せたロバが、追加したレンガ一枚で倒れるように、新たな研修制度の導入が最後の一押しとなって、各地の病院が崩壌したのです」( 平井氏 )

自治体病院の二重苦

それにしても、医師不足で問題になっている病院のほとんどが自治体病院というのはどういうことだろう。総務省の「公立病院改革懇談会」座長も務める、公認会計士の長隆氏によれぱ、
「全国の病院のうち、自治体病院の割合は一一.八 % ですが、へき地医療では七一.三 % を占めています。自治体病院が駄目になるということは、日本の地域医療が崩壊するということです」
地域医療の要は救急医療や時間外診察である。これらは採算がどれない分野だから、簡単には民営化できない。地域にとってライフラインにも相当する自治体病院が、なぜ次々と壊れていくのか。根本的な原因はいうまでもなく医師不足だが、医師が去っていくのは病院に続治能カがないからだと長氏は言う。
「自治体から医療現場にはまったく素人の人間がやってきて、最高責任者になる。そういうトップが役人の発想で権限を振り回し、責任だけは負わない。だから赤字を垂れ流しても平気でいる。よくならないのは当然です」
実際、ある自治体病院の院長は、「院長なんて、雇われマダムみたいなもんです」と、声をひそめて言った、
「一所懸命働いても働かなくても、給料は同じ。いかに超過勤務をしたかで給料に差がでるんです。つまり、評価の基準が仕事の内容じゃなく、時間だけなんですよ。パカくさ。だから三年も四年もいたいという医者はいないんです。院長なんて権限ないですからね。たとえぱ、非協力的なスタッフを異動させようとすると、組合が反対してつぶす。組合が消減しないかぎりだめです。連中は年功序列で給料が上がっていくから、勉強もしない。まあ、経営母体が変わらないと病院は変わらないでしょうね」
官僚体質のおかげで、「年収一千万円の職員はザラ、下手すると過重労働に喘ぐ医師並みの高所得で、仕享はずっと少ない」( 伊関氏 )、「准看護師で年俸一千二百万円、掃除のおばさんが退職金五千万円」( 長氏 ) といった民間では考えられないことが起きている。医療収益に対する人件費の割合が高く、八三 % ( 福岡県の県立五病院 ) に達するところもあるというから、なんのための病院かと疑いたくもなる。

全国自治体病院協議会の調べでは、〇六年度の決算で、自治体病院の七四.四 % が赤字を出しているという。これだけならともかく、前出の小松氏によれば、医師を大事にしない環境こそ問題ではないかという。
「これまで地方の自治体は、ずいぷん多くの医師を使い捨てにしてきた。ギリギリの状態でこき使い、しかも研究、勉強の時間も与えない。すると、その医者は知識や技術のキャッチアップができず、やがて使い物にならなくなる」
医師が過重労働に喘いでいても、医療現場を知らない責任者は知らぬ顔、首長の中には「税金で金を払っているんだから黙って働け」という熊度をとる者もいるから、医師に逃げられるのだろう。
医師の引き揚げで、医局のエゴが批判されているが、実は「コンビニ医療で大変だから引き揚げてくれと、医師の側から医局に頼んで引き揚げてもらうケースも少なくない」( 伊関氏 ) という。
赤字と医師不足の二童苦に喘ぐ自治体病院を、果たして建て直す方策はあるのか。医師不足を解消するには、医師を増やすことだが、今から医師を増やしても、戦カとして使えるのは十年後である。今困っている人には慰めにもならない。それなら、とりあえず医師の偏在を是正することではないか、と伊関氏は言う。
「それにはまず、医師が働きやすい職場にすることです。少なくとも使い捨てにしない。住民自身も『自分たちの病院を守るんだ、支えていくんだ』という意識を持たなくては、医療崩壊はとまらないでしょうね」

再生を模索して

自治体病院は本当に再生可能なのだろうか。少なくともその方向へ模索しているという三つの病院を訪ねた。
最初に訪ねたのは、岩手県一一ノ関駅から三十キロほど東の藤沢町民病院である。常勤医は五名。内科医が四人と外科医が一人で、そのほかに非常勤医が一人いる。山間部にあって人口一万弱。すぐ南が宮城県との県境だ。
O5 年、藤沢町立病院は、地方公営企業法全部適用の、いわば公設民営 ( 施設を地方自治体が所有し、運営を民間に任せる ) として設立された。もともと町には二つの診療所があったが、一つは医師の高齢化で機能してなかった。そこで町長は自治医大の出身者名簿を調べ、岩手県立久慈病院に勤務していた佐藤元美氏に声をかけた。佐藤氏は迷った末、
「私にすべての権限を持たせてほしい」
という条件で引き受けた。
佐藤氏は病院を経営する前に、うまくいってない病院を分析して類型化し、その逆のことを実行したという。
「病院と診療所の違いはホテルと民宿のようなもので、病院は設備も患者の要求に応えられるレベルじゃないと駄目なんです。だから、うちには CT も MRI も最新のものを揃えました」
最新の医療機器を備えたおかげで、町内だけでなく、近隣の市町村からも患者がやって来るようになったという。現在、病院を中心に老健施設などを一体化させ、予防診断、早期診断に積極的に取り組んでい.る。病床数は五十四しかないが、患者の自宅も病床ととらえ、「出前医療」を展開している。病院を発展させる条件もあるという。
「きちんと事業計画を立て、経営的視点を持つことです。そのために会計学の本を読み、複式簿記も勉強しました。もう一つは、住民に語りかけ、理解してもらうこと。たとえぱ、救急など時間外診療がどれだけ医師や病院に負担をもたらすのか、とかです。そのために『ナイトスクール』という対語の場を設けました。診療が終わったあと、住民と医療や病院の現状について語し合う集会です」
その成果かどうか、病院には一万円二万円と寄付金が寄せられ、なかには一千万円という大口寄付者もいたという。こういうへき地では、通院のための足を確保するのも難儀だ。そこで佐藤氏は町内に無料バスを巡回させた。現在は三台に増やし、町外にも回している。ちなみに帰りは、自宅まで送るそうである。とりわけすごいのは、創設以来、黒字経営を続けていることだ。母体である町の財政は破綻寸前で、病院から町へ一億四千万円ほど貸しつけているという。
次に訪ねたのが、「関サバ」で知られた大分県の旧佐賀関町にある佐賀関病院だ。〇四年に建て替えられた建物は、目の前が伊予灘という絶景の地にある。佐賀関町は大分市と合併したが、このときの条件が町立病院を廃止することだった。町では公設民営のつもりでいたが、むずかしいと断られ、佐賀関町立病院に勤務していた四人の医師が新たに医療法人を作って、これを引き受けた。自治体からの補助金はいっさいなく、建物も自前という完全な民営化である。理事長の長松宜哉氏によれば、引き受けたのは「乗りかかった船」だったからという。
病院を引き継いだとき、職員の中には年収一千万円近い看護補助員もいた。彼らをいったん解雇し、給与体系を民間ぺースにして再雇用すると、その年は約一億円の黒字になったという。ただ、その後、町立時代のベッド百二十三床を九十床に減らしたことや、病院を新築したこと、診療報酬の改定で収入が激減したこともあって、翌年は約八千万円の赤字を出した。ただ〇六年は赤字を約一千万円まで圧縮し、今年は黒字になる見通しだという。長松氏によれば、ベッドは常に満床で、平均在院日数は十七日だという。全国平均の二十.二日にくらべて少ないのは、独特の入院形態をとっているからだ。
「病院を中心に、サテライト診療所が各校区に一つずつ、計三つあります。九十床のうち、診療報酬カットの対象になった四十床を回復期リハビリテーション病床にしました。入院してある程度よくなったら、回復期リハビリ病床に移って退院の準備をします。退院したら、サテライト診療所から往診しますから、安心して退院できるわけです」
佐賀関病院は、佐賀関地区の一次救急も引き受けているが、採算を重視せねぱならない民間病院ゆえの不安も感じられた。たとえば、ある民間病院院長はこう洩らす。
「時間外診療は、人件費に照らしたらペイできません。だから、昼間にそれなりの余剰を出し、それをつぎ込むというのが普通です。もし昼間の患者が少なくなったら、住民サービスとして時間外をやってほしいと言われても、私なら病院を残すために時間外をやめます」
これを長松氏にぶつけると、こんな答えが返ってきた。
「我々はここで二十年の救急医療の実績もありますし、住民教育もある程度行き届いています。昼間の患者がいなくなる心配はまったくしておりません」
大阪南部の泉州地区にある泉大津市立病院は、昔から産婦人科に定評があり、年に八百から一千人の赤ちゃんを取り上げてきた。ところが、〇四年に産婦人科部長が開業したのをきっかけに、残った四人の医師全員を大学が引き揚げてしまった。綾城重幸事務局長によれば、「年収四十二億前後の病院が、六億五千万の減収になった」という。
さいわい、半年後に別の大学から五人の医師を派遣されて産婦人科を再開したが、綾城氏によれぱ、これを教訓に「医師は貴重で、かぎりある医療資源である」ことを全員で再認識したという。病院長と事務局長が定期的に医師にヒヤリングして労働環境の是正につとめ、各大学へは、これまで院長が挨拶に行っていたのを、市長も同行して医師の実績などを説明した。また、「病院のあり方検討委員会」を作って議論も公開したという。その後も小児科医二名が退職するなど楽観はできないが、とりあえず回復基調にあるという。
これらの病院を訪ねながら、改革が成功したのは、ある一定の条件があったからではないか、とふと思った。泉大津市立病院は背後に七万八千人という人口を抱え、藤沢町民病院や佐賀関病院は、住環境はへき地でも、大都市から三十分圏内にある。いずれの条件にも満たない地区、人口が希薄で大都市からも離れたへき地なら、再生はむずかしかっただろう。となれば、どんなに努力しても採算がとれない田舎は、結局、「骨太方針」とやらで切り捨てられていくのだろうか。

現状を無視した小泉改革

医師の間では、この「医療崩壌」をイギリスのサッチャー政権の改革になぞらえることが常識になっている。
イギリスでは、NHS ( 国民保険サービス ) という側度によって医療を国民に無料で提供してきた。ところが次第に財政負担が重くなり、サツチャー政権は医療費の総額を抑えたうえで、NHS を四百あまりの独立行政法人に分割して競争させたのである。その結果どうなったか、前出の小山田氏は言う。
「価格競争が起こって医療の質が確保されるはずが、医師の労働条件の悪化を招いたのです。誇りと勤労意欲を奪われた医師たちは、海外 ( アメリカ、カナダ、オーストラリア ) に逃避し、極端な医師不足が起こりました。ブレア政権で見直しが図られたのですが、そのときの目標が、救急都門の最大待機時間を四時間、病院外来患者の予約の最大待機期間を三カ月にすることですから驚きです。普通に病院へ行くと、まず診てもらえるのは最低でも二日後です」

この青写真を描いたのが、全英にチェーン展開しているスーパーマーケット「セインズベリー」のグリフィス会長だった、という。小泉政権で、医療改草の重点を におき、アメリカ型の医療を目指したのが経済財政諮問会議だったという点でもよく似ている。
小泉政権の改革がいかにひどかったか、旧厚生省の「医療保険審議会」の委員も務めた医療評論家の水野肇氏が言う。
「小泉改革での医療費削減は無茶苦茶でした。一律何 % カットというやり方だったのですから、医療の現状を無視しています。結局は、弱者に全部ツケが回ってくる改革だったのです」
病院の商品単価である診療報酬ですら、経営が存続できなくなるまで下げてしまうのだから、「今度の診療報酬改定が期待外れなら、全国の医師はもう黙ってない」と憤る医師も少なくない。
さらに、これに輪をかけて日本の医療を崩壊させたのが、厚労省の猫の目行政といわれる。
「たとえぱ、数年前には療養型病床をどんどん作れといい、今度は減らして老健に変えろという。二階に上ったらはしごを外され、なおかつ下から火をつけられたようなものです」( 都内の開業医 )
こうした批判を厚労省に問いただすと、「病院改造などの費用に医療費は関係ないので、医療費の無駄遣いとの指摘には当たりません」( 医療費遺正化対策推進室 ) という回答が返ってきた。病院が無駄な出費を強いられ、経営を悪化させようと、何の責任も感じない、ということなのか。
こんな無茶を平気で押しつけるのは、医療費を削ることしか考えない財務省も、医療政策を小手先だけで繕おうとする厚労省も、この国の医療をどうするかといったビジョンを持ってないからだろう。たとえば、六月に「緊急臨時的医師派遺システム」を作って医師を派遣したことにも、それがよくあらわれている。
「県立宮古病院では、医師を派遣してくれるというので喜んだら、なんと週に一日だけだったそうです。週一回ならいらないと断ったところ、厚労省は、断るなら今後岩手県の面倒は見ないと脅したそうですよ。結局、もう一人出すということで決着したのですが、これもフルタイムというので期待したら、月曜から金曜日だけで、それも毎週来る医師が変わるそうです。現場のことをちっとも考えてないんです。こんなシステム、早晩潰れますね」( 岩手県の開業医 )

本気で医療費を削減するなら、予防医療に力を入れるぺきだろう。実際に医療費を削減した自治体もある。だが国レベルでは、予防医療の指標である乳ガン検診のマンモグラフィー受診率が四.一 % (『OECDHealth Data 2007』) と最下位であることをみても、予防医療にまったく関心がないことを示している。前出の水野肇氏によれば、
「財務省は予防医療など金をドブに捨てるようなものだという考えですから、まず予算はつかないでしょうね」
という。いったいこの国の医療はどうなっていくのだろう。ビジョンを持たない指導者を戴いた日本は、本当に泥船に乗ってしまったのだろうか。医療崩壊の現場を数多く見てきた長氏ば、怒りを込めて言った。
「教育と医療が崩壌したら、その国家は崩壊するといわれています。すでに教育が崩壊しているのに、このうえ医療が崩壊したら、ほんとに日本は駄目な国になってしまいます」

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