大淀事件 34 / 医療過誤専門弁護士資料
Posted by guideboard on 2007/08/23/Thu
損害賠償請求控訴事件
大阪高等裁判所平成一五年(ネ)第一〇四四号
平成17年9月13日民事第四部判決
控訴人 甲野一郎
同法定代理人親権者父 甲野太郎
同母 甲野花子
控訴人 甲野太郎 ほか一名
上記三名訴訟代理人弁護士 阪井基二
同 阪井千鶴子
被控訴人 徳島県
同代表者徳島県病院事業管理者 塩谷泰一
同訴訟代理人弁護士 田中達也
同 田中浩三
【文献番号】28110568
文献種別 判決/大阪高等裁判所(控訴審)
判決年月日 平成17年 9月13日
事件番号 平成15年(ネ)第1044号
事件名 損害賠償請求控訴事件
判決概要 帝王切開術によって出生した子とその父母である控訴人らが、控訴人の出生に際し、被控訴人が設置、運営する病院の担当医師らの医療行為に不適切な点があったため、控訴人に脳障害が残ったとして、不法行為又は診療契約の債務不履行に基づき、損害賠償を請求した事案で、担当医師には、母に対して帝王切開術を施行する必要性がいまだ肯定できないのにこれを実施し、子を在胎31週4日で肺機能や脳室周囲血管の未熟なままに娩出させた過失があり、また、父母に対し、帝王切開の選択が胎児に与えるリスクや他の選択肢の可能性について説明しなかった点において、説明義務の違反があるとして、請求を一部認容した事例。
主 文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人甲野一郎に対し、一億〇六二四万四九六九円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人は、控訴人甲野太郎及び同甲野花子に対し、各三三〇万円及びこれらに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決主文一項(1)及び(2)は仮に執行することができる
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)主位的請求
ア 被控訴人は、控訴人甲野一郎に対し、一億四二三八万一五五七円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人は、控訴人甲野太郎及び同甲野花子に対し、各六五〇万円及びこれらに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3)予備的請求
附帯請求の起算日を平成九年二月八日とするほかは、いずれも主位的請求と同じ。
(4)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(5)仮執行宣言
二 被控訴人
(1)本件各控訴をいずれも棄却する。
(2)控訴費用は控訴人らの負担とする。
(3)担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人らが、控訴人甲野太郎及び同甲野花子の子である同甲野一郎の出生に際し、被控訴人が設置、運営する徳島県立中央病院の医師らの医療行為に不適切な点があったため、控訴人甲野一郎に脳障害が残ったとして、主位的には不法行為に基づき、予備的には診療契約の債務不履行に基づき、それにより生じた損害の賠償を求めた事案である。
原審は、徳島県立中央病院の医師らに控訴人ら主張の各過失は認められず、その余の点について検討するまでもなく控訴人らの請求は理由がないとして、その請求をいずれも棄却した。そこで、これを不服として、控訴人らが本件控訴を提起した。
二 前提となる事実(当事者間に争いがない事実並びに後に掲記する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者
ア 控訴人甲野一郎(以下「控訴人一郎」という。)は、控訴人甲野太郎(以下「控訴人太郎」という。)を父とし、控訴人甲野花子(以下「控訴人花子」という。)を母として、平成四年七月四日に、第三子として誕生した。
イ 被控訴人は、徳島県立中央病院(以下「被控訴人病院」という。)を設置、運営し、産婦人科の乙山松子医師(以下「乙山医師」という。)や小児科の丙川竹夫医師(以下「丙川医師」という。)など同病院に勤務する医師を履行補助者として診療行為を行っていた。
(2)診療契約の締結
控訴人花子の入院に際し、控訴人太郎及び同花子は、被控訴人病院を通じて、被控訴人との間で、控訴人花子の出産について、適切な診療、分娩介助及び施術をする旨の診療契約を締結するとともに、控訴人一郎の出生介助及び出生後に控訴人一郎に適切な診療をする旨の診療契約を締結した。
(3)事実経過等
ア 控訴人花子は、平成四年一月七日(以下、日時の記載は、特に断りのない限り平成四年のことである。)、月経が止まったとの理由で、被控訴人病院産婦人科を受診し、在胎週数六週四日(以下、「〜週」というのは在胎週数を意味する。)と診断された。
イ 控訴人花子は、一月二一日から六月九日までの間、被控訴人病院において、おおむね一か月ごとに乙山医師による検診を受けていた。乙山医師は、四月一四日の検診のころから、控訴人花子につき、前置胎盤を疑うようになったが、五月一二日及び六月九日に控訴人花子に対して行った超音波検査により前置胎盤であるとの確定診断を下し、六月九日、控訴人花子に入院を勧めた。そこで控訴人花子は、六月一二日、二八週三日で被控訴人病院に入院した。
ウ 七月四日午前六時四〇分ころ、控訴人花子がトイレに行った際に性器出血が見られた(なお、これ以降の出血の態様や量については争いがある。)。
乙山医師は、同日午前八時二五分ころに控訴人花子を診察した上、控訴人花子に対し、帝王切開術による分娩を行うこととした。
控訴人花子は、同日午前一〇時五分ころ、被控訴人病院三階の手術室(以下、単に「手術室」という。)に搬入され、全身麻酔を施された。
乙山医師は、控訴人花子に対し、手術室において、同日午前一〇時一五分から帝王切開術を開始し、
同日午前一〇時一八分に控訴人一郎を娩出した。出血量は、羊水込みで約七五〇mlであった。
控訴人一郎は、三一週四日であり、出生体重は一七一六gと低出生体重児であった。
控訴人一郎は、出生時の啼泣がカルテ上(±)とされ、全身色不良で、筋緊張も弱く、一分後のアプガースコアは七点であった。
エ 控訴人一郎は、自発呼吸はあるものの呼吸がやや弱いため、手術室内でアンビューバッグによる酸素投与により呼吸補助を受け、その後、同所から酸素投与しながら保育器に入れられて、丁原梅子助産婦によってエレベーターを利用して、被控訴人病院四階小児病棟の未熟児室(以下、単に「未熟児室」という。)に搬送された(以下「本件搬送」という。なお、未熟児室に搬入された時刻については争いがある。)。手術室において分娩に立ち会っていた小児科の丙川医師は、三階の手術室を出てから四階の未熟児室まで先行し、控訴人一郎を待ち受けた。
本件搬送に際し、エレベーターを待ち未熟児室に至るまでの間に、控訴人一郎は呼吸不全を起こし皮膚色が悪化し、強度のチアノーゼを呈した。
丙川医師は、未熟児室への搬入後、控訴人一郎に対し、アンビューバッグによる酸素投与を行い、その後、気管内挿管を行ってレスピレータ装着等の処置を施した。
その後、レントゲン所見上、肺未熟の疑いにより、同日午前一一時二五分ころに至って人工サーファクタントを投与した。投与中から経皮酸素モニターでの酸素分圧等の改善がみられ、レスピレータの酸素投与条件減少の方向へ向かった。
オ 翌七月五日には、控訴人一郎の右肺に気胸が認められたが、八日には消退した。
カ 八月一三日、控訴人一郎は、被控訴人病院を退院した。
キ 控訴人一郎は、一一月一八日の四か月検診の際に、被控訴人病院で発達の遅れを指摘された。
その後、控訴人一郎は、遅くとも平成六年七月七日までには、脳性麻痺と診断され、肢体不自由(両上肢機能障害二級、両下肢機能障害二級)により、身体障害一級との認定を受けた。
ク 控訴人らは、被控訴人病院の措置の過失を疑い、平成七年九月カルテ等について証拠保全を申し立て、同月二二日証拠保全がなされた。その後、控訴人らは、平成一〇年二月二六日、本件訴えを提起した。被控訴人は、控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関し、平成一一年一〇月一四日の原審第八回弁論準備手続期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
三 争点
(1)産婦人科乙山医師の帝王切開術の実施時期決定等に係る過失
(2)小児科丙川医師の呼吸管理に関する過失
(3)説明義務違反
ア 帝王切開術の実施決定時の乙山医師の説明義務違反
イ 脳性麻痺との確定診断後の丙川医師の説明義務違反
(4)過失と脳性麻痺との因果関係
(5)控訴人らの損害額
(6)各要因の現在の症状への寄与度の考慮
(7)消滅時効(予備的抗弁)
四 争点に対する当事者の主張
(1)産婦人科乙山医師の帝王切開術の実施時期決定等に係る過失
(控訴人ら)
ア 前置胎盤が見られる場合に、分娩時期を決定するに当たっては、子宮出血の量、持続、妊娠持続期間、胎児生活力、前置胎盤の程度、胎位・胎勢、下降度、経妊、経産回数、挙児の熱望度、頸管の状態、分娩開始の有無など多くの要因を総合して慎重に判定しなければならない。
なお、三一週の胎児の肺機能が未熟であることは、医学上明らかであり、この時期は胎児の肺の成熟にとって重要な時期なのであるから、担当の医師としては、可能な限り長く、子宮内に胎児をとどめ、肺機能が成熟するのを待つべきである。実際にも、前置胎盤においては、少量の出血を繰り返しながら、三六週まで在胎期間を延ばすことが広く行われている。
イ 本件では、乙山医師は、経口投与していたウテメリンを点滴投与に切り替えた上で、控訴人花子に対し、絶対安静を指示し、止血を試みるとともに、経時的に外出血量を計測しつつ経過観察し、少しでも長く胎児が発育するのを待ち、具体的に分娩時期を決定するに当たっても、胎児の状態、母胎の状態、出血量等から慎重に判断すべき義務があった。
とりわけ、小児科的には、胎児は、三二週からサーファクタントが分泌され、肺機能が急速に成熟するところ、控訴人一郎は、あと二、三日で三二週となる時期にあったのであり、あと少し胎内保存的治療を施せば、肺機能の未熟性は大きく変わり、出生後の呼吸不全が起こる確率は異なったはずであるし、出生後に同じく軽度の呼吸不全が起こったとしても、予後は全く異なったはずである。また、上記のようにして胎出娩出までの時間を稼ぐ間に、副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンやデキサメタゾンを投与するなどして、胎児の肺サーファクタントの産生を誘導した後に帝王切開することにより、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)の発生を予防するべきであった。この方法は、平成四年当時既に一般的に行われていた。
ところが、乙山医師は、上記義務に違反し、控訴人花子がいまだ大出血も来しておらず、大出血の予兆も少なくとも出血量からはこれを窺い知ることができない段階で、しかも、診察後も自力歩行で帰室しても何ら問題がなく、子宮収縮なども見られない状況下で、出血が止まるかどうか様子を見るというようなことを全くしないままに、単に、当日が土曜日であり、その午後以降は手術スタッフがそろいにくいことを手術決定の理由として、直ちに帝王切開術を行った。これは、慎重に決定すべき分娩時期を安易に決定したものというべきである。ちなみに、乙山医師は、出血の状況が噴出型の出血であったかのようにいうが、これを裏付ける記録はカルテには全くない。かえって、カルテには「帯下血性増量」とあるだけで、生理パッドにも出血はなかったのである。
したがって、乙山医師には、分娩時期の決定につき、判断を誤った過失がある。また、胎内保存的治療を行い待期する間に、上記のように副腎皮質ホルモンの母胎投与を行い肺サーファクタントの産生を促すべきところ、これを怠った過失もある。
(被控訴人)
ア 前置胎盤では、通常、二五週以降、特に二八週以降に陣痛を伴わない子宮出血を来すのが特徴であり、初回は警告出血と呼ばれる出血から始まることが多いが、初回から大出血を来すこともある。一度強出血を起こすと、母体は出血性ショック、胎児は胎児仮死、胎児死亡となることがあるため、警告出血とは思えない出血があれば、初回の出血であっても、母児の救命を図る目的で緊急帝王切開術が適応となる。特に母体が出血性ショックで重篤な状態になる前に児の娩出を行うことが必要である。
一方、控訴人らが主張するように、できる限り胎内保存的治療をすべきであるとは限らず、直ちに娩出した方が待期的管理法に比して呼吸窮迫症候群(RDS)、貧血、感染、高ビリルビン血症、低血糖症、低カルシウム血症等の罹患率が圧倒的に低いとの統計もある。
したがって、未熟児の救命が見込める病院において、前置胎盤で出血が制御困難であると判断された場合に、やや早期に帝王切開を施行しても過失があるとはいえず、特に、全前置胎盤で性器出血が起きた場合にそれが警告出血にとどまると予測することは容易ではなく、近い将来に大量出血が起きることを想定して対処することは、医師として当然なすべき措置である。
徳島新聞 2006.2.7
県側の敗訴確定 中央病院脳性まひ訴訟、最高裁が上告棄却
徳島県立中央病院で帝王切開し、出産した子供が脳性まひになったのは医師の不適切な対応が原因として、大阪府の両親らが県に約一億六千万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は六日までに県の上告を棄却した。病院側の医療ミスを認め、県に約一億一千万円の支払いを命じた二審大阪高裁判決が確定した。
二審判決によると、母親は一九九二年六月、同病院で帝王切開することが多い「前置胎盤」と診断され入院。医師は「いつ大出血が起こるか分からない」などとし、子供が三十一週の段階の七月に帝王切開した。
一審の大阪地裁堺支部は、両親らの請求を棄却。二審の大阪高裁は一審判決を変更し、子供が三十一週の段階で、少量出血する程度だったのに帝王切開したため、出産後の呼吸不全が原因で脳性まひになったとして、病院側の医療ミスを認めた。
塩谷泰一県病院事業管理者は「県側の主張が認められず、極めて残念だ。今後とも医療安全対策については懸命に取り組んでいきたい」と話している。