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医療崩壊 / 公共財としての医療 / 兵庫県立柏原病院上田康夫副院長産婦人科部長資料

Posted by guideboard on 2007/09/02/Sun

» 医療崩壊 / 公共財としての医療

「1児の母さん」へのお返事

こんにちは。

このたびは貴重なメールをいただいてありがとうございます。

先日丹波新聞の記者さんが現在の柏原病院を取り巻いている医療環境についての取材に来られました。記者さんにはいろいろ私たちが日頃から考えていることをお話ししました。その記事が掲載された後さまざまな反響の来る事を予想していましたが、4月16日現在「1児の母さん」様のメールが1通だけでした。「1児の母さん」様には当院の小児科医、産科医に対してありがたいお言葉を頂戴し感謝いたしております。

私たちはこれまで当地域の毋児医療のために微力ながらその一端の役目を果たしてきたつもりですが、実際にはもう私たちの努力だけではどうしようもないところへ来ている感が否めません。

ご存知かもしれませんが、今日本全国で医師不足から特に地域医療のこれまでの体制が大きく崩れようとしています。もともと毋児医療の主体である小児科や産科は時間外勤務の多い不安定な勤務時間と毋児双方への責任に対する重圧などのためか、医学生達の多くはなりたがらず、いつも医師不足がつきまとってきた歴史があります。それでも日本中の多くの小児科医、産科医は「1児の母さん」のような地域からのご期待に精一杯応えようとして努力してきました。

柏原病院のまわりでも、本年3月には隣の柏原日赤病院が産科診療を中断したのと同様に、これまで産科医が配置されていた多くの近隣の公立病院が次々と産科診療を断念しています。一方、小児科医も最近の豊岡病院の例を挙げるまでもなく、地域の基幹病院といえども小児科医の配置は思うにまかせなくなっています。

なぜこんな医師不足が次々と起こるのでしょうか?

こうした医療崩壊の原因の一つには、2年前に始まった「新臨床研修制度」が上げられています。「新臨床研修医制度」とはこれまでの大学医局が一手に行ってきた卒業仕立ての研修医教育を大学以外の多くの一般病院でも行おうとするもので、医師の病院間配置に良くも悪くも大きな変革をもたらしました。「白い巨塔」と揶揄され批判される事の多かった医局人事制度ですが、全てが悪かったというわけではなく、私どものような地方への医師配分については大学の人事責任者はそれなりに医師の事情、地域の事情を考え人材を配置してきたのです。しかし、「新臨床研修医制度」は私たちの派遣先であった大学病院を直撃し、大学の医局はもはや関連病院への人材派遣を担えなくなりました。この影響はもともと少人数で維持してきた小児科や産科といった診療科に危ぶまれてきたのですが、最近では柏原病院の内科にみられるように他の診療科にも現れ始めています。

しかし、私自身は今地方で次々に起こっている医師不足の原因は今の日本の医療制度に内包される根本的な問題に根ざすような気がしています。

産科を例にとりあげてみます。20世紀半ば1940年、当時の母体死亡率は出生10万あたり239.6人以上を数えており、『三(産)と四(死)は隣り合わせ』という言葉が実感を持っていた時代でした。しかし、その後母体死亡率は急速に低下、2003年には6.1人にまで減少、周産期死亡率に至っては現在出生千に対して5.3 (2003年) と世界中で飛び抜けて低い値を示すまでになっています。

そうした中で、大多数の国民の間には「お産安全神話」すなわち「お産で人命が失われる事はない」という認識が広がってしまったようです。しかし、現在の日本でもなお年間50名程度の母体死亡は存在するという厳然とした事実があります。もし不幸にして母体死亡、新生児死亡がいったん起これば、マスコミを先頭にした産科医パッシングが行われます。「助けられたはずだ」「助からなかったのは何か過誤があったからだ」という論調が新聞紙面を踊ります。

私達を含めて多くの産科医達は「一生懸命救命努力をしても、結果が悪ければ治療内容を誹謗され、逮捕すらされる国」で医療を行って行く事にもう疲れきっているのです。もう心の芯が折れかけているのです。

そしてこうした傾向は産科や小児科だけに留まらなくなっています。特にその影響が大きいのが救急医療とそれに主役を果たす内科、外科、麻酔科といった診療科です。

日本の多くの病院勤務医は労働基準法に守られることもなく、昼間、夜間の診療にこれまで献身的に携わってきたと思います。患者さんからは「いつでも看てあたりまえ」「夜間にも専門の医者を呼べ」などという言葉を受けながら、自身の専門以外の診療範囲でも全能を尽くして診療に当ってきたと思います。しかし、そうした要求は田舎町の動物園にパンダがいないといってクレームをつけるようなもので、そんな無理な体制をいつまでも続けるわけにはいかないのです。

こうした毎日のはてに、病院勤務医?特に地方自治体病院の医師の多くはだまって「立ち去る」ことを考え始めたのが現状なのです。これを識者は「立ち去り型サボタージュ」と呼び、「医者は不平をいわない、ただだまって辞職していく」と分析しています。いずれにしても日本の多くの地域で従来の医療体制がもう立ち行かなくなっていることは明確な事実なのです。

丹波地域での毋児医療は今存続のきわどいラインの上に立っています。いや、病院自体が機能存続のきわどい綱渡りを続けています。今日本中で産科施設の集約化が進められようとしています。

産科医は今後増えて行く要素はなく、今後もどんどん減り続けることは確実なようです。医学生の多くはこんな診療科にはなりたがらないのです。国家も、産科医の減少にあわてて産科医を増やす、あるいは保護する政策誘導をするよりは、むしろ通達によって開業診療所を閉鎖させ、一方で助産所を増設して分娩を産科医から助産師へシフトさせる事を目論んでいるようです。

こうした政策をいったい誰が主導しているのか私には及びもつきませんが、10数年後には産科医が多くの地域から消散し、助産所での分娩が当たり前になるかもしれません。それは毋児死亡率の高かった一世代前の毋児医療に戻ることを意味するのですが、為政者の誰もそれに気づかない、いや気づかぬふりをしているだけかもしれません。

現在、まだ私たちは精一杯日常の業務を続けています。しかし、崩壊の波は地震波のように急速な勢いで日本中に広がりかけています。私たちは関連大学や行政にも現状の医療情勢への対処を訴えました、がしかし、現実に本地域で働く小児科医を守る手だてを得る事はできていません。

同様の問題を抱えた日本の他の地域では、市民の皆さんが地域の市長などとともに医師確保に声を上げています。しかし、本地域では残念ながらそうした動きを見る事はできません。

現在の毋児医療や救急医療が実際に直面している問題点をご理解された上で、本地域の医療を最低限守るためにはどうすることが最善なのかを考えていくことは、いずれ、本地域にも押し寄せるであろう待ったなき集約化や統廃合の波に立ち向かう上でそれは必要不可欠な宿題です。その時になって、市民達が地域エゴの立場からしか医療を考えられなければ、本地域からは全く基幹病院が無くなってしまう可能性も大きいのです。

「1児の母さん」に一つお願いがあります。

もし、柏原病院の小児科や産科医の存在を少しでもご評価していただき、われわれがこの地でそれなりに満足できる医療を続ける事を許していただけるなら、どうか、現在の医師不足、医療崩壊について市民の声を上げて下さい。どうか、近所の方やお友達に、丹波市や篠山市における今の医療情勢について教えてあげて下さい。そして私たちのふるさとの未来を担う子供達やお母さんの健康を守るため地域の立場からどのような現実的な取組ができるのかを一緒に考えていただけるようお伝えください。

よろしくお願いします。

兵庫県立柏原病院
産婦人科 上田康夫

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